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痛いのは、嫌いなんです?!

「……痛い、痛い、痛い!!!痛いって、アーテル君、もう、無理だよ!」


思いの外、痛みが強くて涙目でアーテル君を睨む。


「すぐに慣れる……。」


アーテル君は素っ気なくサラッとそう言って、力を入れる。だから、そ、それが痛いんだってば!!!


「慣れない!こんなの慣れないよ!!!」


「もー!!!ジョーヌちゃん?!こんな事で、いちいち暴れないでよ?!ちょっと先が当たっただけだろ?動くから、余計にやりにくいんだよね?……君が僕にやってって、言ったんだよね?!」


「……だって、アーテル君は慣れてるって?!だから痛くなく済ませてもらえるかもなーって思ったの!……こんに痛いなんて聞いてないよ……!!!……あっ!実は、アーテル君は不感症でド下手なんじゃない?!だから凄く痛いんだよ!!!」


ピタリとアーテル君の手が止まる。


「ねえ?!まるで痛くしないなんて、無理なの!……僕が不感症なんじゃなくて、ジョーヌちゃんが大袈裟なんだよ。……よし、わかった。ならもう、容赦しないね?切り裂く勢いで行くよ、僕。」


「ご、ご、ごめんなさい!切り裂くなんてやめて?……言葉、言葉から既に怖いよ?……や、優しく!優しくして?!」


「無理!」


私がボロボロ泣きながらそう懇願したのに、アーテル君は私の腕をグッと押さえ、ニッと笑うと、グッサリと私の親指の腹を小刀で切り開いた。


……魔法陣作成用のインク作り、マジで辛い……。


あの後、ご飯を食堂へ食べに行って戻ってきた私たちは、魔法陣を描く練習をするにあたり、インクを作る事になったのだ。


え……?ご飯に行く前に、何があったか気になるって?


……聞かないで。


ファーストところか、セカンドまで執拗で濃厚って、どうなの?……あのさ、もっと爽やかにいこうよ?私たち、まだ10代の半ばなんだよ?!もっと甘酸っぱい感じでさぁ、こうキュンってなるような……って、別に私がアーテル君とそういう風にしたいって希望じゃないからね?!……これはあくまで、一般論だよ?


そ、それはさておき、インク作りの話に戻ろう。


アーテル君によると、魔法陣を描くにはインクに血を数滴入れるらしい。ほとんどの人は、指を軽く小刀で切って、血をギューっと絞り出して混ぜ込むんだって。


……切って、絞り出す……。


痛い……よね、それ?


ちなみに泣き虫ジョーヌは、痛いのなんて大嫌いに決まっています。


だから、小刀を片手に固まってしまった。


……自分で自分を痛いって分かってるのに切るなんて……無理じゃない?!しかも切って痛いのに、そこを絞るって?!


……そしたら、アーテル君が「僕、慣れてるからやってあげようか?」と言ってくれたのだ。……それでお願いしたのに……。慣れてるってさ、アーテル君が痛いのに慣れてるって事なんじゃないかな?!


そして、先程のようにギャーギャーと騒いだ結果、ブチ切れたアーテル君によって、私の親指はパックリとやられてしまったのだ。


……私の親指からボタボタと流れる血を、アーテル君は沢山買ってきたインクの壺に、次々と混ぜていく。


「良かったね、この調子だと半年から1年分くらいのインクが作れるよ?」


「……次は早いと半年後……。」


またしても目の前が暗くなる。

親指はズキズキと言うより、ドクンドクンって感じに痛い。これはかなりの重傷だと思うの……。


「……あのさ、普通はこんなバッサリやらないで、数週間に一度、インクが無くなったら、小刀でプスッと刺して、絞ってインクに混ぜるんだよ?……だけどジョーヌちゃんが、あまりに暴れるし、面倒だから、ついズッパリといっちゃった。……ま、色々と使えるしね。」


……アーテル君って、意外と短気だよね……。


「あ、そう言えばさ、痛いって、いっぱい泣いちゃったけど……それって、血の中の魔力が薄くなってるんだよね?」


去年受けた魔力判定も、血液を取られた。

私は、初めての事に恐怖と痛みで泣き叫び……結果、微々たる魔力判定をいただいたんだよね???


「んー……まあね。でも、インクに混ぜる血液に魔力の濃さは、そんなに関係無いんだよね。魔法陣の所有者と発動者の魔力を一致させる目的だからさ。」


へー?

私が書きました!私の魔力を流します!って感じ、なのかな?


「あ!……そしたら、血じゃなくて、涙とかでも良いんじゃない???私、涙には不自由してないよ?」


……女の子に不自由しないアーテル君とは、雲泥の差だが、私にも不自由しないものがあると言いたくて、胸を張る。


それに、涙なら痛みゼロだ。


「……ジョーヌちゃんが古代語を理解できるならね?」


「え?」


「魔法陣の中に、『血によって制御する』みたいな一文が出てくるんだよ。……正確には、この文章じゃなきゃダメって決まりはない。何を媒介として書かれた魔法陣か明記しておく必要があるだけなんだ。だから、場所も書かれ方も色々なんだけど、そこを理解して、『涙によって……』にちゃんと書き換えられるなら、別にそれでも構わないと思う。……ま、授業は血を使う前提だから、涙で作ったインクで、習った通りに書いた魔法陣に魔力を注ぐと……最速で爆発だけどね?」


……。

……。


よ、よし、諦めよう。

痛いけど、血を混ぜるのは、仕方ない。


だって!古代語とか、理解できる気がしないもん。さっき、アーテル君が簡単なお手本とやらをサラサラと書いてくれたが、めっちゃ複雑な図で、初めてみるミミズみたいな文字が散りばめられた、複雑怪奇なものだった。……多分、真似して書くだけで、いっぱいいっぱい!


……爆発なんて、洒落にならないもん。……大怪我するかも。痛いの嫌いだし。


次は覚悟を決めて、自分でやろう。……怖いけど、さすがにここまでズッパリやられるよりはマシだ。ホント、アーテル君てば容赦なさ過ぎじゃない???


ふと、指先に何かが押し当てられている事に気付き、そちらを見やる。


……あ、もしかして、アーテル君、止血してくれて……?


……え?


アーテル君はがの指先を、何やら飾り文字がいっぱい書かれた、箔押しの縁取りが付いている、立派な紙にスタンプみたいに押している。


「……アーテル、くん???」


「あ。……見つかっちゃった。」


『テヘヘ。』みたいな雰囲気だが、何だか嫌な予感しかしない。


「……ねえ、それ、何?!」


「血判。」


あー、血判かぁ……。……って、何の書類?!

血判を押す書類なんて、よっぽど重要なものだよね?!


「……その書類って、何ですか?」


「婚姻届。……僕、公爵家のものだから、手続きが結構複雑だし、偽造できないように、血判が必要なんだよね。」


……。

……。


「……えーと……?」


「なんだい?」


アーテル君はニコニコと答える。


「私たち……婚約、だよね?」


「婚約だよ?……でも、あっても困らないだろ?作っておいたら、後は名前を書くだけ!すぐに出せて便利!……ほら、ジョーヌちゃん痛がりだからさ、血判が必要だ!なんて知ったら、嫌だって泣いちゃうかなーって思って。僕って優しい紳士だから、ジョーヌちゃんを泣かせたくないんだよねぇ……。だから、この機会につくっとこーかなぁって!」


慌てて取り返そうとするが、身長差を生かして、アーテル君は書類を高く持ち上げてしまう。


う、嘘だよっ!!!

優しい人はニヤッとして、躊躇いもなくズッパリ切ったりしないもん!!!


そ、それに……!!!


「だ、だめだよ!結婚するっては、言ってないもん!!!返してよ、それっ!!!」


「さっき結婚には同意してくれたろ?……それに、3年後にサインさせるまで勝手に出したりしないってば!もー……信じてよ。」


……『サインさせる』って……それが怖いんじゃん?!

普通は『サインしてもらう』だよね???騙してサインさせる気マンマンだよねっ?!絶対に信じられませんから!


「ヤダ!返してってばぁ!!!」


私と違って、手足が無駄に長いアーテル君から、書類を取り返そうと、涙目になりつつ、必死で飛び跳ねていると……足元がグニャリと歪んだ気がした。


……え?


徐々に体が重くなり、床に崩れ落ちる。


……な、なに……これ……。


「ジョーヌちゃん?!」


ハッとしたアーテル君が私を慌てて抱きとめてくれる。


……ま……まさか私……。

出血多量で死んでしまうのかも……。親指から、めっちゃ血、出てた。


……う、うう……。


父さん……母さん……姉さん……兄さん、リッチーにエイミ……。ジョーヌは、魔術学園の入学式すら出ないまま、死んじゃうみたいです。


「ジョ、ジョーヌちゃん、泣いちゃダメだよ。」


慌ててアーテル君が諫めるが……アーテル君のせいで死んじゃうんだよ、私。あんなズッパリ切るから……血が出過ぎちゃったんだよ……。涙が止まらないし、どんどん体が重くて動かなくなっていく。


「アーテル君……家族に……愛してるって伝えて……。う、うう……。」


「だから、泣くなって!……魔力切れなんだ。泣いたらますます酷くなるよ!!!」


……え?


魔力切れ???


「私……。出血多量で死ぬんじゃないの?」


アーテル君が呆れた顔で私を見つめる。


「本当に大袈裟だね?……あれっぽっちの出血で死ぬ訳ないでしょ?!……ジョーヌちゃん、これは泣きすぎによる魔力切れだよ。魔力切れをおこすと、体が重くなってきて、動けなくなり……眠ってまうんだ。……ジョーヌちゃん、泣いて寝落ちするタイプじゃなかった?」


……え。

魔力……切れ?


確かに、泣きじゃくって寝落ちはよくやっていた……。


「でも……今日はそこまで号泣してないよ……。私……やっぱり、出血で死ぬんだ……よ……。」


ポロポロと涙が溢れていく。


今日くらいのレベルの泣きは、よくある事だ。このくらいで寝落ちなんかした事無い……。やっぱこれ、出血多量によるもんだって……。もはや口を開くのも面倒になってきた……。


「ご……ごめん。……ジョーヌちゃん。」


アーテル君が青ざめて私を見つめる。


ほら……やっぱり。


自分がナイフでズッパリやっちゃったから、魔力切れなんて、気休めを言ってるんでしょ?……でも、私が『切って』ってお願いしたからだし、死んでもちょっとしか恨まないよ……。毎晩、枕元に立ってメソメソ泣くくらいにしとく……。


「さっき……キスした時さ……美味しくって……僕、ジョーヌちゃんの魔力、いっぱい貰っちゃったんだ……。癖になる味で、つい……。だから、絶対に魔力切れなんだよ……。」


……え?


アーテル君のキスのせいなの?


え?マジで魔力切れ?……ふざけんな!だからあんな、しつこかったのか!!!……色々と返せ!!!マナー以前に、食事の前に甘いの食べちゃ、ダメなんだよ?!


……文句を言ってやりたかったけど、もう私は、落ちるような眠気に抗えなかった。








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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。続き楽しみにしてます。
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