◇泣き虫ジョーヌは公爵夫人◇後編
かっこいいアーテルはいません。
「ねえ、ヒミツ君、早く決めてよ!」
私はクローゼットに篭り、アーテル君の服を物色するヒミツ君にイライラしながらそう言った。
だってさ、時間がかかりすぎなんだよ!!!
使ってないアーテル君の下着と服を渡し、ヒト型になるまでは早かったし、見ていた息子たちは、猫がヒトになったので、大興奮だった。(私はさすがに見ていないよ……?全裸のヒト型ヒミツ君なんて、ちょっと勘弁だもの。)
だけど……その後で、こんな服じゃ嫌だと文句を言い出すと、ヒミツ君はアーテル君のクローゼットを漁り始めたのだ。
そして……すでに1時間以上経っている。
セフィドとブランは、待ちきれずに、ついにソファーで眠りはじめてしまった……。
「だって、アーテルが太いんだもの!みんなブカブカでイマイチなんだ。」
「アーテル君は太くないです!……ヒミツ君が細すぎるんだよ!ガリガリのペラペラじゃん!」
「それはそうかもだけど……。でもさ、せっかくお城に行くなら、『うわっ!何このイケメン……!』ってみんなに思われたいんだ。」
……いやさ、お顔だけならヒト型のヒミツ君はすでに物凄いイケメンだよ?天使が居るならこんな感じなのかな?!って思わせるような神々しい程の美形ですしね。(悪魔なのに天使って、ちょっと笑えるね。)
まあ、中身がヒミツ君なんで、トキメくワケはありませんけど……。
「ヒミツ君、イケメンだから大丈夫だよ。ダボダボすらファッションにしか見えないからヘーキだって……。」
「ジョーヌちゃん……。そんな雑な褒め言葉じゃ、僕は妥協できないよ……!」
「ヒミツ君、イケメン!サイコー!決まってる!」
「なんかさ……わざとらしいよ。そういうの、……むしろ悲しい。」
ヒミツ君は、わざとらしく顔を伏せた。
な、なんだろう。ちょっとイラッときちゃいましたよ、私???「ヒミツ君の方がわざとらしいよね?!絶対に顔がいいの自覚してて、やってるんでしょ、それ。あざとすぎだよ?!」とか思っちゃった。
多分……アレだ。
私、いつもアーテル君に騙されてばかりいるから、さすがにミエミエの手には乗らなくなってきてるのかも……。ジョーヌも成長してるんだなぁ。
だけどいつまでもこうしていたら、さすがにアーテル君も帰ってきちゃうし、すれ違いになっちゃうかもだよ!
魔力が無くなった私は、使い魔のカラスで知らせを出す事も出来ないんだし……。
そうそう。
使い魔のカラスといえば、アーテル君の方は、今でもわりと使ってる。
主に、王子様との遣り取りなんかで使ってるみたい。
王子様への手紙は、中身がみーんなチェックされちゃうし、届くのに時間かかるからね。
……ちなみに、どんな遣り取りをしてるの?って聞いたら「誹謗中傷とか罵詈雑言の遣り取り?」とかって笑いながら言って、見せてもらったら本当にお互いの悪口合戦だった……。
ちなみにコレ、留学中もずーっとやっていた。あの頃はホント頻繁で、二、三日に一度はやってたかな……?今では月に一度くらいになったけど、それでも王子様からのハトが来なくなると、アーテル君はすかさずカラスを飛ばすのだ。
そしてその逆もしかり……。
……時々、思うんだ。
アーテル君とヴィオレッタ様って……すごく似ているなって……。
なんて言うの?ヴィオレッタ様とローザ様の奇妙な友情と、アーテル君と王子様の不思議な友情って……なんか、ソックリじゃない?!
つまりは、何だかんだで、お互いに心配だから、とりあえず悪口書いて安否確認してるんじゃないかなーってジョーヌは思ってる。
おおっと、話が逸れてしまいました!
そうじゃなくて……お城に行くのにヒミツ君に着替えてもらうんでした!!!
「もー。分かったよ。……ヒミツ君にとっておきを出してあげる。」
私はそう言うと、クローゼットの最奥にある小さな箱を取り出した。
「なんだい、それ。」
「アーテル君が大切にしている宝石。」
「アーテル、宝石なんか好きだったっけ?ジョーヌちゃんに貰ったっていう指輪は大切にしてたけど……?」
「違うよ。それじゃないよ。」
その指輪は、アーテル君が公爵様になった今でも、結婚指輪と重ねて、いつも身につけてくれている。……もちろん、私も。
「じゃあ、なーに?」
「これはね……カフスとタイピンなの。本当に、ここぞって時にしか身につけてない、アーテル君のお守りみたいなもんかな?……ヒミツ君が居なくなった後にね、アキシャル国の宝石屋さんで一目惚れしてね……それ以来……すごく大切にしてる宝物なんだよ。」
私はそう言うと、その箱を開けた。
そこには、真っ青なスターサファイアのタイピンとカフスボタンが入っている。それはまるで、猫の青い目にも見えるデザインで……。
「え……。これって……まさか……。」
「うん。ハッキリは言わないんだけどね、ヒミツ君の青い目のイメージなんだと思う。……私との結婚式とか、学校の開校式……ああ、子供たちが生まれた時もつけてくれたかな。……多分ね、ヒミツ君に見せたかったり、側にいて欲しいって時にだけ、身につけてるんだと思うよ。」
「……。……僕……早くアーテルに会いたい……。」
ヒミツ君は小さな箱をギュッと握ると、そう呟いた。
「そしたら、早く決めて着替えちゃおう?……下手したらそろそろ帰ってきちゃうかも……。」
「うん。……じゃぁ、コレにする!」
ヒミツ君はそう言うと……アーテル君が先日仕立てて、届いたばかりのスーツを選んだ。
う……!お目が高いです!
さすがなのかな?ヒミツ君……!
それはアーテル君が愛用する仕立て屋メゾン・アルカンシエルの最新作で、目の飛び出るようなお値段の品のスーツなのです。
しかも、アーテル君がまだ袖を通していないヤツ……!
「ヒミツ君、それにしちゃうの?」
「うん、まーね。なんかこの中では一番マシだし。えーっとタイはこれにして……。」
ヒミツ君はそう言うと、アーテル君のお気に入りや、とっておきの高級品ばかり、どんどんとセレクトしていく。
とんだお洒落キャットですな……。あ、今はヒト型か……。
「じゃぁ、着替えて出て来てね。」
私はそう言うと、クローゼットを後にした。
◇
部屋に戻って、眠ってしまった二人にブランケットをかけてあげていると、ヒミツ君がクローゼットから着替えて出てきた。
「じゃーーーん!!!どうかな?ジョーヌちゃん!」
「……。」
思わず言葉に詰まってしまった。
ヒト型になったヒミツ君は、かなり人間離れした美貌をお持ちで(まあ、ヒトじゃないけど。)、それが着飾った事で、さらに凄みを増したと言いますか……。
ダボダボ気味のスーツも、なんだかリラックス感というのか、抜け感とでもいうのか、そんな感じのお洒落にしか見えません。
すごいな……猫のくせに。
思わず見惚れていると、ヒミツ君がタイを取り出した。
「ねえ、ジョーヌちゃんタイ付けてよ。」
「ええっ、自分でこだわって結ぶんじゃないの?」
「昔はそうしてたんだけどさ、猫生活が長くて忘れちゃったんだよ。猫の時は、いつもアーテルが結んでくれてたし、あっちに帰ってからは、アイツにやらせてたし……。」
「もー、しょうがないなぁ。でも私、下手だよ?」
私がそう言うと、ヒミツ君は目を細めてから「それでもいいよ。」って言った。
……やっぱりヒト型だけど、こういう顔すると、やっぱり猫っぽい。
そして、ヒミツ君のタイを結んでいると……。
ガチャリと部屋のドアが開き……アーテル君が入って来た。
……あっ!もう!!!帰って来ちゃったじゃん!
「ただい……え……。」
アーテル君は、ヒミツ君がまさか戻って来ているなんて思わなかったのか、驚きのあまり硬直して私とヒミツ君を交互に見つめている。
「アーテル君、おかえり!」
「やあ、アーテル、久しぶりだね!」
私たちが笑顔で同時にそう声をかけると、アーテル君は慌てて走り寄って来て……思いっきりヒミツ君を突き飛ばした。
……え、ええ???
ヒョロッこいヒミツ君は、簡単によろけて尻餅をついてしまい……驚いた顔でアーテル君を見つめてている。
「ちょ、ちょっと?!いきなり何するの、アーテル君!」
驚いて動けなかったが、私は我にかえってヒミツ君を助け起こそうと手を伸ばすと、アーテル君に抱きとめられた。
「……ダメだっ!」
「ダメって何が?!いきなり突き飛ばすとか、そっちがダメでしょ?!」
「……っ。……僕は……!!!……。……好き勝手にやってた僕に言えた事じゃないかもだけど……!……でも……嫌なんだ!!!……だって、間男に優しくなんか出来る訳ないだろ?!魔術を使わなかっただけ、僕なりには配慮したよ!!!」
……ん???
「マオトコ???」
「……ま、まさかジョーヌちゃんに浮気されるなんて、僕……思ってもなかった……。……苦しい……。苦しいよ。……なのに……嫌いになんかなれない……。はは……。昔のツケが……今ごろ返ってきたのかな……。」
アーテル君はそう言うと、瞳を翳らせて薄く笑う。
ん、んんん???……浮気???
確かにすごい美形ですけど、……これ、ヒミツ君だよ?
アーテル君だって、それは知ってるよね?!
思わず、尻餅をついたまんまのヒミツ君と顔を見合わせ……。
「「あーーー!!!」」
声が合った。
そ、そうだ!!!
アーテル君って、ヒミツ君のヒト型は見てないんでした!!!
あの時……やっぱりヒミツ君は洋服選びに手間どって、具合の悪かったアーテル君は寝ちゃってたんでした!!!
……。
そしたら、仕事から帰って来て、寝室のある部屋で、奥さんが見たことのない男性のタイを結んでいたら……。
うん、誤解される!!!
「アーテル君、違うの!……落ち着いて?!これは誤解でね。」
「ジョーヌちゃん……。浮気が見つかった場合、みんな大抵そう言うんだ。……かくいう僕も、昔、そういった事を言った経験があるから分かる。」
ええっと……。
最低な経験則からモノを言わないで欲しいな?
「あのね、アーテル……。本当に違うんだよ、僕はね?」
ヒミツ君がそう言うと、アーテル君は鋭く睨みつけた。
「黙れ!君との話は後だ!!!……ねえ、ジョーヌちゃん。僕に不満があった?公爵夫人としての暮らしが窮屈だった?白い子供を生んでしまって、プレッシャーが大きかった?……それとも、コイツを本当に好きになっちゃった……???」
「だから、アーテル君……これはね?」
「聞きたくない!!!僕は別れないからね、絶対に!!!」
アーテル君は怒鳴るようにそう言うと、私の腕をグッと掴んだ。
「いっ、痛いよ!」
「……僕はさ、今までずーっと、心のどこかでシーニーみたいなヤキモチ妬きの奴を馬鹿にしてた……。自分に自信が無くて、余裕がないからそうなるんじゃないかって……。」
「ア、アーテル……君?」
「だけど、今はよーく分かったよ。……ジョーヌちゃん……君は僕のものだ。誰にも渡さないし、絶対に逃してなんかあげない。だから……もう、誰にも会えないように……浮気なんか出来ないように……僕から逃げないように……どこかに、ずーっと閉じこめておかなきゃね?……さ……行こう?確か……この屋敷には、地下に部屋があるんだ。もう使ってないけどね……。」
剣呑な眼差しで私を見つめると、アーテル君は握ったままの私の腕を強く引いた。
「ちょ、ちょっと、嫌だっ!!!……私、浮気なんかしてない!怖いよ、アーテル君!」
すると……不意にその手が緩み、アーテル君がガクリと私の足元に崩れ落ちてしまった。
……へ?
「嫌って言わないでくれよっ!!!……う、ううっ……。嫌いに……う、ぐ、グスッ……ならないで……。」
アーテル君はそう言うと、私の足に縋るようにしがみつき、そのままグズグスと泣き出してしまった。
え、えっと……???
ア、アーテル君?!?!
な、泣いちゃっ……た?
公爵様で、校長先生で、詐欺師で……いつも余裕綽々で……飄々としてる……アーテル君が???
え……。
ヒミツ君も驚いたのだろう、猫がフレーメン反応を起こしたみたいた顔になっている。……いや、猫なんだけどね?
「ジョーヌちゃん……僕を捨てないで……。怖いこと言ったり、腕を強く握って……ごめん。う、うっ……そんなのしない。だから……側にいて……。グスッ……悪いとこあるなら、全部なおす。……だっ、だから……お願い……。……うっ、うううっ……そんな男のとこ……行かないでよ……。……愛してるんだ……。ジョーヌちゃんがいないと……僕はダメなんだよ……。う、グスッ……。」
「な、泣かないで、アーテル君。……本当に違うの!ちゃんと説明するから!……嫌いにならならいし、大好きだよ?」
慌てて屈んで、アーテル君を抱きしめる。
うーん……なんかコレ、いつもと逆じゃないかな?!?!
「ほんと……?……じゃあ、コ、コイツは、だ、誰?……なっ、何で、この部屋にいるんだ……よぉ……!」
アーテル君はしゃくり上げながらヒミツ君を指差す。
すると、非常に気まずい顔をしていたヒミツ君は……ボフンと変な音を立てて……猫の姿に戻った。
「え……。ヒ、ヒミツ……?!」
「……そう。……僕でーす……。あはは……は。サプラーイズ……なんちゃって……は、はは……。」
……。
……。
……。
ものすっごく、気まずい沈黙が流れた。




