爽やかじゃない朝と、選択科目?!
ユサユサと揺さぶられ、目を開けると、今日も今日とてアーテル君が爽やかな笑顔で私を覗き込んでいた。
「……おはよう。ジョーヌちゃん……素敵な朝だね?さあ、今日も一日頑張ろう?!」
……。全然素敵な朝なんかじゃない……。
体中がどこもかしこも痛い。
「お……おはよう……。アーテル君……。」
起き上がるのすら怠くて、寝たままで申し訳ないけれど、朝のご挨拶をする。
「あ、あれ???もしかして、体、辛い???」
「……うん。」
正直、辛いってもんじゃない、これからジョギングなんてとても出来る気がしない……。
「そっか、ジョーヌちゃんは、はじめてって言ってたもんね?」
「うん……。だから、あんなキツイって思わなかった。アーテル君はよく平気だね???」
「ほら、僕は慣れてるから。むしろスッキリって感じだよ?」
……さすがアーテル先生だ。
「そんなに辛いなら、今日はジョギングは止めておこう。怪我してもつまらないしね?……ちょっと昨晩は調子に乗りすぎたかもって、僕も反省中なんだ……。先生とか言われて、つい……ね?」
アーテル君は笑いながら、ベッドの端に腰掛ける。
「……うん。もう二度と呼ばない。」
「えー???なんでー???呼んでよー???」
そんな話しつつも、私はなんとかヨロヨロと起き上がる。
……昨日は疲れて寝落ちしたし、シャワー浴びたい……。
体中ベタベタだったはず……。
「あ、あれ、起きるの???」
「うん。シャワー浴びようかなって。……だって、あのまま寝ちゃったし。」
「あ、それは大丈夫だよ?……ジョーヌちゃんが寝ちゃった後、メイドたちに体を拭いて着替えさせるよう頼んだから?……ほら?サッパリしてない?!」
?!?!
え……?!
た、確かに……パジャマを着てるし、下着まで変わってる?!
「ええ?!……は、恥ずかしいよ?!何でそんな事、メイドさん達にお願いしちゃうの?!」
「んー……だってさ、あのまま寝たら風邪ひいちゃうだろ?……あ、もしかして、僕に手すがら着替えさせて欲しかったとか?ご要望とあれば、次回からそのようにするけど???」
「……次もメイドさんでお願いします。」
アーテル君はハハハっと爽やかに笑う。
「ま、今夜も頑張ろうね?……ピラティス。」
「……う、うん。今日はなるべく軽めでお願いします。」
「うん。そうするよ。ジョーヌちゃん、こんなに酷い筋肉痛になっちゃったしね。」
はぁ……。ピラティスって、思った以上にキツイんだねえ……。
昨日の夜の、アーテル先生による特別授業『ピラティス』は想像以上にキツかった。先生って言われて、調子に乗ったらしいアーテル君は容赦がなかった。
最初は寝ながらするストレッチみたいな感じなのかと思ってたけど……体中が筋肉痛で痛い。インナーマッスルが鍛えられるって言ってたけど、本当に効いてるんだと思う……。
終わった時は汗でベタベタで、お風呂入らなきゃ……って思いつつも、ついついそのまま寝ちゃったんだよねぇ……。
なんか、メイドさんにはパンツまで替えていただいたみたいで、非常に気まずい……。汗、すごかったから、確かにそのままってのは風邪をひいてたかもだけど。
◇◇◇
「おい、何でアーテルがジョーヌにくっついて来るんだよ?!班の活動だぞ?!」
「そうだよ!ジョーヌさんだけ置いて、アーテルは帰れ!」
筋肉痛でヨレヨレの私を支えて、一緒に水やりに来てくれたアーテル君を見るなり、ルージュ様とリュイ様がイラついた様に言った。
「うーん。その気持ちは山々なんだけど、今日はごめんよ?……だってさ、今朝のジョーヌちゃんはお疲れなんだ。体が痛いんだよ。……昨晩、はじめてなのに、僕が張り切りすぎたせいでね?」
「「え……。」」
ルージュ様もリュイ様も、驚いた顔で私たちを見つめる。
「ジョーヌちゃん、水やりは僕がやってあげるから、そこのベンチで休んだら?」
アーテル君が花壇の近くに置かれたベンチを指差した。
私はフラフラとベンチに座る。腹筋と背筋と足と腕と……とにかくすごい筋肉痛だ……。
「ごめんなさい。ルージュ様、リュイ様。」
私は申し訳なくて、ついつい深く頭を下げる横で、アーテル君がペラペラと昨日の夜の事を話す。
「いやぁ……。僕ら昨日の夜ね、先生ごっこをしたら、つい、のっちゃって。まだいける、まだいけるって……。何度もやっちゃってさぁ。まさか、ジョーヌちゃんの体がこんな痛くなっちゃうなんて思わなくてね。」
「イける……。」
「ヤッた……。」
2人は思いっきり目を見開き、もはや目玉が転げ落ちてしまいそうだ。……筋肉痛って、そんな驚くような話しかな?
「それに、ジョーヌちゃん『無理ぃ!』って泣きながらも、必死でついてきてくれるからさ、ついつい、僕も張り切っちゃって。……いやぁ、気の合う婚約者って素敵だね〜?!僕は毎日が楽しいよ!」
アーテル君はそう話ながら、水やり用に書いた魔法陣を握り、魔力を込める。……そして、それを放り投げるようにすると、花壇にふわぁっと水がかかる。それは朝日を浴びてキラキラと光り、虹になった。
……うわぁ。綺麗……。
筋肉痛じゃなきゃ、せっかく魔法陣を昨日作ったし、やってみたかったなぁ……。……まあ、明日もあるしね!!!
「……朝から破壊力がすごいな……。バカップルって、こういうのを言うんだな……。俺、朝から酒が飲みたくなってきたよ……。」
「わかる。僕も、胸焼けしそう。……婚約者や恋人との関係って、シーニーは匂わせてくる感じだし、ヴァイスは聞けば話すって感じだったけど、アーテルはそういうの絶対に言わないタイプかと思ってたよ。」
「ああ、人って恋愛すると変わるんだな。……婚約者と上手くいかない俺と、婚約者のいないリュイには、ものすごい嫌がらせに感じるよな……。」
えっと……私たち恋愛してないし、嫌がらせになるほど、イチャついてもないけどなぁ……???あーでも、朝一緒に走るだけで、2人には仲良し認定されたし、ピラティスもイチャイチャなのだろうか?
「夜、一緒にピラティスするのもイチャイチャなんですか?……おかげですごい筋肉痛なんですけど……?」
「「ピラティス?!」」
驚く2人がアーテル君を見つめると、アーテル君は何故か意地悪そうに笑った。
???
「あ!……算術と外国語のテストを作ってきたんです。基礎の部分なんですけど、大切な所なんで、振り返りの意味をこめて……。アーテル君もいるんで、明日までにやってきてくださいね?」
私はベンチの側まで来た2人に、コソッとテストを渡す。
本当は、ここでやってもらうつもりだったけど、アーテル君にイジられたら可哀想だしね?
「お、おお……。」
「ありがとうね、ジョーヌさん。」
◇◇◇
授業がはじまると、アーテル君の言っていた様に、魔術の授業については、かなりちんぷんかんだった。
……基礎の部分を知っている前提で進むからだ。
私はとりあえず、意味の分からない単語や用語を書き留めておき、夜にアーテル君に聞こうと決める。……魔術は少しづつで良いって言ってたし、分からないけどイジけず、挫けない事が大切、だよね???
逆に、算術や外国語に関しては、かなり簡単で、こっちはあまり勉強しなくても良さそうだから……その分、魔術のお勉強に時間を割けそうかも。
そんな事を考えているうちに、午前の授業は終わった。
午後からは班ごとに別れて、明日からの特別授業のカリキュラムを決めるそうだ。特別授業とは、マナーやダンス、剣術や乗馬など、貴族の嗜み的な科目で、専門でやるのが選択制になっているのだ。
もちろん、授業でもマナーやダンスなんかは、座学や実技もあるが、専門的にやる場合は、選択式になっている。
何故、選択制なのかって言うと……答えは簡単。嫁不足だから。
アーテル君みたいな、女性のいない班でダンスの授業を受けると……あーらびっくり、男同士でダンスするハメになっちゃうからだ。……逆に、ローザ様とヴィオレッタ様の班みたいに女性が多い班では、剣術とかは選択しないそうだ。……ちょっと危ないし、あれだけの可愛い子と美人と同じ班だと、男の子も、やっぱりダンスしたいだってさ。
「……で、訳でうちの班だが、俺は剣術か乗馬にしたい!」
なんとなく班のリーダー的存在のルージュ様が、私とリュイ様にキッパリと言う。
「えーっと……一応、ジョーヌさんは女子だよ?」
「別に、ジョーヌはそこまで可愛くないので、わざわざ踊るメリットを感じない!……あと、アーテル怖い……。」
……アーテル君もだけど、ルージュ様もとても誠実なタイプの様だ。……なんだよ。可愛くなくて、すみませんね?!
「ぼ、僕は何でもいいけど……。まあ、そんなにしたくないダンスなんかやって、アーテルを刺激したくはないかな……。でも、乗馬はともかく、女性に剣術は無理じゃない?万が一にでも怪我をさせたら、アーテルに何を言われるか……。」
「た、確かに……。じゃあ、ジョーヌも馬術で良いよな?」
「えーっと、……剣術が良いです。」
「はっ?!」
「何で?!」
「えー……。だって馬とか乗った事ないし……。それに昔、家族で牧場に遊びに行った時に、お気に入りの帽子をハムハムされて以来、馬ってなんだか苦手なんですよね。お帽子、ネバーってなっちゃったし。……剣術はルージュ様がお好きだって言ってたし、ならそれにしましょうよ?」
ルージュ様は騎士の家系だそうで、剣術がお好きだと言ってた。だから、私のせいで出来なくなってしまうのは申し訳ないと思うのだ。……リュイ様はどれでも良いと言ってたし、なら剣術で良いんじゃないだろうか。
「お、お前、剣術は怪我するかも知れないぞ?」
「でも……別に打身とか擦り傷くらいなもんですよね?アーテル君に文句言われる筋合いは無いですよ?……それに、剣術ができるようになったら、卒業後にアキシャル国に行くのに、心強いですし!道中長いですからね?!」
「「え……?」」
2人が驚いた顔で私をを見つめる。
「あ、言ってませんでしたっけ?……私、卒業したらアーテル君とは婚約破棄して、街に戻り、いずれはアキシャル国に行って、薬師になりたいんです。婚約者になったのだって、脅されたっていうか、流されたっていうかだし……。」
「うーん……。あのさ、ジョーヌさん、申し訳ないけど、僕は無理だと思うよ。……だって、本気であのアーテルから逃げ切れるって、思ってるの……?」
「俺も思う。俺、女だったら捕まりたくない男ランキング1位がアーテルだ。ちなみに、2位がヴァイスで、3位がシーニーな?!……悪いけど、あれだけお前を気に入っていて、あのアーテルが、お前をみすみす逃す訳がないと、俺も思うぞ?」
……え。そ、そうなの……???
「あ、でもさ、あのアーテルが、ジョーヌさんに逃げられたら面白いよね?」
「確かに……。そうだ!俺たちが、お前を卒業する時に逃がしてやろうか?!」
「え……?」
「卒業はまだまだ先だけど、計画だけ立てとかない?」
「ああ!3人の秘密だ!」
ルージュ様とリュイ様は、そう言って少し意地悪く笑った。




