あっという間な3学期と、アーテル君の家庭事情?!
クリスマス休暇が終わり、学園が始まったけど、3学期はあっという間だった。
学年末のテストは範囲も広いから、テスト勉強で忙しかったし、3年生を送る卒業パーティーなんかもあって、気が付いたら春休みに突入直前って言う方が正しいかも。
学年末テストはなんと13位……。
頑張ったけど、今回はこれが精一杯だった。
順調に順位を伸ばしていける程、学園は甘くなかったって事だ。
ラランジャ式で魔術の成績は上がったんだけど、今度は礼法がダメになってしまった……。剣術の、キーシー君との試合で得たボーナス点が無くなってしまったのも大きかった。
……だから、講師の先生には、春にある騎士団のお祭りには是非参加させて下さい!って頭を下げてきました。ズルいけど、剣術にはもう才能の限界を感じてますからね?
それだけじゃない……礼法では、マナーの成績も下がっていた。振り返ってみたら、覚えた側から忘れていってたっていうね……。学園生活は思いの外フラットなので、昔に習った社交のマイナーなマナーなルールなんて、忘れてしまってたのだ。……やっぱりさ、使わないと忘れちゃうよね……って言い訳ですけど。
その上、教養も4位に転落してしまった……。
王子様とシーニー様が本気出して来たって感じでしょうか。
前回が2位で気が緩んだっていえば緩んだのも?
……いや、違う。……貴族の子供たちは、みーんな家名を背負って学園にやってきている。学園での成績だって社交界には筒抜けな訳で……つまり、みーんな必死なのだ。キラキラ王子様だって、やっぱりテスト前はヨレヨレになってる。頑張ってるのは私だけじゃないんだもの、抜きつ抜かれつってのは仕方がないのかも知れない……。
アーテル君だけが、トップを独走してるけど……まあ、規格外なんだろうね……。
◇◇◇
試験や卒業パーティーなどが終わり、数日後に春休みを控えたある日、アーテル君が私に言った。
「ジョーヌちゃん、春休みなんだけど、シュバルツ家に来ない?……珍しく母が家に帰ってくるし、父も時間があるみたいだから、一応は顔合わせしておきたいんだよね。就職してグライス先生の所に行くヒミツの壮行会もしたいから、2、3日滞在しない?」
「……う、う……ん。いい……けど……。」
我が家に泊まりに来てくれてるし、私もいつかは行かなきゃって思っていたけど……とうとうその日がやってきましたか……。
アーテル君のご両親って、当たり前ですけど公爵ご夫妻な訳で……緊張で吐くかも知れない。
「あのさ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ?……母は長居しないで戻るだろうし、父も母が来ると暫くは屋敷じゃなくて愛人宅に通うから、割と僕らだけで過ごす感じだし……。」
……え?
「アーテル君のお母様は、お屋敷には住んでらっしゃらないの?」
「うん。……母は辺境伯の家の一人娘なんだ。だから、そちらの領地にいる事が多くてね。……実家は養子だった人が継いで辺境伯となっているのだけど……。……実際のとこは、母はその人の内縁の妻なんだよ。子供もいるんだ。父とは離婚できないから養子ってテイだけど、正真正銘、母が産んだ子だよ。」
「え……?」
アーテル君をポカンと見つめると、アーテル君は苦笑する。
「ドロドロした話でごめんね?……母と今の辺境伯は、もともと結婚するはずだったんだ。相思相愛だったし、二人は昔からそのつもりで、領地を切り盛りする手伝いもしていた。……でも、僕の父の縁談がダメになってしまって、貴族社会は嫁不足だったから、前国王の王命で母は仕方なく辺境伯との婚姻を諦めて、父に嫁いできてくれたんだ。王族の男児が必要だったしね。……とても辛かったろうと思う。……でも、父はそんな母を大切にはせず、ダメになった縁談に固執してて……二人はまるで上手くいかなかった。酷い不仲で子供もずっと出来なかったんだ……。そうしたら前国王が、母に男児を産んだら、辺境伯と夫婦同然に生活する関係を黙認するって言ってきて……。僕を産んで、そっちに帰っちゃったって訳。」
どう言葉をかけて良いのか分からずに、アーテル君の手をギュっと握った。
「母は、異父兄弟が産まれてからは、年に数度しか屋敷には戻って来ない。……前国王のお墨付きで、公然の秘密だから、周りも事情を知ってて、辺境で幸せそのものの家庭を築いているんだよ。……父はそれが悔しいんだろうね。母が滞在すると、しばらく愛人の所を渡り歩くんだ。……母がお嫁さんに来てくれた時に、もっと大切にしてくれていたら、もしかしたら違っただろうにね……。」
……。
「そ、そんな。……お父様はともかく、アーテル君は寂しくないの?」
「ま、僕にはヒミツがいるしね?……それに、その分、贅沢させて貰えてるしさ?……辺境伯んとこは、貧乏まではいかないけどカツカツらしくて、会った事ない僕の異父兄弟は、僕のお下がりなんかをリメイクして着ているらしいよ?……帰る時に、母は僕の着ない服を、嬉しそうにゴッソリ持って行くんだ。もうゴミよね?って……。」
……なんか、酷くない、それ???
「お父様も酷いけど、お母様も酷いよ。……アーテル君に配慮が無いって……。」
いくらもう着ないとはいえ、会った事もない兄弟にお下がりにされるのもなんだか嫌な気持ちになるだろうし、嬉しそうにってのが、すごく配慮がなさすぎるよ。アーテル君だって、実の子供なのに……辺境伯との子供しか大切じゃないみたい……。
「仕方ないよ。母は僕が産まれた時に、やっぱり父と関係を改善しようと考えてくれたらしいんだ。だけど拗らせてた父は『大嫌いな私と子を作る程に、辺境伯の元に帰りたかったんだから、さっさと帰ったらいい。』って僕を取り上げて、追い出してしまったんだって。母は産後1ヶ月にも満たなかったそうだよ。……だから、あんまり実の子って実感が無いんじゃないかな……?何より僕って父にソックリだし。」
だ、だけどアーテル君は何も悪くない訳で……。
「……アーテル君!」
「ん。……可哀想だよね、僕?……だから、可哀想な僕と幸せな家庭を築いてくれない?ジョーヌちゃん!」
アーテル君はそう言って、ニコニコと私の手を握り返した。
ん……んんん???
「えーと、自分で可哀想とか言っちゃうの???」
「言っちゃうよ?……ほら、この話をすると、女の子たちから、同情されて優しくしてもらえるからね?……昔ね、この事も随分と悩んで、ヒミツに相談したんだ。そうしたら、『女の子は可哀想な男の子に優しくしてくれるから、それって、すっごいアピールポイントになるよ!アーテル!モテモテだよ?君は割とイケメンだし、入れ食い状態だって!すごいチャンス!!!』って興奮気味に言われてさ……。なんていうの、脱力したっていうか……あ、そうだな?!って。」
「え……。」
なんだろう、さすがのエロ猫。
フォローの仕方が斜め上すぎる……。ある意味ポジティブ???
納得しちゃうアーテル君もアーテル君だけどね!!!
「ヒミツにさ、『悩んでも頑張っても、君のご両親から愛を貰うのは、正直難しいと思うよ。ならさ、いっその事、沢山の女の子に愛してもらったら?ウジウジ悩むよりそうしようよ!その方が人生は楽しいって!』って言われてさ……ま、そうだよなぁって。女の子はいっぱいいるし、婚約者ってのは難しかったけど、好意を寄せてくれる子は沢山いたし、それなりに幸せだし楽しめたからね?」
「え???……そ、それでいいの?!」
「うーん……厳密には両親からの愛と異性からの愛は違うから、物足りなさはあるよね。……でもさぁ、ヒミツが言うように、あの二人から愛を得るのは難しいだろ?なら簡単なとこを沢山得るのもありかなーって。ほら、人生は割り切りも必要だしね?……あ!だけどね、今の僕はジョーヌちゃん一筋だよ!ご心配なく!」
バチンとウインクされて、軽い眩暈を起こしそうになる。
なんだろう……ヒミツ君の影響のせいなのか、こうなってくると、申し訳ないけど、可哀想とか悲壮感がまるで薄れてしまった。
境遇の割に、逞しく生きてるじゃん?!お見事だよ、アーテル君?!って感じだよ。ある意味、感心しちゃうかも……。
「アーテル君にとってヒミツ君て、すごい影響を与えたんだね……。」
言ってる事はメチャクチャだけど、ヒミツ君がアーテル君の心を救ってきたのは確かだ。
「ん……。僕にとってヒミツは、親代わりで親友で兄弟みたいな……すごく大切な家族なんだよ。」
そう言って、アーテル君はとても穏やかな笑みを浮かべた。
……ねえ、アーテル君。
両親からの愛はともかく、アーテル君には、ヒミツ君からの愛が確実にあったんだよ……。だからそんな顔ができるんだって……。私はそう思って、ヒミツ君に心からありがとうって思ったのだ。
◇◇◇
春休みに、シュバルツ公爵家で行われた、アーテル君のご両親との顔合わせは、あっという間に終わった。
美形のアーテル君のお父様もお母様も、やっぱり美形だった。アーテル君はお父様にしか似てないって言っていたが、そんな事はなく、むしろお母様の方に似ているように見えた。
ご挨拶をすると、婚約には賛成していると言ってくれて、後は少しだけ当たり障りのない話や、天気の話しなんかをして、退席してしまい……それだけだった。
私はシュバルツ公爵家に数日滞在したが、お二人にお会いしたのはその時限りで、後はアーテル君とヒミツ君と過ごすっきりだった。
……それはそれで気楽であったけど、やたらと広くて荘厳なシュバルツ家のお屋敷は、なんだか暗くて寂しく感じられて、私はつとめて明るく振る舞った。
◇
ヒミツ君の壮行会をした次の日に、ヒミツ君にはお迎えの馬車が来た。……少し早いが、準備があるらしくグライスさんの元へ行くらしい。
私のあげたリュックやら、ヒミツ君のこだわりのネクタイや帽子なんかを入れた衣装箱に、口で咥える小さなバッグなんかを馬車に積み込むと、ヒミツ君は馬車の窓から顔を出して、「アーテルまたね!ジョーヌちゃん、アーテルをよろしくね!またね!!!」って叫びながら去っていった。
アーテル君はニコニコと馬車を見送って……馬車が見えなくなっても、しばらくの間、ずっと馬車が消えた先を無言で見つめていた。……私はそれがなんだか切なくて、隣で手を握って一緒にアーテル君の気が済むまでそこに居た。
◇
「ジョーヌちゃん、来てくれてありがとう。また学園でね?」
その翌日は、私も家に帰る日だった。
迎えの車がやってくる時間になると、アーテル君は、そう言って寂しげに笑って言った。
……この寂しい屋敷に一人で残るアーテル君を思うと、なんだか胸がギューっとなってしまう。
「うん、またね?……あと数日で学園だし、次は2年生だよね?また一緒に頑張ろうね?!」
頑張って明るく話す。
泣いたりしたら、アーテル君はさらに寂しくなってしまうだろうから、笑わなきゃ!
「ん。そうだね……。」
玄関から車が入ってくるのを確認すると、アーテル君はサッと私を抱き寄せた。
「ね、ジョーヌちゃん。……キスしていい?」
「え?いきなり、どうして?!……魔力が欲しいの?!」
私が驚いてそう聞くと、アーテル君は「うーん、ちょっとね?」と言って、フフッと笑った。
「……いつも聞かないで問答無用で貰ってくのに、どうしたの?」
「んー。今日の僕は『いいよ』ってジョーヌちゃんに言われたい気分なんだ。複雑な男心だよ。」
「……ま、まあ、いいけど……。」
赤くなって目をギュッと閉じると、フワッと唇に柔らかいものが、そっと触れる。
それはチュっと音を立てると、そのまま離れていった。
……え?
「さ、車が来たよ。またね、ジョーヌちゃん。」
アーテル君は笑いながら、私を迎えの車に押し込んだ。
い、今のって???
車の中で、自分の唇に触れる。
……アーテル君の触れるだけのキスは、憧れのファーストキスそのもので……。
こ、これは反則だと思うよ、アーテル君!!!
補足:アーテルが父親似だと言っているのは顔の事ではありません。アーテルなりに婚約者だったヴォレッタを大切に出来ずに、シーニーに取られた事を『僕は父とソックリだ。』と皮肉っての事です。……ヴォレッタとの婚約破棄は、アーテルなりに思うところや、後悔もありました。(そもそもの性格が合わなかったし、お互い様でしたが……。)それがジョーヌを大切にしようという気持ちにも繋がっています。(ある意味、踏み台にされたヴォレッタは不憫な子?なの、かな???ま、今はシーニーを振り回して幸せ?にやってるんで、許してやってください。)




