詐欺師な令息アーテルと婚約破棄騒動・中編◆アーテル視点◆
「おいっ!!!いきなり、何をするんだよ!ヴィオレッタ!!!痛いのだが!!!」
頬を腫らしたヴァイスがルージュとリュイに支えられて立ち上がり、ヴィオレッタを睨みつける。ヴィオレッタはシーニーが渋い顔で抱き止めているが、悪びれる様子もなく、ツーンと澄ましたままだ。
僕はとりあえずジョーヌちゃんに走り寄り、ジョーヌちゃんを抱きしめた。……狂犬ヴィオレッタが、僕のジョーヌちゃんに噛み付いたら大変だしね?
「アーテル君?……あの、私は大丈夫だよ?王子様のとこ、行かないの?」
「ん?念のため?……ヴァイスはルージュ達がいるし、別に十分でしょ?」
一番優先すべきはジョーヌちゃんの安全ですからね?……ヴァイス?知らないよ。
「痛いに決まってるじゃない、殴ったんだもの。……もしかして、まだ寝ぼけているの?それなら、もう一発いっとこうか?両方腫れてる方が、見た目的にもバランスが良いかもしれないわね……。」
ヴィオレッタがそう言って、足を踏み出そうとすると、ヴァイスは青ざめて、後ずさった。
まあ、怖いよね……。吹っ飛んでいましたし。
「ヴィオレッタ、ダメです!……落ちつきましょう?……その、ローザとの事は、もしかするとヴァイスにも何か非があったかもしれません!ですが、暴力はダメなんです。武力による解決は、禍根を残すだけで、根本的な解決にはなりません!」
シーニー、立派だねぇ……。さすが未来の宰相様。
……ふと、僕の腕の中にいるジョーヌちゃんを見つめると、目が真っ赤になっていて、泣き腫らしたように見える。
「ん?ジョーヌちゃん、何があったの?その顔、泣いてたよね?ローザから、何を聞いたの?……ヴァイスが酷い事したって、どういう事。」
「王子様が酷いって言うか……。アーテル君……あのね。……アーテル君たちが王子様から何を聞いたか知らないんだけど、その、ローザ様の話を聞く限りでは、私たちはローザ様がすごく可哀想に思えてきて……。」
え???ローザが可哀想???
なんだか、ヴァイス達の話とローザの話はだいぶ違うみたいだな???
僕たちの会話に、シーニーもリュイも不思議そうにこちらを見つめた。ヴァイスとルージュも驚いた顔でこっちを見ている。狂犬ヴィオレッタに話させるより、ジョーヌちゃんから話を聞く方が早いと思ったのだろう。
「えっと……。ローザの話って、どんなだったの?」
「う、うん。あのね……。ローザ様は……その、向こうの国で……酷くイジメられちゃってたらしいのよね?」
「「え……。」」
初耳だったのか、ヴァイスもルージュも愕然とジョーヌちゃんを見つめる。
……減るから、あんま見ないで欲しい。僕はヴァイス達からの視線を遮るように、ジョーヌちゃんを上手く腕の中に隠しつつ、話の続きを聞く事にした。
「その……ローザ様にも問題はあったのかも知れない。ほら、女の子同士のお付き合いが下手なとこあったから。だけど……だからって、ちょっと酷いって言うか……。……ローザ様の学部は、女性ばかりの所で、気が付いたら孤立していたそうなのね?そのうち、ノートや教科書を隠されたり、悪口を聞こえるように言われたり、みんなに無視されたり、何かするたびに、クスクス笑われたりもするようになってしまったんだって。……本当に陰険にチマチマとやられて、証拠も無いから教員に相談も出来なかったらしくて。……ノートなんかも、その授業が終わると見つかるらしくて、『本当は宿題を忘れたから、隠されたなんて言ってるんじゃないですか?』なんて言われたりもしたらしいの。」
ジョーヌちゃんは思い出して、グスグスと泣き始めた。
……非常に可愛い。
ますますもってヴァイスには見せたくない。以前、ジョーヌちゃんの泣き顔はそそるなんて事を言ってたしね。
「へえ、ずいぶん意地の悪い子たちだね?……あの国は男女比は普通だから、女の子ばっかのクラスでローザは標的にされちゃったのか。……まあ、ローザって女の子に嫌われる性格だもんね。」
「……でもさ、だからって、そんな事をしていいわけないよね?……それに、その……。その話を聞いてね、確かにローザ様にも悪いとこあったかも知れないよ?……だけど……この国の貴族社会って、それが普通なとこ……あったんじゃないかなって、私たちは思ったし、反省したの。」
「え……?」
僕が首を傾げると、ジョーヌちゃんはちょっとムウっと膨れた。……うわぁ。可愛いなぁ。キスして良いかな???
「だってさ、今までヴィオレッタ様以外は、みんな『ローザ可愛い、ローザ可愛い』って、甘やかして、それを許してきたでしょう???……まあ、私もラランジャも何も言えなかったから同罪なんだけど……。」
「それは……そうかも……。」
ヴィオレッタほど酷ければ注意もしたけど、ローザがあざとくても僕らは放置してた。いや、ヴァイス達はむしろ可愛いって思っていたくらいだった。困ってたら頼られて、喜んでいた。
学園では、未来の王妃様だってみんな知ってたから、女の子達は嫌な思いをしながらも、我慢してて、誰もローザの態度を注意する事は無かった。
確かにそうだ……。
ローザだけが悪いって言えないかも知れない。
注意されたり、怒られて、はじめて気付く事……そうなってから改められる事って……あるよね。
「だが、しかし!……いくら何でも、婚約者がいる男と懇意にするのはどうなんだ?!ローザも私と婚約しているのだぞ?!……さすがにそれは常識として、マズいと気づくべき事だろう?」
ヴァイスの怒鳴り声に、ジョーヌちゃんがビクリと縮こまった。
もー!やめてよね?!
振り返ってヴァイスをキッと睨むと、ヴァイスは目を逸らした。……弱っ!!!
「ジョーヌちゃん。……ローザは何で、そんな浮気みたいな事をしたのかな?」
「あ、あのね、アーテル君……。ローザ様は、いじめられていて辛いって、はじめは王子様やルージュ様に相談していたらしいんだよ。ラランジャとは、ほとんど会えなかったからね?……でも2人には、あまり話を聞いてもらえない上に、突き放されてしまったらしくて……。その男性はね、ローザ様の話をよく聞いて、唯一親切にしてくれたらしいの。……不安で辛い時に優しくされたら、嬉しいし、つい頼っちゃうし、気を許してしまわない?……迂闊だったかもしれないけれど、その人に気持ちを救われてたのもあるだろうし……親しげにしてしまった事ばかりを責めないであげて欲しい。」
……なるほどねぇ。
その男の手口、全く以て、僕と一緒ですね?
初めて船着場で会った時に、困っていて不安そうなジョーヌちゃんに、僕はそうやってつけ込みましたからねぇ……。
「んー。つまり、それでその男は、イケると踏んで、自分の婚約者を捨ててローザに迫ったって事なんだね?」
「うん。……ローザ様はその気は無いってちゃんと話して、その男の子も引き下がってくれたらしいんだけど……。でも、婚約者だった女の子に『貴女が誘惑して、留学中の暇潰しに彼を弄んだからこうなったのよ!慰謝料請求するわ!!!』って言われたらしいの……。それで怖くなって、帰国前に戻って来たラランジャに相談したんだって。……せめて色っぽい関係は無かったんだって、それだけでも誤解を解こうとしに行ったら、激昂されちゃったらしくて……。ローザ様が階段から突き落とされそうになったのを、ラランジャが咄嗟に庇って、怪我をしちゃったらしいの。」
「なるほどね……。えーっと、ラランジャさんはさ、そんな事になって、ローザの事を怒ってるの?」
「それはないよ!……ラランジャは、自分が忙しすぎてローザ様が大変な目に遭ってるのを助けられなかったって、むしろ後悔してたよ?!……ローザ様にも非はあったかも知れないよ?だけど、異国でみんなに無視されたり、誰も相談に乗って貰えなかったり、すごく苦しんだのは、本当じゃない?とてもお辛かったろうなって、私も思うよ!それなのに、一方的に婚約破棄って……酷いよ。」
ジョーヌちゃんは、そう言うと、またしてもポロポロと涙をこぼす。……はぁ……本当に可愛い。涙を舐めちゃおうかな?
僕がそう思って、ジョーヌちゃんの頬に手をかけると、ヴァイスが狼狽えた様な声を上げた。
「……そ、そんな……。ローザが……そんな事になってたなんて、私は……。」
……。
「ヴァイス、その……ジョーヌちゃんの話を聞くと、ローザばかり責められないんじゃないかなって、気がするんだけど……?」
僕がそう口火を切ると、シーニーも頷いた。
「ええ、私もそう思います。……その、ヴァイスも大変だったのでしょうが、もう少しローザの話を聞いてやるべきだったのでは?……私たちも、ローザに甘すぎた事を反省すべきですし……。」
「……確かに、それはあるかも知れない……。……だが、ローザが王妃向きでないのには変わらないだろう?!王妃たるもの、女性からも好かれなければならない。」
ヴァイスが苦い顔でそう言うと、ヴィオレッタが噛み付いた。……あ、今回は物理的にじゃなくね?
「へぇ……。よく言うわね。ヴァイス。……じゃあ自分はどうなの?その性格で、まさか自分は王に相応しいとか思ってるの?……だったらマジウケる〜。……たった1人の自分の婚約者に救いの手を差し伸べられなくて、よく言ったわぁ……。自分を棚に上げるって、まさにコレじゃない?」
「わ、私はっ……!」
「おい、黙れ。」
ヴィオレッタが低い声でそう言うと、ヴァイスは黙った。
……ヴァイス、ドSのくせにヴィオレッタとだと、いじめられて泣かされる姿しか浮かばないよ……。良かったね、ヴィオレッタが婚約者じゃなくて……。
「ヴァイス、ローザはね、小さな頃から貴方の為にって、大変なお妃教育だって頑張ってきたの。学園に入ってからは勉強とも両立させてた。私はローザなんか大っ嫌いだけど、そこは……それだけは凄いって思ってる。そんな子を、貴方は簡単に見捨てるんだ?たった一度の失敗で???しかも、悪いのってローザだけ???」
ヴィオレッタの言葉に、ヴァイスが息を呑む。
「……ヴァイス。ローザを許しませんか?……ヴィオレッタの言う事には一理あります。……確かに……今はまだローザは王妃に相応しくないかも知れません。でも、それは、みんなそうなのではないでしょうか?……ヴァイスだって、私たちだって、国を背負うには、まだ色々と足らないんです……。」
「シーニー……。」
ヴァイスはシーニーをジッと見つめる。
「だから私たちは、いつも一緒にいるんですよ?間違えたらお互いを正しながら、いつか王や側近、王妃に相応しくなっていくのが使命なんです。……私たちは、ローザを放置しすぎてしまいました。ジョーヌさんの言うように、ローザに反省する機会や考えを改める機会を与えてこなかった……。」
「……。」
「出来なかった過去は変わりません。変えられるのは未来の自分のありようです。……ヴァイス、ローザに謝罪し、ローザの悪かった所を改めていく手助けをしていきましょう?私たちも力になります。……貴方が間違うように、ローザだって、私たちだって間違うのですよ……。」
シーニーはヴァイスの手を掴み、そう説いていく。
「あのさ……。僕もそう思うよ。……今回の事は、ちょっと不幸なすれ違いが原因なのかもね?色々な角度から冷静に話を聞くって大切なのかも。僕も一方的にローザが悪いって決めつけそうになったし……。そういう意味では僕もダメだよね?……ねぇ、ヴァイス、ローザともう少し話し合ってみよう?」
リュイもそう言って、ヴァイスを見つめる。
「……確かに、俺たち、自分の事ばっかだったかもな……。俺は、ローザに謝ろうと思う!」
潔いルージュはそう言って立ち上がった。
「ねえ、ヴァイス……本当にこのままで良いの?ローザと、ここで婚約破棄して、本当に後悔しない?」
僕がそう尋ねると、ヴァイスはルージュと共にローザの元へと向かった。




