ジョーヌ、誘拐事件?!
控室に着くと、グライスさんは私を椅子に下ろし、屈んでブーツを脱がせてくれた。
……グライスさんとアーテル君はお知り合いみたいだったな……先生って呼んでいたし、家庭教師とかだったのかなぁ?
「……うっ……!」
きつく閉めていたブーツの紐を緩めて、ブーツが動いたら足に痛みが走った。
「ごめんな。あと少しで脱げるから、我慢してくれ。」
……それにしても、さっきの謎の転移。凄かったな。
魔法陣もなかったし……瞬間移動できる魔術なんて、はじめて見たよ。もしや、グライスさんって、すごい人なのかも?
いや……でもなぁ、キーシー君の中身だし???
うーん……???
ブーツがガボっと脱げると、足首がポッコリと腫れていた。
うわぁ……これは痛いわ。
「うわ、酷い……。」
「ん?……そうか?……思ったより臭くないぞ?」
「へ?」
グライスさんはそう言うと、私の足をクンクンと嗅いだ。
……え……。
「ブーツ履いてた割に、あまり臭くない。もっとウッてなるかと思ったが……さすが、女の子だな。」
ひ、ひ、ひえええっ!!!
足っ、足の臭い、嗅がれたっ!!!
変態だ……。
変態がいまーーーす!!!
「いやあぁぁぁ!!!……何で、何で足の臭いを嗅ぐんですかぁ?!?!」
椅子の背もたれギリギリまで下がると、ボロボロと涙が溢れてくる。
「あ、すまない。……つい。」
「『つい』って……『つい』で嗅がないで下さいよ!……怖いです、グライスさん、怖いっ!!!」
「なんだよ……。治してやる気なんだぞ、コレ。」
そう言って、グライスさんは私の足を指す。
「……足の臭いを消す、とかですか?」
「……面白いな、お前。……足首だよ。腫れてるだろ?今さ、治療の魔術をかけてやるから、ちょっと待ってろ。」
グライスさんはまたしてもブツブツと何かを唱えて、私の足に触れた。すると、触れられた所がじんわりと熱くなり……スーっと痛みが消えていく。ポッコリ腫れていた場所も元に戻っている……。
「えっ……すごい!」
「まぁな。……俺、天才だから。……じゃ、帰るわ。」
グライスさんは笑いながらそう言って立ち上がった。
すると、ちょうどその時、控室のドアがバンっと大きな音を立てて開いた。
「ジョーヌ!!!いた!!!」
真っ青な顔のルージュ様が、控室に転がるようにして入ってくる。
「???……ルージュ様?!」
「よ!ルージュじゃねーか!」
「グライス先生、何してるんですか?!……アーテルが、ジョーヌを先生が攫ったって、血相変えて俺らんとこに来て……。ジョーヌは、アーテルの婚約者なんです。勝手に連れてかないで下さいよ!!!……ジョーヌ、大丈夫か?何もされてないよな?」
ルージュ様は心配そうに私の顔を覗き込む。
「……へえ。この子、アーテルの婚約者なんだ?」
「!!!……知らなかったんですか?!」
「まあね。……別に攫うつもりは無かったんだ。怪我をしてたから治療してやるつもりで連れてきただけだ。」
「でも!転移したと!」
「いやさぁ……その子、意外に重くて。カッコ良くお姫様抱っこしたトコまでは良かったんだけどさ……。あ、コレ、腰にくるわ。俺、腰やっちゃうわ……って思って、魔術でここまで運んだ訳よ。」
……そんな重かったのか、私。
明日から、食べるの減らそう……。少なくともお菓子は暫く我慢しよう。
「あ、あの……。グライスさんって、何者なんですか?」
「あ、俺?……俺はさヴァイスとアーテル、それからルージュの魔術の先生を昔やってたんだ。……今日はダラダラしてたら、ルージュの父親に『暇なら、キーシー君役でもやってくれ。』って言われて、それで着ぐるみに入っていたんだよ。」
「へぇ……。」
「……父上……。グライス先生をこき使うなよな……。」
ルージュ様はそう言って、頭を押さえる。
「ジョーヌ。……あのな、グライス先生は、アーテルの叔父なんだ。」
「叔父さん……?」
……ん???
アーテル君の叔父さん???
つまりそれって、アーテル君のお父さんの弟って事だよね?
あっ!!!
アーテル君のお父さんのお兄さんは……王様だから……この人も……王様の弟?!?!
「しかし、アーテルがそんなに焦って探すなんて、今度の婚約者は随分と大切にしてるんだな。……それにしても、ジョーヌ、お前はドコに落ちてたんだ?」
……落ちてた?
木の実か何かかな、私。
「えーと、船着場に落ちてたのを、アーテル君が拾ったんです。」
とりあえず、合わせて言ってみると、グライスさんがクスクスと笑った。
「へえ。お前、やっぱりノリがいいな。面白い。……じゃあ俺も、今度から船着場は小まめにチェックしてみるわ。面白い子が落ちてるかも知れないからな。……なあ、ルージュ、アーテルが婚約者にするって事は、この子はメッキって訳じゃないんだろ?何者だ?社交界にいたか?こんなヤツ?」
「ジョーヌは……数年前に爵位を貰ったアマレロ男爵の娘ですよ。」
「アマレロ男爵?」
グライスさんが考え込むと、すかさずルージュ様が「例の、ガン無視男爵です。」と言った。
「ああっ!あの、ガン無視男爵か!!!」
父さん……どうやら、アマレロ男爵より、ガン無視男爵として、めっちゃ有名みたいだよ……?!
「へえ……。あの強者の男爵の娘かぁ。……凄いの見つけてきたな、アーテルのヤツ。……あ、ジョーヌ、俺はアマレロ男爵をある意味リスペクトしてるからな?よろしく言っといてくれよ。国王の招待状すら無視するとか、強すぎるだろ、お前の父親。そこまでくると、ある意味、カッコいいよな!」
!!!
父さん……国王様の招待状すら無視してたのね……。
そりゃ、有名にもなるわ……。
「とにかく、ジョーヌは連れてかないで下さい!アーテルが取り乱すんで。……万が一にでも、魔物が湧いたらマズイですからね?!」
「……え?……そんなアーテル焦ってるのか?……へえ……あのアーテルがねぇ……。随分とお気に入りなんだな?……ふーん、面白い事になってるんだな、学園も。……ま、いいや。誘拐するつもりじゃ無かったんだ。アーテルに謝っといてくれ。俺はもう帰る……。じゃーな、ルージュ!ジョーヌも、またな!」
グライスさんはそう言うと、またブツブツと何かを唱えて光って消えてしまった。
……。
……。
グライスさんの消えた場所を、ルージュ様とポカンと眺める。なんだか嵐のような人だったな……。
「あ!ジョーヌ、アーテルが凄く心配してんだ!アーテルの所に早く行こう。怪我は大丈夫なのか?」
「うん。さっきグライスさんが治してくれた。」
私は、ルージュ様に促され、アーテル君の元に急いだ。
◇◇◇
「ジョーヌちゃん!」
アーテル君が居るという部屋に行くと、ソファーに座っていたアーテル君が立ち上がり迎えてくれた。
何故か同じ部屋には、王子様もおり、テーブルを挟んでアーテル君と座っていたみたいだ。
「アーテル、ジョーヌはグライス先生が攫ったんじゃなく、手当てしようと控室に転移しただけだったんだ。……先生は別にジョーヌを害そうとしていた訳でもないし、他意も無かった。……アーテルが焦りすぎただけだ……。」
ルージュ様がそう言うと、微妙な顔をしていた王子様が立ち上がる。
「ルージュ、もう私は戻る。……良かったなアーテル、ジョーヌが見つかって。……グライス先生は、お前やその婚約者を害したりしないと言った通りだったろう?……ルージュ、リュイと協力して、今後はジョーヌをなるべく見守ってやれ。ちょっと居なくなる度に、アーテルが、こんなになるのは、かなわないからな。」
「分かりました……。ジョーヌは女性ではラランジャと親しいのですが、ラランジャに協力させても?」
「ああ。そうしろ。女性同士で過ごす事もあるからな。気の利く彼女なら、ジョーヌを見ておく事くらいできるだろう……。ローザ達にもつまらない事でラランジャさんを呼び立てるなと言っておく。……おい、ジョーヌ。」
「は、はい?」
話しかけられると思っていなくて、ポケーっとしていると、渋い顔の王子様に睨まれた。
「いいか。お前はアーテルの婚約者だ。自覚を持て。あまりアーテルに心労をかけるな。」
「……は、はい。」
言うだけ言うと、コツコツと靴音を鳴らし、大股で部屋から出て行ってしまった。ルージュ様も慌てて後を追う。
部屋には、私とアーテル君の2人が残された。
ん?……なんだか空気が重い???
「ジョーヌちゃん……僕……。」
「アーテル君、ごめんね?なんか心配かけちゃったんだよね?」
「……。」
アーテル君は私から目を逸らすと、ソファーに座りガクリと項垂れる。
「……ど、どうしたの?何かあったの?!」
「目の前でジョーヌちゃんが消えて……僕……驚いて……よく考えたら、先生がジョーヌちゃんに何かするはずないのに……。でも、僕……。誘拐されたのかと……。学園祭で生徒と観客が接触出来ないのは、どさくさに紛れての誘拐事件が、過去に何度もあったんだ。……だ、だから……。」
そう言えば、そんな事を言っていたなぁ……。
「僕があまりに動揺しちゃったから、魔物が湧くかもって思われて、ヴァイスが居てくれて。……ヴァイスは魔物を寄せ付けないから……。」
「なんかごめんね?……すごく心配させちゃったんだね、私。」
私はアーテル君が固く握りしめた手に、そっと自分の手を重ねた。
「あの……。ジョーヌちゃんは、僕が……怖くないの?……僕の婚約者でいるの、嫌にならない……?僕たち、婚約破棄になるんじゃ……。」
えーと、何でイキナリそんな話になったんだ???
「えっと、何で???……どうしたの、急に???魔物が湧くかもって思われる程、動揺して心配してくれたんだよね?……ありがとう。おかげさまで、ジョーヌは無事でしたよ?」
「???……あの……魔物が湧くって怖くないの?」
「いや、『湧きそうなくらい動揺した』だけでしょう?……別に魔物が湧いた訳でもないし……。王子様も、すごく動揺してるアーテル君が心配だから側にいてくれたんじゃない?……私だって、目の前でアーテル君が誘拐されたかも!ってなったら、かなり取り乱すと思うし、そんな取り乱した人を放っておけないって気持ち、わかるよ?……アーテル君は魔物が湧くってのに囚われすぎなんだよ。みんなが言うからってのはあるだろうけど……。でもね、王子様なりに、従兄弟のアーテル君が心配だったんじゃないのかなぁ?」
私の言葉にアーテル君が目を見開く。
「……。……ジョーヌちゃんと居ると、なんだか世界が変わるね……。……確かに、ヴァイスはずっと、僕が落ち着くようにって、励ましてくれてた。……僕はずっと、魔物が湧かないようにって、気休めを言ってるのかと思ってたけど……。」
「アーテル君、王子様にお礼しなきゃね?」
アーテル君は笑って「じゃあ、何か開運グッズでも贈る事にするよ。」って言った。




