さあ、待ちに待った休暇の始まりだよ?!
テストもなんとか無事に終わり、とうとう明日からは待ちに待った休暇だ!
何だかんだ言っても、貴族の子だって学園よりは家が良いに決まっていて、クラス全体が浮かれモードだ。ルージュ様は久々に家の馬で遠駆けに行くんだと話していたし、リュイ様は湖畔の別荘に出かけるんだって教えてくれた。
ラランジャとは、休暇中に街で会ってお買い物に出かける約束もした。私も休みが楽しみで仕方がない!
そんな私がウキウキで、家に帰る準備を始めている横で、1人、あまり浮かれていないアーテル君が、さっきからわざとらしく何度も溜息を吐いている。
「もう!なーに、アーテル君!……帰る準備はしないの?」
「メイドにやらせてる。」
あ、そうですか……。
私は私が頑張らなきゃ、このバッグにこの荷物は入りきりませんからね?
休暇中に着たいお洋服やら、学園のショッピングエリアで買った、ちょっとした家族へのお土産なんかに、気が向いたらやるかも知れない魔術の教科書なんかをギュウギュウに詰めて、バッグの口をなんとか閉めようと悪戦苦闘中なのだ。
「ねー、ジョーヌちゃんは、僕と離れてつまらなくないの?」
「んー……つまんないかもー……?」
やっぱり教科書は諦めようか?……いや、それとも、この靴を諦めるべき?でもなぁ、ラランジャとのショッピング時に履きたいし……???
「僕は退屈だし、辛いんだよね、とても。」
「なるほどー……。」
コーディネートを工夫して、靴を減らすべき???あ!それよりも、パジャマを置いていく?家には古いのあるし……。でも、これ気に入ってるんだよねぇ……。
「もう!ジョーヌちゃん!……つまんないんです、僕!」
アーテル君が無理矢理に私の顔を掴んで、自分に向ける。
「でも、アーテル君はアマレロ家に来るんでしょ?ご挨拶にさ。」
「それは行くけど……長い休暇のうちの、たった数時間だろ?」
「え?……そんなすぐ帰っちゃうんだ?」
へっ???
ご挨拶って、そんな感じなんだ?
てっきり数日泊まって行くのかと思って、家族にも『学園のお友達が遊びに来るんだよ?!あの船着場で声をかけてくれた子なんだけど、なんとお話する猫も連れて来てくれるんだって!』と手紙で知らせていて、部屋を用意しといて?!とか、リッチーとエイミは預けた方が良いかな?とか、相談しながらやり取りしていたのだ。
あ、ちなみに何で2匹を預けるのかって言うと、リッチーがエイミに他の猫が近くと、めっちゃ怒るからなのだ。リッチー普段は大人しい猫なんだけどね……。兄さんが見つけた時に、エイミは怪我をしていて、それをリッチーが守るようにしていたから、それでなのかもね?って話してる。
「まぁ、婚約のご挨拶だしね。そんな感じが普通じゃない?……それしか楽しみがないって、僕の休暇ってば真っ暗だよ。ほんと虚しい……。だいたい僕はさ、家に帰るとすっごく忙しいんだよね。……ほら、僕らさ、学園にいると社交界から遠ざかっているだろ?だからさ、休暇中はここぞとばかりに、外交だ、夜会だ、パーティーだ、お茶会って、そんなのの予定が目白押しで、社交に勤しまなきゃなんです。」
へえ……。大変だ。
「あ、でも、ルージュ様やリュイ様、ラランジャはそんなの言ってませんでしたよ?」
「ルージュ達だって、それなりにはあるよ。……でも、僕はさぁ……ヴァイスとセット商品だから、数が違うの。しかも国内に限らないからさぁ……。」
「???……アーテル君って、王子様とそんな仲良しでしたっけ?……セットって言ったら、アーテル君よりシーニー様では???」
学園で王子様はいつもシーニー様と過ごしている事が多い。アーテル君は王子様とは殆ど話さないし、セット感は、まるでないけどなぁ……???
アーテル君は、私の近くにあるソファーにドサッと座り、わざとらしく項垂れる。
「学園ではね。……でも、社交界では、あれが僕の役なの。ヴァイスには男兄弟がいないから、僕が補佐って事で、何かあったら支え合う、仲良し従兄弟ゴッコしなきゃなんだよ。いわゆる『ヴァイスに何かあっても僕がサポートしますので、ご安心下さい、仲も良好なんですよ!』ってアピールだよ。……休暇中、そんなのがずーーーーーっと続くんだよねぇ……。」
「お疲れさま。……それは辛いね。」
「だからさ……ジョーヌちゃん、癒して?」
癒すねぇ……?
「じゃあ、お手紙書くよ!」
「お手紙じゃなく、ジョーヌちゃんが僕を癒しに来て欲しい!」
「ええっ?!……ヤダよ。……シュバルツ家に行くの嫌だ!ご挨拶はまた今度って言ったじゃん?!……心の準備が出来てないもん。」
「冷たい!!!」
……そんな事言われてもなぁ。
「うーん……。ねぇ、アーテル君。何日かお休みはないの?……私ね、アーテル君がご挨拶に来るっていうの、てっきり泊りで来るんだって思って、お部屋とかも準備してもらっていたのね?家族はみんなアーテル君が来るの楽しみにしてて、来てくれたら、バーベキューパーティーしよっか?って話してたの。……そ、その……アマレロ家は貴族のお屋敷じゃなくって、商家って感じの素朴なお家だから、豪華なお部屋じゃないし、メイドさんもいないんだけど……良かったら、息抜きがてら泊まりでおいでよ。……それじゃダメ?!」
「行く!……行きたい!!!……本当に僕、そんな歓迎してもらえるの?!……よし、頑張ろう、社交とヴァイスとの仲良しゴッコ頑張る!!!そしたら、荷造り確認してくるよ!」
アーテル君はそう言うと、ソファーから立ち上がり、自分の部屋に戻ろうとした。
「あ!……そうそう、ヒミツ君、忘れずに連れてきてね?」
「……ん?……ねぇ、もしかして……歓迎されてるのは、僕じゃなくて、ヒミツ???……アマレロ家は猫好き一家、なんだよね???」
「えっと……両方かなぁ?」
私がそう曖昧に笑うと、アーテル君はちょっとむくれた。
◇◇◇
「父さん、母さん、ただいま!!!」
学園から街に着いた船から降りると、すぐに父さんの黄色い頭が目に入り、急いで駆け寄る。
「「ジョーヌ!」」
父さんと母さんが私を抱きしめてくれた。
「ジョーヌ、おかえり!」
「おかえりなさい、ジョーヌ。」
「……ただいま。本当に1番に迎えに来てくれた……。」
嬉しくて、それだけでもう泣きそうだ。
「さあ、帰ろう。車を待たせているんだ。」
「あ、父さん、ちょっと待って……。アーテル君!!!」
船からゆったりと降りて来たアーテル君に声をかけると、アーテル君はこちらに来てくれた。
「父さん、母さん、あのね、学園でお世話になってるアーテル君。……ほら、手紙に書いたでしょ?アーテル君、こっちが私の父さんと母さんだよ。」
「こんにちは、アーテル・シュバルツです。……こちらこそ、ジョーヌさんにはお世話になっています。」
アーテル君はニッコリと笑って、父さんと母さんにご挨拶をしてくれた。
「あ!こんにちは!ジョーヌと仲良くしてくれてありがとう!ジョーヌの父の、ジャッロ・アマレロです!……入学する時に、船着場で声をかけてくれた子だよね?!……すごくカッコイイ男の子と船で旅立ったって、我が家では君の話題で持ちきりだったんだよ!!!手紙に君の名前が出ると、みんなで大騒ぎでさ。ジョーヌの王子様キターーーって!」
「ちょ、ちょっと、貴方……!……こんにちは、アーテル君。ジョーヌの母のオーロ・アマレロです。ジョーヌと仲良くしてくれて嬉しいわ。私たち、ジョーヌを学園にやるのが不安だっから、アーテル君みたいな素敵な子と一緒に行けたのが嬉しくって!……休暇に我が家に来てくれるのよね?みんな楽しみにしてるの!アーテル君は好きな食べ物あるかしら?私ね、こう見えて料理が得意なのよ、ね、貴方?」
「ああ、そうなんだ。母さんはなーんにも出来ない人だったはずなのに、なーんでも出来るようになる、すごーーーい人なんだよ!俺なんて、ぽやーっとしてるうちに、何でも進めちゃうんだから!この間もね気がついたら家が広くなっててさ、増築しちゃったんだって?ビックリだよね……。」
父さんも母さんもアーテル君が気に入っているのか、アーテル君を捕まえてベラベラと余計な事を話そうとする。
「もう!やめてよ!なんか恥ずかしいよ!増築はあんなに工事の音がうるさかったのに、気づかない父さんが変なんだよっ!……あ、アーテル君、なんか騒がしくてごめんね?」
慌ててアーテル君にそう言うと、アーテル君は穏やかに笑っていた。
「ん……。なんか、ジョーヌちゃんの家族って感じだね。……遊びに行けるの、楽しみにしてるよ。……名残惜しいけど、またね?……僕も迎えが来たみたい。」
「え?あ、そうなの?……なら、私もご挨拶に行くよ?お世話になってますって、お父様とお母様がいらしてるんでしょ?」
「……まさか。来たのは執事だよ。」
そ、そっか。
公爵様って偉いし、お忙しいのかな……???
ふと、見回すと、親が迎えに来ている家は殆ど無かった。
あ。
なるほど……。貴族のご家庭は、親がわざわざお迎えに来たりはしないのね……。
「執事さんにご挨拶する?」
私がそう聞くと、アーテル君は首を横に振って、私にコソッと話す。
「いいよ。……ジョーヌちゃんに頭を下げられたら、彼、困っちゃうからさ。……未来の公爵家の奥様だからね?それに、メイドたちみたいにジョーヌちゃんを『奥様』って呼ぶと思うよ?……まだ何もご存知ないご両親の前で、ちょっと困らない?」
「た、確かに……。じゃあ、よしとく。……アーテル君、休暇中、元気でね?遊びに来てくれるの、楽しみにしてるよ?」
「うん。……僕も楽しみにしてる。ジョーヌちゃんも元気でね?」
アーテル君はそう言うと、軽くハグをして、黒い服を来た数人の男性が待つ方へと行ってしまった。
……なんか、ちょっと……寂しい気がする……。
「ねっ?!アーテル君って、ジョーヌの彼氏なの?」
「え?付き合ってるのか?!……アーテル君、カッコイイよな!」
少し離れた所で私たちを見ていた父さんと母さんが、アーテル君が去ると駆け寄ってきて聞いた。
「あーん!なんか素敵!青春だわ!なんか母さん、キュンとしちゃう!……ね、父さん?」
「そうだね?……遊びに来た時、『娘さんを僕に下さい!』とか言われちゃったらどうするよ、母さん?!」
「ええっ?!そんなの……『ハイ、喜んで〜!』に決まってるじゃない?……あんな素敵な男の子、捕まえておくべきよ!母さんはそう思う!母さんが父さんを速攻で捕まえて逃げたみたいにね!」
「ええっ、母さん、それ言っちゃダメだよ?……一応さ、俺が母さんを唆して駆け落ちしたってテイだろ?……俺にも男のプライドってのかあってさぁ……。」
相変わらずの様子でギャーギャー騒ぐ両親の話を聞きながら、私は小さくなっていくアーテル君の頭を、ずっと見送っていた。




