魔力を、流すって?!
「……えっ。ジョーヌちゃんの班も剣術なの?!」
寮に戻り、部屋で家族へのお手紙を書いていると、いつも通り無断で部屋にやって来たアーテル君に、選択科目について聞かれ、剣術だと答えるとアーテル君は驚いた様に言った。
「うん、そうだよ?……ルージュ様がやりたいんだって。私もなんか役に立ちそうだなーって思ったし。」
「……。……女子がいるからダンスにするのかと思ったけど……さすが、脳筋と臆病者の班……。あー……でも、アイツらとジョーヌちゃんがダンスするの、何か嫌だしな……?それにしても、剣術……ねぇ……。」
「……あっ!ね、もしかして、『ジョーヌちゃんの班も』って事は、アーテル君たちの班も剣術やるの???だとしたら、一緒だね!」
「ん……。まあね。……剣術はさ、学園祭で試合があって、目玉のひとつになってるから、目立ちたいヴァイスはやりたいらしーよ?」
……え???
し、試合?!
「あ、あの、はじめて聞いたんだけど???……剣術って試合があるの?」
「えっ……?!ルージュから聞いてない?……学園祭には騎士団との手合わせって言うか、練習試合があるんだよ。向こうは多少手加減してくれるんだけど、結構、白熱するし、何より騎士団は人気者ばかりを出してくるから、対岸の街の人たちもたくさん見に来て、かなりの人気なんだ。……庶民だけど、女の子もいっぱい見に来て、キャーキャー言ってくれるしね?」
「……聞いてない、聞いてないよ!」
思わず、サッと青ざめる。
だって、剣術を覚えて、アキシャル国まで安全に旅がしたいって話と、卒業してアーテル君から逃げるなら、2人が手を貸してくれるって話しかしてない……!!!
き、騎士団と……練習とは言え、試合???
それ、素人で今から剣術を始める私が出たら、打身とか擦り傷で済むのかなぁ???コテンパンにされちゃったり……しないよ……ねぇ???
「そ、それ……私も出るのかな?その、騎士の人と……私も練習とはいえ、戦うのかな???」
……。
……。
「ん……。んー?……た、多分、そうなるかなぁ?……女子がいる班で剣術を選ぶとこって、今まであんまりなくてさ。……ルージュんとこみたいな、騎士の家系のご令嬢で、子供の頃から剣術を嗜む子なんかは、選んだ事もあったみたいだけど……。ジョーヌちゃんみたいなケースは、はじめてだから、どうなるんだろう???」
「……手加減、してくれるよ、ね?初心者だし、女の子だし。」
「た、多分ね?……中には本気になっちゃう奴もいるんだけどさ。ほら、騎士には庶民の出の奴もいるから、ここぞとばかり……って事もあったり、無かったり???」
……マ、マジか。
で、でも、街で見たムカつく貴族を、庶民出身の騎士様がコテンパンにするとか……確かに見たい……かも。なんか、スカッとしちゃうよね?!
でっ、でも。
私は貴族とはいえ、なったばかりで、ほぼ庶民で……!!!って、そんなの見に来る人にも、騎士様にも分からないよねぇ……。
「ど……どうしよう。剣術も真面目に練習しなきゃ……。大怪我しちゃうかもだよね……。護身術くらいの感じで軽く考えてたけど……。ああ、やる事が多すぎて、私、目がまわりそう。」
魔術もだけど、マナーやダンスだって覚えてこうねって、アーテル君には言われてる。……その上、剣術とか……やっちまった感がすごいよ、これ……。
「まあ、学園祭はだいぶ先だし……。それに、もし大怪我しても大丈夫。……傷モノになっても、僕がちゃんとお嫁さんに貰うから、そこは安心して構えて?!」
……絶対に、それ、なんか違う!!!
◇◇◇
「あ、ところで明日の水やりなんだけど……。アーテル君、私さ、魔法陣は何度も書いたんだけど、魔術の発動させ方がイマイチ分からないんだよね?……ほら、学園でも今はまだ魔術の授業は座学がメインじゃない?」
ふと、明日の水やりを思い出して、アーテル君に聞いてみる。
「ああ、そうだよね。……実技はもう少し先になるみたいだからね?まあ、最初はみんな魔法陣が下手で爆発させやすいから、まず上手く描けるようになってから、実技になるんだ。……ジョーヌちゃんの場合は、水やりの魔法陣は完璧だって僕が確認してるし、あれを軽く握って、魔力を流して、後は魔法陣を手放してあげると、発動するよ?……どうせジョーヌちゃんは、魔力を流す量をコントロール出来ないだろうから、あの魔法陣にはある程度魔力が入ったらピリッとするようにしてあるんだ。だから、そのタイミングで手放してね?」
???
「あ、あの?アーテル君???……私ね、軽く握るのも、ピリッとしたら手放すも分かるんだけど、『魔力を流す』ってのが、よく分からないよ。流すって???……手から出す???魔力って出るの?」
アーテル君が、驚いた顔で私を見つめる。
「え……?……分からない、の???あの、魔力が流れていく感覚を知らない?……ジョーヌちゃん、泣いてて、魔力が出ちゃってるなって感じ、気付かない?……あ、気付かないか……そうだよね、気付いてないから、あんだけ平気で号泣してるんだもんね。キスして僕にかなり魔力を持ってかれても気付かないくらいだし……。う、うーん???」
……泣くと出てく感覚???
涙は出てるし、魔力が出ちゃうってのは説明されたから、そうなんだ……って頭では理解してるけど……感覚として、そんなの……あるかな?
キスも……チョコレートみたいな味は分かったけど、魔力を持ってかれた感覚はわからなった。……私の大切な何か(純情的なの!)を奪われた感はすごくあったけど……?
「あ!力が抜けてく感じ?あの、寝ちゃった時みたいな?」
「……末期はね。でも、そこまであの魔法陣に出したら大惨事だよ。さすがに壊れて爆発するって……。……ええっ?感覚って説明出来ないな?うーん、魔力を流すって感じとしか言えない……。」
「……えっとさ、魔力が手から出るの?何指?手のひら?どの辺から出るの???」
「え……。手ってって言うか、自分の体に満ちた魔力を魔法陣にも流すって感じで……。手で握るんだけど……。あ、いや、流すってのが分からないんだよな、ジョーヌちゃんは……。……う、うーん???俺たちは、物事ついた頃からトレーニングしてきてるから、どうやってその感覚を掴んだかって、よく分からないんだ。気がついた時には、すでに利き手が決まってたみたいな感じなんだよなぁ???」
……ええっ。
じゃあ、どうすれば……???
あ!!!
私みたいな事で悩んだ人に聞けは良いのかも!!!
「あ、あの!ラランジャ様は?ラランジャ様なら、数年前に貴族になったばかりなんでしょ?私と同じ経験をされてるかも?」
「……うーん……そうだね。……聞きに行ってみようか?」
私とアーテル君は、ラランジャ様のお部屋を訪ねてみる事にした。
◇◇◇
「ジョーヌさんは、魔力が分からない???」
私とアーテル君がラランジャ様を訪ねると、ラランジャ様は快く部屋に入れてくれた。……ラランジャ様とルージュ様は婚約者だけど、私とアーテル君みたいに、お部屋を分けて暮らしているみたいだ。
私の部屋と似た感じのリビングスペースに通され、お茶を振る舞ってくれる。
「……急にごめんね、ラランジャさん。そうなんだよ。ジョーヌちゃんは魔力は沢山あるんだけど、どうやら意識した事が無かったみたいで……。」
「うーん。……もしかすると、多いからこそ、減る感覚が薄いのかも?……私はそこまで多くはないから、流すってより減ってく感覚が強いんだよね?」
晩餐会の時は無視されたし、頑張って会話に入っていってたから、すごく負けん気が強そうって思ったけど、こうして3人で話すと、素朴な雰囲気の子って気がする。
「うーん。なるほどね……。ラランジャさんが、魔力について、意識したのはいつ?」
「そうだなあ。泣いたり怪我したりすると、何か出てく感じってのは、昔からあったかも……。あんまり泣かないタイプだったから、大泣きすると、アレ???なんか変な感じするな……ってのは、ずっと思ってたかなぁ……。」
……何となく顔が上げられない。
多分、いつも泣いて、いつも出してるから、私の場合、気付かなかった可能性が否定できない……。
「ごめんね、ジョーヌさん。私も上手く説明できないや。……子供の頃から感覚はあったんだと思う。だから、流してって言われて、こんな感じ?ってやったら出来ちゃったんだよね?」
「あ、いえ……ありがとうございます。聞かせてくれて。」
「ううん。いいよ、別に。……私、メッキっていっつも馬鹿にされてるから……頼ってもらえて、ちょっと嬉しかった。……晩餐会の時、無視してゴメンね?……ルージュ様も挨拶しないし、イライラしてんの感じてて、なんか話かけれなかったんだ。……ジョーヌさんは、いいよね……アーテル様が優しいからさ……。」
ラランジャ様はそう言うと、寂しそうに顔を伏せた。
「……ラランジャさん、ルージュとは相変わらず上手くいかないのか……?」
アーテル君が少し心配そうに尋ねると、ラランジャ様は深い溜息を吐いた。
「うん。ダメ。頑張れば頑張るほど空回りだよ。……ルージュ様はさ、ローザ様みたいな、上品なお嬢様が好みなんだ。だから、私みたいなガサツな感じとか、やたら頑張ってるのも嫌みたい。……晩餐会の後も、お前は黙ってろ!って怒鳴られてさ……。まあ、仕方ないよね。私はルージュ様のお父様に恩があるし……仲良く出来なくても、仕事みたいなもんだって割り切ってやってくしかないよね……。」
え……。なんか……ちょっと、ルージュ様ってひどい。……そんな事を思っていると、奥の方からガタガタと大きな物音がして……。
「おい!ラランジャ、お前、どのくらい算術の基礎が分かってるか、テストしてやる!」
私の作ったテストを持った、部屋着なのか、ほぼ下着みたいな、非常にダラシない格好をしたルージュ様が、ドスドスとリビングに入ってきた。
「げ。アーテルとジョーヌ……?!」
あまりにも、あんまりな格好にアーテル君さえ顔を顰める。……庶民とはいえ我が家の父さんや兄さんだって、あんなダラシない格好でウロウロしない……てか、何?それ私がやってきてねって言ったテストだよね?!何でラランジャ様にやらせる気なの?!
「……ルージュ、その格好でよくも女性の前に出られるな。ラランジャさんをガサツと言う前に、お前が酷すぎるだろ……。しかもそれ、ジョーヌちゃんに作ってもらったテストだよな?……馬鹿すぎて、自分のテストなのを忘れたのか?」
アーテル君の冷たい言葉に、尊大な態度で部屋に入ってきたルージュ様は、デカい体を縮こませた。
お読みいただき、ありがとうございました!
この後に、このお話の前日譚であるヴィオレッタが主人公のお話を「短編」として、独立させて投稿する予定です。
ヴィオレッタとアーテルの婚約破棄の経緯や、ジョーヌをどう思っていたのかが、ちょぴり出てきますが、基本はヴィオレッタ節が炸裂しているお話になります。
短編投稿後にシリーズ化させてリンクしますので、お読みいただけたら、嬉しいです!
タイトルは「悪役令嬢に転生したけど、心は入れ替えねーよ。だってヒロイン、マジムカつく!」です。もはやタイトルで色々バレちゃってますが、よろしくお願いします!




