剣術と、もうすぐ始まるテストと休暇?!
アーテル君はあの後わりとすぐに復活した。
「しばらく側に居て欲しいってのは、物理的にって事じゃなくてもっと抽象的な意味だよ?……一生を共に過ごそうって事なんだからね……。」
……って、ケロリとほざいたのだ。
凹んでたんじゃないのかい、アーテル君……。
しかし残念ながら風邪は引けず、次の日に登校したら、王子様に何か言われたみたいだけれど、特に言い返したりもしなかったらしい。まぁ、それはそれで、その態度が王子様の気には障ったらしいけど……。
……。
あれから、アーテル君が劇的に変わったか?って言うと、実はそうでもない。人が変わるって、そんな簡単な事じゃないから。……だけど、それでも……アーテル君は少しずつクラスメイトと談笑する時間が増えていった。
で、そんな中、選択授業で剣術が始まった。
「何ですか、これ。」
「剣だろ?……ジョーヌははじめて見たのか?」
授業で使う剣を差し出してくれたルージュ様が呆れた顔をする。……でも、剣って……こんなだっけ???
「間近で見たのははじめてかも知れません。……街にいる騎士様は帯剣してますが、抜いたりしないし、そもそも一般人には触らせてなんかくれませんよね。」
「まあ、危ない物だからな。……そんなに思ってたのと違うのか?」
「はい。私が思ってたのは……あれです!絵本でドラゴンを倒しに行く勇者が持ってる、もっと幅が広くて両手で持ってこう、エイッて切る……。」
私が身振り手振りで説明すると、リュイ様がハハハッと軽く笑う。
「そうだね、絵本の勇者の剣は、両手剣だから……このサーベルとは、かなり見た目が違うよね。」
そう、剣術に使う剣……サーベルは、思ったより長くて細かった。
「あのなぁ、両手剣は重いんだぞ。これは軽いし、扱いやすい。だから剣術って言うと大体はコレだな……。騎士や護衛の奴らが持ち歩いてのもコレだ。……ジョーヌは関心が無いと全然見えて無いんだな。鞘に入れられていても、両手剣と違う位は分かりそうなモンだが……。」
……えええ???
そうなの???
騎士様が剣を持ってるってのは知ってたけど、そこまで見る???普通???ルージュ様だって、掃除のおばさんが使ってる箒がどんなタイプなのかなんて、ご存知無いはずだよ???……それと同じなのでは?!
「まあいい。これが剣だ。……練習用の模造刀だから危なくないぞ。」
ポイっとルージュ様に手渡され、パッと受け取る。
「……え。……お、重い……。」
軽いんじゃなかったの?これ???
「金属製だからな。さすがに羽の様に軽くは無いだろう。」
「最初はちょっと驚くよね?……みんな軽そうに振り上げてるけど、アレ?意外に重いなって。」
意外にってか……普通に重いですよ、リュイ様?
思った以上の重さに、なんだか腰が引ける。
……ついていけるだろうか……授業に。
最初は講師の先生の動きを真似る所から始まった。
……でも、貴族の男の子たちは、嗜みとしてやってる人が多いらしく、事もなげに真似ている.……。剣術大好きっ子なルージュ様はともかく、リュイ様に、アーテル君や王子様たちも顔色も変えずにサラッとこなしてる……。
でも……。
私には、滅茶苦茶キツい!!!
剣は一振り毎に重みが辛くなっていき、すごく頑張っているつもりでも、全然腕が上がらない。
講師の先生も、何でこんなド素人がいるんだろ……???って感じで首を捻って見てるだけだ。……アーテル君曰く、剣術を選択する女子は、今まで嗜んで来られた人が多かったそうだし……そう、思われちゃうよね。
「ジョーヌ、まるでダメだな。筋力がないから仕方ないのも分かるが、もっとこう……脇を締めた方がいい。姿勢ももっと胸を張って……こんな感じだ。」
剣術がお得意と言うだけあって、講師の先生並みに綺麗なフォームでルージュ様がアドバイスしてくれた。
「う、うん……。」
「ジョーヌさん、とりあえず動きをよく見て、細かいところまで真似るのが大切なんだよ。」
リュイ様もやさしくアドバイスしてくれる……。
で、でも……。
「同じ様に出来ないんです。」
……。
……。
「そんな訳ないだろ、ちょっといいか?」
聞き分けが無いとでも思われたのか、ルージュ様が少しイラッとして私の背後に周り姿勢をグッと直す。
「背筋を伸ばして、腕はもっと体に寄せて……で、振り下ろして……。……。」
ルージュ様が無言で固まる。
様子を見ていたリュイ様も、ウッとなる。
「……胸が……邪魔なんです……。」
そう、筋力だけの問題ではなく、講師の先生やルージュ様の真似をしようにも、胸がどうしても邪魔になるのだ。脇を閉めると動きにくくなるし、無理に動かすと、当たって痛いし、当たらないようにしようと思うとフォームが乱れる。
「……だ、だな。……え?……その場合、どうするんだ???」
「し、知らない……。僕、胸があった事が無いし……。えっとそれ、取れないよね?」
リュイ様、そんな簡単に取れるなら、私はこのコンプレックスの塊をとうに取り外しております……!!!
ルージュ様は暫くうーんと考え込むと、デカい声で言った。
「先生ーーー!ジョーヌが無駄に胸がデカくて、フォームがヘンテコになるんですけど、どうしたら良いでしょうかーーー?!」
剣術の授業を受けてい他の生徒全員が一斉にこちらに振り返った。
ル、ル、ルージュ様の馬鹿!!!
考えなしの、デリカシー欠落男っ!!!
◇◇◇
「ジョーヌちゃん、災難だったね。」
ランチタイムにアーテル君に励まされたが、今回はちょっとルージュ様を許せる気がしない。
「暫くルージュ様とはお話したくないです!」
「……どーしたの?」
ラランジャが遅れてやってきて、選択授業中の話をすると、ラランジャも怒ってくれた。
「うわぁ、ない!……デカい声ってのが最悪だよね?!」
「でしょ?……コッソリ先生に聞いてくるならともかく、全員が振り返って私の胸んとこ見てたよ?!」
「ジョーヌちゃん、ちょっと待って?……僕も居たけど、僕は胸は見てないよ?!『やっぱり?!』とは思ったし、振り返ったけど!」
「じゃあ、アーテル君は許す。……はぁ、とにかくどーしよう。もう剣術の授業に出たく無いよ。しかもさぁ、そうしてまで聞いたのに先生も『俺も胸がないから分からない!』とかおっしゃったの。……最悪だよ。」
ちなみに、アーテル君の所の戦闘可能メイドさんに相談したら、布を巻いて潰すのが一番ですって、アッサリ教えてくれた……。最初からココに相談すべきでした……。
「剣術の先生も脳筋ぽいもんね……。でもさぁ、ダンスもイマイチだよ。……好きにペアを組んでってなると、みんなローザ様に殺到しちゃうんだよね。で、ローザ様がダメだとヴィオレッタ様、それでダメだと残りの私を含めた女子って感じでさ……まあ、イラッとくるよね。」
うわぁ……。それも嫌だな。
「それもキツいね……。はぁ……。それに再来週からはテストも始まるし……楽しくない事ばかりだよー……。」
思わずテーブルに突っ伏すと、ラランジャがヨシヨシと頭を撫でてくれる。
「でも、テストが終わったら休暇だよ?ジョーヌ、楽しみにしてたでしょ?家に帰れるって。」
「そうだけど……。アーテル君、来るんだよね。」
「ん。もちろん。……婚約者としてご両親にご挨拶させていただかなきゃだからね。」
そう、テストが終わったら休暇に入るという事で、アーテル君に聞かれたのだ。
「ジョーヌちゃんが僕の家に挨拶に来るのと、僕がジョーヌちゃんの家に挨拶に行くの、どっちが良い?」って……。
何その二択って感じだよね……。
私なりに、よーく考えて、軽い気持ちで公爵家にご挨拶に行っていいのだろうか?と思ったので、我が家に来てもらう事にしたのだ。……ほら、ゆるゆるな我が家なら、「婚約破棄しちゃった。テヘッ。」ってなっても「そっかー!仕方ないねー?」で済みそうですし?!
ラランジャは、私の頭を撫でるのをやめると、アーテル君の手をギュッと強く握る。
「アーテル様!!!頑張って下さい!!!ガッチリ埋めていきましょう、外堀を!!!」
「ありがとう、ラランジャさん。まさに僕はその気だよ。アマレロ家のハートをガッチリ掴んで、ジョーヌちゃんが簡単に逃げられないようにしてくるつもりだよ!」
えええ……怖い……。
アーテル君って、異様に外面と顔が良いから、我が家はコロッと騙されそうで心配なんだよねぇ……。
「あ、でも……なんかジョーヌの家って、お父さんがうるさそうなイメージ!『娘は嫁にやらん』的な?」
ラランジャが笑いながらそう言うので、首を横に振る。
「そんな事無いよ?……うちの父さんは、お人好しで、直ぐに騙されちゃうタイプだもん。……我が家で一番反対しそうなのは……姉さんかなぁ。父さんはそんなだし、母さんは、見た目よりしっかりしてるけど、うるさくはないし、兄さんは『猫好き=いい人』だから、特に何も言わないと思うよ。むしろヒミツ君の話をしたら、歓喜するんじゃないかな?……でも、姉さんは、やり手の商売人って感じの人だから、やっぱり見る目が厳しいと思う。」
そう言って、ハッとする。
ラランジャとアーテル君が変な顔で笑っていたからだ。
「ラランジャさん、ナイスアシストだよ。」
「いえ、アーテル様。アマレロ家の攻略に役立つ情報を引き出せて良かったです。……つまり、ジョーヌのお姉さんに気に入られれば、問題無いって事ですね。」
「うん、良い情報だったね。……ジョーヌちゃん、君のお姉様には『シュバルツ公爵家』と親戚になる事でもたらされる商売へのメリットを中心にお話させていただこう……。」
……!!!
「あ、アーテル様。……確か、ルージュ様のお父様が騎士団の各駐在所ごとに常備薬を置こうとおっしゃってましたよね?……騎士には庶民出身の者も多いから、魔術が使えない方も多いですものね。」
「ああ、騎士はちょっとした怪我が多いからね……。それ用に仕入れをしてくれる商会を探そうかとか言っていたが、アマレロ家が我が家と親戚になるなら、自動的にアマレロ家に決まるだろうね。……ジョーヌちゃんのお姉様は、こんなお話、お嫌いだろうか……?」
いえっ!!!大好きですっ!!!
だって騎士団の駐在所って、大小合わせたら、すごい数だよ?!姉さんの笑いが止まらなくなる案件だよ?!きっと、いとも簡単に私を売り渡しちゃうって、それ!!!「どーしても嫌なら出戻っておいで〜?!」とかって、軽いノリでっ!
「ど、どーかな?……我が家は仲良し家族だからね〜?」
アーテル君にバレないように視線を泳がす。
「あ!そうですよ!アーテル様の飼い猫も連れて行かれては?ジョーヌのお兄さんに、喜んでいただけそうですよね?」
うげっ!!!
「ダ、ダメ、それはダメ!!!……兄さんだけじゃないの!猫好きなのは!!!我が家はみーんな猫が大好きでメロメロなの!!!おしゃべりできる猫なんて来たら、『ジョーヌと交換した〜い!』って大騒ぎになっちゃう!」
……あ。
「へえ……。使い所のまるで無かったヒミツだけど、ここへ来て、大活躍の予感だよ。」
アーテル君が薄く笑った。
「アーテル様。商売のお話とアーテル様の飼い猫で、アマレロ家は簡単に攻略できそうですね?」
「そうだね、ラランジャさん。僕、君みたいな優秀なアシスタントがいてくれて光栄だよ。……ジョーヌちゃんがお嫁に来た際には、ローザじゃなくジョーヌちゃんに付いてもらえるかな?」
「ええ、もちろん。その為ですから!……私は末永く、アーテル様とジョーヌにお仕えしたいんで!」
……アーテル君とラランジャの、あまりにも息の合ったコンビネーションに、私は言葉を失った。




