◇泣き虫ジョーヌの留学生活◇前編
「おまけ」のアキシャル国留学編スタートです!
ジョーヌ編3話、アーテル編1話の全4話。
毎日更新予定です!
4月になり、アキシャル国にやってきて、無事に学院の薬師学部に編入した私と、アーテル君なのだが……。
私は面白くない!!!
何がって……?
アーテル君がモテモテだからだ。
そう、アキシャル国は普通の国……すなわち、男女比だって、ほぼ同じ。もちろん、学部によっては偏りもあるけれど、薬師学部は同じくらい。……同じキャンパスにある医師学部は男性が多めだが、看護学部が女性が多めなので……つまりは、このキャンパスにはだいたい同じくらいの比で男女がいるのだ。
つまり……今日も今日とて、アーテル君は……女の子に囲まれているって訳!!!
そもそも、留学生で薬学なんて知らないで編入してきたのに、アーテル君はサラッと首席をかっさらい、新学年で代表挨拶をしたのだ。
……そこからはもう、アーテル君のモテモテ・サクセスストーリーが炸裂ですよ。
まあ、アーテル君ってば、もともと美形ですし???
胡散臭いですが、人当たりも良いですからね???
この国の人は、アーテル君の魔王の話や家の事なんて知りませんから、ただの、かっこよくて感じのいい留学生な訳で……。まあね、人気者になっちゃいますよね。
……はぁ。
一方の私はというと、それなりに苦労している。
やっぱり薬師のお勉強は難しいし、アーテル君みたいな天才じゃないから、予習復習は欠かせない。そして、頑張ってるけれど、やっぱり成績は真ん中くらいで……。
本当に、私ってどんなに頑張っても平凡の域を出ないんです……。
……とは言えだ。
私はアーテル君の婚約者なのでっ!!!
正真正銘、本当のラブラブな婚約者ですから!!!
つまりね、後から言い寄ってきた女の子達になんて、負ける気なんてないんです。……今日だって、デートですし!!!
そんな訳で、休日である今日、私はアーテル君とデートをする為に、朝早くからアーテル君の住んでいる寮へとやって来た。
現在、私とアーテル君は、このキャンパス内にある寮で別々に暮らしてる。もちろん、アキシャル国は普通の国なので、男子寮と女子寮に分かれているからね。
でも、このキャンパスの寮は、食堂なんかはあるけれど、一人暮らしのアパートに近い感覚で、あまり煩くはない。
特に男子寮は、行き来は自由で、門限もあって無いようなモンだそう。さすがに女子寮はセキュリティの関係上、受付に寄らなきゃ入れないし、時間になると閉まってしまうので、男子寮ほどオープンじゃないけど。
薬師学部や医師学部なんかは、専門課程になるので、教養課程のあとに入るため、こっちのキャンパスの寮に入る生徒たちは、みんな年齢が高めなのだ。だから自主性が重んじられているんだって。
それを良い事に、男子寮は、女の子を連れ込んでるヤツが多いらしい。
ま、さすがにアーテル君に限って、いくらモテモテでもそれは無いと思うけれど……。
だって私がいますからね!!!
もし、連れ込むなら私でお願いします!!!
……なんて、恥ずかしいし、怖くて言えませんが。
そう、怖い。
怖いんだよね……私。
……。
実は、先日、ちょっと色っぽいムードになった時も、ジョーヌはビビって拒んでしまいました。思わず「そういうのはさ、結婚してからにしようよ?!」って言っちゃって……。
……だ、だってね?
ヴィオレッタ様が……「最初はね、ものすごーーーく痛いのよ!」って、散々脅かすんだもん!!!
留学するまでの間、ヴィオレッタ様は我が家にちょくちょく遊びに来ていたのだ。まあ、義理の姉妹だし、お店もオープンさせるからね……。
そして2人きりになるたびに、そうやって脅すのだ。
ヴィオレッタ様曰く、どうやらリアルは、小説の様にロマンチックで幸せな感じだけでは無いそうで、泣き叫ぶ程の痛みを伴うんだって……。
ビビる私にヴィオレッタ様は言った。
「でもね、それが大人になるって事なのよ?そこを愛で乗り切ってこそ、はじめて結ばれたと言えるの!……まあ、本当に大人になったと実感するのは、血圧や血糖が気になりはじめてからだけど……。」……と。
『ケツアツ・ヤ・ケットウ』がなんなのかは、良くわからない。
だけど、どうやら怖くて覚悟の決まらないジョーヌは、まだまだアーテル君への愛が足らないのかも知れない……。
はぁ……。今日も誘われたらどうしよう……。
さすがに、あんまり拒み続けたら……怒っちゃう?……それとも愛想を尽かされちゃう???
……。
そんな事を考えつつ、私はアーテル君の部屋をノックすると……。
「は〜い!今開けま〜す!」
……と、可愛い声がアーテルの部屋の中から聞こえた。
え???
ど、どういう……事?!
◇
ガチャリとドアが開くと、そこには見覚えのある美人がいた。
……アーテル君に付き纏っている女の子の内の1人だ。
確か看護学部の子だったはず……。華やかな顔立ちの上に、スタイルも抜群で、目立つ子だから覚えていた。
「あ、あの……えっと……?」
私が返答に困っていると、その美女はクスッと口だけで笑った。
「へぇ。本当に貴女たち、付き合ってたんだ。」
馬鹿にするみたいな言い方で言われ、居た堪れなくなる。
……どうして、朝一でアーテル君の部屋に美女が居るのか、ものすごく嫌な想像とともにムカムカが込み上げてきて、立っているのが辛くなってきた……。
これって、まさか……浮気ってヤツ……かな?
だったら……どうしたら良いんだろう……。
泣いて立ち去ったら、負けちゃう気がするし……。
……いやいや、そもそも勝ちってナニよ。
浮気された時点で負けたのでは???
ち、違うっ!!!
ともかく、良く分からないけど、感情的になったらダメだよね?
そうだよ、まだ浮気って、確定していないんだし!!!
もしかしたら、たまたまこの人が、朝早くからアーテル君の部屋に押しかけただけかも知れないじゃない!
ちゃんとアーテル君と話をしよう!
泣いたり怒ったりは、それからだよ!!!
私が涙が溢れないようにと、とりあえず歯を食いしばって、思案していると、不意にアーテル君の呑気な声が響いた。
「あれ〜?ジョーヌちゃん、もう来てくれたんだ!」
顔を上げると、アーテル君は……シャワーでも浴びてきたのか、濡れた髪を拭きながらニコニコと玄関までやって来ている。
……え。
な、何でシャワーを浴びてるんだい、アーテル君……。
これは……やっぱり……いわゆる事後とか、朝チュンとかってヤツだったのでしょうか……?
私は引き攣った笑顔を浮かべ、そっとドアを閉めた。
……見なかった。
ジョーヌはとりあえず、何も見なかった。
私は自分に言い聞かせる。
……部屋に戻って、お気に入りの紅茶でも飲もう。
ああそうだ、ラランジャに愚痴愚痴な手紙を書くのもいい。
いやいや、ここはやっぱりヴィオレッタ様かも知れない。浮気男をヤッちゃって下さいって書いてしまおうか。ヴィオレッタ様なら、速攻でヤリに来てくれる気がする。王子様すらグーで殴るし……。そうそう、パールス侯爵家は、何かあっても揉み消してくれるって、ヴィオレッタ様は自慢げに言ってましたね……。
そんな不吉な事を考えつつ、踵を返す。
するとガチャッとドアが開いて、部屋から出てきたアーテル君に腕をグイッと掴まれた。
「ちょっとジョーヌちゃん?何で帰るの?……デート、するんだよね???どうしたの?」
キョトンとした顔で言われて、私もキョトンとしてしまう。
……アーテル君って、サイコパスってヤツかな???
この状況で、どうしてデートする気に私がなると思うんだろ???
「だって……シャワー浴びてたんだよね?」
「まあね?……だって、デートだし、ジョーヌちゃんに臭いって思われたくないじゃん。エチケットってか、身だしなみとか、そんな感じだよ?……それがどうしたの?もうシャワーから出たし、すぐに着替えるよ?」
思わず「はいぃぃぃ?」って変な声が出た。
「ん???……もしや、ジョーヌちゃん、臭いのが好き???まさかの、男の汗に興奮する系?……だったら、また走ってくるけど?」
「え???ち、違うよ!違います!汗臭くない方がいいよ!……あの。……今さ、女の人、いたよね???朝っぱらから居るし、アーテル君はシャワー浴びて出てくるし……私、浮気してたのかと思ったんだけど?」
あまりのアーテル君の呑気な対応に、なんだか毒気が抜けて、直球で聞けてしまった。
「あー。マゼンタさん???……彼女はメイドだよ?」
「へ???」
メイド???
私がポカンとアーテル君を見つめると、アーテル君は私を連れて部屋に入った。
部屋にはマゼンタさんと呼ばれた美人がもちろん居て、腕を組んで私を睨んでいる。……メイドって感じには見えない。どう見ても、彼氏の家で鉢合わせしちゃった、もう1人の彼女って態度だ。
「……その子、帰ったんじゃなかったんだ。」
私をジロジロと見つめて、そう言い放つ。
「も〜、マゼンタさんたら、ジョーヌちゃんが帰る訳ないだろ?僕たちこれから舞台を見に行くんだよ?今日はデートするんだって話してたでしょ?……あ、マゼンタさんジャケット出してきて?」
アーテル君はそうマゼンタさんに言いつけると、机からチケットを取り出して私に見せながら、ソファーの向かいの席に座るように促した。
「見てこれ!なかなか良い席とれたんだよねぇ。」
「へ……へえ。」
……えーと……???
「アーテル!……タイもつけるの?」
クローゼットの奥からマゼンタさんの不機嫌そうな声が聞こえてくる。
「もちろんだよ。……グレーのやつを出して?」
アーテル君はそうマゼンタさんに答えつつ、私にはこれから見に行くという舞台のチラシを見せた。
「話題作らしいんだ。……楽しみだね?」
甘い笑顔を向けられるが、何だかモヤモヤが晴れない。
そうしているうちに、マゼンタさんがジャケットやタイを持ってクローゼットから出てきた。
アーテル君は立ち上がると、マゼンタさんにジャケットを着せてもらい、タイも結ばせる。
「ねぇ、アーテル……。遅くなるの?」
「もちろん!夕飯は、食べてくるよ。あ、でも帰ってから少し飲みたいな。……何かおつまみを用意しておいて?」
「分かったわ……。」
えっと……メイド???
これ、マゼンタさんが奥さんでは???
私が呆気に取られた様に、そんな2人を見つめていると、マゼンタさんは、私にフフンと馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
まるで、私が正妻ですとでも言うような笑みに、カチンときてしまう。
……や、やっぱり、これ、浮気じゃないかな?!
い、いや……この場合、私が浮気相手かも?!
思わず、アーテル君の手をグイッと引っ張った。
「ちょっとアーテル君!!!……これ、どういう事かな?!ちゃんと説明してよ?!」
ジョーヌだってさ、言うときは言うんですからね?!
補足:ヴィオレッタは性格が悪いので、ビビるジョーヌを脅かして楽しんでいます。あと、「アーテル、ざまぁ!」って思ってる……。




