ルージュ様は、しくじった?!
会場にやって来た私とアーテル君は……何故か同じ班で仲の良い男の子にエスコートされたラランジャを見つけ、呆然となった。
ドレスも、私と一緒にメゾンなんとかに頼んだものではなく、別のあまり似合ってないドレスを着ている。
アーテル君と顔を見合わせて、ラランジャに駆け寄る。
「ラランジャ?どうしたの?……ルージュ様は?」
私がそう尋ねると、ラランジャはサッと顔を曇らせた。
「……その……。ルージュ様と喧嘩したの。アーテル様、ごめんなさい。あのドレス、ルージュ様に全然似合わないって昨日の晩に言われて……。ルージュ様がお好きかなって感じでデザインしていただいたから、まさかそんな風に言われるとは思っていなかったんだけどね……。」
「……ルージュのヤツ……。」
アーテル君が顔を顰めた。
「そしたら、いきなりこのドレスを押し付けて来て……。お前には、こっちが似合うぞって……。……これ、学園の仕立て屋でサンプルとして飾られてたヤツだよね。……サンプルだから生地も悪いし、縫製もガタガタで……メッキのお前には、コレで充分だって言われちゃった気がして……。」
「ラランジャ……。あのね、ルージュ様もドレスをプレゼントしてみたかったのかもよ?」
あまりにも酷い拗れ方をしてしまっている。
必死でフォローするが、ラランジャは首を横に振った。
「……だとしたら、アーテル様みたいに早めに仕立て屋を呼んでくれるはずだよ。……ジョーヌ、慰めてくれてありがとう。なんかさ、ガッカリきちゃったんだよね、私。……だから、『アーテル様に頂いたドレスを着たい!』って言ったの。そうしたら、ルージュ様が怒って……。揉めてるうちに、あのドレスが汚れちゃってさ……。憧れてた仕立て屋さんで作ってもらったドレスだったから、すごく悲しくて……。なのに、ルージュ様ったら、笑って『ほら、やっぱり、こっちを着たら良いじゃないか?』って……。なんだかもう、顔も見たくなくなっちゃってさ……。だから、同じ班の子がエスコートしてくれるって言うし、お願いしちゃった。」
えええ……どうしよう。
ルージュ様、色々と酷い……。
ルージュ様はルージュ様なりに考えて、あの後で自分もドレスを贈ろうって思い至ったのは分かる。……でも、サンプルドレスは酷いし、圧倒的に言葉が足りてない。
ラランジャはドレスを仕立てて貰う時に、ルージュ様に褒めて貰いたいって何度も言ってた。……あのドレスでルージュ様と踊るのを、とても楽しみにしていたのだ。
だから、ドレスを汚されて、違うドレスを押し付けられたら、すごくショックだろう……。いくら、アーテル君が贈ったとはいえ、あのドレスをラランジャは気に入っていた訳だし……。
「……僕が余計な事をしたからかな。」
「アーテル様のせいじゃないですよ。……あ、あのさ、このドレスじゃ、あんまり人前に出たくないの。売れ残りのサンプルって、みんな知ってるしね。……だから、今日は壁際で大人しくしてたいんだ?だから、ごめんねジョーヌ。ヴァイス様に頼まれてるのに一緒に居れなくて……。」
「そ、それは良いよ。パーティーはほとんどアーテル君といるだろうしさ。……だけどさ、ラランジャ、ルージュ様ともう少し話したら???」
なんとか誤解を解いてあげたくて、そう言ってみるが、ラランジャは、やはり首を横に振るだけだった。
「……今、無理にルージュ様と話しても、あまり良くないと思うの。私、冷静に話せない気がするし……。」
「……確かにそうかも知れないね……。少し時間を置くのも良いのかも知れない。……ラランジャさん、ジョーヌちゃんの事は大丈夫だよ。いつも気遣ってくれてありがとう。」
アーテル君はラランジャを励ますようにそう言った。
……でも、そうだろうか?
確かに時間を置いた方が冷静にはなれるけど、余計に溝が広がってしまう気もする。
だけど、私がそう言う前に、ラランジャは班の男の子に促されて、壁際の目立たない場所に行ってしまった……。
「ね、ねぇ、アーテル君?ラランジャ、大丈夫かな?……あの、ラランジャの班の子だって、婚約者が居ないんだよね?弱ってるラランジャにつけ込んだりしないかな?」
胸がザワザワっとしてアーテル君に言う。
「ん……。まあ、あるかも?……でも、ルージュの自業自得じゃない???今までの態度やら、話し合えって言ったのに、話すより先にドレスを押し付けたりさ……。」
「でもさ、それがルージュ様でしょ?!……きっと上手く言えなくて、無駄な行動力を発揮したんだって!」
「……それは分かる。分かるけど……。2人の問題だし、僕はもう、ほっといた方がいいと思う。今のラランジャさんは、すごく傷ついてるし、ルージュと話したくない気持ちも分かるだろ?」
……確かに、アーテル君の言う通りだ。
で、でも……。このまま2人に決定的な亀裂が入ってしまったら?今、すごーく優しくされたら、班の男の子が良くなっちゃうかも?!?!
「……アーテル君、私……ルージュ様と話してくる!!!」
「え……?」
「ラランジャは悪くないと思うの。だから、ルージュ様にラランジャに謝れって言ってくる!……だってさ、ラランジャが着るのを楽しみにしてたドレスを汚した事は、謝らせなきゃ。……そして、『自分も今更ながらドレスを贈りたかった、こんなのしか用意出来なくてごめんなさい。』って言わせて誤解も解かせなきゃ!!!」
拗れた一番の原因は、ドレスに関する誤解だと思う。
ラランジャは頑張ってるからこそ、『メッキ』ってのをすごくコンプレックスにしている。……つまり、粗末なドレスを悪い意味でプレゼントしたんじゃないって事を説明させて、なおかつ、ラランジャが着るのを楽しみにしていたドレスを汚してしまった事を、ルージュ様が謝るのがまず先なんだ!
「好きとか嫌いの前に、人を傷つけたら、ごめんなさいするってのが大切だと思うの!……だから、ルージュ様には、ちゃんとラランジャに謝ってもらう。そうしたら仲直りできると思うから!」
私がそう言い切ると、アーテル君がクスクスと笑う。
「え、おかしい???……なんか変かな???」
「……いや、違う。ジョーヌちゃんて、すぐ泣くし弱そうに見えるのに、いざってなると気が強いよね?……新参者の男爵令嬢が、有力な名家の伯爵家出身で、騎士団長をお父様に持つルージュを謝らせてやる!とか、よく考えたら、凄いなって思って……。」
あ。……言われてみると、そうかも???
「で、でも……私がそう進言しても、ルージュ様は怒ったりしないって思うんだけど?……あ、やっぱり私なんかに言われたら、怒っちゃう???」
「いや……。きっと聞いてくれると思う。……ルージュはそんな度量の狭いヤツじゃないから……。でもさ、なんか……。」
「ん……?なーに???」
アーテル君は目を細めて私を見つめた。
「なんか、僕、ジョーヌちゃんに嫉妬中かも?」
「え?……な、なんで???」
「うーん……。なんかさ、ジョーヌちゃんとルージュって、しっかり信頼関係が出来てるんだなーって。身分とか、性別とか超えて、ちゃーんと友達になってんだなぁって思ってさ。……ジョーヌちゃんはさ、すでにラランジャさんとは親友みたいだし……ちょっと羨ましい、みたいな?」
え。そ、そうなの???
「えっと……?アーテル君だって、ルージュ様ともラランジャとも友達じゃない?……違うの???」
私がそう言うと、アーテル君は目を丸くした。
「え……?」
「違うの???仲良いよね?……なんかさ、友達って恋人みたいに告白してなるもんじゃないくて、いつの間にかなってるじゃない?私が見る限り、アーテル君はルージュ様ともラランジャとも、友達だと思うけど???」
「んー……。そうなのかなぁ……???」
「そうだよ!……だから、ルージュ様の為にも、ラランジャの為にも、ルージュ様を捕まえて、謝らせよ?!」
いまだに首を傾げてるアーテル君を引っ張って、私はルージュ様を探しに行った。
◇◇◇
……ルージュ様は、リュイ様に絡んで会場の端っこで飲んだくれていた。……ほんと、本格的にダメ旦那だ。
「あ、ジョーヌさん、アーテル……!」
リュイ様がホッとした様に顔を上げる。
「ルージュ様っ!!!何にしてんですか?!ラランジャに謝りに行きますよ!」
「無理だ。謝れない。」
「無理じゃないです。謝ろう?……ドレス汚してごめんねって。本当はドレス贈りたかったけど、こんなのしか準備出来なくってごめんねって!」
「……俺は……!」
グダグダ言ってるルージュ様の手をグーッと引っ張る。
「もう!早く行きますよ?!……ルージュ様に傷つけられた傷心のラランジャは、仲良しで婚約者のいない男の子と2人っきりなんだよ?!……本当に取られちゃうよ?いいの?」
「だけどラランジャは別に俺が好きで婚約者になった訳じゃ……。」
「そんなの、どーでもいいの!……ルージュ様はラランジャを傷つけたの!まず、そこを謝ろうよ?謝ればラランジャは許してくれるから!好きとか嫌いはまた後で!ね?……貴族社会は嫁不足なんだよ?このまま、ラランジャを慰めるってテイでどっか連れ込まれちゃうかもよ?!」
「え……。」
ルージュ様が真っ青になる。
ラランジャと仲良しのあの男の子がそんな事をするかは分からない。だけど……無いとも言い切れないよね?!だってラランジャは美人で性格も良いんだし、仲良くしてるって事は『メッキ』に偏見も無いはずだ。
「とにかく!そうならないよう謝罪です!!!行きますよ!!!」
「お、おう……。」
私は渋るルージュ様を引っ張って、ラランジャのいる壁際にまで連れて行った。
「……ラランジャ……あの。」
「……ルージュ様。私は今日は彼のエスコートで来てるんで。」
ラランジャはそう言うと、班の男の子と移動しようとする。
「ま、待ってくれ。……ドレス、汚してごめん。」
ルージュ様はやる時はやる男なのだ。
背を向けたラランジャに、そうハッキリと謝罪した。
「アーテルがラランジャにドレスを贈ったって知って、俺はヤキモチを妬いてしまったんだ。……だけど、今更ドレスなんか手に入らなくて……それで、店に残ってたソレを無理言って買ってきたんだ。……す、すまない。俺の贈ったドレスをラランジャに着て欲しくって……。」
ラランジャは足を止めて、その場から動かなくなった。
肩が微かに震えている。
「ルージュ様……。わ、私……。」
ラランジャは曇った声でそう言って、振り返る。
その顔には、笑顔が浮かんでいた。
「そ、その……。ドレスを贈れば、脱がせる権利があるんだろ?!」
ルージュ様は顔を赤らめながら、笑顔でそう言った。
ラランジャは目を見開き、そのまま数秒フリーズする。
「……は?!……はぁっ?!……ルージュ様っ、最っ低っ!!!」
ラランジャは浮かべた笑顔をサッとしまうと、班の男の子と一緒にササッと居なくなってしまった。
……。
……。
「……ジョーヌ、俺は何処で間違えてしまったんだろう?」
「いや、最初から全部ですね。」
私が冷たく言い放つと、ルージュ様はガックリと項垂れた。
……。
……。
でも……。
ラランジャは怒ってプイッてした時……ちょっとだけ口元が緩んでた。……だからきっと、ルージュ様が振り絞った勇気はムダじゃなかったって思うんだ。
まあ、ルージュ様には言ってやんないけどね……。




