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詐欺師な令息アーテルの目覚め◆アーテル視点◆

目覚めると、僕の大切なものが、全てなくなっていた。


……。


……。



「アーテル、食べてないのか……。」


手をつけていない昼食を見つめて、グライス先生が溜息を吐いた。


「食べたくないんです。」


ベッドの上で蹲って、目を伏せる。


「……。そんなことでは、学園に戻れないぞ?」


「別にいいです。」


「……。」


僕が目覚めると、側にはグライス先生が居て……僕が眠っていた1週間の間に何があったのか教えてくれた。


ヒミツは僕を助けてくれた悪魔と消えたらしいし、ジョーヌちゃんは僕に魔力を渡すと、学園を退学し……街へ帰ったそうだ。


「凄いな、もう、こんなに釣書が来てるのか。」


グライス先生は、枕元に積まれたお見合い写真を苦笑気味に眺める。


「……はい。僕はもう黒くないし、シュバルツ家の当主だから、是非にって……。手のひらを返したように釣書が来始めました。」


「そうか……。」


「僕はその中の誰かと結婚するんでしょうね……。」


それが、僕の役割だから。……でも、心が痛い。


父が生んだ魔物を身に取り込んだ時、それはあまりに苦しくて……まるで内側から身を裂かれる様だった。


あの時はとても苦しいと思ったけれど……。


今の方が、更に苦しい。


「あのまま……助かりたくなかった。」


「……。」


「ジョーヌちゃんは僕が寝たきりでも、早く死んでしまうとしても、ずっと側にいてくれると言ったのに、治ったら居なくなってしまった。なら、あのままが良かった。……ヒミツなんか、子供の頃から、ずっと一緒に過ごしてきたのに、別れの言葉ひとつさえなかった。……2人とも薄情です。僕は……2人さえ居れば良かったのに。他は何もいらなかったのに……!」


ベッドの脇にある椅子に座って、グライス先生は窓の外を眺めていた。


「……ジョーヌは、離れていても自分の魔力がアーテルと共にあると言っていたぞ?」


自分の黄色くなってしまった髪に触れる。

黄色くなっても、僕の髪はジョーヌちゃんみたいなフンワリした髪にならなかった。硬いし、癖もつかない……。


「僕は、魔力なんか要らなかった。魔力なしになって、王族でも、貴族ですらなくなっても構わなかった。……どうせなら僕は、魔力じゃなくて、ジョーヌちゃんが欲しかった……。『愛しているから離れても幸せを願える』なんて、やっぱりカッコつけだ。……頭で分かってても、離れてしまったら、すごく苦しい……。」


僕は自分の気持ちをボソボソと口にした。


……もう、弱音を吐かせてくれたヒミツは居ない。

だから、先生……情け無いけど、言わせてよ。

今の僕は、弱音を吐かずにはいられないんだ……。


「そうだな、苦しいよな。」


先生は窓の外を眺めたまま、そう言った。

……これが、先生なりの気遣いなんだろう。


「でも、分かっているんです。魔力を失ったジョーヌちゃんを無理にお嫁さんにしたところで、結局、批判されて苦しむのは、ジョーヌちゃんだ。……そのくらい僕の立場が重いって事は、理解しているんです。」


「ああ。」


「……先生、でも辛いんです。……どんなに頑張っても、僕は欲しいものが、何も手に入らない。両親に愛されたかった。親代わりであり兄弟みたいなヒミツと居たかった。大好きなジョーヌちゃんと共に在りたかった。……ただ、それだけなんだ。……僕が、僕が欲しかったのは、それだけだった……。家族が……欲しかったんです……。」


先生は不意に視線を僕に戻し、僕の目を見つめる。


「アーテル。お前はよくやってきた。……悪いのは俺たちだ……。……俺たち兄弟が好きに生きた尻拭いを……アーテルが全部する事になってしまった。」


グライス先生の瞳は憂いを帯びている。なのに、その目はとても優しい。


「……上の兄、国王陛下は魔術による貴族の性別の偏りを改善しようとした。素晴らしい考えではあると思う。……しかし、子供が7人もいて、世継ぎがヴァイスしか生まれなかったのは、あまりに頑迷だったのではないかと、俺は思うんだ。そしてお前が、国王の子供でもないのに、ヴァイスと同じように生きる事を強いられるハメになった。……下の兄、お前の父は……お前の事もお前の母も、頑なに省みる事をしなかった。好きに生きたくせに、勝手に不幸になって、結局は魔物を生んで死んでいった……そのせいでお前は、魔物から街を守る為に死にかけた。」


先生は、僕の手をギュッと握った。


「また、俺も好き勝手に生きてきた。白でもない、黒でもない半端な俺は、いじけて王族である事を半ば放棄し、魔術に明け暮れた。優秀な2人の兄がいるんだから、俺は好きにさせてもらうって……。……俺たち兄弟が、頑なで勝手すぎたんだ。そしてその皺寄せは、全てアーテルに向かった。」


「先生、別に僕は、皺寄せだなんて思ってはいません。……これは僕の役目なんです。」


「いや。皺寄せなんだよ。……もし、陛下が柔軟であれば、ヴァイスに兄弟がいただろう。お前はもう少し好きに生きられた筈だ。……兄上がお前を愛してやれば、お前はこんなに孤独にならなかったし、魔物を生む事にもならなかっただろう。俺が王族としての責務を果たし、結婚して子をもうけていたら、お前ばかりに負担がかからずに済んだはずだ。……俺たちは大人なのに、子供のお前に尻拭いをさせているんだ。……ごめんな、アーテル。」


先生はそう言うと、頭を下げた。

それから、ゴソゴソと自分のカバンを漁り、小さなトランクを取り出した。


これは……。


これは、ヒミツが先生の元へ就職した時に作らせた鞄だ。


「……アーテル、受け取ってくれ。」


先生に言われてトランクを受け取ると、それはとてつもなく重かった。驚いて開けてみると、中にはギッシリと金貨が詰め込まれている。……街中に大きな家が買えそうなくらいの金額が、それには入っていた。


「先生、これは……?」


「ヒミツが貯めてたお金だ。……あいつな、アーテルの為に金を貯めてたんだ。『親はね、子供の将来の為にお金を貯めておくらしいよ?昔の僕は出来なかったけど、今回はちゃんと貯めとくんだ。……アーテルが辛くなったら、このお金を渡して、背中を押してやるんだ。もっと好きに生きなよって。……僕、アーテルの親だから。……親バカなんだよねぇ……。』そう言っていた。……ヒミツはもう居ない。だから、代わりに俺がお前の背中を押す。……アーテル、お前はもう、好きに生きろ。」


僕はヒミツの気持ちが詰まったトランクを抱えて……泣く事が止めらなかった。


だって僕は、自分を愛してくれる父親を持つみんなが、ずっと羨ましかった。そしてそれは、叶わない願いだと思っていた……。


だけど、僕にも……愛してくれる父親がいたんだ……。ヒミツ……僕も君を愛してる……。


それに、いつかまた、会えるって、僕は信じてる。


……だって、君は僕のお父さんだから……。

いつか、孫の顔くらい、見に来てくれるだろ???


先生はひとしきり泣いた僕の頭を撫でると、山積みされた釣書を持ち上げた。


……???


「これからは、ヒミツの代わりに俺がお前を甘やかしてやる。……俺が結婚して、責務を果たそう。だからお前はジョーヌの所に行け。あいつ……アキシャル国に留学するなんて言ってたぞ?」


「先生、だけど……そんな訳には……。」


「お前はもう、充分に王族の使命を果たしている。兄上が生んだ魔物を引き受けて、人々を守る為に死にかけた。あの時、お前は死んだも同然で、みんなお前を諦めたんだ。……なのに、ジョーヌから魔力を貰ったからって、王族として結婚して、また責務を果たせってのは……ちょっとズルくないか?それに……。今、アーテルにあるのはジョーヌの魔力だ。そんなお前が、魔力持ちのご令嬢と子供をもうけたとして……果たして、国を守れる白い子供や黒い子供が生まれて来るのだろうか?」


先生の言葉に、僕はハッとなる。

確かに、体を巡る魔力の質が今までとは違う……。


「僕はもう、王族としての使命を果たせない……?」


「ああ……多分。ゼロではないだろうが……かなり可能性は低いだろう。王族特有の魔力を持たない者から、白や黒の子供は滅多に生まれないからな……。だから……行け。後は俺が引き受けるから。……それともアーテルは、それでもこのまま、ここに残りたいか?」


先生が僕を覗き込む。


……僕は……。


「先生……。僕は行きたいです!ジョーヌちゃんの所に!……王族である事も、爵位も、何も要りません。だから……。僕は……。」


「ああ。分かった。……よし、なら……とりあえず食え。食わなきゃな、何も始まらん。」


先生は笑ってそう言うと、僕に手付かずの食事を差し出した。




◇◇◇




市場は賑わっていた。


だけど、どんなに人が多くても、どんなにジョーヌちゃんが人混みに紛れても……僕には分かる。


みんなはジョーヌちゃんを平凡だという。どこにでもいそうな普通の子だって。僕も最初はそう思っていた。……だけどね、今は違う。僕にとってジョーヌちゃんは、誰にも代え難い、とても大切な存在で、特別な女の子だ。


……。


アマレロ家を尋ねると、家政婦のステラさんがジョーヌちゃんは市場にお使いに行った事を教えてくれて、僕は探しにやって来た。


十数メートル先の、八百屋さんに、僕は薄い茶色の頭を見つける。……それはヒョコヒョコと動いて、隣にある魚屋さんに向かっている。


「……ジョーヌちゃん!」


僕は走り寄って、その腕を掴む。


「え……。アーテル君?!」


驚いたジョーヌちゃんの丸く見開かれた目は、やっぱり優しい茶色に変わっていて……これはこれで、可愛いなって思ってしまう僕は、やっぱり浮かれているかも知れない。


「ジョーヌちゃん、酷いよ。僕がどんなでも側に居てくれるんじゃなかったの???僕を愛さないで、ずっと恋していてくれるんじゃなかった?」


「あ……。ご、ごめんね。……その、私は勝手だから、アーテル君をただ好きなだけだから……魔力が無くなったし、アーテル君のお嫁さんになるのは無理かな……って、思って……。諦める事にして……。アーテル君にその……幸せになって欲しくて……。」


ジョーヌちゃんは、そう言うと目を伏せた。


……ジョーヌちゃん。

やっぱり、ジョーヌちゃんのそれは……愛じゃないかと思うんだよ?自惚れていいなら、だけど。


「あのさ……僕ね、もう役立たずなんだって。」


「え……?」


「ジョーヌちゃんから魔力を貰ったけれど、王族の使命である、白い色の子供も、黒い色の子供すら、今の僕からは、ほぼ生まれないみたいなんだよね?……ほら、黄色くなっちゃったし、僕。」


僕はそう言って、自分の髪を指差す。


「あ……!そ、そっか。……私の魔力じゃ、ダメなんだ?」


ジョーヌちゃんがハッとした顔で僕を見上げる。


……何だかニンマリしてしまう。


「……そう。だから……責任取ってくれないと、困るんだよなぁ……。」


僕はそう言って、ジョーヌちゃんに、例の『婚姻届』を差し出した。


ジョーヌちゃんは引き攣った笑顔を浮かべたその後で、それを受け取って、真剣な顔で僕を見つめた。


「……。ねえ、アーテル君。本当に書いちゃうよ?……いいの?」


その顔に、僕は一瞬だけ、たじろいだ。


だってさ、これって……あまりに誠意がないし、ロマンチックの欠片もない、プロポーズになっちゃったかも???


「あのさ……。責任とか良いんだ。僕はね、本当はジョーヌちゃんと居たいだけなんだよ。ジョーヌちゃんが好きだから。……僕はもう、王族でもないし、家も捨てたようなもんで、何にも持ってないんだけれど……。それでも、そんな僕でも、ただのアーテル・シュバルツでも良かったら……これからも一緒に居て欲しいんだ……。だからどうか……結婚、してくれませんか?」


僕がそう言い切ると、ジョーヌちゃんは、泣きながらも笑顔を浮かべていた。


「……うん。……私もアーテル君と、一緒にいたい。私もね、アーテルが好きだよ?……アーテル君、私もね、アーテル君と結婚したいです!」


思わず、ジョーヌちゃんを、その場で強く抱きしめる。


市場で行き交う人々も、忙しそうに働く人々も……誰も僕たちなんて、気にも止めなかった。


僕たちは……街に埋もれて……特別な事なんか、もう何も無くて……。


だけど、世界で一番幸せだった。











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