2章 35 東西南北
早朝、道場に呼び出された俺は眠気まなこを擦りながら道場の敷居を跨いだ
すると広い道場の中心で坐禅を組むシュラとそれを傍らで見つめるビャッコ・・・声をかけようとするとビャッコが俺の存在に気付き口の前に指を立て黙っていろと仕草で伝えてきた
よく見るとシュラの頭上に気功が立ち昇り、何かに形作ろうとしているように見えた
猫?・・・4本足で背中を丸める獣・・・長いしっぽも見える
その猫がユラユラと揺れると次第に薄くなりやがて消えてしまった
「だー!!出来ると思ったのに!」
「焦るな。降獣はそう易々と出来るものでは無い。短期間でそれだけ形作れるだけでも見事なものだ」
「だけどよぉ・・・おっ、アタル来てたか」
悔しがっていたシュラがようやく俺に気付いた
「なんだ今の猫みたいなのは・・・」
「猫じゃねえ!虎だ!」
あー・・・見えなくも・・・ないかな?
「くそムカつくぜ・・・これを修得すればお前なんか一気に追い抜くのに・・・」
「こうじゅう?って、そんなに凄いのか?」
「はっ、凄いなんてもんじゃねえ。降ろせば獣の力得る・・・天下六拳が束になってかかっても敵わねえよ・・・ただ・・・」
「成り手がいないのが玉に瑕だな。私で3人目らしい・・・長い歴史の中でな」
よく受け継がれてたな・・・その降獣ってやつ・・・失伝してもおかしくないのに
「腕だけとか足だけとかなら成り手も多かったらしいがな・・・全身ともなるとかなり難易度が高い。お前もやってみるか?」
「おいビャク!」
「なんだ?アタルが強くなるのが怖いか?私なら相手が強くなるのは望むところだがな」
「うっ・・・」
いやいや、勝手に決めないでくれ。ただでさえ3つの流派を同時進行で叩き込まれていっぱいいっぱいなのに・・・
と、その時けたたましく道場の扉が開かれ兵士が最悪の事態を告げる
──────螺拳派が来た、と──────
よく分からないが状況は悪いらしい。兵士の報告を受けるシュラの表情がどんどんと険しくなっていく
報告を受けた後、シュラはビャッコと一言二言会話を交し俺に近付いてきた
「上に行くぞアタル」
「ビャッコは?」
「・・・想定よりも相手が多い・・・しかも四方から攻めて来た。ビャッコは西にある門を守りに行く・・・」
確か王都は四角形で東西南北に通用門があるんだっけ・・・四方からって事は四つの門それぞれに螺拳派が現れたって事か
「本来なら見えてくる前に相手の規模が分かるはずだったが・・・『目』が潰れた・・・やってくれる」
「目?・・・お前は出ないのか?」
「出たいのは山々だが邪魔になる・・・奴らにとって俺を殺れば勝ちみたいなものだからな・・・城の中で大人しくするさ」
悔しそうに、そして寂しそうに言うシュラ。根っからの戦い好きなのかビャッコと共に戦いたいのか・・・何となくだが両方のような気がする
「俺に手伝える事はないのか?」
「・・・黙って見ていろ。お前の力を借りずとも・・・螺拳派なんざに負けはしない」
良かった。ちょっとラモン殺して来いとか言われたらどうしようかと思った
俺とシュラは城の1番上・・・謁見の間で待機する事になった
シュラは偉そうに玉座に座り、俺は外が見られないかと壁際を歩いているとジャタンとラカンが現れる。恐らく2人も何かしら感じたのだろう
2人はシュラの前で跪くとジャタンだけが顔を上げ口を開いた
「とうとう来ましたか」
「うむ・・・主らもアタルと共にここに居るが良い。それとひとつ質問して良いか?」
「なんなりと」
「主は男か女か?」
わおっ!直球!もう少しオブラートに包めよ!てか、今聞くことか!?
「・・・男でございます」
悩むな悩むな。即答しろよ!
「そうか・・・」
なんだこの会話・・・でも良かった。『見た目は男心は女でございます』とか言ったらダッシュで逃げる所だった
シュラの微妙な質問のせいで静まり返ってしまった・・・外では激しい戦闘が行われてるかも知れないのに・・・暇だからチラッと覗きに行こうかな・・・
南門スザク陣営
「スザク様!総員配置につきました!」
「ご苦労。見えているので全部か?・・・他の門にも現れたと聞くが相当集めたみたいだな」
「斥候を送りますか?」
「いやいい。隠れる所など皆無・・・隠れる気もないらしい・・・正々堂々迎え撃つぞ。それと・・・なんでお前がここにいる?イエン」
スザクが振り向くとそこには威空拳のイエンとその側仕えのフォンが立っていた
「冷たい事言うなよ兄者。情報だけ聞いといてはいサヨウナラってのは寂しくねえか?」
「『ラモンは強い』・・・そんな情報を対価に戦に参戦させろと?」
「招集に応じただけだぜ?」
「・・・威空派を招集はしたが、お前個人を招集したつもりは無い。さっさとみんなと合流し、奴らを叩くのに協力しろ」
「招集したの何日前だ?多分来る頃には終わってるぜ?」
「・・・ならば国王様の護衛に行け。ここは我らで十分だ」
「そうか?それにしては兄者の隊員の視線はそうは言ってないぜ?」
スザクが鍛え上げた四星拳スザク専属部隊の視線はイエンに向いていた
羨望の眼差し・・・威空派きっての天才拳士として名高いイエンに向ける眼差しは期待と憧れが多分に含まれていた
「ハア・・・フォン・・・ちゃんと手綱を握っておけとあれほど・・・」
「も、申し訳ありません!イーフォン様!どうしてもと聞かなくて・・・」
「あっ!裏切り者!お前もそうですね、とか言ってたじゃねえか!」
「あれは早く伝えたほうがいいと言う意味です!」
「汚ねえ!」
「もういい!イエン・・・これは遊びではない。国家の存亡を懸けた戦いだ。理解しているのか?」
「もちろん・・・常日頃研いでる爪を発揮すべき場所・・・だろ?」
「・・・いいだろう。参戦するからには覚悟を決めろ。威空派に恥をかかすなよ?」
「へっ兄者こそ鈍った技を披露して威空派の恥を晒すなよ?」
「ぬかせ・・・総員イエンの援護に回れ!イエンが取りこぼした者を倒せ!」
「・・・兄者は?」
「指揮する者が必要だろ?せっかくだ・・・楽をさせてもらおう」
「こっ・・・このクソ兄者!」
「やるならとことんだ・・・頑張れ愚弟」
威空派に突如舞い降りた2人の兄弟
両親は威空拳を学び始めた兄弟を見て確信したという
──────これで威空派はしばらく安泰だ、と──────
兄は早々に当時のスザクに見初められ、その跡を継いだ
弟は御前試合でその比類なき強さを見せつけた
そして兄弟は兄の地位からこう呼ばれるようになった
『シューリーの両翼』と──────
西門ビャッコ陣営
ビャッコが到着するともう既に相手は目と鼻の先にいた
相手はビャッコも見覚えがある相手。シュラを暗殺しようと企んだ波動派であった
ビャッコは相手を確認すると鼻で笑い四星拳ビャッコ専属部隊の隊員達に振り返る
「もう待つ必要はない・・・喰らい尽くせ」
静かに言い放つビャッコの言葉に隊員達の士気は上がる
数こそ波動派の半数にも満たないが誰一人として臆している者はいなかった
「姉さん・・・降獣は・・・」
「隊長と呼べ・・・必要ない」
「わっかりました」
「・・・あからさまに嬉しそうだな」
「当たり前ですよ!相手は瞬殺・・・でも、こっちの被害も多数なんて目に見えてるのに喜ぶ奴がいますか?」
「・・・そんなにか?」
「ええ・・・降獣した時も人語を理解して下さい・・・」
「・・・努力する」
過去に合同訓練と称して仁王派と戦った事がある
その際に仁王派の圧倒的な力に部隊は完全に押し負けていた
それを不甲斐ないと怒り狂ったビャッコが降獣し敵味方を瞬殺・・・もちろん殺してはないのだが、最後に立っていたビャッコの姿に仁王派はおろかビャッコ部隊ですら戦慄したという
「万が一降獣する場合は先に言ってくださいね・・・全力で逃げるので」
「・・・逃げる者を追う習性が・・・」
「獣か!・・・我慢してください」
「・・・努力する」
ビャッコ専属部隊副隊長であり、ビャッコと同門のジュウクがため息をつく
ビャッコ・・・元の名はジュリが四星拳ビャッコに選ばれた際にジュリの流派である獣化拳師範ジュカに頼まれて共に王都に来ていたビャッコ・・・ジュリの実の弟である
ぶっきらぼうな姉の代わりに面倒事は全てジュウクがこなしてきた。1番大変だったのは合同訓練の後に仁王派の者達を宥める事だったとジュウクは言う
頼もしくも人付き合いが苦手な姉の背中を見て、ジュウクは深くため息をつくと姉の言葉を隊員達に改めて伝える
「総員迎え撃て!姉・・・隊長に失望されるな!またやられるぞ!」
「お、おおー!!」
隊員達が無理矢理士気を上げる
もうあの恐怖は御免だと
ビャッコはその様子を見て呆れると迫り来る波動派に意識を移した
「さあ・・・狩りの時間だ」
北門ゲンブ陣営
椅子に座り目を細めて見つめるは上半身裸の男達
道着を着用していないがどこの流派かハッキリ分かる・・・天下六拳弐の拳である仁王拳であると
「ゲンブ様!あれは味方で?」
「当然じゃ。天下六拳は全て招集しておる。1番近い仁王派がようやく到着したのであろう」
「し、しかしあまり友好的には見えないのですが・・・」
「滾っておるのよ・・・対外試合はあるけれど、本気の殺し合いなど滅多にない機会だからのう」
「そ、そうですか・・・」
四星拳ゲンブ専属部隊の副隊長は仁王派の面々を見てゴクリと喉を鳴らす
鍛え上げられた肉体からまるで蒸気が出てるかのように煙が立ち込めている。それは汗が上初しているという事に近付いてきて初めて気付いた
ゆっくりと近付き、椅子に座るゲンブの前に到着すると仁王立ちしゲンブを見下ろした
「ぶ、無礼だぞ!」
四星拳であるゲンブを見下ろす仁王拳現当主ニコクに副隊長が叫ぶとニコクは副隊長を一瞥し再びゲンブを見下ろした
「無礼か?ゲンブ爺さん」
「いや・・・構わぬよ。思ったより到着が早かったのう・・・まるで彼奴と申し合わせたようなタイミング・・・」
「そりゃあそうだろう。俺とラモンは友達だからな」
「なっ!?・・・そんな・・・」
「ふむ・・・なるほどな」
「で、爺さんどいつだ?」
「隣のこやつのみ・・・後は気功は使えぬ」
「あっそ!」
ゲンブが狼狽する副隊長をチラリと見るとニコクは手を伸ばし副隊長の顔面を掴んだ
「ぐっ!貴様!何を・・・」
「いい音奏ろよ・・・開戦の狼煙だ」
メキメキと音が鳴りいつの間にか宙に浮いていた副隊長が足をバタつかせる。何が起きているのか理解出来ない隊員達が助ける間もなく副隊長の頭は粉砕されてしまった
「こら・・・もうちっと考えてせい・・・血がかかったではないか」
「悪ぃ悪ぃ・・・で、他の六拳はいつ来る?」
「全てが終わった後であろうな・・・目当てでもあるのか?」
「指拳のユン・・・あの女は俺が貰う。手を出すなよ爺さん」
「ほっ、確かに器量良しだが、素直に従うか?」
「従うかじゃねえ・・・従えるのさ・・・どうぞ抱いて下さいと言うまで痛めつけてな」
「滾るな滾るな・・・少し冷静になったらどうだ?ワシの自慢の部隊を相手にして」
「ハッ、そりゃあいい。お言葉に甘えて相手してもらおうか・・・他の六拳が来るまでのウォーミングアップだ」
ニコクが嗤う
未だに副隊長の死すら理解出来てない隊員達が椅子に座ったままのゲンブに縋るが、ゲンブは振り向きもせず座ったまま動かなかった
ニコクを先頭に仁王派の者達が動き出す
蹂躙が始まった──────
東門セイリュウ陣営
螺拳派の来る可能性が最も高く本命とされていた東門に現れた黒い道着の集団。セイリュウは部隊の先頭に立ちニヤリと笑う
「セイリュウ様!救援を要請致しますか?」
「喚くな・・・たかが一流派に軍を統括するこのセイリュウが救援要請だと?」
「い、いえ!しかし・・・」
副隊長はセイリュウの強さは身に染みて理解している。しかし威空派のイエンが実際に見てきて忠告していた
決してアモンと1人で戦うな、と
それは部隊で当たれと言う意味ではない。実力者を揃えて2人以上で当たれと言う意味だ
歩いて来る黒い道着の集団の中にいるであろうラモン・・・それを危惧して進言したのだがセイリュウは拒否した
顔まで認識出来る距離まで来たタイミングでセイリュウは隊員達に振り返る
「よーし、お前ら・・・短い間だったがよくついてきてくれた。初めは戦争のねえ国の軍統括なんて聞いて落ち込んだもんだ・・・それが今まで耐えてこられたのはお前らのお陰だと思ってる」
「・・・セイリュウ様?・・・」
「ぶっちゃけ王なんて飾りを担ぐのは性に合わなかったんだ・・・もっと実のある・・・そう・・・真の実力者の元で暴れるのが俺には合ってたんだ。悪ぃな」
セイリュウの身体から殺気が迸る
それは螺拳派に向けられたものではなく、味方であるはずの部隊に向けられたもの
「どうして・・・総員!り・・・」
副隊長が隊員に命令を下そうとした瞬間、セイリュウの背後から人影が飛び出て来て副隊長の命を呆気なく奪う。隊員達は吹き飛んだ副隊長の頭部を目で追いかけ無言で飛び出して来た人物を見た
「まどろっこしい・・・せっかく英気を養ったんだ・・・暴れさせろや」
飛び出して来たのは螺拳派のバセン。拳に付いた副隊長の血を舐めながらギロリと隊員達を睨みつける
「英気を?何をしてきた?」
「あん?なーに、告げ口しようとしていた悪い子にお仕置きしていただけだよ、四星拳セイリュウ」
「なるほどな・・・『目』か。ああ、それと四星拳ってのはもうおしまいだ。これからはザンキ様と呼べ」
「様?立場を間違ってねえか?」
「実力が立場を作るのだろう?文句があるなら俺より多く殺してからにしな」
「おい・・・俺はもう1人・・・」
「何か言ったか?」
セイリュウもといザンキが腕を振るうと隊員の死体が2体出来上がる。それを見てバセンは舌打ちし頭を掻く
「分かりやすいじゃねえか・・・競争だ」
「ああ・・・どうせ処理する者達・・・楽しまなきゃ損だな」
2人の会話が理解出来ない隊員達。奪われた副隊長と隊員2人の死体が転がってもなお事態が飲み込めず呆然と佇んでいた
2人による殺戮が今幕を開ける──────




