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愛されても、愛さない?!

3学期が始まって、少し経ったある晩の事だった。


「……ジョーヌちゃん……ジョーヌちゃん、悪いんだけど……起きて……。」


「……ん?」


揺さぶられて目を開くと、まだ部屋は真っ暗で、なのにキチンと着替えたアーテル君が、ヒミツ君を抱えて枕元に立っていた。


「……どうした……の。」


何とも言えない嫌な予感が、私の意識をハッキリとさせる。


「……父が亡くなった。……僕はグライス先生と転移でその場に向かう。……夜が明けたらジョーヌちゃんはヒミツを連れてシュバルツ家に来て欲しい。……一応、ジョーヌちゃんは僕の婚約者だし……。」


「え。……お父様が?!……何があったの?」


私はベッドから起き上がり、ヒミツ君を受け取る。

ヒミツ君は眠いのか、されるがままだ。


「何って事はないんだ。……愛人宅で、シャワーを浴びていて倒れたらしい。心臓発作とか、そんな死因じゃないかな。……あまり健康的とはいえない暮らしぶりだったしね。」


「それは……その……。なんて言ったらいいのか……。」


「いいんだ。慰めはいらないよ。……残念ながら、僕はそこまで悲しくないんだ。……ただ……。」


アーテル君はそう言って、顔を顰めた。


「……僕はもう、学園には戻れないだろう。」


「え……。……お父様の代わりに公爵家を継ぐから?」


「……違う。」


アーテル君の顔は真っ青だし、よく見ると微かに震えていた。私は思わずアーテル君の手をギュッと握る。


「何があるの?」


「ジョーヌちゃん……あのね、魔王になるって言われてたのは、僕だけじゃないんだ。父もなんだよ。」


「え……?」


「……父は死んで、多量の魔物を生んだそうだ。みんなが言ってた魔王になるって、どうやらこういう事らしい。今、国王やお姉様方が向かって魔物を払っている。後からヴァイスも駆けつけるそうだよ。……ヴァイス達、白い色を持つ者は退魔の力を持っているから……。グライス先生にさっき説明されたんだけど、僕や父の本当の能力は、この身に魔物を封じる事なんだって。自動で封じちゃうらしいから、まるで実感が無いんだけど。」


私はゴクリと唾を飲んだ。


「つ、つまり……。お父様は亡くなって、封じていた魔物を放出したって事?」


「ん、そうなるね。他にも酷く動揺したり、自我が揺らぐと、封じ切れなくなって湧いてくるらしい。……僕が小さな頃に狙われたのは、内包できる魔物が少ないうちに、僕だけでも処分しようとする動きがあったからなんだって。……だけど僕は、早くから強い魔物を身に封じていて、結果として返り討ちにしてしまったそうだよ。」


魔王になるって……。

魔物が湧くって……。


そういう事だったんだ……。


「アーテル君……。その……。」


「ん。僕もさっき先生から説明されたばっかりだから、実感湧かないんだけどね?……報告によるとね、父が死ぬ時に生んだ魔物のせいで、死傷者が出ているらしいんだ。同じ建物にいた愛人さんも魔物に襲われて重体だそうだ。……それに、父の愛人の家は街中にあったそうだから、街にも被害が拡大しはじめてる。」


アーテル君はそう言うってから、私の目をジッと見つめた。


「だから、父が生んだ魔物は、これから僕が向かって封じようと思う。……ヴァイス達が追い払うにしても街中だから、被害は免れない。だから僕がなんとか封じてみる。……そうなると、無理に2人分の魔物を詰め込んだ僕は……。こうして暮らすのは難しくなるかも知れない。」


「え……。難しくなるって……?」


「かなり苦しいし、なかば寝たきりになっちゃうみたいだよ?……まあ、身に余る魔物を取り込む訳だし、仕方ないよね。……だからね、ジョーヌちゃん。婚約はここでおしまいにしよう?今まで、婚約者でいてくれて、ありがとう。ジョーヌちゃんのおかけで、僕は素晴らしい3年間を送れました。本当に、幸せでした。……僕は君がとても好きだった。本当に、ありがとう。」


アーテル君は、静かに笑って私の手をそっと離し……そのまま部屋を出て行ってしまった。


!!!


慌ててベッドから降りてアーテル君の部屋に向かったけれど……そこにはもう誰もいなかった。どうやらグライス先生を待たせていて、アーテル君はすぐに転移してしまったみたいだった。




◇◇◇




アーテル君のお父様の葬儀は、しめやかに行われた。


婚約者として参列したけれど、アーテル君は何処にも居なかった。


魔物は数名の死傷者は出したものの、その夜のうちに全て街から消えたらしい。……被害を最小限に止める為に、アーテル君が……1人でほとんど引き受けたそうだ。


……。


葬儀が終わり、それでもアーテル君を諦めきれない私は、ちょっとした歓談の場にも顔を出していた。


一緒にやって来たヒミツ君は、ずっと難しい顔をして、話もせずに黙っている。……アーテル君を心配しているのだろう。私だってお喋りする元気は出ない……。


「ジョーヌ。……ヒミツ。」


不意に声をかけられて振り返ると、そこに居たのはグライス先生だった。


「先生!」

「グライス!」


「……アーテルに会いたいか?」


「会いたいです!……どこに居るんですか?」


私がそう言うと、グライス先生は少し複雑そうな顔になった。


「アーテルは寝込んでいる。……被害を出さない為に、かなりの魔物を取り込んだから、起き上がれないんだ。多分……これからアーテルは、そんな感じの生活になる……。」


「そ、そんな……。」


足元がグラグラする。

だって、昨日の晩まで……アーテル君は普通に元気で……それが……。


「……こんな時だが、言わせて欲しい。ジョーヌとヒミツには感謝している。」


「え……?何を、ですか……。」

「どう言う事だい、グライス?」


「黒い色を持つ者が幸せな生涯を閉じると、魔物は生まれないとされているんだ。死ぬ時に内包する魔物を昇華させるかららしい。アーテルは近い将来、魔物を生まずに生を終える事が出来るだろう。……俺が黒い色を持つなら、俺が引き受けてやれたのに、俺は中途半端な灰色だから、殆どをアーテルが取り込んでくれた……。」


そう言って、私とヒミツ君を見つめる。

ヒミツ君は目を見開いた後に、悲しげに目を伏せた。


近い将来……生を終える……。


その言葉に、私は声も出せない。

泣き叫びたいのに、喉も涙も凍ってしまったみたい。手足の先が冷たくて、体がガクガクと震える……。


「兄上……アーテルの父は、好き勝手やってたけど、幸せではなかったんだな……。だから死んで魔物を生んでしまった。……なんだか悲しくて寂しい生涯だったと俺は思う。……アーテルの母も最初は懸命に兄上を愛そうとしたんだ。アーテルだって兄上を慕い愛そうとしていた。沢山もうけた愛人だって、兄上を好いていたはずだ。……なのに、兄上は魔王に落ちた。誰からの愛も受け取らず、誰も愛さなかった。兄上は馬鹿だ……。そしてその結果、年のいった俺ではなく、まだ若いアーテルがそのとばっちりを受ける事になった。……人生は、皮肉だよな……。」


グライス先生はそう言うと、私とヒミツ君を抱きしめて、ただただ泣いた。


……先生もアーテル君のお父様を愛そうとした一人だったのだろう……。


でも、こんなの……あまりにも、あんまりだよ……!



グライス先生は、シュバルツ家の奥にある新館に私を案内してくれた。以前、私が滞在した、薔薇の壁紙の……ヒミツ君が改築をプロデュースした建物だ。


「こっちの主寝室に寝かせているんだ。……本館は嫌だと言うからね?」


「グライス先生、案内ありがとうございました。……ヒミツ君、行こう。」


そう言うと、ヒミツ君はコクリと頷き、私たちは主寝室へと踏み込んだ。


……アーテル君は大きなベッドの真ん中に寝ている。

そっと近づくと、とても顔色が悪く、息も荒くて、苦しそうだ。


「嘘……!アーテル……!」


ヒミツ君は、慌ててベッドに飛び乗り、そっとその顔に触れた。


「……ん。……ヒミツ……ジョーヌちゃん……。」


「アーテル君!!!」


薄く目を開けたアーテル君に私は走り寄る。


「アーテル君、大丈夫?」


「……大丈夫ではない……。かなりキツい……よ。」


アーテル君は、それでも側にあるヒミツ君の頭をソッと撫でた。


「これからさ、ずーっとこんな感じで、寝たり起きたりになるんだって。……ジョーヌちゃん、そんな泣くなよ……。僕、こんなでも……直ぐには死なないよ……。」


アーテル君はそう言って、弱々しく微笑んだ。


「アーテル君、あのね、こうして寝たきりなら、誰かお世話する人は付くでしょう?……それを私がやるのはダメかな?」


「んー……ダメ。……僕なんかに構ってたら、いき遅れになっちゃうよ?……こんなでも、10年くらい持つかも知れないだろ?」


「いき遅れなんかならないよ?!……だって、アーテル君が私をお嫁さんにしてくれるんだよね?」


私がそう言うと、アーテル君は困った顔をして、私の頬を伝う涙を拭う。


「ごめん、できない。……あのさ……ジョーヌちゃん僕はね、君を心から愛してるみたい。だからこそ、僕は君との婚約は破棄したいんだ。……どうか、僕ではなく、別の人と幸せを掴んで?……ジョーヌちゃんには幸せになって欲しいんだよ。」


アーテル君の言葉に涙が止まらなくなる。

そんな事を言わないでよ……!


「じゃあ、私はアーテル君を愛さない!……ずっとずーーーっとアーテル君を好きなまんまでいる!私は身勝手で自分本位な『好き』しか持てないから、『愛』なんかじゃないから、アーテル君を幸せにするのは私でありたいし、私がアーテル君といて、幸せになりたいよ?……だから最後まで、側にいさせてよ……!」


言い終えると、抱き寄せられた。

だけれど、その腕にはあまりにも力がない。


「ジョーヌちゃん、それは……ズルいな……。本当にズルい。……そんなの言われたら、離したくなくなる……。」


「私がアーテル君を離さないんだよ?!」


私はアーテル君の手をギュッと握り、苦しいのに、なんとか笑おうとするアーテル君に、そっと口付けた。……唇を離すと、アーテル君が……深い溜息を吐いた。


「……はあ。こんな時にジョーヌちゃんの気持ちが分かって、キスしてくれてもね……?せっかくなら、元気だった時にお願いしたかったかな。……ねえ、そう思わない、ヒミツ?」


アーテル君がヒミツ君にそう話しかけると……ヒミツ君はガクガクと震えていた。


「え?ヒミツ?……どうしたの?何でそんなに……震えてるの???」


「……!!!」


ヒミツ君はビクリと飛び跳ねて、アーテル君の手を逃れる。


「あの……アーテル。僕ね、僕は……アーテルが大好きだよ。本当に君を心から愛している。……この気持ちは、どうか信じて……?」


私とアーテル君は顔を見合わせた。


「そんなの知ってるよ?……どうしちゃったんだい、ヒミツ???」


「僕はね……僕は……。」


ヒミツ君はハッとしたように、私たちの顔を見つめると、ベッドから飛び降りて、タタッと離れ、窓際まで下がった。


「あ、あの。怖がらないでね。……いや、無理だと思うけど……。でも、こんなに離れてるから、大丈夫だよ?……あのね、アーテル……。冷静に聞いて欲しい。その……君の容量の大半を占めてる恐ろしい魔物の正体……。それは……僕なんだ……。」


「「え……?」」


私たちは声を合わせてヒミツ君を見つめる。


「僕は魔物なんかじゃないよ!!!……あくまで魔獣。……でも本当は魔獣のフリをした、悪魔なんだよ!……ずっと黙ってて……ごめんよ……!……き、嫌わないで……。」


私とアーテル君は、唖然として、ヒミツ君を見つめる事しか出来なかった。








【備考】

グライスは灰色なので、退魔の力も魔物を封じる力も両方とも持っていますが、どちらも中途半端にしか出来ない設定です。

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