ドレスとテスト、そしてダンス?!
……結局、ドレスはアーテル君とラランジャに押し切られて、メゾンなんとかっていう高級老舗で仕立ててもらう事になってしまった。(ウエディングドレスの前哨戦とか、怖すぎるんだけど?!)
とはいえ、みんなが褒めて憧れる仕立て屋さんだ。
私が胸が大きいのがコンプレックスだというと、目立たなくなるデザインをいくつも提案してくれたり、ラランジャは背が高いのが悩みだというと、背を高く見せないデザインやら、背が高いからこそ素敵に見えるデザインをどんどん提案してくれた。
だから、いつしか『ドレス嫌だな……。』って思っていたのが、デザインを決めて仮縫いがはじまる頃には、『お仕立て上がりがすごく楽しみ!』って感じになっていた。
「ジョーヌ、仕上がりが楽しみたね?!」
仮縫いに来ているラランジャはドレスを試着すると、嬉しそうに言った。……先日、採寸してデザインや生地をアドバイスされながら決めて、今日はとうとう仮縫いの日なのだ。
ドレスを試着をしたラランジャはとても綺麗に見えた。
まあ、もともと美人だと言うのもあるが……身長の高さを生かした、ラインの美しいドレスで、思わず見惚れてしまう。
「ラランジャ、すごく似合ってる。めちゃくちゃ綺麗だよ!!!」
「あははは。やっぱり100倍美しく見えるドレスだからかな?ルージュ様もそう言ってくれたら嬉しいんだけどな……?」
ラランジャはそう言って笑った。
……いやぁ、これはルージュ様もさすがに見惚れるんじゃないだろうか???……それに、最近のラランジャは、なんだかずいぶん綺麗になった気がする。
「ラランジャの美女度も上がってる気がするよ。」
「あれだ!……ローザ様とヴィオレッタ様から解放されて、ストレスが減ったからだよ、きっと。ジョーヌといると、自然に笑えるし、ヴァイス殿下にジョーヌの事を任されたのも、なんか自信に繋がったのかも?……ヴァイス殿下って、私の存在なんか知らないんじゃないの?って感じだったし。あ、見ててくれたんだ?ってね。……ありがとうね、奥様。」
「……奥様やめてよ。……王子様もだけど、推したのはルージュ様だよ。ルージュ様がラランジャを信頼してるってのも大きいと思う。ラランジャがいつも頑張ってるのは、みんな見てたんだよ、言われなかっただけでさ。……って、ラランジャにお世話になってる私が言うと、なんか偉そうだね?」
「いいんじゃない?偉そうでも?……奥様だし?」
悪戯っぽい顔でそう言われ、私は思わず膨れた。
「ジョーヌのも、すごく似合っていたよ?コンプレックスって言ってた胸元も気にならなかったし、とっても可愛かった。……パーティー、ちょっとは楽しみになったんじゃない???」
「うん、そうだね。……嫌だって思ってたけど、ここのドレスなら楽しみかも!……でも、ダンスは頑張らないとなぁ。こんな素敵なドレスでヨロヨロ踊るのは申し訳ないから。……それにしても色々と提案してくれたから、すんごく迷っちゃったなぁ……。」
そう、嫌だ嫌だと言っていたのに、次々に乙女心をくすぐる様な素敵なドレスを提案されたのだ。……完全に浮かれて悩みまくっちゃいましたよ。
「……沢山迷うといいよ。これからはここでドレスはずっと仕立ててもらう事になるんだから、次は、今回は見送ったデザインで作らせたらいい。」
アーテル君が、優雅にお茶をいただきながら、そう言って微笑む。
「はい。……奥様に飽きられませんよう、今後も色々なデザインや、奥様にお似合いのドレスをご提案させて頂きます。」
アーテル君の正面に座り、やはり同じようにお茶をいただいているイーリスさんも、笑いながら答えた。……イーリスさんとは、この仕立て屋さんでデザインと製作の監修を担当されている、現在のオーナーであり12代目の、初老の男性だ。
「……良かったね、ジョーヌ?アーテル様もああ言ってるし、あんなに悩んで諦めたもう一方のデザインのドレスも、近いうちにお願いできるよ?」
「……。」
何だか高速で外堀が埋まってく気しかしない……。
「あっ!!!アーテル君も仮縫いするんだよね?」
話を逸らせたくて、そんな事を言ってみる。
「ん。まあね。ジョーヌちゃんのドレスの生地と、僕のベストの生地を合わせたらって、イーリスに提案してもらったから……。……お揃いだね?」
「本当に微笑ましい事です。……お小さい頃から、アーテル様のご衣装を担当させて頂いておりましたが、こうして奥様とのお揃いのご衣装であったり、果ては婚礼の衣装を手掛ける事が出来るとか、私には夢の様です。」
……ヤブヘビとはまさにこの事。
やっちまった感がすごい。
ここからは、イーリスさんによる、婚礼衣装への熱い思いと、並々ならぬ情熱を語られてしまった。
外国より手編みの素晴らしいレースを仕入れておくとか、生地はドコドコ産の織り目の細かく光沢のあるシルクが良いとか、シンプルなのもいいが、ビーズを付けたり、刺繍のある可愛いらしいドレスにしてもお似合いになるかもなどと、あまりにも熱心に語られてしまい、私は固まった。
そして、その話を聞いたアーテル君とラランジャが、異様にノリノリになり、それならああしたい、こうしたいとイーリスさんと盛り上がり始めてしまったのだ……。
それはもう、2人が結婚したらいいんじゃない?って言ってやろーかと思うほどだった。
◇◇◇
ドレスの仮縫いは楽しかったが、私たちにはテストという使命もあり、パーティーに浮かれてばかりはいられない。
この日の夜から、私とアーテル君はテスト対策をはじめた。
「ジョーヌちゃん、魔術はどんな感じ?最近はかなり難しくなってきたよね?」
「うん。でもね、ラランジャのアドバイスで今はひたすらにやってる。分からないけど、分からなくてもヤレって言われて、なんか吹っ切れた気がするんだよね?」
「……なんか、ラランジャさんらしいね。ラランジャさんてさ、知性派に見えて脳筋なとこ、あるよね?」
最近、アーテル君はラランジャと、かなり仲が良い。
3人でお昼を食べているのもあるし、気も合うらしく、こうして軽口を叩き合うくらいに親しくしている。
……それに、ラランジャの信頼できる人柄や、咄嗟の判断力やら気遣いをすごく気に入っているのだ。ハトウサギ事件の時にも、ササッとストールを用意してきたり、ラランジャはとても気が利く子だからね。……まあ、それゆえにローザ様やヴィオレッタ様がパシリにしまくっていたのだろうけど。
「確かにそうかも?……でも、なんか不安だったのが、ズバッとやり方を提示してくれた事で、打ち込みやすくなった気はするよ。……とりあえず、魔術はラランジャ式でやってみる!そんな訳で、闇に葬ってたテストを今は見直し中なんだよ?」
「そっか。……そうすると、どこが問題になりそうかな?」
「うーん。教養は割と得意だし、魔術はそのやり方でやるから、やっぱり礼法になるのかなぁ。……剣術はキーシー君との試合で大受けしたから、先生が評価点を上げてくれるって、言ってた。……不本意だけど。」
剣術はまるで上達してないのだが、キーシー君との泥試合があまりにも評判が良く、騎士団のお祭りでも是非!って言われているのだ。講師の先生は、騎士団でも講師をしているから、それに気を良くしていて、今や評価が非常に甘いのだ。お祭りで、またしても試合をさせる為に……!
「……めちゃくちゃウケたもんね。騎士団のお祭りの余興にも出ないかって言われてるんでしょ?」
「う、うーん。……でもさ、このままじゃ、ジョーヌはお笑いキャラになっちゃうし、そこは断ろうかなーと。……礼法はマナーも難しいし、特にダンスがダメなんだよね。ほら、最近は種類も増えたでしょ?……ダンスパーティーもあるからやらなきゃだけど、音楽を聴くと足が動かないし、足を動かすと音楽が分からなくなるんだよ。……気が重すぎる。」
溜息が思わず漏れる。
ドレスは楽しみだけど、ダンスの試験やらダンスパーティーは気が重い訳で……。
「前に、リュイと踊ったのは楽しかったって言ってたよね?……僕と踊るのは、相変わらず楽しくなさそうな顔だけど……。ジョーヌちゃんて、実は僕よりリュイの方が良いのかな?」
ちょっと悔しさを滲ませたように、アーテル君が言う。
うーん。
そういう事じゃないんだよね???
リュイ様とは下手同士で、お互い様って感じだったから、足を踏んでも踏まれても、『テヘヘ』って済ませられた。……でも、アーテル君は凄く上手くて……足を踏むのは私ばかり。申し訳なくて恐縮してしまうんだ。
その上、リュイ様とは寄り添ってても、ダンスだからと割り切って、そこまで恥ずかしくなかったのに、アーテル君だと妙にドキドキしてしまう。……あれだ、やたらとキスされまくった弊害だよ。
「リュイ様が良いって訳じゃなくて……。アーテル君はダンスが上手すぎて足を引っ張ってる感がすごいから、楽しいってより、ごめんなさいっ!って気持ちが前に来ちゃうんだよね?」
「ふーん。なるほど……。」
アーテル君が不機嫌そうな相槌を打った。
ううう。……分かるよ、気持ちは分かります。
私だって、アーテル君に『ジョーヌちゃんと踊るより、運動神経のよいラランジャと踊った方が楽しい。』って言われたら、ショックだ。……万が一にでも『前の婚約者のヴィオレッタとの方が踊りやすかった。』なんて言われたら、たとえ事実でも号泣できる自信がある。
「えーとね?……本当にリュイ様の方がいいって話じゃないからね???……そ、その……アーテル君と踊ると、なんかね、すごーくドキドキしちゃうってのもあってね……?」
「……。へえ……。ジョーヌちゃん、ドキドキしちゃうのか……。」
アーテル君の顔が、なんだか揶揄うみたいに歪んだのを見て、思わずムッとなってしまう。
「アーテル君は……平気みたいたけど、私はするの!悪かったですね?!ダンス、すごーく下手だし、足も踏んじゃうし、勝手にドキドキはするし、まるでお互い様じゃないから、なんか申し訳ないってだけだよ!」
「……。あのさ。……ジョーヌちゃん?」
「なっ、なに?」
アーテル君は、うーんと考え込むと、少し照れた様に言った。
「ドキドキしてるのは、自分だけだって、勝手に決めつけないで欲しいんだよね……?」
「え……。」
「そんなの、僕だってしてるんだよ……。」
「そ、そんなに重い?!私?!」
思わず焦る。
先日、グライスさんにも腰にくる重さがあると言われたばかりだ。踏まれるんじゃないかと、アーテル君をドキドキ・ヒヤヒヤさせる程、重い一撃を入れていたのか……私っ!
「い、いや、そうじゃなくてね?……な、なんて言うのかな、僕もさドキドキしててさ、ついつい……避けきれずに足を踏まれちゃうんだよね……。」
……。
……。
は……い?
「……え、えっと……?つ、つまり、アーテル君は、足を踏まれてドキドキしちゃう系の人って事なのかな……?」
思わぬカミングアウトに、目を見開いてそう尋ねる。……なんてこった。思わぬ所でアーテル君の性癖が明らかに?!
戸惑っていると、パシーンとアーテル君の華麗なツッコミが頭に入った。
「ねえ?!……ジョーヌちゃんは、本気でお笑いキャラ……ボケとか目指してたりする?!」
「へっ?」
「もういい!……ジョーヌちゃんが足を踏んだら、僕も踏み返す、これで行こう!……そうしたらお互い様だから、悪いとか思わずに済むだろ?!なんか言って損したよ、僕!」
アーテル君は、なぜか耳まで顔を赤く染めて、ちょっとムッとした様にそう言った。




