誠実な男、アーテル君?!
「いっ、嫌です!!!……私はっ、この平凡な顔でも、『世界一可愛いよ!マイハニー!』的な事を言ってくれる旦那様を探すんです!……父さんと母さんみたいな、ラブラブ夫婦が夢ですからね?!アーテル君の『その顔、守備範囲だからオーケー、オーケー、問題ない。』みたいなの、なんかすごく嫌です!!!だから婚約なんかしませーーーん!!!」
私はムカついて、アーテル君に食ってかかる。だって、あまりにも、あんまりじゃないでしょうか?!……貴族は政略結婚もよくある話だって聞きますが、私としては貴族と結婚する気も、政略する気もないんですからね?!
アーテル君はうーんと考え込む。
「……あのさあ……船着場でジョーヌちゃんのお父さんとお母さんを見たんだけど……。君のお母さんてさ、かなりの美人さんだよね?……あれは確かに、ジョーヌちゃんのお父さんが『世界一可愛いよ、マイハニー。』って言いたくなる気持ちも分かるよ。……えっと、その辺は理解してる???」
……あ。
「僕さあ、誠実な男だから、あんまり自分の奥さんに不誠実な事は言いたくないんだよねぇ……。嘘とかさあ、そういうの良くないと思うんだ?……君の言う、ラブラブなご夫婦ってさ、嘘を吐き合う関係を指してたり、する?」
「……さ、指してない、です。」
「ん……。なら、問題ないよね?……ジョーヌちゃんはたいして可愛いくない。ここはもう、認めよう?……あ、なんなら『世界一普通だよ、マイハニー』って言ってあげる!ラブラブ夫婦を目指す僕たちの間に、嘘は必要無いでしょ?」
た、確かに……そ、そうかも???
ラブラブ夫婦に嘘は良くないよねぇ……。
「あ、ありがとう?」
「どういたしまして。ほら、じゃあもう婚約するしかないよね?」
……そ、そうなのかな???
何か……だ、騙されてない、私???
「……えーっと……?」
「もー!さっさと決心しよう?ジョーヌちゃん!!!……それに、みんなに狙われちゃうのは本当だよ?僕が嫌なら、これからどーするの?……君が気にいるマイハニーを探して、その人に婚約者になってもらう?それまでに変なのに捕まっても、知らないよ?振られちゃったら、僕はもう悲しくて、君とは話さないからね?……船に乗った時、ジロジロ見られたろ?あれさ、みーんなジョーヌちゃんの事、チェックしてたんだよ?」
!!!
「え……。こ、怖い。」
「だろ、だからさ、もう僕にしときなよ?とりあえず3年間、学園にいる間だけでイイから、ね?……僕より家格が高い家の奴なんて、ヴァイスしか居ないから、僕と婚約したら、怖い思いをする事なく、3年間をのびのびと過ごせるよ?」
「そ、そうなんだ……?」
……。
ん?
んんん???
あれ???アーテル君より家格が高い奴が王子様だけって、どーゆー事?!?!
「……ちょ、ちょっと待った?……ね、ねぇ?アーテル君は……何者なのっ???」
「もー!アーテル・シュバルツって言ったでしょ?ダメだよ、未来の旦那さんのお名前を忘れちゃ。」
アーテル君がちょっと意地悪く言う。
「そう言う事じゃない!!!……わ、私、社交界も貴族もまるで知らないんだよ?!アーテル君のお家の爵位だって知らないし……。……ってか、王子様ですら知らなかったんたんだよ?……分からない事ばかりで怖いよぉ。女の子不足も知らなかったし……ねぇ、アーテル君、意地悪しないで、教えてよ……。」
何だか言ってたら泣けてきて、またしてもボロボロと涙を零す。……父さん、社交界は行っとくべきだったよぉ!!!知らない事ばかりで魔術学園なんか来ちゃ、ダメだったんだってー!!!
「ほらー、泣いたら魔力が出ちゃうだろ?……僕がこれからは、何でもジョーヌちゃんに教えてあげるから、大丈夫だからね。僕が居ないと困るでしょ?……だから、逃げないでよね?」
アーテル君に優しく言われ、ハンカチを手渡されて、私はちょっとだけ気持ちが緩んだ。
「う、うん。……逃げない。」
「よし、じゃあ教えてあげよう!……あのね、僕の家は公爵家なんだ。つまり、さっきの王子様とはイトコって事になるね。」
「お、お、お、王子様の、い、イトコ……。」
何だか全身の力が抜けて、ヘニャリとなりそうになる。
「あのさ、そんなにそこは驚かなくて大丈夫だよ?……この国の社交界も貴族の世界も狭いから、みんなどっかで親戚になってるからね?」
な、なーんだ。びびった。
……いや、アーテル君、公爵家の人とか、十分びびり案件だけどさ……。
「でも、大切なのは此処じゃないんだ。……王子様……ヴァイスはね、『言わんこっちゃない王子』って、影で言われてるんだよ。」
「なんですか、それ?『言わんこっちゃない王子』???」
……変な渾名。
「ヴァイスの父……今の国王は賢明なお方でね、貴族が女の子を生まない問題を嘆かれて、ご自分の子供は魔力でコントロールしないと宣言されたんだ。」
「へえ……まともですね。」
魔術で好き勝手やった結果、今や貴族たちは、お家の存続すら危うくなってるって事なんだよね?……それを改めようとするなんて、凄くまともな王様じゃん???
「ん……。でもその結果、ヴァイスの他はみんな王女様だったんだ。ヴァイスは第一王子だけど、七人兄弟の末っ子なんだよね?……ちなみに、わが国は女性に王位継承権はありません。……現実って皮肉だよねぇ……。」
え……。
7人子供が生まれて、6人が女の子……?!
そ、それは『言わんこっちゃない王子』って言われちゃうわ……。
「……って訳だから、僕は絶対にメッキやお妾さんじゃなく、ちゃんとした貴族で、魔力の濃いお嫁さんが欲しいんだよね?万が一に備えて。」
「え???……えっと、今の話、どう繋がるんですか???」
なんでヴァイス様が『言わんこっちゃない王子』なのと、アーテル君のお嫁さん問題が関係するんだろ???
「だってさ、この国に王子様は1人しかいないんだよ。……もし、ヴァイスが男の子供を作らないうちに、何かあったら、どうなるでしょうか?」
え???
えーと……お姉さん方はダメなんだよね???
そーなると……???
「どうなるんですか?……選挙???」
「選挙で決めるのは王様とは言わないです。……王様になるには、血筋が大切なんですよ?」
「なるほど……???……つまり、どうなるんですか?」
「……まあ、僕って事になるかな?」
は?
はぁーーーー???
「ダメ、ダメ、ダメーーー!!!絶対に嫌ーーー!!!絶対に、アーテル君とは婚約しないーーー!!!」
「んー?逃げないって約束したじゃん?……口約束の時点で、契約成立だよ?だから、婚約してね?とりあえず3年だし?」
アーテル君が、ガサガサと鞄から書類を引っ張り出す。
やっぱ、詐欺師!!!詐欺師がいまーす!!!
「あっ!!!ちょ、ちょっと待ってよ?!……な、何かおかしいいよ?アーテル君って、そんな重要な立場なら、なんで私なんかで済まそうとするの?!だ、だって下手したら、この国のお妃様になっちゃうんだよね???いくら女の子が少ないからって、私なんかじゃダメでしょ?!」
アーテル君は私の手にペンを持たせながら、「んー?」って顔をしてる。……とぼけた顔でもイケメンとは、なかなかのものだ……。
「……だってしょうがないだろ?誰も魔王になるかも知れないって奴のお嫁さんになんて、志願してくれないだからさ。」
「は???……え?」
ま、魔王って……意地悪で言われてるだけ、だよね?
「……ジョーヌちゃん、現在、この国を魔物から守っている『聖なる光』って何だと思う?」
「えっ?……そう言えば何だろう?それのおかげで魔物が街に来ないんだよね?」
「正解はね、王家の血、なんだよね?」
……血?
ま、まさか……い、生贄的な?
「……誰かが生贄になって、犠牲になってくれてるんですか?!」
もしかして、女性に王位継承権がないのは、生贄として生を終えるから?!……な、なんて残酷な!!!
「ねー、ジョーヌちゃん、怖い!まさか、そういう話とか好きな系?……あのね、そんな残酷な事じゃありませんからね?王家の人間は、みんなヴァイスみたいな白っぽい色合いなんだ。彼らが生きている事、それが魔物を遠ざける、『聖なる光』って事なんだよ?」
え、それだけ???
でも、それだけでも、十分ありがたいのか……。魔物、来ないしな。
「なるほど。……それで王様や、それに連なる人達は、血筋を大切にしてるのね?」
ふーむ……。王様とか貴族が、血筋や血統を大切にする理由が、ちょっと分かった気がする。白っぽい色合いの子供が生まれる事が大切だからか。
「そう言う事。……ですが、僕は公爵家の生まれなのに、真っ黒です。どうしてだと思う?」
「え???突然変異とか?」
「……僕はどうやらね、『聖なる光』の一族が森に封じている、魔物の呪い?で、こんならしいよ?僕がもし覚醒すると、魔王になっちゃうんだって。現に、僕を恐れて始末しようとした奴らは何人も、突然湧いた魔物に襲われて、死んでいるんだ。……魔王になったり、魔物を呼び出す旦那さんは、普通に嫌だろ???」
……。
「……えーと、どうしたらアーテル君は魔王になるの???」
「え???……さ、さあ???……今のところ、魔王にはなってないから分からないけど……もしかすると、すごく怒ったらかも知れない。殺されかけた時に、魔物が湧いたし……。」
「でも、ムカつく事とか、普通にあるでしょ?」
さっきも、王子様一行にイラついてたよね???
あいつら、すごーく嫌味で遠慮無かったし、頭にくる事なんか、良くありそうだけど???
「まあね、人並みにはあるかな?」
……アーテル君は飄々とはしてるけど、そこまで穏やかなタイプには見えない。つまり……普通に怒ったくらいじゃ、そんな簡単に魔王にならないって事なんじゃないのかなぁ?……魔物だって、生命の危険を感じるくらいひっ迫しなきゃ、出てこないんじゃないだろうか……。
それより、むしろ……。
「……ジョーヌちゃんも……僕が怖い?魔王になるかも知れない僕は嫌?」
不意に、悲しそうな顔で私にそう聞く。捨てられた子犬みたいな顔、ずるいからね?!……イケメンが、そういうお顔をするって、反則だと思うよ?
「あ、あの……。私は、どっちかって言うと、魔王より王様になっちゃう方がダンゼン嫌かも……。」
そう答えると、アーテル君はケタケタと笑った。
「ホントにもう、君のそういうとこが気に入ったんだよ。」




