ごめんなさい、アーテル君?!
「えっと……アーテル君、もう二日酔いは良いの?」
私の部屋のリビングに、待ち受けたように座っていたアーテル君に尋ねる。その顔は、なんだか不機嫌そうだ。
「二日酔いじゃない。……ジョーヌちゃんのせいで、ほぼ1日、起き上がれなかっただけだよ。」
ジトッと恨みがましく見つめながらそう言われ、シュンとなる。
「……あ、あの、怒ってるの?」
「う、うーん?怒ってるって言うより、なんだか面白くないって感じ???」
昨日の私は酔っ払って、途中から記憶がないから、何か、アーテル君に迷惑をかけちゃったのかも知れない。
……してないとは思いたいけど、まさか私……酔っ払って暴れたとか???起き上がれなかったって、そういう事?!
「え、えっと……。私が何かしたのなら、ごめんね?大丈夫?私、アーテル君にもしや暴力を……?」
「ん……。今のでジョーヌちゃんが、昨日の夜の事を何も覚えてないって事は分かった。……あのね、僕の魔力をジョーヌちゃんが、殆ど持っていっちゃったの。だから、おかげで僕は、さっきまで寝てたんだ。……今日のジョーヌちゃん、やたらスッキリしてなかった?」
「それはそうだったけど……。ど、どうやって???」
つまり、私が酔っ払って、アーテル君から魔力を奪ったって事???
……暴れたよりはマシ???いや、でもなんか複雑な顔してるよね……アーテル君……。
「ん……。何か、言いたくない。」
ええっ?!
アーテル君が言いたくないような事、しちゃったの???
「それはもういいよ。……ところで、ジョーヌちゃんは何で泥まみれなの???」
「あ!……あのね?……花壇に水やりしたら、魔法陣が暴走?して、ゲリラ豪雨になって、花壇を壊しちゃったの。……だから、ルージュ様とリュイ様と、放課後に花壇の復旧作業してきたんだよ。」
アーテル君が、急に慌てた顔になる。
「えっ?!……それで怪我とかはしてないよね?……それさ、魔法陣の問題じゃないよ。問題あったのは、ジョーヌちゃんの方なんだ。……もともと、魔力量が多いのに、僕の膨大な魔力も乗ってたんだ。それを絞らずに魔法陣に流したから、そうなっちゃったんだよ……。よ、良かった……なんとか魔法陣が爆発しなくって……。」
……え。
な、な、な、何それ???
私、危機一髪だったって事?!
「ご……ごめんなさい……。」
「い、いや。魔力をみすみす奪われた僕が悪い……。僕こそごめん、危ない目に遭わせるとこだった……。」
アーテル君はそう言うと、悔しげに顔を歪めた。
……色々あったけど、素敵な1日だったなーっなんて、思ったのに、実はやらかしてて、危ないとこだったなんて……。おめでたすぎるよ……私。
「……ジョーヌちゃんは魔法陣より、魔力のコントロールを覚えないと、ダメかも知れないね。……僕といると、僕の魔力を奪う事もあるだろうし。」
「えっ?!……もう勝手に盗ったりしないよ?!どうやったか記憶には無いけど、そんな危ない事、言ってくれたら二度としない……!」
爆発とか花壇破壊とか、アーテル君の事も酷い目に遭わせてしまったみたいだし、二度としないって誓います!!!
「え。それはしよう?して下さい。……あの、いくら盗っても良いんだよ?手加減してくれたらね?……そもそも、僕から仕掛けたんだし。……正直、悔しくなるくらい良かったしさ……。なんなの、あれ?僕、負けた気がしたよ……。」
なんなのと言われましても、なんなのでしょう?
……でも、アーテル君に何かで勝てたっての、ちょっと嬉しいかも?
「よく分からないけど、才能あったみたくてゴメンね?」
「……なんだか僕、膝から崩れそうだよ。その得意げな顔、やめて?……あのね、ジョーヌちゃん。魔力は貰うにせよ、魔法陣に送るにせよ、加減が必要なんだ。ジョーヌちゃんに僕の魔力が乗った状態で、ルージュ方式をするのは危なすぎるって思う。……もう少し、魔力を感じられるようにならなきゃね……。」
……魔力を感じる……かあ。
それが分からないからこその、ルージュ様方式だった訳なんだけどなぁ……。う、うーん???
「どうしたら、魔力って感じるんでしょう?」
「……それさ、僕も目覚めてから、すっごく考えたんだ。……多分、ジョーヌちゃんが魔力が出ていくって感覚に疎いのは、泣きすぎるからだって思う。いっつも泣いてて、いっつも出てるから、『あ、出て行く……。』って感覚が分からないんだと思う。いわゆる涙も魔力も垂れ流し状態、それがジョーヌちゃん。」
……垂れ流し……なんて嫌な表現なんだろうか……。
「つまり、泣かないでいたら、分かるようになるって事かな?」
「うん。そうだと思う。……でも、ジョーヌちゃんが、何日も泣かないって可能なの?……さっきも僕が不機嫌そうなだけで、ちょっと泣きそうになってたよね?」
……。
……。
「……。ア、アーテル君、あのね。私ね……悲しかったり、怖かったり、辛くても泣くんだけど、嬉しかったり、感激しても泣くんだよね?……笑いすぎても泣いちゃうし。」
「……もう、目を潰すしか無いかも知れない。」
「!!!」
そんな冗談やめてよ……ってアーテル君を見ると、かなり真剣な顔で考え込んでいて、思わず後退る。
「……ジョーヌちゃん、責任は取ろう。……僕が一生、君の目になるよ!」
「いやあぁぁぁ!!!そんな責任、取らないでぇぇぇ……!!!ダメ!!!目は大切なんですぅぅぅ!!!」
アーテル君から泣きながら逃げ回っていると、部屋をノックする音が聞こえ、慌ててドアを開ける。
「助けてっ!!!」
「……?!……え?……ど、どうしたの?!大丈夫、ジョーヌさん?」
「?!……リュイ様?!」
開けたドアの先には驚いた顔のリュイ様が、紙を片手に立っていた。足を止めた私を、追ってきたアーテル君が背後から拘束する。
「リュイ?」
「な、なんか、ご、ごめんね?お取込み中???……花壇破壊騒動で、渡せなかったから、昨日のテストを持ってきたんだ。……てか、アーテル???君はどうしちゃったの?学校をサボったのに、ジョーヌさんを追い回す元気はあるの?……君たちさ、イチャイチャタイムなの?」
リュイ様は、呆れた様に言った。
◇◇◇
「なるほどね。……水やりは、ジョーヌさんの魔力にアーテルの魔力が乗ってたから、あんな事になったって訳なんだ……。」
私の部屋のリビングに座り、リュイ様は私が淹れたお茶を飲みつつ、ふむふむって感じで聞いてくれた。
「それで、私が魔力を感じないのは、いつも泣くからだって、アーテル君が……。だからもう、目を潰すしかないって……。」
「いやぁ、あれは少しふざけただけだよ……?」
「嘘、本気な顔だった!」
「君の愛しい旦那様は、嘘なんて付かないよ?」
コホンと、リュイ様が咳払いをする。
「あのさ、いちいちイチャつかないでくれるかな?」
「「イチャついてないよ?」」
「……もういい。バカップルに何言っても無駄だから。……あのさ、ジョーヌちゃんのお悩みは、僕が解決できると思う。……正直言って、アーテルやラランジャさんは天才型だから、何となくで出来て、説明できないんだよ。……ルージュは勢いと野生の勘でなんとかしてるだけだし。……でも僕はさ、どっちでもないし、魔力ってのがあまり良く分からなかった。あるって言われると、この感じかなってのは分かってたけど、それを加減するってのに、かなり悩んだんだ。……だから僕は、ジョーヌさんに、教えてあげられると思うよ。」
「え……本当?」
リュイ様はコクリと頷くと、私にインクと羽根ペンを用意させた。
「これと同じ魔法陣を、アーテルの手に書いて?」
アーテル君は、リュイ様がする事をはかりかねるのか、首を捻って見ている。
「そうしたら、アーテルに魔力を流して。ルージュ方式で構わないから。」
「ま、まってよ?!……そんな事したら、アーテル君が爆発しない???この魔法陣、何が起きるの???」
「……アーテルは魔力が高いから、ジョーヌさんが最大出力で魔力を出しても、爆発はしない。体がそうならないように、無理矢理に魔力を取り込んでくれる。……かなり痛いかも知れないけど。この魔法陣はね、冷やす魔法陣なんだよ。上手く流せれば、握ってるアーテルの手がすごく冷たくなる。上手くいかないと、アーテルが辛そうな顔になる。何度もやってると、そのうち、だんだん感じがつかめてくると思うよ。……バカップルには、いい方法だろ?」
……。
……。
ええっと……なんか、アーテル君に負担が大きくないですか、これ???
「……とにかく、一度やってみて?アーテルが苦しそうな顔になったら、魔力を流すのをよすか、手を離して?」
「リュイ?あのさ、まだジョーヌちゃんには、僕の魔力が乗ってるって思うんだけど……?」
「じゃあ痛いかもね。ジョーヌさん、とりあえずアーテルの手をギュッと握ってみて???」
私は言われるがままに、アーテル君の手を握る。……リュイ様、アーテル君にはとても冷たい。
……。
「あの、何も起きないよ?」
「とりあえずは、ルージュ方式だよ?魔法陣を温めるんだろ?アーテルの手を温める感じ……体温を移すイメージで手を握って……?」
体温を移す……。
よ、よし……。
「うっ!!!痛い、痛い、痛いよ!!!……めっちゃ痛い!!!ジョーヌちゃん、ゴメン!!!」
!!!
アーテル君が真っ青になって、私の手を振り払った。
なんか、すごく汗かいてる???
「まあ、今はジョーヌさんに、アーテルの魔力が乗ってるからね?魔力を返してもらうか、明日以降にやった方がいいいかも。逆にアーテルがジョーヌちゃんに魔力を流してみるのもいいと思うよ?入ってくる感覚が分かるようになれば、出ていく感覚も分かるだろうし。」
「……なるほどね。ありがとうリュイ!参考になったし、しばらくジョーヌちゃんとやってみる。」
アーテル君がお礼を言うと、リュイ様は目を見開いて驚く。
「げ。アーテルにお礼言われたよ。……ほんと、恋愛って、人を変えるんだな?」
「リュイ様、私たち恋愛、してませんよ???」
思わず突っ込む。……だって、そんなんじゃないもん!
「えー?……ジョーヌさんのそれ、僕はもう信じないよ?逃げたいとか、流されただけとか言いつつ、アーテルとラブラブじゃん。……だってさ、アーテルの魔力を根こそぎ奪うって、ジョーヌさんて、随分と情熱的なんだね?……アーテルも取り返せずメロメロだったから、全部持ってかれたんだろ?……結構遊んでたアーテルをそんなにするって、ジョーヌさん、君はどんだけキスが上手いの?……なんか僕さ、知りたく無かったよ。」
リュイ様の爆弾発言に、私は飲もうとしていた紅茶のカップをガチャリと落とした。
な、な、な……なに……そ、それ?!
わ、私、酔っ払ってアーテル君になんて事を?!?!




