詐欺師な令息アーテルの休暇・前編◆アーテル視点◆
「よ、大丈夫か?なんだか元気ねーぞ?」
ボンヤリとテラスで月を見ながら風にあたっていると、ルージュがやって来て僕に声をかけた。
……ルージュは何だかんだ言って、昔から面倒見がいい。
親分肌ってヤツなんだろう。
「……なんか、疲れてて。夜会も連続で5日目だし、先週までは国外に出てたからさ……。ヴァイスもだけど。」
チラリと室内に目をやると、ヴァイスはローザと踊っていた。……ヴァイスも疲れきっているのか、動きにキレがない。その辺りは幼馴染でもあるローザが、うまい具合に合わせて、それなりに見れるように動いている。
「お前は踊らないのか?さっきから、誘われたそうにしてるヤツが何人かチラチラ見てたぞ?」
「うーん……。面倒かな。」
みんな僕と婚約はしてくれない癖に、家柄と見た目が良くて、ダンスの上手い僕とは踊りたがる。……魔王になる僕と結婚はしたく無いけど、遊ぶだけならピッタリって事なのだろう……。
いつもなら、そんなお誘いも暇潰しには最適なんだけど……なんだかそんな気も起こらない。
「ジョーヌに義理立ててんのか?」
「……まさか。……疲れてんだよ、僕。」
そう言って、室内に戻ろうとすると、ルージュに腕を掴まれた。
「……ジョーヌを本当に嫁にする気なのか。」
「他に誰もいないしね?……ヴァイスのスペアとしては、僕も結婚しない訳にいかないだろ?……ジョーヌちゃんじゃダメかい?」
「いや……。……あの子は何者なんだ?あのネックレス……アーテルは何を考えている?」
ルージュが真剣な目で僕に問う。
「ルージュが考えている様な野望は抱いていないよ。……ネックレスは想定外だった。……ジョーヌちゃんは何も知らないみたいだけど、あの『呪いのネックレス』が手元にあるなら、そういう事なんだろうね……。」
……船着場で見かけた時にもしかして……とは思ったが、あのネックレスを見つけた事で、それは確信に変わった。
「……ジョーヌはお前には合ってると思うし、俺たちも気に入ってる。それに、あれが本物なら、イザという時に切り札にもなる……。いい相手だ。大切にしろ……。」
「本物だし、言われなくてもそうするよ。……でも、ルージュに言われたくないかな?……君こそラランジャさんを大切にした方が良いって思うよ?」
「うるせーよ。……俺にも色々とあるんだよ。」
「……『メッキ』は嫌って事?」
「ちげーよ。そんなんじゃねーし。……まあ、いい。そろそろ戻ろうぜ?あんまりヴァイスから離れてる訳にもいかねーだろ。」
ルージュはそう言うと、僕に戻るよう促した。
僕は振り返って、黄色い丸い月をもう一度だけ眺め、ルージュと一緒に会場へと戻って行った。
◆◆◆
「ねえ、アーテル?あと何日?あと何日で、お泊まりに行けるんだい。」
疲れきって屋敷に戻り、就寝の準備を整えてベッドにやってくると、丸まって寝ていたはずのヒミツがパッと起き上がり僕に聞いた。
「……ヒミツ、起きてたの?」
「猫は夜型なんだよ。……ねぇ、ジョーヌちゃんの家には、いつ行くの?」
ヒミツは僕が学園に行ってから、だいぶ退屈していたようで、僕が帰って来る休暇を楽しみにしていたらしかった。戻って来るなり、学園の話をしろとせがみ、話してやると、ジョーヌちゃんの話を特に気に入っていた。そのため、一緒に泊まりに行くのを、とても楽しみにしている。
「ん……。来週だよ。あと5日も先だ。」
撫でてやりながら、溜息を吐く。……5日って、だいぶ先な気がする。
「アーテルはさ、すっごくジョーヌちゃんに会いたいんだろう?」
「まぁね。学園では毎日一緒だったし……なんか寂しいよ。」
「ふーん。……学園に入る前は、僕とも毎日一緒にいたろ?……学園に行って、僕と会えなくて寂しかった?……この休暇に僕と会えるのを、指折り数えて待ってた?」
ヒミツにそう聞かれ、撫でる手が止まる。
猫だけど、ヒミツはここで、唯一の理解者だった……。だから、思い出さなかった訳じゃないけど、こんなにもヒミツに会いたかっただろうか?
「でもさ、お前は猫だから。ジョーヌちゃんは人だし、なんか違うよ。僕らは寝る前に一緒にピラティスもしてたんだよ?ヒミツはそんなのやらないだろ?」
「やらないけどさ……。アーテルだって毛繕いなんかしないだろ?……それにしてもさ、アーテルは薄情なんだな。学園に行くまでは毎晩のように僕を抱いて寝たのに、学園でアッサリ別の女に乗り換えて、毎晩お楽しみだったなんて……。」
ヒミツが揶揄う様な口調でそう言った。
「ヒミツ、言い方ぁ。……なーに?ヤキモチをやいているの?」
「まさか。僕は雄猫ちゃんですから、男のアーテルになんてヤキモチ妬きませんよ。アーテルを揶揄ってるんです!『ジョーヌちゃんに早く会いたい……!』って、君がなってるのが面白いからね。」
「……会いたい事は否定しないけど、揶揄われる理由が分からないよ?」
僕がそう言うと、ヒミツは僕をジッと見つめた。
「そういう気持ちを『焦がれる』って言うんだよ。アーテルはさ、何でも出来て、やる事やってるのに、まるで情緒が育ってないから悲惨だよ……。僕は心配……。」
ヒミツは言うだけ言うとフワァと欠伸をして、くるりと丸まってしまった。
なんだよ、それ……。
ベッドから窓の外を眺めると、やっぱり空には黄色い丸い月が浮かんでいた。
僕は丸まって寝ているヒミツを撫でてやりながら、あの月はジョーヌちゃんみたいなんだよな……って思って、しばらくそれを眺めていた。
◆◆◆
待ちに待った、その日がやって来た。
僕はメイドを急かして荷造りをさせ、ヒミツを探す。
「おーい、ヒミツ、そろそろ行くよ?お昼にジョーヌちゃんとパンケーキ屋さんで待ち合わせをしているんだ。」
ジョーヌちゃんとはお互いに知っているパンケーキ屋さんで待ち合わせて、一緒にアマレロ家に行く手筈になっている。……婚約のご挨拶もするから、一緒に行こうって事になったのだ。
しばらく探し回ると、ヒミツはクローゼットから出て来て、悲しそうに言った。
「ねえ、アーテル。僕のネクタイが見つからないんだ。あのカッコイイ赤いヤツ。」
ヒミツを飼うことになった時に、首輪をしようとしたら嫌がり、普段のヒミツは首輪をしていない。だが出かける時にはそういう訳にもいかず……。なので、妥協点としてヒミツはお出かけの時に蝶ネクタイをしているのだ。
「ええ?ここにないなら、毛だらけになって、洗われてしまったんじゃないの?……ネクタイなんてどれでもいいだろ?ほら、この青いのもカッコいい。」
ヒミツ用のネクタイコレクションの中から、比較的毛だらけになっていない青いネクタイを持ちあげて見せると、ヒミツは首を横に振る。
「全然良くないよ。僕のこのベージュの被毛にはあの臙脂っぽい赤のネクタイが超お似合いなんだ。その青いのはイマイチだから滅多に付けないんだよ。……いいかい、アーテル。ネクタイはね、僕にできる唯一のオシャレなんだ。そこは妥協できないところだよ。それに、第一印象はとても大切だからね?僕はジョーヌちゃんに『何このイケメン猫……!』って思われたいんだ。」
……いつもなら、ヒミツの我儘に付き合ってやるけど、今日の僕は遅刻したくない。……ずっと今日を楽しみに頑張ってきたのだから。
「じゃぁ、分かった。僕のネクタイの中から好きなのを選んでいいよ。だから早く行こう。ジョーヌちゃんを待たせたくないんだ。」
そう言うと、ヒミツは僕のクローゼットを漁り、1番高価な青いネクタイを選んだ。
「……赤いのが良かったんじゃないの、ヒミツは。」
「この青は、僕の目の色に似ていて美しいからね。」
……なんとなく、してやられた感があるが……まあ、いいや。
慌ててヒミツをキャリーに入れると待たせていた車に乗り込む。……まだ馬車の家も多いが、我が家はすでに車に切り替えている。ジョーヌちゃんを乗せてやるのが楽しみだ……。驚くかも知れない。
運転手に行き先を告げると、車はゆっくりと走り出した。
◆◆◆
待ち合わせのパンケーキ屋に付くと、まだジョーヌちゃんは来ていないらしく、店のテラス席に案内され、そこで待つ事になった。
「ねえ、アーテル、早すぎたんじゃない?」
キャリーの中からヒミツがそう声を上げる。
「1時間前だ。そんなに早くない。性格的にジョーヌちゃんは10分くらい前には来るだろうから、正確には50分前って事だしね?」
「アーテル、50分でも充分に早いって僕は思うよ。」
「お茶でも飲んでいたらすぐだよ。」
僕は店員に飲み物をお願いし、通りを眺める。
ここがジョーヌちゃんが暮らしている街か……なんて思いながら。
しばらくすると、通りの先に黄色い頭が見えた。
ジョーヌちゃんだ!!!
ガタリと席から腰を浮かせる。
……あ、れ……。
ジョーヌちゃんは、金髪に碧眼の、ものすごい美形の青年と笑いながら寄り添って歩いてくる。
こう言っては何だが、自分の容姿にはそれなりに自信があった。でも……冷たそうな印象を与える僕とは違い、その男性は柔らかく甘い優しそうな顔立ちで……ちょっと太刀打ち出来そうな気がしない。
ジョーヌちゃんが街に帰りたがっていたのも、僕の容姿にさほど興味がなさそうなのも……もしかして、あの人がいたから?
何故かドクドクと心臓の音だけが響いて聞こえ、僕はストンと腰を下ろした。
二人は、この店にやって来るみたいだ。
……もしかして、ジョーヌちゃんは、僕に彼を紹介して「ごめんなさい。彼がいるから3年後には婚約破棄したいの。」とでも言うのつもりなのだろうか。
……だとしたら、どうしたら良い?
僕は……ジョーヌちゃんと、婚約破棄をしたくない。
だって、ジョーヌちゃんより条件の良い子で、僕と婚約してくれる人が他に居ないのだから、そんな事になってしまったら、すごく困るのだ。
……それに、なんだかとても息苦しい。
僕は冷めたお茶を飲みつつ、二人を待ちながら、動揺を抑えようと必死になった。
「アーテル君!お待たせしちゃった?」
僕を目に入れるなり、満面の笑みを浮かべてジョーヌちゃんがやって来る。
楽しみにしていて、嬉しかったはずなのに、なんだか横の美青年が気になって、笑顔が浮かばないし、笑顔の仮面さえ被れない……。
「あ……。今来た所だよ?……そちらの方は?」
「アーテル君、大丈夫?なんか顔色がすごく悪いよ?疲れてる……?……ええとね、こっちは兄のノラン。ノラン・アマレロだよ?……ヒミツ君の話をしたら、いてもたってもいられないらしくって、一緒に付いて来ちゃったの!……あ、そのキャリーの中がヒミツ君?!……うわぁ、はじめまして!兄さん、この子がヒミツ君みたいよ?」
「こんにちは。ジョーヌの兄のノランです。よろしくね?アーテル君。……えっ、本当に大丈夫?なんか、真っ青だよ?……こんにちは、ヒミツ君。ノランだよ?うわ、可愛い!素敵な蝶ネクタイをしてるね?」
「ありがとう。……こんにちは。ヒミツです。」
キャリーの中からヒミツがご挨拶をしている。
え……兄???
この、美青年が……平凡というか、なんだかホッとする顔のジョーヌちゃんの兄?
まったく似てないよね……?
青年をジッと見つめると、照れたように笑う。
……あ、表情とか間がジョーヌちゃんだ。
「あ、もしかしてアーテル君、私と兄さんが似てなくて驚いてる?……前も言ったけど、私は父さん似で、兄さんと姉さんは母さん似だから、兄妹なんだけどまるで似てないんだよね?」
言われてみると……青年には船着き場で会ったアマレロ夫人の面影がある。
「す、すいません。ちょっとビックリしてしまって。挨拶が遅れました。僕はアーテル、アーテル・シュバルツと言います。こちらこそ、よろしくお願いします。」
慌てて、ノランさんにご挨拶をするとノランさんはジョーヌちゃんと似た様なふわっとした笑い方で、優しく笑った。猫好きというのは本当なのだろう、ヒミツをキャリーから取り出し、すでに抱きかかえている。……ヒミツの奴も、ノランさんに喉を鳴らして擦り寄っている。
「父さんから聞いていたけど、アーテル君って、すごくカッコいいんだね!君みたいなカッコいい男の子がジョーヌとお友達になってたなんて、俺、驚いちゃったよ。」
……なんとなく、『貴方に言われたくないです。』と心の中で思ってしまった僕は……結構、ひがみっぽいヤツだったのかも知れない。
ジョーヌの母親はものすごい美人です。母親似の姉と兄もしかり。だけどジョーヌは一緒に育った為に、なかなかの美形だよね……くらいにしか思っていません。




