ジョーヌは、休暇中に気持ちを引き締められたのか?!
「ねえ、ジョーヌ、さっきから引いてるみたいよ?」
兄さんに言われハッとして釣竿を引くが、もはや手答えはなくなっていた。
はぁ、何やってんだろ、私。
兄さんがせっかく釣りに連れて来てくれたのに、全然集中できない。……いや、別に釣りって、そんなに集中してやるって感じでもないけど。
でも、糸を垂らしてボンヤリしていると、考えるのはアーテル君の事ばかりだ。
休暇で会わない間に気を引き締めて、流されないようにしようって思ったはず……なのに!
先日、姉さんの彼氏に合わせてもらった時も、彼の素敵さを、ちょいちょいドヤる姉さんに、アーテル君だって、なかなかなんだよ?!って内心で張り合ってた。
……アーテル君は、別に彼氏じゃないのに。成り行きで婚約しちゃってるけどさ……。
姉さんの彼氏は、すっごく素敵な人だった。いかにも有能で大人の男性って感じで、海外で買い付けた商品を販売する会社を経営されてるんだって。うちもお薬をアキシャル国から輸入してるから、その関係で知り合ったらしい。
姉さんの彼氏は、父さんとも知り合いらしく、私があまりにも父さん似なので、ちょっと笑われたけど、すごく感じの良い人で、姉さんともお似合いだった。
……。
「ジョーヌ、釣り、楽しくない?」
「えっ?……楽しいよ???」
「でもさ、ずーっとボケーっとしてるだろ?」
「うーん。……そうなんだよねぇ。何かボケーっとしちゃうんだよねぇ。……あっ!兄さん、兄さんは姉さんみたいに、恋人とか出来ないの?」
「ええっ、それ、聞いちゃう?……俺が女の子が苦手なの、知ってるだろ?……それに、俺にはリッチーとエイミがいるから!」
兄さんは、割とイケメンなのに、あまりにもフニャフニャで推しに弱く、子供の頃から強引な女の子に言い寄られて困っていた。それもあって、イマイチ女性を苦手としている。
……に、しても、猫にハマりすぎだよ。
ちなみにこの釣りも、リッチーとエイミの為にはじめたのだ。エイミが肉よりお魚が好きだから……。
「でもさ、その割に、一途ではないんだよね?」
「へ???」
「だってさ、アーテル君の猫のヒミツ君が来る間は、お友達にリッチーとエイミを預けるんでしょ?……浮気じゃないのかな?……それ?」
「いやいや、浮気じゃありませんよ?……リッチーとエイミの為ですからね?……だってリッチーが荒れるだろ?ヒミツ君は話せるらしいから、言えばエイミには近づかないでくれそうだけど、リッチーは話も分からないし、きっと、ずーっとフーフー言ってて、可哀想になるよ。」
「まあ、確かにね……。」
そうだよねぇ……。リッチーはエイミが関わると普段の落ち着いた感じじゃなくなっちゃうし、そんなリッチーを見てるのは辛いかも……。エイミも混乱しそうだし。
「俺のお店を手伝ってくれてる子が、猫好きらしくて、その話をしたら『預かりましょうか……?』って言ってくれたんだ。……だから、彼女にお願いしようかなぁって。……大人しそうに見えるんだけど、しっかりしてて、真面目で優しい子なんだよね。前に店に2匹を連れてった時も、可愛がるだけじゃなくて、ちゃんとお世話もしてくれてさ……。あっ、後でお礼に食事にでも誘ってみようかな?……どう思う、ジョーヌ?」
ふーん……なるほど……。
これはチャンスかも?
兄さん、このままじゃ、猫オジサンまっしぐらだし……!
女の子が苦手な兄さんが、猫たちを預けるなんて、その時点で好感度MAXだとしか思えない。……しかも、しっかりしてて真面目な子とか、兄さんにはピッタリな気がする。ぜひぜひリッチーとエイミを預かって貰って、それをきっかけにお近づきになって欲しい!……頑張って仲を取り持つんだよ、リッチー&エイミ!
「ご飯に誘うの、すんごく良いと思うよ!……きっと猫好き同士だし、話が弾むと思う!!!」
そう言うと、兄さんはパァッと顔を明るくした。
……兄さんは、見た目は母さん似だけど、中身は父さんや私寄りなんだよねぇ……。
「あ!そういえば、ジョーヌ。昨日は学園のお友達とショッピングも行ってきたんだろ?……すごい大きな荷物を抱えて帰ってきたじゃん?あれって、一体何を買ってきたの?」
「クッションとブランケットだよ。」
「お洋服とかじゃなく……?」
学園に戻ると、制服を着る事が多いし……。てか、ホントのとこは、服まで予算が回らなかったんだよね……。高かったんだもん。ブランケットとクッションカバーがさぁ。
「仔ヤギの毛で織ったブランケットってのがあったの。すごーくふんわりで癒される感じのヤツ。お揃いでクッションカバーもあって、それに合わせて、クッションの中身も買ったんだ。羽がタップリ入ったフカフカのやつ!そしたら、すごい荷物になっちゃって、ラランジャに呆れられちゃった。……『ショッピングって、普通はお洋服じゃないのっ?!』って。」
「いや……俺もそう思うけど?……寮に帰るのに、なんでブランケットとクッション?しかもこの季節に???」
兄さんのツッコミにウッと詰まる。
確かに、それはそう……なんだけど……。
「アーテル君の泊まるお部屋に置こうと思ったの。……アーテル君って、ショートスリーパーってヤツらしくて、夜も遅くまで起きてるし、朝もすんごく、早いの。……朝晩はさ、冷えるでしょ?」
ラジアン国は、割に冬が厳しい国で、真夏でも朝晩は冷えるのだ。
「……そうだね、確かに。日中はともかく、夜は冷える事もあるね。」
「……でしょ?で、そのブランケットを見てたらお店の人がね、薄いのにあたたかいし、サラッとしてるから蒸れないんですって言うのね?触らせてもらったら柔らかくて、なんか癒される感じだし、色も落ち着いたグレーで光沢と品があってね……。」
「……ジョーヌ、めっちゃセールストークにやられてない?ソレ???……ジョーヌは大好きなんだね、アーテル君の事が。」
……え。
大好き……なのかな、私……???
そ、それは違うと思うよ、兄さん?!
「違うよ!お友達だからだよ?……お友達はさ、大切に決まってるでしょ?……だからだって!おもてなしだよ!……アーテル君はね、休暇中もすごーく忙しいらしいのね?それで、アマレロ家には息抜きがてら来るんだよ?……ゆっくりして欲しいでしょ?」
「へえぇ……?」
「兄さん、何かその顔、嫌だっ!……兄さんだって、ヒミツ君に会いたいって、おもてなししたいって、こうして釣りに来てるんじゃん!」
そう、今日の釣りの目的は、ヒミツ君の為に、兄さん特製の猫用お魚ハンバーグ(玉ねぎは不使用です。)を作製する為なのだ。……ちなみにエイミの大好物でもあるので、エイミたちの分も作って、預かってもらう時に持たせたいらしく、今日の私たちはかなりの魚を釣り上げなくてはならない。
まるで釣れてないけど。
「まあね。……なあ、アーテル君とヒミツ君は明日の昼に来るんだろ?そろそろ頑張って釣らないと、明日の朝に2匹を預けに行くのに間に合わないよな……?」
あ!そうでした!
兄さんは明日の朝一で2匹を預けに行くから、ハンバーグは今夜には作らなきゃならない。……なのに、圧倒的に魚は足らない。
「兄さん、頑張ろう!猫たちのために!」
「だな、ジョーヌ。釣るぞ。」
私たちは、釣り糸を垂らした。
◇◇◇
久々に会ったアーテル君は顔色がすごく悪く、笑顔もなかった。……あまりのお疲れ具合に、驚いてしまう。一緒にアーテル君(正確にはヒミツ君狙い。)を迎えに行ってくれた兄さんも驚くほどに、それはとても憔悴して見えた。
……まあ、家に着いて婚約の話をする頃には、だいぶ復活して元気になっていたけどね。……そうして、いつものアーテル節を炸裂させ、我が家はあっさりとアーテル君との婚約を大歓迎するムードになってしまった……。
母さんが気合を入れて作った夕飯も、美味しそうに食べてくれていたし、うん……やっぱり忙しすぎて疲れてたのかな?
ちなみにヒミツ君は、めっちゃ可愛かった。
猫なんだけどね、話すと完全に人と変わらないの。性格も
飄々とした感じとか、つかみどころのない感じとかが、なんとなくアーテル君に似てて、すごく面白いんだ。
しかも、猫用の食べ物は食べないらしく、人と同じものがお好みなんだって。そんな訳で、兄さん特性の魚ハンバーグは拒否されてしまった。玉ねぎも食べて平気なんだって。……ヒミツ君曰く、ヒミツ君は実は猫ではないんだって。あくまで猫型の魔獣だから、猫と一緒にされるのは困るんだよねって言っていた。
その晩、アーテル君には早めに寝てもらった。
部屋に見に行ったら、なんだかまた元気がなくなっていたから……。本当にお疲れなんだろう。
でもね、次の日からは、私たちは休みを満喫したんだよ!
バーベキューパーティーをして、お腹がパンパンになる程食べたり、アーテル君がやってみたいと言うので、釣りにも行ったり、ちょっと遠出して湖にボートを乗りに行ったりもしたし、一緒に家でお菓子作りもした。(アーテル君が『はちみつレモンケーキ』をご所望でしたので、作ってみよう!ってなったのだ。)私たちは、そんなのんびりでまったりな休暇を一緒に楽しんだんだ。
あっ!そうそう、それからね、ブランケットとクッションだけど、愛用してくれていたみたいだよ……!
私はアーテル君を部屋に行くたびに、こっそり使ってくれてるかチェックしてたの。クッションはちょっぴり位置が変わっていたり、たまーにブランケットを肩にかけてる事もあったりして、買って良かったなーって、私はコッソリと歓喜してたんだ。
でもね……楽しい休暇は……なぜか直ぐに終わってしまう。
◇◇◇
「ジョーヌちゃん……泣かないでよ。……すぐに学園が始まるし、そうしたら会えるよ。」
「でもっ……。アーテル君といて……すごく、楽しかったから。」
アーテル君を迎えに来た車の前で、私はとうとう悲しくて泣いてしまった。確かに再来週からは、また学園が始まるけど……。でも……。それって、だいぶ先の話しだよ。
「アーテル、ジョーヌちゃん、泣いてるよ?」
アーテル君に抱っこされたヒミツ君が、アーテル君を見上げてそう言う。
「ヒミツ、ジョーヌちゃんはね、すぐに泣くのが特徴なんだ。だから、あまり気にしなくても大丈夫だよ?」
……アーテル君が私の扱いに慣れてきてる?!?!
やっぱり私、泣きすぎ?!……いや、泣きすぎですよね。
「でもさ、女の子が泣いているのに何もしないで見てるのは薄情だと、僕は思うんだよね……?」
「ふーん。なるほど?……ヒミツはどうしたら良いと思うの?」
ヒミツ君はアーテル君の腕からピョンと飛び降りると、私に飛びついてきた。
「うわ!ヒミツ君?!」
「ジョーヌちゃん、泣かないで?」
慰めてくれるつもりなのか、頬に頭を擦り寄せる。柔らかなヒミツ君の被毛と体温が心地よい。
「……ヒミツ君……。」
あまりに健気に、私を慰めてくれようとするその様子に、なんだか笑みが溢れてくる。
「僕ならこう慰める。……ほーら、ちゃんと泣きやんでくれたよ?……アーテル、人とはね、気持ちを寄り添わせる事が大切なんだ。そうやってお互いに情緒を育んでいくの……分かる?」
私が泣き止むと、ヒミツ君は私の肩に乗り、アーテル君にそう言った。
「……なるほどね。参考になりました。さすがヒミツは先生ですね?」
「まあね!……僕はあくまで猫型の魔獣だから、長生きで人生経験豊富なんだよ!」
2人のやり取りがなんだかおかしくて、クスクスと笑ってしまう。2人は本当に仲が良い……。
「……ジョーヌちゃん。僕も寂しい。……でも、僕はこんな時にどうしたら良いか、ちゃんと知っているんだよ。……ヒミツとは全く違う方法だけどね?」
アーテル君はそう言って、私の肩に手を置いた。
「……結婚すればいい!!!そう思わないかい、ジョーヌちゃん!……そうしたら、僕たち、ずっと一緒だ!!!」
……!!!
……。
……一瞬、『あっ!なるほど!』って思ってしまったけど……私、こんなんで、本当に大丈夫なんだろうか……?休暇中に気持ちを引き締める予定、どーなった?!
アーテル君は言うだけ言うと、笑いながら車に乗った。
「ジョーヌちゃん、またね!」
……そう言ったアーテル君の笑顔はとても元気そうで……。
私との休暇が少しでも癒しになってくれたのなら、良かったなぁって、思ったのだ。




