自由時間と、婚約指輪?!
「それでは、夕刻にホテル前のこの店で落ち合いましょう。」
魔力玉作りを終えて、班での自由行動の時間になった私たちは、ホテルの前にある小さなカフェで打ち合わせをして、シーニー様たちと別れた。
「アーテル君、これからどうしよっか?」
「そうだな……。ヒミツにお土産も買ってやりたいし、ジョーヌちゃんが行きたいって言ってたカフェに行くのもイイよね?」
「うーん。……お茶はこのお店で飲んじゃったし、ヒミツ君のお土産を先に見に行かない???」
私はそう言うと、ヒミツ君が沢山の印を付けたガイドブックを開いた。
「ん?……これさ、ヒミツのやつ、片っ端から印をつけたんだね?……考えてみたら、シーニーが欲しがってたステッキとか、四足歩行のヒミツがどうやって使うつもりなんだろ?」
「多分、置いていかれるから、寂しくて甘えていたんだと思うよ。……一緒にベッドでゴロゴロしながらガイドブックを見てたら『ココ行きたい!』『ココのコレが欲しい!』って、ページを捲るそばから言ってたもん。」
「自分だってグライス先生とカジノに行った癖にね?……そういえば、僕はお土産にカジノのディーラーさんの制服を貰ったけど、ジョーヌちゃんのアレは結局何だったの???」
夏休み明けにカジノから戻ってきた2人が、部屋までお土産を持って来てくれたのだが、私のお土産は『後でこっそり開けてみてね?』ってリボンでしっかり縛られていて、アーテル君は中身を見ていないのだ。
ちなみにアーテル君はディーラーの服にその場で着替えさせられ、『詐欺師っぽさがお似合い!』『いかにもインチキしそう!』と2人にイジられてて……まあ、笑ったよね……。
「あ、あれね……。あれ、実はバニーガールの衣装だったんだよ。カジノに居たらしくて、可愛いかったから買って来たんだって。……開けるなりさ、目が死んだよ……。」
「……さすがエロ猫……。なんかゴメン。すごいセクハラだよね……。」
「別にアーテル君のせいじゃないって。それがヒミツ君クオリティなんだよ。まあ、グライス先生は止めなかったから、同罪だと思ってるけどね!……しかもね、聞いてよ!恐ろしい事にサイズがピッタリだったんだよ?!……なんか怖いでしょ?!」
「ん?!ピッタリ?……ジョーヌちゃん……着たんだ……。」
「あっ!!!」
アーテル君に聞き返されて、サッと目を逸らす。
多分、今の私は耳まで真っ赤だ。
……いやさ……せっかく貰ったし、どんな感じか気になるじゃないですか、バニーガール……。
人には見せたくないけれど、ちょっと着てみたい……それが女心ってモンですよ?!
「も、もう行こうよ?!自由行動は短いんだし、せっかく来たんだから、色々見に行きたいし!」
「んー……。僕はもう少しこの話を続けたいけど……?そういえば魔術で失敗して、ウサミミ生えた事があったよね?」
「このお話、続けないよ?!……もう!ヒミツ君のお土産を買いに行こうよ?!」
私がそう言ってアワアワと席を立つと、アーテル君も笑いながら立ち上がり腕を差し出してくれた。
「ヒミツのお土産なんだけどさ……行きたいお店があるんだ?そこでイイかな?」
「うん、そこに行こう?!」
私はそう言って、アーテル君に腕を絡めた。
◇◇◇
「そうですね、こちらのルビーのリングは、かなりおすすめです。大粒のピジョンブラッドでとても美しいですし、デザインも素晴らしいかと。」
店員さんが、大きなルビーが真ん中にあしらわれた、煌びやかなリングを目の前に出してくれる。
「んー……。ルビーかぁ。でもなんか、ジョーヌちゃんのイメージじゃないんだよなぁ?デザインもちょっと違う気がする……。エメラルドの方がジョーヌちゃんぽいんだけど、おすすめってある?」
「生憎エメラルドですと、今はあまり綺麗なものが無いのですよね?……サファイアではいかがですか?」
「うーん……。じゃあ、サファイアを見せてくれる?」
……。
……。
えーっと……?
ヒミツ君のお土産を買いに来たんだよね???……なのに、なぜ宝石店でアーテル君が私に似合う宝石を選んでいるのかな???
「アーテル君、ヒミツ君のお土産を買うんじゃ???」
「あー。ヒミツには小さなチャームを買ったよ。ほら、お店を入ってすぐのショーケースに並んでた魚モチーフのヤツ。……チェーンも買って、首輪代わりに付けさせようかと思って。ついでにグライス先生にも同じシリーズのキーホルダーを買ったし。」
アーテル君はサラッとそう言うと、店員さんが新しく出してくれたサファイアのリングを眺めた。
「うーん……なかなか綺麗な石だなぁ……。でも、やっぱりジョーヌちゃんはもっと柔らかいイメージなんだよね……?デザインも少しケバいかなぁ……。」
店員さんは少し考えると、「では、珊瑚やパールなどはいかがでしょう?他にも柔らかめな雰囲気のデザインの物をお持ちしましょうか?」と言って、奥へ入って行ってしまった。
「あ、あのさ、アーテル君。私、宝石は要らないって列車でも言ったよね?」
「それは夜会用のヤツの話でしょ?……僕も、ジョーヌちゃんがあのネックレスをトレードマークにするのは良いと思うよ。……それに……母に借りた物で良いと言ってくれたの……嬉しかった。……その……母と話せるから……。」
「アーテル君……。」
「あ!!!ジョーヌちゃんがね、欲しいなら買うよ?!ケチるつもりはないんだ!……だ、だけど……その……こんな事でもないと、母とは話題も接点も無かったから……。話せるの、嬉しくて……。」
アーテル君がゴニョゴニョと恥ずかしそうに言う。
「アーテル君。……私、暫くはアーテル君のお母様に甘えさせていただきたいかな?」
「ジョーヌちゃん、ありがとう!!!」
そう言うと私に眩しい笑顔を向けた。
「……それで……コレは……何なの?」
私がそう聞くと、アーテル君は少し複雑そうな顔になった。
「あのね、これは……婚約指輪だよ。」
「えっ……。」
婚約指輪は、庶民の間では良くやり取りされている指輪だ。貴族の場合は……知らない。
庶民の感覚での婚約指輪は、『婚約したから貰う指輪』と言うよりは、結婚をしたい男性が、お相手の女性にプロポーズの言葉と共に贈る、『結婚の約束を取り付ける指輪』ってのが一般的なのだが……。
貴族の場合はどうなんだろうか?赤ちゃんの頃から婚約してるケースもあるんだよね……。うーむ……???
「……その……ジョーヌちゃんに贈りたいんだけど……ダメかな……?」
「で、でもね、高価な物だし、ちょっと……困るよ。」
気持ちはすごく嬉しいけれど、アーテル君とは結婚しないかもなんだし、婚約指輪なんて受け取れない……。だって婚約破棄したら……返すようだし……。
「……あのさ……。もし、婚約破棄しても、指輪は返したりしなくてかまわないんだ。むしろ、持っていて欲しくて贈るの。」
「……え。」
アーテル君は私の手を握ると、目をジッと見つめて言った。
「きっとジョーヌちゃんは、まだ僕との結婚は迷っているよね?……それは、とりあえずいいし、指輪なんかじゃジョーヌちゃんの気持ちを縛れないし、買えないってのも分かってる。……だから、これは僕のつまらない自己満足にすぎないのだけど……。ジョーヌちゃんがどんな結論を出しても、たとえ離れる事になったとしても……僕たちが、婚約者だったって記念に……ジョーヌちゃんに、持っていて欲しいって思うんだ。もちろん、一生側に居てくれたとしてもだけど。」
「アーテル……君……。」
「……僕と婚約者としてこうして過ごした日々を……思い出して欲しいし、忘れないで欲しいって……そんな気持ちで贈るつもりなんだよ?」
そう言ってアーテル君が笑うと……私はなんだか胸がいっぱいになった。この気持ちが何なのか、自分でも良く分からない……。
だって私は……きっとアーテル君の事も、この学園生活も……婚約者でいた事も、ずっと忘れる事はないし……一生、この思い出は心の中で輝き続けるだろう。
この先、アーテル君と共にあろうとも、別の道を進む事になろうとも、死ぬ時に見えるという走馬灯に、この日々は鮮やかに映し出されるんじゃないだろうか……。
「そしたら……私もアーテル君に婚約指輪買わなきゃだね?……私もね、アーテル君と婚約者だったこの日々を忘れて欲しくないよ。……私が買えるのは安物かもだけど。」
「ジョーヌちゃん。……欲しい。……貰っても良いかな?」
私はコクンと頷いた。
◇
アーテル君が私にくれたのは、真珠と珊瑚の指輪だった。
桃色の珊瑚と、虹色に輝く真珠が飾られている可愛らしいもので、ゴールドの台座が蔦を思わせるデザインになっている。……珊瑚も真珠もさっきまで見ていたルビーやサファイアみたいに派手で大きくはなく、全体的に小ぶりなのだが、それがとても愛らしい。
「なんか……その、安物になっちゃってごめん!……その指輪を見た瞬間に、あまりにもジョーヌちゃんのイメージで……。あ!ジョーヌちゃんが安っぽいとかって訳じゃないよ!!!この指輪さ……なんだか優しくて、温かみがあって……派手じゃないのに品があって、可愛くて……。……その……本当にジョーヌちゃんみたいだなって思ったんだ。」
アーテル君はそう言いながら、私の指にその指輪をはめてくれる。……それは、あまりに自然に私の手に馴染んで、思わず息を呑んだ。
「ありがとう……なんか……すごく嬉しいよ……!私ね、ギラギラしたのより、こういう感じ好きなんだ。……あのね、私はこれをアーテル君に贈るよ。私もね、これ……なんかアーテル君みたいだなーって思ったんだよね?」
私がアーテル君に選んだのは……ブラックオパールだ。シンプルな台座に、予算の都合で、あまり大きくはない四角いオパールが嵌め込まれている。
「……なんか、意外なのが来た感じ。」
アーテル君の指にはめてあげていると、アーテル君が不思議そうに言った。
「そうかな……?私はお金があまりないから、小さい石のしか買えなかったけど、この石を見た時に、なんだかアーテル君みたいだなって思ったんだ。……黒い色の中に、綺麗なキラキラをいっぱい抱きしめていて、ちょっと不思議で複雑で……それでいて目が離せなくなるの……。アーテル君みたいだよ……。」
その指輪も、すっぽりとアーテル君の指に納まると、まるでずっと前からそこにあったかの様に見えた。未来の大公様には申し訳ない安物なのに、何故かとても似合ってみえる。
「ありがとう……。大切にする……。最初は『ん?』って思ったけど、なんかしっくりくる。……すごく嬉しいし気に入ったよ。」
アーテル君はそう言うと、指輪がはまった手を嬉しそうに眺めてくれた。
「えへへへっ、私も大切にするね!……部屋に戻ったら、ヴィオレッタ様に自慢しちゃおう!」
「ん……?……自慢になるかな……?『アーテル!もっと高いのを買ってあげなさい!』ってドヤされちゃうかもよ?」
「えっ?!そんな事を言ったら、ヴィオレッタ様にだって、私……きっと怒っちゃうよ?!……だってこれ……もう、私の宝物だもの。」
私はそう言うと、指輪がはまった手を胸に抱いた。
「ん……。僕もだ。ずっと大切にする……。」
アーテル君も笑いながらそう言うと、指輪がはまった手を大切そうにもう片方の手で覆った。




