入学式と、晩餐会?!
結局、私はあのまま寝落ちしてしまったらしかった。
またしても朝の5時に揺り起こされて気づくと、何故か私はアーテル君とベッドに寝ていた。……運んでくれたのはありがたいが、何故、あと数歩先の私の部屋の私のベッドに運んでくれないのか問い詰めると、「僕たち、ラブラブ夫婦だから?」的な事を言われたので……もう、慣れようって心に決めた。
だってさ、いちいち反応してたら、心臓が持たないもの。
……入学式は、思った以上にアッサリ終わった。入学生だけが講堂に集められ、学園長先生が、ちょっとした挨拶をし「入学を許可します。」と言っただけで、すぐに解散になってしまった。
メインは晩餐会の方だから、ご令嬢方は準備もあるし、こんなもんらしい。
なんとなーく、みんなからの「アレ、誰だよ?」的な視線は感じたけど、アーテル君がベッタリくっついていたせいか、特に話しかけられる事もなかった。
寮に戻ると、アーテル君が無理難題を言って、お針子さん達に修正させたドレス一式が届いていた。
……胸元のデザインは一新され、エロさは無くなったが、それでも袖の無い胸元が開いたドレスとか、恥ずかしい……。そんな気持ちで、箱を見つめて固まっていると、アーテル君の所のメイドさんたちがやって来て、早速準備を手伝ってくれると言う。
「まだ早くないですか?」って言ったら、「全然早くないし、時間がかかるんですよ?他のご令嬢方は、もっとお時間をかけられております!お任せ下さい、奥様!」と言われ……「奥様」というパワーワードにやられて硬直しているうちに、メイドさんたちに襲われた。
……つまりは、ひん剥かれて、隅々まで洗われ、ゴリゴリと揉まれた後に、ツヤツヤになるクリームを塗りたくられたのだ。……もちろん泣いたし、暴れたけど、メイドさん達はビクともしなかった。
後からアーテル君に聞いたら、学園にはメイドさんしか連れて来れないから、みんな戦闘可能な熟練メイドなんだよ?って言われた。……アーテル君は、何度か殺されかけてるし、彼女たちは、護衛も兼ねてるんだって。
……そ、そりゃ、ビクともしないよね。
「メイクと着付けに入りましたら、泣かれませんよう、ご協力下さいね、奥様。」と言った時の圧が凄かったのも頷ける。ニッコリ笑ってそう言われただけなのに、涙がピタリと止まり、震えに変わりましたもん。
「アーテル君、準備できたよ。」
もう既に一仕事終えた様な疲労感で、アーテル君のお部屋に向かうと、燕尾服に着替えてカフスを留めているアーテル君がいた。
……アーテル君って……本当に、イケメンさんだ。
目が合うと柔らかく微笑まれ、胸がドキンとする……。
「あ!ジョーヌちゃん終わったんだね?……良かったー。そのドレス、下品なエロさ消えたね?アレはちょっと、人前にお出し出来ないヤバい感じだったものね?」
口を開かなければ、ポーっとなってしまいそうだったが、今の発言で、私は一瞬で我に返った。……ありがとう、アーテル君の誠実さ。
「あ、そう言えばギラギラネックレス、付けるの忘れてた。」
熟練のはずなのに、メイドさんたらウッカリだ。
金庫から出してもらってきて、さっきまであったのに、忘れるなんて。
「ここにあるよ?……そこはさ、旦那様の僕が付けてあげるべきかなーって?」
「……はあ。」
なんだそれ?!
アレか。またしてもドキドキさせる気か。
……もう、その手にはのりませんからね?私はそういうの、慣れるって決めましたのでっ!
私は『無』を意識した顔でアーテル君を見つめた。
「ねえー?なんだいその顔?!なんで半目なの?めっちゃシュールな顔になってるよ?!……もう少し、やる気出してくれない?……これ、僕の憧れだったんだからさぁ。」
溜息混じりにそう言いうと、ギラギラネックレスを手に取り、私の首にかけてくれる。
「憧れって???」
アーテル君の憧れとやらが気になって、『無』……アーテル君いわく、シュールな顔……を解除して聞いてみる。……う、うわぁ。やっぱり、顔が近いよぉ!
「ん……。子供の頃に、お世話になってた家庭教師のご夫婦がさ、仲が良くてね……。出かける間際に、旦那さんがいつも奥さんのネックレスを留めてあげてたんだ。こんなギラギラな奴じゃないんだけど……なんか良いなぁ……って。ちょっと憧れていたんだよね。……僕の家は、あまり父と母が仲良くないからさ。政略結婚だし、お互いに無関心で、好き勝手にやってるしさ……。」
後ろに回って留めればいいものを、わざと前から留めようとして、上手く出来ずに苦戦しながら、アーテル君が語った。
アーテル君のご両親は、そんなに仲良く無いのか……。
政略結婚って、よく分からないけど、親に勝手に決められた相手だと……合わない事もあるのかも知れないよね。
「……ねえ?うしろ向こうか?前からだと、難しいんじゃない?」
「んー……。でも、あのご夫婦は、こうしてたんだよ?旦那さんがサッとつけてあげるんだけど、抱き合ってるみたいで、子供ながらに、ちょっとドキドキしたりしてね。……年配のご夫婦だったんだけどさ。……でも、それも羨ましかったのかもな。……こんなお年まで、睦まじいんだなぁって。」
「うーん?鍛錬が必要なのかもよ???……ずっとやってるから、サッと出来る様になったのかも?」
夫婦に歴史ありって言うしね???
年配ご夫婦なら、なおさらじゃないかな???
「なるほど……そうかも?……くそ、結構難易度高いんだな?……僕って、器用なんだけどなぁ……???………………。……よし、出来た!」
何だか、苦労して留めてくれたのが、ちょっと嬉しい。
「ありがとう!」
「ん……。どーいたしまして。……あのご夫婦の年齢になる頃には、僕もジョーヌちゃんに、サッとつけてあげられるようになるかな?」
ちょっと悔しさを滲ませた様な顔で言うアーテル君が、何だか可愛く見えて、思わず頷くと……アーテル君がニターって笑った。
……あっ。
「いやぁ、嬉しいなぁ。ジョーヌちゃんも僕と同じ気持ちだなんて。……死が2人を分かつまで、ジョーヌちゃんのネックレスは僕が付けてあげるからね?」
ああ、もう!!!……なんで学ばないの、私っ!!!
◇◇◇
「ううう……緊張する。」
晩餐会の会場にやってくると、あまりにも煌びやかなその様子に、足がすくんだ。
「大丈夫だよ。ジョーヌちゃんは僕の隣だからね?晩餐会だから、ご飯を食べるだけだしさ。……普通、席は家格順なんだけど、婚約してると高い方の家格に合わせる事になるから……まあ、かなりの上座にはなるんだけど……。でも、ジョーヌちゃんのマナーなら大丈夫だよ!!!」
えーっと……落ち着かせようとしてくれているのか、不安がらせようとしているのか、微妙なフォロー、ありがとう?
とりあえず、エスコートしてくれているアーテル君の腕をギュッと掴んだ。
「さ、行こうか?」
「う、うん……。」
私たちが、会場のホールに入って行くと、沢山の人がこちらを振り返った。
ひえっ……。ヤバい……震えてきた。
……アーテル君を掴む腕に力がこもる。
「アーテル!!!お久しぶりね?」
アーテル君が不意に呼ばれて、振り返ると……紫の髪に紫の目の、もの凄い美女が、アーテル君に微笑みながら、走り寄ってきた。
「……ヴィオレッタ……久しぶり……。」
アーテル君の顔が曇る。
……苦手な方、なのかな?……向こうはアーテル君に会えて嬉しそうな顔をしているけど。
紫の美女はチラリと私は見たが、それだけで、ずっとアーテル君だけを見つめている。
「ヴィオレッタ、紹介するね?……僕の婚約者のジョーヌちゃん。アマレロ男爵の娘なんだ。……ジョーヌちゃん、こちらはヴィオレッタ・パールス。パールス侯爵家のご令嬢だよ。僕たちと同じ1年生なんだ……。」
「は、はじめまして、ジョーヌ・アマレロです。」
アーテル君に続いて挨拶するが、紫の美女はこちらに視線を向ける事すらせずに、私には名乗る事もなく、アーテル君に言った。
「ああ!アーテル……!なんて可哀想なのかしら?私との婚約がダメになってしまったからって、こんなのを選ぶしかないなんて……!元婚約者として、心から同情するわ……!!!」
え……。
この美女……アーテル君の元婚約者、なんだ……。
アーテル君をチラリと見つめると、なんだか気まずそうに目を逸らされる。
「ヴィオレッタ、やめてよ。……ジョーヌちゃん、あのね……。」
「あら?あら?……新しい婚約者はご存知無かったのかしら?!貴方に、私という釣り合いのとれた素晴らしい婚約者が居たって事……?……私はね、貴方と婚約者でいたかったのよ?だって本当に貴方の方が顔が好みだったし、家柄も将来も素敵だったんですもの。でも、お父様がね、シーニーにしなさいって……。」
「それはさ……仕方ないだろ……。」
アーテル君が、顔を顰めてそう答える。
「……ええ。そうね。……そうして私はシーニーの婚約者になってしまった。……だけどね、アーテル……。私まだ、貴方の事が……。」
紫の美女はそう言うと、美しい笑みを浮かべ、アーテル君に手を伸ばそうとした……。
な、なんだろう?これ?
さっきから、私……ずっと胸がギューっとなって、息がしづらい。……ドレス、まだキツいのかもな……。
「ヴィオレッタ!!!」
冷たく鋭い声が後から響き、そちらを振り返る。
……あ。
王子様の取り巻きの青い人だ。
不機嫌で温度の無い表情を浮かべた、船で王子様と一緒にいた、青い髪のメガネの青年が早足でこちらにやって来る。
青い青年は、紫の美女の伸ばした腕を強く掴んだ。
「……アーテルと何をしている。君は今は私の婚約者だろう?忘れたのか?」
「え、ええ、もちろん忘れる訳ないわ?……でも、アーテルとお話してはいけないの?……ちょっと知り合いに声をかけただけじゃない?!……ああ、もう、いいわ。シーニー、サッサと席に行きましょう?」
紫の美女はそう言うと、青いメガネ青年の腕をとり、プイッと行ってしまった。
……私の心に、なんとも言えないモヤモヤを残して。




