船内は、波乱の予感?!
アーテル君と一緒に船に乗り込むと、何故かジロジロと皆がこちらを見つめているようで、私はとっさにアーテル君の背後に隠れた。アーテル君は細身だが、それでも私よりは頭ひとつ分くらい身長が大きかった。
「ジョーヌちゃん、もしかして緊張してる???」
「なんか……みんなこっち見てないですか?」
「んー?……そうだね。じゃぁ、個室に行こうか?」
個室???個室があるの???
船には、デッキやキャビンにベンチが並んでおり、みんな思いも思いにそこに座って話している。学園までは1時間くらいって言ってたから、客船っていうよりフェリーって感じなのだけど……。
アーテル君は手慣れた感じで、キャビンの端にある螺旋階段を上って行く。
「ね、ねぇ、アーテル君。アーテル君は年上なの???もしや、アーテル先輩???」
「あはは。違うって。ジョーヌちゃんと同じ1年生だよ?」
「でも、なんかさ、慣れてない???」
一年生ならば右も左も分からないはずの、学園に行く船の中で、迷いもなく階段を上るアーテル君に思わず疑問をぶつけた。
「んー。……僕ら貴族はさ、ほとんどみんな魔力があるだろ?だから魔術学園の話はよく出るんだ。親も大抵は学園の卒業生だしね。」
「……へぇー。」
な、なるほど。そっか……そうなのか。
階段を上がると、ちょっと雰囲気が変わり、絨毯が敷かれたVIPな雰囲気のフロアが広がっていた。ズラリと個室が並んでいる。
「ええ???なんかお金持ちっぽいエリアだよ???ここ勝手に入ってきちゃっていいの???」
「んー?……いいんだよ。早い者勝ち。」
「そ、そうなんだ……?!」
もしかするとこの船は、普段は違う事に使われているのかも知れない。先日、家族旅行で汽車に乗った時も、いつもは貴族しか使えないっていう車両が混雑の為に何両か連結されていた。……そんな感じなのかも知れない。
アーテル君は突き当りにある、マホガニーのドアに金のプレートで『ロイヤル』って書かれている部屋を指差した。
「ここにしよう。」
……『ロイヤル』って……特別室って事かな?
「誰も使ってないの???」
こんないいお部屋、争奪戦じゃないのだろうか???
「んー?多分???まだ下でワイワイ騒いでたし。さっさと占拠しちゃおうよ。」
アーテル君はそう言って、躊躇いもなくドアを開けた。
ドアの奥には、もの凄く重厚な応接室みたいな空間が広がっており、大きな窓が取り付けられていて、船からの景色が一望でき、絶景が広がっている。
「う、うわぁ……!!!」
「気に入った?」
「はい!!!アーテル君、ありがとう!!!」
すごく気が重かった魔術学園行きだが、アーテル君のおかげでちょっと元気が出た!!!
アーテル君はフフッと笑うと、まるで自宅のリビングかのように寛いだ様子で、ドサリとソファーに座る。
アーテル君って……本当に綺麗な顔立ちの子だなぁ……。我が家の母さんと姉さん、兄さんも結構な美形だけど、アーテル君には負けるよねぇ……。え?私???私は父さん似の『なんだかホッとする顔』なんだよねぇ。
「あ!そうだ、アーテル君、お菓子食べる?お菓子!!!」
「え……???」
向かいのソファーに座り、鞄を漁る。
母さんと姉さんが昨日焼いてくれたカップケーキがあったはず!!!
「あ!あった!これ!」
私はジャン!という感じで、アーテル君にカップケーキを手渡した。
「……黄色い……。」
「そう!黄色いの!それは『はちみつレモンケーキ』だからね!……ほら、私って黄色い髪でしょ?船着き場で会ったと思うけど、父さんもなの!レモンが父さんと私で、黄金色のはちみつは母さんと姉さんと兄さんなの!……あ、母さんにも会ったでしょう?母さんは金髪なのよね?姉さんと兄さんも!だからコレはアマレロ家のケーキなの!」
「え。……これ、アマレロ家なの???……僕、食べちゃって大丈夫???」
アーテル君がポカンとした様に言う。
「もちろん!我が家はね、最高に美味しいから!!!……あ、アマレロ家にはね、他にも猫が二匹いるんだよ。アーテル君は、猫って好き???猫ちゃんって可愛いよねー!うちの猫はね、リッチーとエイミって名前の雑種で……。」
そんな事を言いつつ、バッグを漁ると、水筒が出て来た。
きっとカップケーキでお口がもっさりしたら飲んでって事だな。……こんな気が利くのは兄さんだろう。
「水筒もあった!……カップがあれば、アーテル君にもお茶をあげられるのにな……。」
「たぶん、そこの戸棚にあるよ?」
アーテル君がカップケーキを頬張りつつ、入り口付近にある戸棚を指さす。
「じゃあ、カップ取って来るね?!兄さんが淹れたお茶なら美味しいの!……母さんが淹れるとなんか渋いんだけどねー?!」
そう言いつつ、戸棚に近づくと、ドアがガチャリと開いた。
「はわっ!!!」
いきなりドアが開き、取り出した高額そうなカップをガシャンと床に落としてしまう。
「お前、何者だ!」
先頭で入ってきた、赤髪のガタイの良い青年に、いきなり取り押さえられ、軽くパニックになる。
え、ええっ、やっぱここ、無断で入ったらダメな所だったんじゃ?!
「……!!!アーテル?!」
私を押さえつけた赤髪の青年が、優雅にソファーに座るアーテル君を見つけて、驚きの声を上げる。……私を掴んだ手は緩めてくれないけど。
「ちょっと、それ、僕のジョーヌちゃんだから離してよ。」
ムッとした声でアーテル君が言うと、赤髪の男の手が緩み、私は慌ててアーテル君の後ろに逃げこんだ。怖くてボロボロと涙が溢れる。
「……どうしたんだ?ルージュ、誰か居たのか?」
そう言って、後ろから白銀の髪のキラキラしい王子様みたいな青年と、青い髪のメガネの青年に、ちょっと挙動不審な緑の髪の青年が入ってくる。……みなさん、アーテル君並みの美形さんだ。あ、私に無体を働いた赤髪の青年もだけど。
「なんだ、アーテルじゃないか。……って、その後ろにいるヒヨコ頭、誰だ???……そんな奴、社交界にいたか?」
ヒ、ヒヨコ頭って私?!……白銀の髪のキラキラ野郎にそう言われて、ピクンと顔を上げる。うわっ!!!目が、目が合いました!!!怖っ!!!こっち、睨んでるっ!!!
「……僕のジョーヌちゃんだよ。船着場で見つけたの。数年前に爵位を授かったアマレロ男爵の娘だよ?ガン無視男爵って言ったら分かる?誰が招待状を送っても無視する男爵様の娘だよ。だから、社交界になんか来ていなかったんだろーね。……ここにいる奴らと違って。」
アーテル君が飄々と答える。
あ、そっか……!
考えてみると、この国はそんなに大きくなくて、貴族の数も多くはない。魔術学園だってひと学年にひとクラスしかないのだ。……みんな、すでに社交界でお知り合いなのか!!!
た、たしか社交界デビューは13歳位だったハズ……。我が家は爵位を貰ってしまったけど、父さんも母さんも、ラジアン国の社交界とか貴族のお作法とか知らないし、そもそもが庶民向けの商売だから、社交界とか不参加で良いよね〜?!招待状?無視、無視〜!……ってノリだった。
ガン無視男爵……そんな渾名がついてるなんて……。
父さん、ショックでまた泣くかも。
「……ふん。それで何も知らないのを良い事に、唆したのか?……おい、アマレロ嬢!」
「はっ、はい!!!」
な、なんか、この白銀の人、すんごく怖いよ……。威圧感がハンパない!
私はビクビクとアーテル君の後ろから顔を出す。
「お前、アーテルには関わるな。こいつは魔王になる男だ。お前みたいな成金と同窓になるなど、極めて不快だし口もききたくはないのだが、何も知らない様だから忠告してやる。……お前ら、行くぞ。別の部屋で休もう。」
白銀の人はそう言うと、赤、青、緑を引き連れて、ドアをバンっと閉めて出ていってしまった。まさに、街で見かけた貴族たちみたいな、すごーく怖くて、嫌な感じ!!!
「……あ、アーテル君?今の人たち、何???」
こわごわととアーテル君に聞く。
「んー?王子様と、その取り巻き?」
「はっ?えっ?……王子様???」
まさか、ふざけてる???って顔でアーテル君を見つめると、アーテル君は可笑しそうにクツクツと笑う。
「あー……最高!本当にジョーヌちゃんて、何にも知らないんだ?!さすが、ガン無視男爵の娘だねぇ。……アレね、この国の第一王子様の、ヴァイス・アルブスだよ?君を押さえてた、赤い頭のヤツが、ルージュ・ロッソって言って、騎士団長んとこの御子息。青い頭のメガネがシーニー・ブラウ。宰相んとこの御令息だよ。緑頭のビクビクしてたのが、リュイ・ベルデ。神官長のとこの息子さん。……社交界じゃ、4人とも超有名人だよ?」
ほえええ……。そうなんだ!
馬鹿にせずに教えてくれるアーテル君、めっちゃ優しい!
「へえ、そうなんだ!教えてくれてありがとう!……王子様とか、怖いから、もう近づかないようにするよ!」
アーテル君の笑い方が、ゲラゲラに変わる。
「……あー……マジでジョーヌちゃんって最高だね!……普通、そこは王子様、素敵!!!ってなるところだよ?王子様をゲットして玉の輿に乗っちゃえ!的な?」
「そうなのかな……?」
「そうだって。」
素敵?素敵かなぁ?……カッコ良かったけど、睨まれたしなんか怖かった。ツンツンしてて、嫌味な貴族様っ!て感じだったし、アーテル君の事も魔王になるとか悪く言ったりしてさ……。
「アーテル君、私ね、玉の輿とか興味ないかも。私は結婚するなら、お金持ちじゃなくても、毎日楽しく暮らせる人とがいいな。……王子様は、なんか無理だよ。話も合わなそうだし。」
仲の良い両親を見て育った私としては、やっぱり相思相愛の、素敵な旦那様が欲しいなぁ……。
「へー、堅実なんだ?」
「堅実なのかな?……とにかく貴族は無しなの!だから卒業してからかな、旦那様探しは。」
私がそう言うと、アーテル君がガタリと立ち上がった。
「え、ダメだよ。……だって、ジョーヌちゃんには僕のお嫁さんになってもらうんだもん!……だからさ、貴族は有りにして?!」
……え???