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詐欺師な令息アーテルの宝物◆アーテル視点◆

ダンスパーティーが終わると、また休暇が始まった。


ジョーヌちゃんは、満面の笑みを浮かべて、僕に何度も手を振って、お迎えに来ていたアマレロ男爵夫妻と帰って行った。


……一方で僕も屋敷に戻り、社交界での、気の重い毎日にウンザリしながらも、多忙な日々を過ごす事になった。


「アーテル!ジョーヌちゃんから手紙だよ。」


深夜に夜会から疲れ果てて帰ると、ベッドからヒミツが飛び降りて、手紙を咥えてやって来た。


休みに入って以来、3日と空けずにジョーヌちゃんから、手紙が送られて来ている。ヒミツはこれを読むのを楽しみにしているから(僕宛なのに!)寝ないで待っていたのだろう。


「……早く、早く読んでよ?!」


走り寄ってきて、足に頭を擦り寄せる。

パジャマを毛だらけにされる前に、僕はヒミツを抱き上げて、ベッドに連れて入ると、手紙の封を切った。


可愛らしい便箋に、ジョーヌちゃんのちょっと味のある丸っこい文字が並んでいた。




*****


アーテル・シュバルツ様。


お元気ですか?忙しくて疲れきっていませんか?


ジョーヌは元気です!!!

アマレロ家のみんなも、猫たちもみんな元気ですよ!


昨日は、もうすぐクリスマスなので、みんなでツリーを飾り付けしました。そうしたらね、エイミが飾りの玉に興奮してツリーを倒しちゃって、部屋が滅茶苦茶になっちゃったんだよ。母さんが怒って、エイミを居間に立ち入り禁止にしたら、兄さんが「エイミの飼い主として責任を取って、俺も居間には入らない!」って言ったのね、そしたら今度は父さんも、「じゃあ、俺もノランの親として責任を取って、居間には入らない!」って言い出して、居間には誰も行かなくなっちゃったの。……おかしいよね?


そんな訳で、アマレロ家では、ツリーが早々と撤去されちゃったんだ。だから、クリスマス感がまるでないんだよ!ガッカリでしょ?!


あ、そうそう。


アーテル君へのクリスマスプレゼントは、今週ラランジャと買いに行くんだ。お楽しみにね?……ラランジャってば、あんなに怒ってたのに、ルージュ様に手袋を買いたいって言ってるんだよ?面白いよね?やっぱり、ルージュ様に謝らせて、正解だったのかもって思ってるよ。


私が何をアーテル君に買うかは秘密!

あ、ヒミツ君にもプレゼントを買うつもりだから、お楽しみに〜って伝えておいてね?!もちろん、ヒミツ君へのプレゼントも秘密だよ!


じゃあ、またね。


ジョーヌ・アマレロより。


*****




「うわぁ、アーテル!ジョーヌちゃん、僕にも何か贈ってくれるって!……楽しみだなぁ!!!」


「……そうだね。」


僕は短くそう言うと、ガサガサと手紙を封筒にしまった。


「あれ?どーしたの?」


「なんか、読まなきゃ良かったなぁって。」


「???……どうして、不快な事なんか書いて無かったよね?」


「……。……なんだか、アマレロ家に行きたくなっちゃったんだ。ジョーヌちゃんにも会いたいなって思ってしまったし……。そんな暇、ないけどさ……。」


手紙を枕の下にしまうと、ヒミツはそれをジーっと見つめていた。


「……ねえ、ジョーヌちゃんの夢でも見る気なの?」


「机まで置きに行くのが面倒なんだよ。疲れてるんだって、僕……。」


そのまま枕に頭を埋める。


「シワシワになるから、僕が机まで持って行こうか?」


「いいよ。ヒミツのヨダレが付くから。」


「さっきまで咥えてたんだよ?大丈夫だって!」


枕の隙間にヒミツがチョイチョイと手を入れて、手紙を掻き出そうとするので、僕は頭でグッと枕を押した。


「アーテル、取れないよ?」


「取らせたくないからね。……ヒミツはもう寝なって。」


「だからさ、猫は夜型なんだよ。」


不満げに言うヒミツを抱き寄せて、布団に引き摺り込む。

夜型も何も、ヒミツはいつも寝ている癖に……。


「アーテル。アーテルはジョーヌちゃんに何を贈る気だい?僕はね……。」


「なーに?……毛玉でも送るの?」


ヒミツは働いてもいないし、ネズミすら捕まえないのだ。

ジョーヌちゃんに贈れるのは、ムダに抜けるこの被毛くらいだろう。


布団の中でヒミツを撫でながら、ボンヤリとそう答える。


「あのね!ジョーヌちゃんなら毛玉でも喜んでくれそうだけど、僕はもーっと良いモンを買うんだ!……だからさ、買い物に連れて行っておくれよ。」


「ヒミツ?……ヒミツはお金なんて持っていないだろ?」


「あ、アーテルには言って無かったね。僕さ、春から働くつもりなの。……グライスのアシスタントに採用してもらったからね?!」


……え?

グライス先生のアシスタント???


グライス先生は僕の叔父であり、子供の頃に僕たちの魔術の先生をしていてくれた人だ。……有り余る魔力を持ち、魔術の才能に秀でていて、確か今は魔術研究所で顧問として好き勝手にやっている……いわゆる自由人だ。


「この前、グライスが用事でシュバルツ家に来たんだよ!グライスはまた面白い事を始めるらしいよ?楽しい事を見つけたんだって言ってた。だから僕もお手伝いしたいって言ったら、採用してくれたの!……そんな訳で、来年の春から、僕はグライスの所に行くんだ。支度金も貰ったの。」


え……。


思わずヒミツを抱き上げて、その青い目を見つめる。


「ヒミツ、この屋敷を出ていくの?……いつかお迎えが来るまで、ここで待つんじゃなかったの?……僕を……僕を置いていくの???」


「アーテル?……だってさ、お迎えは来ないし、このお屋敷は退屈なんだよ。なんか暗いしね?……アーテルだって、学園に行ってしまったろ?だから、僕もグライスんとこ行こうと思うんだ!」


「ダメだよ。行かないで……。ヒミツが居なきゃ、僕は……。」


僕はヒミツをヒシッと抱き寄せる。

……この暗い屋敷で、僕を唯一理解してくれるのがヒミツなんだ……。


「あのね、……グライスはアーテルが学園から帰ってくる間は、お休みにしてくれるって言ってるんだよ?だから、休みの間は僕もお休みで、一緒にこの屋敷で過ごせるよ?ちゃーんと、契約書もあるんだ。見るかい?」


ザラザラの舌で僕の頬を舐めながら、ヒミツが優しく言う。


契約書、確認しなきゃ!!!


ヒミツは賢いけどアホな所があるし、そもそも猫だ。グライス先生に変に騙されているかも知れない。


「契約書を出して。」


「机にしまってもらったんだ。二段目の引き出しだよ。」


僕はサッと起きるとヒミツを抱き上げ、机に向かい二段目の引き出しを開ける。見慣れない羊皮紙が入っている。……これの事か……。


グライス先生の、特徴的なカクカクした癖字でそれは書かれていた。ヒミツはツルンと僕の腕から抜け出すと、ベッドの下から小さな革の巾着袋を咥えて持ってきた。


「これが支度金だよ。なんと金貨が10枚も入ってた!」


……金貨、10枚?!


街で、働き始めたばかりの庶民の若者のお給料が、月に金貨2枚程度だ。……月に金貨3〜4枚あれば、結婚して子供が出来ても、充分に家族を養っていけるって言われている。


「こ、こんな大金……。役立たずの猫の魔獣に寄越すなんて……。ヒミツは実験動物にされてしまうんじゃないの?!」


以前から、グライス先生はヒミツを欲しがっていた。

カタコトではなく、ベラベラ話すし魔力の量も普通の魔術とは比べ物にならないから興味を持っていて、時々、調べようとしてるみたいだったが、僕が絶対に許さなかった。


だって、ヒミツは猫だけど、ただの猫なんかじゃなくて……僕には……家族だ。


「大丈夫!契約書にはちゃーんとアシスタントって書いてあるもん!」


ヒミツは胸を張るが、僕は慌てて契約書を隅々まで確認した。……ほら、端っこに小さな字で特記事項なんかが書いてあるのは、詐欺の常套手段だからね?


……。

……。


「……問題は無さそうだね?」


グライス先生の契約書に、特に問題は無かった。


週休2日で、お給料は月に金貨5枚。(猫に金貨5枚って……。)僕がお休みの期間はシュバルツ家にちゃんと戻すってなっている。


……どうやらグライス先生は、来年の春から、どこかで講師を始めるらしい。前から、魔術研究所で魔法陣を使わない詠唱による独自の発動方法を、講義して欲しいと言われていたらしいから、とうとう観念したのだろう。


そのアシスタント兼、魔力回復役としてヒミツを雇う気らしい。魔法陣を使わない魔術の発動は、かなりの魔力を消費するそうで、魔力量の多いグライス先生でも、日に5〜6回発動させるのが精一杯だと言っているのを聞いた事がある。


「ヒミツ、グライス先生とキスする気なのかい?」


「まさか。……アーテルあのね……アーテルはさ、グライスみたいにガンガン魔力を使わないから実感無いみたいだけど、僕ってほら、リラックスするとゴロゴロって喉を鳴らすでしょ?これね、ものすごい魔力の回復効果があるらしいんだよね?」


「……え?」


「アーテルとヴァイスは、実はそこまで魔力量が変わらないんだって。まあアーテルの方が多いけど。……でも、いつもアーテルの方が回復が早いって、グライスはずーっと不思議に思ってたんだって。アーテルは良く僕を連れ歩いてたでしょ?それで、グライスはもしかして……って僕をコッソリ抱っこしてみて、みるみる魔力が回復するのに気付いたんだってさ。ほら、グライスはいつも魔力を使いまくってて、面倒になると転移して逃げちゃうだろ?だから、魔力はいつもカツカツなんだよね。」


……確かに、そう言われてみると、ヒミツと寝ると、スッキリするなって気はしてたけど……。社交で忙しいと、魔力なんてほとんど使わないから、気付いていなかった……。


それは魔力を使いまくるグライス先生なら、喉から手が出るほど欲しくてたまらないだろう。しかも、ヒミツは嫌いなヤツやリラックスできないヤツにはノドは鳴らさない。ヒミツへの待遇は良いはずだ……。


「ほら、だから僕はショッピングに行きたいんだよ!就職する訳だろ?新しいネクタイも、バッグと帽子もいるんだ。」


「帽子はともかく、バッグなんかヒミツは持てないだろ?」


「咥えて運ぶんだよ。ネクタイと大切なお金にオヤツを入れる様に作らせたいんだ。ねぇ、春までに必要なんだよ。休み中に買い物に連れて行っておくれよ。……ジョーヌちゃんにもプレゼントを買いたいしさ。」


……う、うーん。


そう言われても、かなり忙しいのは事実なんだよなぁ。

昼は公務での視察やら各種パーティーへの顔出しに、夜は夜会予定がギッシリ詰まっている。


でも、ジョーヌちゃんへのクリスマスプレゼントは自分で選びたい。執事に手配させるのではなくて……。


「よ、よし!そうしたら、早朝にデパートを借り切ってショッピングしようか。……明日、執事に手配するよう言っておく。」


「わあ!……アーテル、大好き!……そしたら借り切るデパートはさ、『アルコバレーノ』にしてね?」


ヒミツは王都一の高級老舗デパートを指名して、嬉しそうに頭を擦り寄せゴロゴロと喉を鳴らした。ホント、贅沢が大好きなんだよね、ヒミツはさ。


「分かったよ……。もう寝よう?」


僕はそう言って、ヒミツを連れてベッドに向かう。


ヒミツはタタッと戻ると、金貨を一枚咥えて持ってきて枕の下に入れた。


「ね、アーテル?……金貨を入れたよ!これ、あげるね!」


「ん?」


「この金貨と引き換えに、アーテルがジョーヌちゃんの夢を見られますよーにって、おまじないだよ?」


ヒミツはそう言うと僕の懐に入り込み、クルリと丸まった。


……その晩の僕は、とても幸せな気持ちで眠りについた。

だって……枕の下には、宝物が2つも入っていたからね?







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