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詐欺師な令息アーテルの休暇・後編◆アーテル視点◆

「ねえ、すごくイイとこだね、ここ!……僕ジョーヌちゃんも、ジョーヌちゃんのお家も、ご家族も、みーんな気に入ったよ!」


僕の為に用意してくれた部屋で、ベッドに腰掛けていると、ヒミツは擦り寄って来て、満足げに言った。


「うん……そうだね。」


ジョーヌちゃんが言っていたように、アマレロ家は貴族の家というにはほど遠いが、割に大きくて機能的で、あたたかな雰囲気の家だった。


ちなみに、自慢しようと思っていた車もアマレロ家にはあった。ジョーヌちゃんのお父様がお付き合いで買ったそうだ。僕を送ってくれた、シュバルツ家の車よりは安物だよってジョーヌちゃんのお父さんは謙遜していたが、やっぱりアマレロ家は、かなり裕福な家なのだろう。


僕が滞在する為に準備してくれたこの客間は、ベッドとライティングデスクと、テーブルとソファーがあるだけでいっぱいの、小さな部屋だが、日当たりが良く、なんだかホッとする空間だった。


ベッドには手づくりのキルトカバーがかけられていて、ソファーには質のいいクッションとブランケットが準備されており、水差しと、お菓子が入った籠まで置いてあって、テーブルには可愛らしい花が生けられていた。……とても歓迎してくれているんだなってのが、伺える。


ヒミツ用にと、部屋にも部屋の外にも、爪研ぎやオモチャなどの新品の猫グッズが沢山準備されていて、ヒミツはずーっとご機嫌だ。


「それにしてもさ、ジョーヌちゃんのお兄さんとお姉さんは美形さんだねぇ……。僕、ウットリしちゃったよ。お母さんも物凄い美人で料理上手だし……美味しかったね、夕ご飯!」


「うん。そうだね。すごいよね、料理人でもないのに、あんなにお料理できちゃうなんて。……でも、ジョーヌちゃんだけが、お父様にソックリで、ちょっと可哀想かな?もう少しお母様に似れば、美人だったろうに……。」


「ええっ?……美人でなくても、僕、ジョーヌちゃんもジョーヌちゃんのお父さんも大好きって思うよ?……それにジョーヌちゃんはね、とっても可愛いって思う。」


「そうかなぁ……?見た目は普通だと思うけど……?」


僕がそう言うと、ヒミツは僕の手をピシッと叩いた。猫パンチってやつだ。


「アーテルは情緒が無いから分からないんだよ。」


だからさ、情緒って何だよ……。


婚約の話はとても上手く行った。


アマレロ男爵は……とても明るく屈託のない性格の人で、学園でジョーヌちゃんを守るために婚約したと話すと『こちらこそ、娘をよろしくお願いします!』と頭をペコンと下げてきた。……まさに、ジョーヌちゃんのお父様って感じの人だった。


お母様の方も『ドラマチックだわ!』って、キャーキャー騒いでいたので、反対はされてないと思う。


しっかり者と名高いお姉様には、ラランジャさんのアドバイス通りに騎士団への常備薬の納入について、お話をさせていただいた。……結果、あっさりと婚約と結婚への支持を得る事ができた。


猫好きのお兄さんはヒミツにメロメロで、『婚約?結婚?いーんじゃない?ヒミツ君かわいーし。結婚したら、またヒミツ君に会えるもんねー?』って感じだった。


でも。


……まさに思惑通りなのに……なぜかさっきから、モヤモヤが晴れない……。


「……なんだか、人の良いアマレロ家を騙してるみたいなのが、最悪の気分なんだよね……。」


「ふーん。アーテルがそういう事を言うって、興味深い。少しは気持ちが育ってるのかな?良い傾向かもね。……さてと、僕は行くね。」


ヒミツはそう言うと、ベッドからタシッと床に降りた。


「行くって何処に?」


「ノランさんと一緒に寝る約束をしてるんだよ。明日はフラールさんで、明後日はお父さんとお母さん。……僕、撫でられるのに忙しいんだ。だから、じゃーね?!」


そう言ってドアをカリカリし始めたので、開けてやろうかと立ち上がると、ノックの音と共にジョーヌちゃんが部屋に入って来た。それと入れ替わりに、ヒミツはドアの隙間からチョロリと廊下に出て行く。


「ヒミツ君、兄さんの所に行くの?」


「うん!」


「ここを真っ直ぐ行ったとこの、ドアに猫用の入り口があるのが、兄さんの部屋だよ?」


「分かった!行ってみる!ジョーヌちゃんありがとう!おやすみなさい!」


ジョーヌちゃんはヒミツと少し話すと、僕に向き直った。


「あの……。アーテル君、何か困ってない?足らない物とかあったら言ってね?」


「特にないよ?……ジョーヌちゃん、ありがとう。」


「なんか、やつれて見えるよ?……休暇、大変だったの???」


「ん。まぁね……。」


僕がそう言うと、僕の隣にジョーヌちゃんは腰をかけた。


「あ、あのね……私は休暇、けっこう楽しかったよ。姉さんの彼氏にも会わせてもらえたし、兄さんと釣りに行ったり、ラランジャとも会ってお買い物に行ったんだ……。で、でも……。」


そう言って、何故かジョーヌちゃんは俯いた。

そっか……楽しかったのか……良かったね……。


「……僕はさ、まるで楽しくなかったよ。夜会やパーティーも連続で疲れたし、国外にも出たから……疲れた。それに……。……。」


何故かその後の言葉が出てこない。


……。

……。


2人でなんとなく黙っていると、ジョーヌちゃんが顔を上げて僕に言った。


「あのね。……私ね、アーテル君と早く会いたいなって、ずっと思ってたんだ。あー、今ごろアーテル君は何してるのかなぁ?元気かなぁ?って。……お手紙、書けば良かった。」


……。


ジョーヌちゃんの言葉に、なんだか胸がフワッとあたたかくなって、言葉がすぐに見つからない。


えっと……どうしたら良いのだろう?


僕は、ジョーヌちゃんと過ごすようになってから、よく分からない感情に振り回されている気がする……。


「……気持ちは嬉しいけど、国外にも出てたし、きっと忙しくて、手紙に返事は書けなかったよ。……でも。……僕も、ジョーヌちゃんはどうしてるかな?って思ってた。……お月様を見るとさ、なんだかジョーヌちゃんを思い出すからね?」


「んんん?!……何それ?!私が黄色くて丸いって事なのかなぁ?」


「あはは。そうかも???」


僕が笑いながらそう言うと、ジョーヌちゃんはムーっとふくれた。


……でもさ、本当に似てるんだ。


真っ暗い夜を照らす月は、ジョーヌちゃんを思わせる。……だから僕は、ずっとそれを見ていた。


「あれ?……そういえば、アマレロ家の飼い猫のリッチーちゃんとエイミちゃんは?」


「今はね、兄さんのお友達のとこに預けてる。リッチーは普段は大人しい猫なんだけど、他の猫がエイミに近寄るのが嫌いなの。だから、ヒミツ君が来るから預けたんだ。」


「……へえ。ヤキモチ妬きの猫なんだね?リッチーちゃんて。大好きなエイミちゃんを独り占めしたいんだろうね。」


なんとなくリッチーちゃんの気持ちが分かる気がする。……って、やっぱりどうかしてるよな、僕は……?シーニーじゃあるまいし……。


「うーん?やっぱりヤキモチなのかな?……リッチーとエイミの関係は謎なんだよ。ヒミツ君みたく話せないからね?……怪我をして動けないエイミにリッチーが付いてるのを兄さんが拾ってきたの。他の猫が近づくと怒るのも、それでかと思ってて、兄弟かなって思ってたんだけど……やっぱり夫婦なのかな?」


「どうだろうね?……でも、リッチーちゃんはエイミちゃんが大切で、守りたいって思ってるのは本当だろうね。怪我もしてたんだろ……?」


「うん。兄さんが頑張って手当てして、だいぶ良くなったんだけど……エイミはまだ足を少し引きずっているんだよね。……ねえ、アーテル君、魔術でそういうのって、治せたりするのかな?……私ね、どうせなら治療の魔術を覚えたいって思ってるんだ。……あ、エイミを治したいからってだけじゃなくてね?!」


……治療の魔術か。


治療の魔術はかなり難しい。他の魔術とは魔法陣もまるで違うし、古代語も少し綴りが変わっていて独特で、魔力量と言うより、コントロールがものをいう。


……まあ、お金にはなるから、それでも覚えたいって奴は多いのだけど。とくに貧乏貴族で跡取りにもなれない奴らには人気がある。これで食べていけるからだ。……ただし、マスターできる奴はそこまで多くはない。


「そうだね……。2年生になると選択できるようになる筈だよ?ジョーヌちゃんは、治療を選ぶの?かなり、難しいよ?」


「そうなのかー……。でも、せっかく魔力があって、学園に入れたのだから、やってみたいな!挑戦してみたい!……治療って、みんなの役に立てるじゃない?!」


……ジョーヌちゃんは、泣き虫だしビビリなのに、案外に前向きな所がある。来たくなかったはずの学園なのに、こうしてやりたい事を見つけて、進んでいけるのだから……。


「ジョーヌちゃんってさ……偉いよね。」


「え、何で?……どうしたの?」


「僕の方が、ジョーヌちゃんと釣り合わないかも……。」


魔術どころか社交界すら知らずに、泣きながら1人で魔術学園にやってきたジョーヌちゃん。……でも、短い間にも、ラランジャさんとは親友みたいになってて、ルージュとリュイは、ジョーヌちゃんを気に入っている。……授業だって分からない事ばかりだろうし、やりたかった事でもなかっただろうに、前向きに取り組んでいる。そして、やりたい事まで見つけた……。


……捻くれ者の僕とは……なんか心根が違うんだよね。


なんとなく溜息か漏れた。


「ねぇ、アーテル君、すごくお疲れなんじゃない?……パンケーキ屋さんで会った時も顔色が悪かったし、今も疲れた顔になってるよ?……早く休んだ方がいいのかも。休暇中に少し痩せた気もするし。」


ジョーヌちゃんはそう言うと、ベッドから立ち上がり、僕にもう寝るように勧め、布団をめくる。


まあ、痩せるよね。

下手な場所では、何も口にしない事にしてるしさ……。


「そうだね、疲れてるのかも……。そろそろ寝ようかな?……あ、明日の朝、走る?」


「あははは。そうだね、走ろう?!……私ね、休暇中は朝に走ったりしてなかったから、ちょっと太ったかもって思ってたの!……それじゃ、おやすみなさい、アーテル君。」


ジョーヌちゃんはそう言うと、僕を横たわらせ、布団をかける。


「……変な感じだ。」


「そうなの?……やっぱり疲れてるんだよ。明日はバーベキューしようね?お肉、いっぱい焼くから食べて。元気になれるよ。……おやすみ、アーテル君。」


そう言って、僕の額にキスを落とす。


「……えっと、それ、誘ってる?」


「はっ?!……なんでそうなるかな?……おやすみのキスだよ。してもらった事ない?よく眠れるおまじないみたいなモンだよ???」


……へぇ……。そうなんだ?


「ふーん。そんなおまじない知らなかった。……つまりさ、これって僕の初めてのおやすみのキスじゃない?」


「えっ?……あ、そうなるのかな?」


「僕としては、それは未来のお嫁さんとしようと、この歳まで大切にとっておいたんですよ。」


「……なんか、嫌な予感……。」


「嫌って事はないよ。……やっぱりさ、責任とって貰わなきゃ困るかなーって。僕の初めてを奪われちゃった訳だし……。」


僕がヘラっとそう言うと、ジョーヌちゃんはハイハイって感じで、布団越しにポンポンと叩く。


「やっぱり、そんな事言うと思った!……じゃあさ、考えとく。……ねぇ、本当にもう寝なよ?なんだかアーテル君、本当に疲れた顔してるんだよ?……おやすみなさい、また明日ね?」


そう言うと、灯りを消して部屋から出て行ってしまった。


……。


……。


……いつもなら、慣れない場所では僕は深く眠れない。いや眠らないようにしている。


だけど。


……ジョーヌちゃんのおまじないが効いたのか、その晩、僕は……とても深く眠った。





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