ジョーヌちゃん、育成計画?!
またしても、朝の5時にアーテル君に起こされた私が、一体今なにしてると思います???
そう、私たち、朝っぱらから走ってるんです!!!
「はぁ……はぁ……はぁ……。はぁ。も、もう無理。コレ無理。」
「無理じゃないよ!……ウォーミングアップだよ?まだまだこれからが本番だからね?」
「はぁ、はぁ……。なんか、口の中が、血の味がするよ?肺が痛いんだけど……?……大丈夫、これ?死ぬんじゃないかな?」
「相変わらず大袈裟だね……大丈夫!慣れたらすっごく気持ち良くなるから!……僕は今、最高に気持ちいいよ?!」
妙にイキイキとして爽やかに語るアーテル君に、ウンザリした気持ちになる。確かにアーテル君の所だけ切り取ると、まるで絵画のようかも知れない……。
朝焼けの中、気持ち良さそうに海岸線を走る美青年。……うん、絵になる。その後ろから、ジャージ姿の平凡な女の子が、息も絶え絶えで、ボロボロ泣きながら、鈍臭く走っていなければね。
だから、私はカットで!
ナシで良くない?ナシでっ!!!
なんで私まで、早朝に起きて、走り込みしなきゃなんないの?!?!
◇
……昨日の夜、晩餐会から戻って落ち込んでいた私を、優しく慰めてくれたアーテル君。……ここまでは良かった。これだけだったら、かなーり絆されていたかも知れない。
でー、すー、が!!!
アーテルは言ったのです!
私を『釣り合いの取れた婚約者に仕込む』って。
仕込むってさ……仕込んで取れるものなんですか?釣り合いって?!
そんな気持ちでキョトンとなる私に、アーテル君は言った……。
「ジョーヌちゃん、ここが何処か分かる?」
「私のお部屋?」
「そうだけど、僕が言いたい事とは違います。……ここは、魔術学園。」
「……???」
……それが何だというのでしょう。
嫌でもそれは知っています。あんなに来たくないって泣いたんですから!!!
「貴族で魔力がある16歳から18歳までの子は、みんなこの学園にいるんだ。まあ、ごくたまーに魔力の無い子もいるから、入学して来ない子もいるけど、それは一握り。……ほとんどはこの学園の卒業生って事になる。……いわば、ここは貴族社会の縮図って訳です!」
……だから、何ですか?
それ故に、最底辺の私が、無視されたんじゃないですか???
「つまり、この学園で『凄い!』て認められるのが大切なんだよ!……いまや貴族社会は深刻な嫁不足!この学園にだって、60人近い生徒がいるのに、女の子はたったの15人!卒業して余ってる奴だっていっぱいいて、独身男が大渋滞なんだ!……正直、家柄がどーこーなんて、細かい事言ってらんないってのが現状なんだよね……。」
「なら、べつに『凄い!』って認められなくても良いんじゃないの……???」
「……ジョーヌちゃん。残念ながら、それは普通の家の場合だよ。僕はさ、下手したら国王ですからね?!……さすがに『どーしてもお相手が見つからず、妥協した結果。』とは言われたく無いんだよね……?」
……い、いや、妥協だよね???
どーしてもお相手が見つからず、船着場で偶然に捕まえた、野生の婚約者だよね???私???
「……は、はぁ。」
「なので、僕は3年間でジョーヌちゃんを、『男爵令嬢とはいえ、ジョーヌ様は素晴らしいので、次期国王、アーテル様のお嫁さんに相応しい。きっと素敵な王妃様になるだろう。』って言われるように、君を育成していく所存です。」
……育成……。
アーテル君って、トレーナーか何かかな?
……て、てか、次期国王???王妃???
「な、何それ?!……私、お妃様になんかならないよ?!アーテル君が国王になるなら、絶対にお嫁さんになんか、ならないからね?!」
……アーテル君、王様になる気なの???
驚いて文句を言うと、アーテル君はニッコリ笑って、私の手を握りしめた。
「例えばの話だよ……。でも、国王にならなきゃ、嫁さんになってくれるんだね?!……ああ、ジョーヌちゃんの重ね重ねの結婚への前向きな姿勢に、僕は感激で震えが止まらないよ。」
……!!!
どーして……???どーして引っかかってしまうんだろ、私……。
◇
「……で、走るのが何で育成計画になるの?」
もう走れないって、浜辺に座りこんだ私は、まだまだ余裕な顔のアーテル君を見上げて聞いた。
「ジョーヌちゃん、学園で一目置かれる奴って、どんな奴だと思う?……ジョーヌちゃんは庶民だったけど、ちゃんと学校に通ってたでしょ?」
「え?……何で知ってるの?!」
私は庶民だったけど、この学園に来る前から学校に通っていた。父さんの仕事を手伝いたくて、算術やら外国語なんかも教えてもらえる所に。……魔術学園にさえ行く羽目にならなければ、もう少し勉強して、アキシャル国にある薬師の学校に留学するつもりだった。
「そりゃあ……公爵家の婚約者だし?……調査は入れますよね?」
……なっ、何?か、勝手に調べられてたの?!
あ……でも……???
「……ジョーヌ・アマレロじゃダメだって言われなかった???」
反対、されるんじゃないかな?
さすがに貴族になったばかりの新参男爵家だし、そもそも、父さんと母さんはこの国の人ですらありませんしね……。
「んー……。父は大賛成だったって。母は、渋い顔をしてたらしいけど、ジョーヌちゃんがお父さんにソックリなんだって聞いたら、笑ってたって……。つまり賛成って事かな。」
「何で私が父さんに似てると笑うの???」
なんだそりゃ???
「ま、我が家も色々あるんだよ……。ともかく、我が家からは反対されてませんからね?……あ、アマレロ家の方こそどうなの……?」
……。
……。
「……ジョーヌちゃん?!」
はひっ!!!アーテル君の問い詰めるみたいな目が怖い!!!
「……何も……言ってない。」
「は???」
「だって、嫁不足とか、無理矢理既成事実とか、婚約しましたとか、父さんは心配で泣きすぎて倒れちゃうだろうし、母さんはそんな学園辞めて、この国から出て行こうって言うだろうし、言えないよ?!姉さんは彼氏できたばっかだし、兄さんは新しいお店にウキウキなの!……ジョーヌは学園でそれなりにやってるって、手紙には書いた……。」
アーテル君は、ハアッと溜息を吐くと、隣に腰を下ろす。
「ジョーヌちゃん……次の休暇には、ご挨拶に行かせて。……僕からご両親に、不安が無いように説明させてよ。確かに、いきなり婚約者とか驚かれるかも知れないけど……学園での生活をサポートして、君を守らせて欲しいって、説明させてくれないか?」
「……う、うん……。あ、ありがとう。」
隣を向くと、アーテル君が笑いかけてくれる。朝日に照らされて、その笑顔はキラキラと輝いて、頼もしく見えた。
「あ……間違えて、『娘さんを僕に下さい!!!』って言っちゃったら、ごめんね?」
……アーテル君はアーテル君だ。
ちょっと頼もしくて素敵……とかドキッとした私を全力で殴りたい……。
「あ!なんで走るって話だよ!!!……えっと、学校で、どんな人が一目置かれてるか、だよね???……やっぱり賢い人、かな?勉強しに来てるし。カッコいい、可愛いって人や、スポーツ万能、面白い人も人気だったかも。」
「ん……。そうだね、だいたい学校って、そんな感じだよね?学園もだいたい同じだよ。秀才、美形、スポーツ万能、愉快な奴……あと、貴族だから家柄が良いってのがあるかな。……で、ジョーヌちゃんの目指すとこ、なんだけど……。」
「スポーツ万能?!」
……だから、走らされたの?!
でも、鈍い私がいくら走り込んでも、3年でスポーツ万能!までいくかなぁ……。
「えっと……ジョーヌちゃんにそれ期待してない。……その、いかにも筋肉のない、太腿がまるで上がらない走り方を見ただけで、スポーツ万能にほど遠いのが分かるよ。」
……じゃあ、何で走らせるのさ。
あ!!!美形???……我が家は母さん、姉さん、兄さんは美形だ!ジョーヌは父さんソックリって言われてきたけど、まさか痩せたら私も美形に……?!
「あのさ、何考えてるかだいたい分かるから言うね?……それほど太ってないジョーヌちゃんは、痩せても美形にはならないよ。普通のまんま。せっかくの無駄にエロい胸が減るくらいだね。……僕がね、ジョーヌちゃんに目指して欲しいのは……。」
「……まさかの……お笑いキャラ???」
パシーーーンと頭に突っ込みが入る。
「違うよ!秀才だよ!……僕は奥さんが面白さで一目置かれてても、いまいち誇れないよ?!明るい家庭は素敵だと思うけど、公爵家の奥方が学園一の面白キャラは、ちょっとね?!」
「痛いよ、アーテル君!!!……だって、秀才と走るのは無関係すぎて、絶対に無いかなって思ったんだよ?ボケたんじゃないよ?」
アーテル君はヨシヨシと叩いた所をナデナデしてくれる。
「僕の自論なんだけど……勉強には体力が必要なんだ。あと貴族やるのにもね?」
「へ?」
「体力が無いと疲れてしまって、勉強より身体を休めたくなるんだ。やりたいけど、頑張れない、気力が湧かない……なんてのは、疲れてしまっているからだ。魔力が減ると体力を削るし、とにかく学園で秀才になるには、まずは体力作りなんだよ!……貴族やるのも体力は必要だ。式典なんかだと人前で長時間ピシッっとしている必要があるし、筋力も体力もいる。ダンスも見た目より疲れるし、やっぱり姿勢が大切だから筋肉もいるよ?」
ほほう……。言われてみると、そうかも?
「だから、毎朝のジョギングと、毎晩のピラティスを日課に取り入れていこうと思う。」
「ピラティス?……ストレッチみたいなヤツ?」
「ん……そう。体幹を鍛えるんだ。……一緒に頑張ろうね?……ジョーヌちゃんは、魔術の勉強の方は、どうしたって遅れると思う。貴族は子供の頃から、魔術を習ってきてるからね?だから、この1年は基礎を組むつもりで焦らずにいこう?授業で分からない所は、僕が教えるし。……でも、それ以外の学問に関しては、ジョーヌちゃんが行ってた学校と同じか、少し簡単かなって感じだから、大丈夫だと思うよ。……後はやっぱり、貴族だからマナーとかダンスだけど……その辺も僕がフォローするし、ゆっくり着実に取り組んで行こう?」
何だか色々と考えてくれていたみたいで、ありがたい。……さすが婚約者トレーナー!!!
「ありがとうね?アーテル君?……なんか、色々と私の為に考えてくれてたんだね???」
「ん。……ジョーヌちゃんには、僕がついてるよ!」
アーテル君が不意に私の両肩に手を置く。
「なあに?アーテル君?」
「だから、僕にもジョーヌちゃんが、ずっとついてて欲しいなぁ……って。」
「うん?……ついてる!ずっとついてくよ?」
「ありがとう。一生、僕についてきてね?!……って、ジョーヌちゃん……。あまりにもチョロくて、僕、ある意味心配になってきちゃったよ……。あのさ……今日から学園がはじまるんだけど、僕以外には騙されないでよね?」
……!!!




