涙の、魔術学園入学?!
「嫌、嫌だよ、魔術学園になんか入学なんかしたくないの、お願いよ、父さん、母さん、私を連れて帰って、お願い……!!!」
私は父さんのジャケットの端を握って、泣きながら訴えた。
ここは、魔術学園へ向かう船着場だ。魔術学園は孤島にあるため、入学する生徒を親が見送りに来ているのだ。
もう16歳にもなって、こんなオイオイと泣くのが恥ずかしいのは100も承知だ。だけどね、これにはれっきとした理由があるんです。まあ、私が泣き虫ってのもあるんだけどさ。
……えーっと、説明するね?
まずは自己紹介から。
私の名前は、ジョーヌ・アマレロ。男爵令嬢やってます。
私の家は、商売で大成功を収めた父さんのおかげで、数年前に男爵の位を授かったの。だから一応は、貴族の娘って事になってるけど、私としては貴族ってより、商売人の娘って方がしっくりくる感じかな?
我が家で取り扱っているのは、この国……ラジアン国から遠く離れた、アキシャル国のお薬だ。……元々、父さんと母さんはアキシャル国の生まれで、大恋愛の末にこの国に駆け落ちして来たんだって。
で、アキシャル国で薬師だった父さんが、ツテを使ってお薬の輸入販売を始めたのだ。……こちらの国、ラジアン国は、とある理由からあまり医療が発達していないので、庶民にも買える値段で、なかなか効果があるアキシャル国のお薬は大人気となり、我が家はあっと言う間にお金持ちになったんだって。
ラジアン国の貴族達は、父さんを『困った病人から金をむしる、金の亡者』なんて悪く言う奴ばかりだけど、私はそうは思わない。
父さんは、慈善家ではないから、儲かるようにはしているけど、それでも暴利って訳じゃない。確かに、弱っている人からお金を貰う事にはなっちゃっているけど……。
でも、お薬を作った人にも、ラジアン国まで運んでくれた人にも、お店で働いてくれてる人にも、生活はあるのだよ?……利益が無ければ、誰だって働かないし、お金になるから頑張ってくれている、ただそれだけだよね?
それをタダ同然で配れってのは、ふざけてなーい?
だから、私は誰に何て言われようが、我が家の仕事も、父さんの事も、家のお仕事を手伝っている姉さんと兄さんの事も、立派だって思ってる。……あ、我が家を陰で取り仕切ってる母さんの事もね!
ま、つまり、我が家は仲良し家族なんだよね?
ラブラブで仲の良い両親と、7歳年上のしっかり者の姉フラールと、5歳年上の優しい兄ノランと、可愛いネコちゃん二匹(茶トラと三毛の雑種で、しばらく前に兄さんが拾ってきた、我が家のアイドル。リッチー&エイミ)と楽しく暮らしてきた。
けど私は去年の春先に、貴族の子女が必ず受ける、15歳の魔力審査で、運悪く魔力持ちと判定されてしまったのだ。
そう、このラジアン国はね、魔力持ちの貴族は、16歳になると魔術学園に入学しなきゃいけないんです。この学園に入学して卒業する事は、魔力持ちの貴族にとって大切な義務でもあるんだよね。(義務の内容については後で説明するね?)
とにかく、兄さんも姉さんも、15歳の頃はまだ我が家が貴族じゃ無かったから、審査は受けずに済んだのに、私の時は男爵位をもらってしまってたから、審査を受けるしかなかったのだ……。
で、受けたら、微々たる魔力が検出されてしまったの!!!微々たる……これポイントね?!
まあね、溢れる魔力でもあればさ、ちょっとは魔術学園入学ってのに浮かれたかも知れない。だけど私の場合は、ほとんど魔力が無いのに魔術学園に入学しなきゃならないって訳で……。入る前から、すでに落ちこぼれ確定って、どう思います?
あ、そうそう。
ラジアン国が医療が発達しない理由は、魔力持ちが多いからなんだよ。庶民ではそうでも無いのだけれど、それでも割といるし、この国の貴族なんかは、ほぼ100%に近いかたちで魔力持ちなの。
治癒魔術で病気や怪我を治せるから、あまりお薬やお医者さんが必要ではなくて、その為にあまり医療が発達していないって訳なの。でも、そうなると魔力持ちじゃない庶民は、困っちゃう訳で……。治癒魔術なんかはかけてもらうと、お薬なんかよりもサッパリスッキリ治るんだけど、庶民では専門的すぎて使い手も少ないし、そうすると出来るのはお貴族様なんだよね……。
お願いするとね、お礼と称して高額を請求されるらしいよ?お薬代がランチ代くらいと同じなのに対して、お礼は数ヶ月分のお給料全額って言ったら良いかな?
……てか、父さんを悪く言うくせに、自分達だって、お礼と称して高額を貰ってんじゃんか?!ってムカつくでしょ?!父さんは、好きに言わせておきなさいって言うけど、ホントこの国のお貴族様たちって、なんか嫌なカンジだよね?!
そんな貴族のお子様ばっかりな魔術学園に、落ちこぼれ決定状態で入学ってさぁ……。嫌だって駄々をこねちゃう私の気持ちも分かって欲しい!
きっと……いや、確実にイジメられそうじゃないですか?!
しかも魔術学園は孤島にあって、寮生活をしなきゃならないなんて……尻込みもして、泣いちゃう気持ちも分からない?!
あ、忘れてた!
魔術学園に入学しなきゃいけない、貴族の義務ってやつを説明するね???
実はこの国、ちょっと危ういんだよね。
この国はね、魔物の湧く森の隣にあるんだ。
まあ、魔物が湧く程に魔力に溢れているから、この国では魔力持ちの子供が生まれやすいってのもあるらしいんだけど……。
そんな訳で、魔力持ちの貴族は、魔術学園で魔術を学び、街に侵入してきた魔物から、街と市民を守る使命があるらしい。……いざとなったら庶民を守る、貴族ってなんだかんだ言っても、実はカッコイイ!!!
……ってのは建前。
ここ数100年近く、魔物は街に侵入したりしていません。
何故なら今は『聖なる光』の加護で、この国は守られているらしいから。
なら、いる???……そんな魔術学園で魔法を学ぶって義務、いるの???……つまり、私は行きたくないのだ!!!
「ジョーヌ……すまない……。」
父さんも苦しそうな顔になり、ハラハラと涙を零し始めた。
「あなた……。貴方が泣いても……。ジョーヌはこんなに嫌がっているし、何とかならないのかしら?」
母さんが、泣いてる父さんの背をさすりながら言う。
「し、しかし……国の決まりなんだそうだ。破ってしまったら、我が家はこの国にいられなくなってしまうらしいんだ……。う、ううう……。」
父さんの言葉に、母さんも私も固まる。
学園をバックれて……国から追放とか、なんか洒落にならない。
「か、母さん……。私、やっぱり頑張るよ。さすがに国外追放とか、困る。新しく兄さんもお店を始めたばかりだし、姉さんは彼氏が出来たって浮かれてた。……私、頑張る!たった3年だし、学園生活、頑張るよ。」
私はぐっと口を食いしばった。泣いてるけど。
やっと支店を任せてもらえたってウキウキしてた兄さんや、新しい彼氏に浮かれる、今まで仕事一筋だった姉さんに、迷惑かけたくない。……泣き虫で甘ったれのジョーヌは卒業しなきゃ……!!!嫌だけど、魔術学園、嫌だけど!!!
「ジョーヌ……。ごめんよぉ。俺だってジョーヌを学園になんかやりたく無いんだよ。こんな事になるなんて知らなかったんだよぉ。ウッカリ爵位なんか貰うもんじゃなかったなぁ……。……本当にごめんな。う、ううう……うわぁーーーん!!!」
「とっ……父さん……!!!う、うわぁーーーん!!!」
まじ泣きになってしまった父さんにガバッと抱きつき、私も号泣する。
「と、父さん、私ねお手紙を書くよ……。母さんにもフラール姉さんとノラン兄さんも、猫のリッチーとエイミにも、お手紙書く……。だからお返事ちょうだい。……そしたら頑張れるから。……グス。う、うう……。」
「ああ。……家族みんなで手紙を書くよ。猫たちには肉球でハンコを押させる。……ジョーヌ……お前と、しばらく会えないなんて、胸が潰れそうだよ。休暇には、1番に迎えにいくから……な?……う、グスッ……。」
「ジョーヌ、元気でね。……辛くなったらすぐに知らせて?迎えに行くわ。……私たち、ジョーヌが何よりも大切なのよ。母さん、国外追放だって平気だからね?!」
母さん、国外追放は平気じゃないと思う……。
三人でヒシッと抱き合い、私と父さんがボロボロと泣く。
こんな時、美人で儚げに見えるが母さんが、1番気丈でたくましいのは、我が家のデフォルトだ。
「父さん、母さん……ありがとう。死ぬ気で頑張る。いや死んだフリで乗り切る。……とにかく、休暇に会えるのを楽しみにしてるよ……。う、うう……。」
私がボロボロと泣きながらそう言うと、不意に誰かに肩を叩かれた。
「……ねえ、君、遅れちゃうよ?もう船が出るみたいだけど、大丈夫?」
それは私と同じ制服を着た男の子だった。
黒髪に黒い瞳……ちょっとミステリアスな雰囲気だが、かなりのイケメンさんで、思わず見惚れてしまう。
「……え?」
「早く乗った方が良いよ?船に乗り遅れたら大変だからね?自分で船をチャーターすることになるよ?すごく高額なんだ。……不安なら、一緒に行かない?……俺はアーテル。アーテル・シュバルツって言うんだ。よろしくね?」
「わ、私はジョーヌです!ジョーヌ・アマレロです。よ、よろしくお願いします!」
父さんと母さんがニコニコしながら、私を手放す。
「よ、良かったじゃないか、ジョーヌ!貴族にも親切な子がいるじゃないか!……早速、お友達が出来たな!」
「本当ね!良かったじゃないジョーヌ!……アーテル君、ジョーヌをよろしくね?!」
両親が少し安堵したようにそう言うと、アーテル君は任せろとばかりに、頼もしい笑顔を浮かべた。
「……はい。僕にお任せ下さい。僕が娘さんを一生お守りします。」
「え?……一生?」
今、一生って言った???
「一生懸命ってコトだよ!……さ、ジョーヌちゃん、行こう?」
こうして私とアーテル君は、両親に別れを告げて船へと乗り込んだのだ。