あくまで、魔獣?!
「……ヒミツ……どういう事?」
アーテル君がヨロリと起き上がったので、私は慌ててアーテル君を支えた。
「……。アーテル。……あのね……僕は本当は悪魔なんだ。……こ、怖いよね。ぼ、僕を嫌いになった……?」
ヒミツ君はベランダに続く窓にかかるカーテンに、半分だけ体を隠して、おそるおそる、こっちを見ている。
怖いってか……。こんな時になんだけど、その覗き見ポーズ……すっごく可愛いです!!!ある意味、悪魔的な可愛さ???
「いや、特には……。ジョーヌちゃん、怖い?」
「私も……驚いてるけど、怖くはないかな?」
私とアーテル君が怖がったり恐れているより、困惑しているのだと気付くと、ヒミツ君は少し近寄って来て、私たちをウルウルと見上げてる。
「怖くないの?僕は……あ、悪魔なんだよ???」
いや、可愛い!!!猫好きを萌え殺しにきてるかな?!
……抱きしめたくなる可愛いさですうっ!!!
「……ヒミツ。やっぱり、あんまり怖くは見えないよ?……あのさ……。そもそも、何で悪魔の君が魔獣のフリなんかしてたの?」
「僕はその……。悪気のない悪魔で……。友達と喧嘩をして……。この辺をフラフラ飛んでたんだ。そうしたら、アーテルとアーテルのお父さんの力に引っ張られて……。君たち魔を取り込む力があるでしょ?それで、引っ張られて落ちてきちゃったんだ。僕は魔物じゃないから、取り込まれたりはしなかったけど、悪魔の力は殆どアーテルとお父さんに封じ込められちゃたんだ。だから、魔獣と殆ど変わらなくなっちゃって、そう言ってたんだ。怖がられたくなかったし……。僕は幼いアーテルが可愛くて、なんかほっとけなくて……側に居たかったから……。まるで僕に、また息子が出来たみたいで……。」
んんん???……『また』???
「話の途中にごめんね?……ヒミツ君って、息子さんがいたの???」
「うん!自慢の息子がいたよ!……僕と性格は全然違うんだけどね?……だからアーテルの方が、本当の息子って感じかもなぁ……。」
「え?……そんなにヒミツと僕って、性格が似てるかな?」
アーテル君は首を傾げるけど……。
はい、似てます。
なんとなーく、うさん臭い感じとか、ちゃっかりしてたり、超が付くマイペースな感じとか、とっても良く似てますよ。
「なんか、分かるかも……。」
私がそう答えると、ヒミツ君は嬉しそうに目を細めた。
「ともかく、僕は悪魔なワケ。……アーテルが襲われた時に君を守っていたのは、実は湧いた魔物じゃなくて、僕の力なんだ。ピンチになると自動で発動しちゃうんだよね……。それが、君を悩ませてたのも知ってたのに、僕は嫌われたくなくて、ずっと黙ってた。……本当にごめん。」
「ヒミツ……。……だけど、守ってくれてたんだろ?」
ヒミツ君はコクンと頷いた。
「そ、それでね。……実は悪魔の力を封じるのって、魔物なんかよりも、もっと容量を食うんだ。だから、僕がアーテルから力を返して貰えば、アーテルは普通に暮らせるようになると思うんだよね?」
え!!!……それなら、すべて解決だよね!!!
私は興奮気味にアーテル君に尋ねた。
「ヒミツ君!!!どうやったらアーテル君は、ヒミツ君に力を返せるの?」
「う、うーん。それが実はさ……どうやってアーテルから力を取り戻すのか、僕には分からないんだ。……だからアーテルの寿命が終わるまで、気長に待つつもりだったんだよ。悪魔の力は、アーテルが死んでも、簡単に昇華されたりしないし……。」
「え……。知らないなら、やっぱり、何も出来ないよね……。」
ガッカリが、つい、声に出てしまった。
「ジョーヌちゃん、ガッカリしないで?……まだ話は終わってないよ?……裏技を使えば、出来るかもなんだ。」
「「……え?」」
「あのね、アーテルのお父さんが亡くなった事で、僕の力は少しだけど戻って来たんだ。僕の力は、大半がアーテルの方に沢山封じられてるから、ほんのチョッピリだけど。けど、その力を使えば、友達の悪魔を呼び出せる。だから、そいつに何とかしてもらおうって思うんだ。」
……友達の悪魔。
それって呼び出して大丈夫なヤツなんだろうか???
「あのさ、悪魔って、呼び出して平気なの……?」
「うーん。呼び出すも何も、僕がすでに悪魔だし……。友達に連絡して、助けてもらう感じだよ?……彼は高位の悪魔だから、なんとかしてくれると思うんだよね?……ちょっとヤバいヤツなんだけどさ。」
「え、怖い悪魔……なの?」
ヒミツ君のお友達とはいえ、あんまり怖い悪魔だったら私……泣いちゃうかも知れない。
「うーん……見た目はほぼ人かな?……だけど、僕に対して、すごく……その……ヤンデレなんだよねぇ……。」
ヤンデレ……。
大丈夫かな、それ???
アーテル君も顔を顰める。
「ヤンデレって……。ヒミツは嫌がってるのに、そいつが付き纏ってるの?」
「うーん。……それがさ、すっごく不本意なのに、何故か嫌いじゃないんだよ。腐れ縁ってヤツなのかもね。……僕ってさ、すごく半端な悪魔で、不老なんだけど不死じゃないんだよね?だから何度も死んで転生してるの。そうして、アイツが転生した僕を見つけると、僕はただの人から悪魔に覚醒して、不老になるんだ……。」
「え、ヒミツ君って、元々は人なの?猫じゃなくて???」
思わず、驚いて聞き返す。
「うん。でもまあ……結局は悪魔だから、人って言えるか微妙だけど。……それに今は、猫型の時に力を封じられちゃったから、人型にはなれなかったし、猫って言われたら猫かなぁ?」
ヒミツ君がそう言うと、アーテル君が尋ねた。
「もしかして、ヒミツが待ってたお迎えって……?」
「うん。そいつだよ。いつかアイツが僕を見つけて迎えに来てくれるんじゃないかなって、思って待ってたんだ。僕を見つけるの得意だからさ。……ヤンデレじゃなきゃ、最高のヤツなんだけどねぇ。」
「ヤンデレってさ……どんな感じなの?」
アーテル君が少し心配そうに聞いた。
「あのさ、アイツは生まれ変わった僕を見つけ出すと、僕がうっかり死なないようにと、監禁するのがデフォルトなんだ。今回、喧嘩して家出したのもソレが原因。……アレは駄目、コレは駄目って、駄目ばっかり言うからウンザリして猫型になって逃げ出したの。……猫って素早いでしょ?」
……ん???
『うっかり死なないように』???
「あ、あのさ、ヒミツ君って……そんなにうっかりで死ぬの???」
「うん。まあ、死ぬよ!……僕ってさぁ、道路に飛び出したら必ず車にはねられて死ぬし、高い所からは絶対に落ちて死んじゃうんだよねぇ。水に落ちても溺れて死んじゃうし、あー、毒のお団子食べちゃった事もあったかな?……ホント、うっかりさんなんだよねぇ、僕って。……あ、アイツに見つけられて、数分で死んだ事もあるよ???」
……。
なんとなく、監禁したくなる気持ちが分かった気がする。
だって、その悪魔さんはヒミツ君が大切なんだよね?
それが、死んでしまって……やっと生まれ変わり探し出したら、また『うっかり』で死なれちゃうとかさ……。
病むよね?それ。……今度こそ、絶対に死なさないって、ムキになるし、監禁したくなるかも……。
「なんか……ヒミツも悪い気がする……。」
アーテル君も同じ様に思ったのか、ボソリと呟く。
「えっ?……そうかな?僕は悪くないと思うんだけど。……ともかく!僕は今からお友達を呼び出すね?!ちょっと準備がいるんで、ジョーヌちゃん、お手伝いいただけますか?……アーテルは顔色悪いし休んでなね?」
私は頷いて、アーテル君をそっとベッドに横たわらせた。
しばらく話をしたからか、余計に辛そうだ。
「ヒミツ君、どうしたら良い?」
「必要なのは、未使用の下着と、格好いい服かな。」
……何でそんなのが必要なの???
疑問に思ったけれど、アーテル君に聞いて、まだ使っていない下着と服を準備してあげる。
「あー……服は、これじゃなくて、もっとフォーマルなのがいい。夜会に着るみたいなの。色はね……。」
「……。」
何だか注文が多い。
面倒なのでヒミツ君をアーテル君のクローゼットまで連れて行って、ご希望通りにコーディネートを揃えてあげる。
ヒミツ君は悩みに悩んで、小1時間かかってしまった。
部屋に戻ってくると、アーテル君は暫く話していた疲れと、苦しさのせいで、いつの間にか眠り始めていた。
「よし!まあまあかな!……じゃあ、ジョーヌちゃんちょっと目を閉じててね?いいよって言うまで、絶対に目を開けちゃダメだよ?」
そう言われて目を閉じると、ボフンと変な音がして、洋服がカサカサ衣擦れする音が聞こえてくる。……何をしているんだろう???悪魔って布を使って呼び出すの???
「はい、いーですよ?!」
パチリと目を開けると……そこには……物凄い美青年がポーズを決めて立っていた。まさに黄金という感じの、煌めく金髪に、サファイアを思わせる深い青い目。細身で儚げな美青年は、さっきヒミツ君と準備したコーディネートを身に付けている。
?!?!
この人が……ヒミツ君のお友達の悪魔???
「は、はじめまして。悪魔さん!ジョーヌ・アマレロです!」
慌ててご挨拶すると、美青年が顔をしかめる。
「僕だよ、ヒミツです。……あのね、ジョーヌちゃん、悪魔になんか、簡単にフルネームを名乗っちゃダメだよ?」
「え?……ヒミツ君なの???」
「そう。取り戻した力で人型になったの。」
……。
えっと、つまり下着やスーツは悪魔を呼び出すのではなく、ヒミツ君が着る為に準備したのか……。
まあ、猫ってハダカだもんね。
「人型になって、これからどうするの?」
「アイツを呼び出す魔法陣をここに書く。何かペンある?」
ペンを探して来て手渡すと、ヒミツ君は床にしゃがんだ。
「血の混じったインクじゃなくていいの?」
「あー……大丈夫。こっちの魔法陣とはちょっと違うんだよね?」
ヒミツ君は床にサラサラと見た事のない文字と図形の魔法陣を書いていく。
「よーし、完成!……後は……踊る。」
「はっ?!」
「踊るんだよ!……踊りをささげるの。死んだニワトリなんかの方が雰囲気は出るけど……嫌でしょ?アイツもそんなん貰っても喜ばないだろーし。」
ヒミツ君はそう言うと、激しくヘンテコな動きを始めた。
「え……。何ですか、それ。」
「オタ芸ってヤツだよ?君の大ファンだから来てね?!って感じかな?!本来ならサイリウムが欲しいとこだけど……。ジョーヌちゃんも真似してやってみて、癖になるよ?!」
「あ、あの……。こんなんで来るんですか?」
「……多分???」
多分って……。
ヒミツ君はその後、ヘンテコな踊りに加えて、聞いた事が無い国の言葉でヘンテコな歌?に、合いの手?まで入れて歌いはじめた。
「あの……その歌は……?」
「アイツを讃える歌だよ?ちなみに作詞作曲ともに僕ね!僕って、鼻歌系シンガーソングライターだから!!!」
一瞬ですが、イケメンだなって思った自分を殴りたい……。やっぱり、残念すぎてドン引きだよ……ヒミツ君……。
そうだよね、イケメンになっても、中身はヒミツ君だもんね。
「はあ、なんか高揚感が凄い!テンションが上がってきたー!!!」
「……。」
キラキラした笑顔を向けられても、ジト目になってしまう。
アーテル君がせっかく寝てるし、あんまりうるさくしないで欲しいよ……。
なんだかスイッチが入ったらしいヒミツ君は、そのまましばらく踊りまくって、歌い狂った。
……。
しばらくすると、不機嫌そうなバリトン・ボイスが響いた。
「……おい。今更、何の用だ。」




