私の、素敵な婚約者?!
私、今……アーテル君と、手を繋いで市場を歩いている!!!
信じられない気持ちで、何度も繋いだ手を確認する。
うん、アーテル君の手だ。
一度は諦めたこの手を、またこうして握れた事、そうしてアーテル君がまた街を歩けるようになった事、全てが嬉しい!!!
ふと見上げると、私を見つめて微笑み返してくれる。
……へへへ、幸せだな。
「あ。そういえば、ジョーヌちゃん。アキシャル国に留学するの???」
「あっ!……そうでした!」
わ、忘れてた!!!
そうだったーーー!!!
アーテル君に魔力を渡しちゃった私は、アーテル君のお嫁さんになるのを諦め、それならば元々の夢をかなえようって、留学する事にしたんでした!!!
そして、父さんに『アキシャル国の薬師学部に、どうしても行きたいので、どうかお願いします!!!』って、土下座してお願いして、手続きをしたのでした!
魔力を失った事と、アーテル君とお別れした事は、父さんと母さんにも話してたから、私を哀れんでくれたんだと思う。
かなりの金額がかかるにも関わらず、2人は『なら、行ってみなさい!きっと新しい出会いが待ってるわ!』って笑って言ってくれて……。
あわわっ!!!
4月から、アキシャル国に行くんでしたっけ、私っ!!!
「あ、あのー。アーテル君?……私ね、やっぱり結婚はまだ出来ないかも?……向こうの学院に、2年コースで留学する予定になっちゃってるの。もう、入学金も払い込んじゃってるし、今さら『やめます!』なんて言えないよ……。」
「ん。……何となく予想してました。」
アーテル君はそう言うと、私が手に持っていた『婚姻届』をサッと取り上げてしまった。
え。
「えっと……。その……。帰ってくるまで待っててくれる?」
「んー?……それは無理じゃないかなぁ?僕ってほら、結構モテるしねぇ。……2年も待ってられる自信はないかなぁ……。」
そ、そ、そ、そんなぁーーー!!!
せっかく両思いになれたのに?!
「……だからさ、僕も行こうかな?」
「え???」
「僕もさ、アキシャル国の学院の薬師学部に入学しちゃおうかなって思うんだけど、いいかな???」
!!!
「本当に?!……あ。でもお金はどうするの?!留学って、けっこうかかるよ???……その、アーテル君はもう公爵家を出たから、お金、無いんだよね???」
一緒に留学できるなんて嬉しいけれど、さっきアーテル君は、『責任と一緒にすべて置いてきた。これからは働いて、自分でなんとかしていくしかないんだ。』って言っていたんだよね……。
さすがに無一文で出てきたって事はないのだろうけれど、留学はけっこう費用がかさむ。
「ん?……お金はね、あるんだ。……ヒミツが息子である僕の為にって、沢山のお金を残してくれたからね?」
アーテル君は嬉しそうにそう言うと、コッソリと金額を耳打ちして教えてくれた。
!!!
「えっ?!そんなに?!……でも、どうやって???確かにヒミツ君は、かなりのお給料を貰ってグライス先生に雇われていたけれど、全部貯めても、そんな金額にならないよね?」
驚いて聞き返すと、アーテル君がプッと吹き出した。
ん???
「あ、ごめん。ちょっと思い出し笑い。……あのさ、このお金、ヒミツが残してくれてさ、すごーく嬉しくて、僕は感激してメチャメチャ泣いたのね?」
「うん。……すごいよね。……本当にヒミツ君て、アーテル君のお父さんのつもりだったんだなって、私も感動してるよ?」
「……ん。……でもさ、このお金……。ヒミツがコツコツ貯めたのは、ほんのちょっとなんだよね?」
え???
キョトンとしてアーテル君を見つめると、アーテル君はもうたまらないのか、ゲラゲラと笑い出してしまった。
「夏休みにさ……ヒミツ、グライス先生とカジノに行ったろ?そこでさ、今まで貯めたお金を使って大勝負してきたらしいんだ。『カードゲームで負ける気しない!』とか言って……。前にも話したけど、ヒミツって数字に関する記憶力と暗算や計算力にかけては、いわゆるチートでね?……つまりヒミツのヤツは、インチキ・ポーカーで、ひと財産作ってきたんだよ……。」
「イ、インチキ・ポーカー?!」
「そう。……なんか、感動した自分を殴りたくなるだろ???でもさ、あまりにも最後までヒミツらしくてさ……。やっぱり、ヒミツは僕のお父さんだなって、思ったんだ。」
……うわぁ……。
た、確かに、詐欺師なアーテル君のお父さんに相応しい、お金の稼ぎ方かもだよ、ヒミツ君!!!
アーテル君はそう言うと、晴れやかに笑った。
……。
……。
だけど、私はその横顔を見つめ、やっぱり不安が頭をよぎってしまう。
……うん。
このまま不安を抱えていても良くない。……聞いてしまおう。
「ねぇ、アーテル君。……本当にそれでいいのかな?……私と一緒にいたいからって、アキシャル国の薬師学部に留学なんて、本気なの?」
そう問いかけると、深いトパーズ色に変わってしまったその瞳が揺らめく。
「ん?……何でそう思うの?」
アーテル君が静かに答えた。
「だってさ、アーテル君はそんなにお薬に興味ないでしょう?アキシャル国の学院には色々な学部があるんだし、行くにしても、好きな学部を選べは良いんじゃない?」
「うーん。……僕もさ、ローザと同じで、自分はずっとヴァイスの補佐になると思って生きてきたし、特にやりたい事なんて無かったんだよ……。」
困ったような顔で、私を見つめるけれど……。
アーテル君は、確かにやりたい事も好きな事も特に無いと言っていた。だけど……今の私はそうは思ってはいない。
だから、私は、魔力を失ってしまった時に、アーテル君の元を去ったんだ……。
アーテル君は、こんなでも、やっぱり根っからの王族なのだ。その根底には、いつだって、国の為になりたい、国を豊かにしたい、王族として自分の役割を果たしたい……。そんな思いが根付いている。そしてそれは多分、アーテル君を構成する芯の部分でもあるのだ。
だから、私はアーテル君から身を引いた。……アーテル君には、国を守る子供を作るために、魔力のある奥さんと結婚する使命が残っているから。……だから、それを叶えられるように、魔力を渡した……。
まさか、それじゃダメで……しかも、私なんかを追いかけて、すべて捨てて来てくれる事になるなんて、思ってもみなかったけど。
……。
……あさましくてズルい私は、もう、この手を離すなんて、出来ない。本当なら、『帰りなよ?魔力が違っても、アーテル君に出来る事はあるよ。』って言ってあげるべきなんだろうけれど……。
だから、せめて……留学するならアーテル君が、いつかこの国の国政に関われるような学部を選択すべきなのではないかと思うのだ。前に王子様が行った、政治経済学部とかね……?
「アーテル君、私はそうは思わないよ?……気付いてないだけで、アーテル君には、やりたい事があるんじゃないかな?……一緒に留学できるのは嬉しいけれど、やっぱり自分がしたい事をすべきだって思う。……もう少し、よく考えてみたら?」
私がそう言うと、アーテル君は少し私を見つめてから、ふいっと目を逸らした。
「……。ジョーヌちゃん……あのさ、僕は薬師学部でいいんだよ?……アマレロ家の入り婿になるつもりだし。」
「アーテル君?!……それって本当に、アーテル君のしたい事なのかな?!こんなの、嘘ついても仕方ないよ?!やりたい事、しよう?!……私、どんな事でも応援するから!!!」
思わず語気が強くなってしまう。
アーテル君は驚いたように私を見つめた後に、少し考え込むと、フッと顔を赤らめた。
「……分かったよ。じゃあ、言うね……。あのさ、笑わないで聞いて欲しいんだ。……薬師学部を希望したのは、ジョーヌちゃんと一瞬にいたいし、入り婿狙いってのもあったけど……。……その……。」
「その???」
「ん……。自分の夢を話すって、かなり怖いし、恥ずかしいんだね?……口に出したら絶対にやり遂げなきゃならなくなるからさぁ……。……あのさ、僕ね……薬師の学校を、この国に作りたいって思っているんだよ。」
……え。
ポカンとアーテル君を見つめる。
薬師の学校を作るって……あまりにも壮大な話がポロッと出てきて、驚きを隠せない。
「薬師の学校を……作る?」
「うん。……ラランジャさんがさ、薬草の栽培技術を学んで来たろ?……あれさ近々、地方で取り組みが始まるんだよ。母の居る辺境なんかも選ばれて、辺境伯なんかも貧しい領地に光明がさすのではないかと期待しているらしいんだ。……それ以外の地方でも、同じ思いを抱えていると思うんだよね?」
「へえ……。そうなんだ。」
「うん。薬が役に立つのは、騎士団で使われて実証済みだしね。……でもさ、この国に薬師はジョーヌちゃんのお父さんくらいしかいないでしょ?だから、沢山の薬草が出来ても、調合できなきゃ何も始まらないんだ。……かと言って、何人がアキシャル国まで留学できる?……だから僕はね、この国には、薬師の学校が必要だと思ったんだよ。」
……た、確かに。
留学はお金がかかる。庶民でそんな事が出来るのはほんの一握りだ。お金持ちの貴族は学園に入ってしまうし、薬師を目指そうって思う人はほぼ居ないだろう。
「ついでに、医者や看護師の学校も併設したいって考えてるんだ。その分野についても、アキシャル国は進んでいるからね?……これらは、すでにこの国にもあるけれど、治療の魔術より劣るとされていて、民間医療の位置づけだよね?だけど僕はね、この国はもう少し魔術に頼らない医療を充実させるべきだと思うんだ。……だって、国民の大半には魔力が無いのだからさ……。」
「……アーテル君って……すごいね。」
思わず、感心した声が漏れてしまう。
アーテル君って……凡人とは考えも器も、やっぱり違う……。
「すごいのかな?……よく分からない。……だけど、それが僕のやりたい事なんだよ。あ!……ジョーヌちゃんと結婚するのも、もちろん僕の夢だけどね?!」
アーテル君はニコニコと笑いながらそう言った。
「アーテル君。……私はね、本当に普通の子で、アーテル君みたいに広い視野も無いし、自分の周りくらいの事しか考えられないんだ。……アーテル君の夢を叶える、お手伝いくらいなら出来るかも知れないけれど、本当にたいそうな人間ではないの。泣き虫やめるって決めたのに、やっぱりすぐ泣いちゃうし。……私は、そんな小さい人間だけど、本当にいいの?」
「……ジョーヌちゃん、違うよ?僕はね、ジョーヌちゃんと居て世界が広がっていったんだ。僕がすごいというならそれは、ジョーヌちゃんが居てくれたからだよ?僕はさ、ジョーヌちゃんに、色々と教えた気になってたけど、ずっと色々と教えてもらってきてたんだ。……君がいいんだ。泣き虫でもね?」
「アーテル君……。」
「ん。だから、これからも、ずーっとよろしくね?……とりあえず、僕たちは婚約者を継続って事になっちゃうけど、今度は僕たち、正真正銘、本物の婚約者だし、留学から戻ってきたら、結婚しよう?……そして、僕と一緒に……家族を作って行かない?……僕にさ、家族を教えて欲しいんだ。」
アーテル君はそう言うと、私を抱き寄せた。
私はその腕の中で、コクコクと頷く。
「アーテル君、そんなの言われたら、やっぱり泣かないの無理だよ……。」
思いが溢れてきて、笑い泣きしながらそう言うと、アーテル君が笑う。
「しょうがないよ。……人ってそうは変わらないからさ。泣かないジョーヌちゃんなんて、炭酸の抜けた発泡酒じゃない?僕は泣き虫なジョーヌちゃん、嫌いじゃないよ。」
「ありがとう……。……でも???……それはつまり、騙そうとするアーテル君も、そう簡単に変わらないって事かな???」
「んー?……なんか心外だな。……僕はいつだって騙してないよ?実に誠実な男ですからね?」
「いやいや、それが既に嘘って言うかさ?」
見つめ合って、お互いに吹き出してしまう。
……やっぱり泣き虫な私の婚約者は、やっぱり詐欺師のまんまらしい。とはいえ、とっても素敵だけど……。
だから私はその素敵な婚約者さんの胸に、そっと顔を埋めたのだ。
「……あの……ジョーヌちゃん?どさくさに紛れて、僕のシャツで涙を拭いてないよね?」
……そうとも言う。
あと1話、明日で最終回になります!
どうか最後までよろしくお願いします。




