2章 11 決着
あまりアイリンが戦っている姿を見た事がなかった
一般の門下生と違い、指導する立場でもあったアイリンは演武を披露する事はあっても誰かと手合わせする事はほとんどない
俺と手合わせしたのもお遊び半分だったのだろう
流れるような動きで相手を追い詰め、攻撃されても流れに逆らう事なく華麗にいなす・・・まるで2人で演武しているような動きに思わず見とれてしまった
「てめぇの相手は俺だ!!」
あー、ハイハイ
叫ぶガンズの動きを止めて、また見つめる。これはぬらりひょんが年甲斐もなく惚れてしまうのも分かるような気がする・・・てっきり最初はラカンの嫁かと思っていたけど、まさかラコンの方だったとはと驚いたものだ
実力は五分・・・なのかな?動きが速すぎて細かい事は分からないけど、2人の表情からどちらが優勢ってのはないみたいだ。2人とも険しい顔をしている
どうせなら服とか切り刻んでくれれば・・・いやいや、どっちの応援してんだ?俺・・・
「グギギギ・・・てめぇ・・・ふざけやがって!!」
殴ろうとする態勢で動きを止められているガンズ・・・片腕の割には良いフォームだ。バランスをとるために身体を傾け、この拳が当たれば即死しそうな勢い・・・酷い奴だ、まったく
こっちが決着してしまうとラコンは俺を警戒してアイリンとの勝負に集中出来ないだろう・・・それは何となく避けたかった。アイリンには思う存分積年の恨みをぶつけてもらいたい
でないと遺恨が残る・・・だろう・・・多分
「ふん、そんな貧弱な打撃では一生ワシは倒せないぞ!」
「なら躱さず食らてみたらどうダ?躱す顔がひし過ぎて笑いが込み上げてくるゾ?」
うん、躱すの必死過ぎ・・・体格的にはどっこい・・・体力的にはアイリンに分があるのかな?でも何だろう・・・熟練されたって言うか・・・ラコンの動きには無駄がない・・・顔は必死だが。その辺が2人に差が生まれない理由なのかな?
大技もなく決定打に欠ける戦い・・・一瞬でも隙を見せれば終わってしまう危うさがあり、見てるこっちがハラハラしてくる
うん?チラリとアイリンが俺を見た
手を出すな?手を貸してくれ?・・・違うな・・・うーん・・・まさか!?
ラコンから一旦離れて深く息を吐く・・・息吹ってやつか?そしてキッとラコンを睨みつけると一直線に向かっていく
それは玉砕覚悟の動きに見え、ラコンはニヤリとほくそ笑む
ラコンの腕に螺旋状の気流が生まれ、アイリンの動きに合わせて正拳突きが放たれた
アイリンは動きを止める事も突きをいなす事も出来ずに貫かれ・・・けどそのまま両手を重ねてラコンの胸に添えた
「ぐっ・・・信頼出来る仲間の差ネ・・・『流打衝』」
アイリンの身体が一瞬震えたと思ったら、ラコンが膝から崩れ落ちる。両手を付き、見上げるラコンの口元からは血が滴り落ちるがその表情は負けたとは思っていない
「バカが・・・相打ち狙いとは・・・確かに強力だが貴様の方がダメージは遥かに・・・」
「ホーリーヒール」
なんかぬらりひょんがグダグダ言ってるけど、傷付いた仲間がそこに居るなら回復するのは当たり前・・・だよな?
見る見る内にアイリンの傷が塞がり驚愕の表情を浮かべるラコン・・・ああ、その顔いいね・・・写メを撮って保存したい気分になる
「ふざっ・・・ぐっ・・・卑怯だぞ!!」
「神聖な試合なら卑怯かもナ。でもこれは殺し合イ・・・私への恥辱だけならまだしも父とジンに対する行いを許しはしなイ・・・たとえ生涯卑怯者と罵られたとしてモ・・・貴様の命さえ奪えればどうでもいイ」
「これだから女は!!・・・ま、待て・・・これは本家の意向だったんだ・・・ワシは仕方なく・・・」
「へエ・・・螺拳の本家は父とジンを殺し私を犯せト?」
「そ、そうだ!・・・ワシはそれに従い・・・」
「なるほド・・・つまり私の敵はお前だけじゃなク、螺拳全体という事だナ?」
「そうだ!・・・い、いや、全体ではなく、本家だけの・・・」
「なア・・・あれだけの事をして生きられると思てるのカ?私より前に何人も同じような事をしたと言てたの二・・・自分だけ助かると思てるのカ?」
あれだけの事ってどれだけの事!?
跪くラコンの顎を指でなぞるアイリン・・・あれ、なんだか羨ましいぞ?
「違う・・・あれは・・・」
「安心しロ・・・お前の犠牲をもて私の怒りは収まりそうダ・・・身をもて螺拳を救う事を誇りに思エ・・・そして苦しみながラ・・・死ネ・・・」
ご褒美タイム終了・・・あの状態からの股間蹴りはエグい・・・あれ?アイリン少し笑ってない?もしかしてSに目覚めた?・・・元からSか
あそこからラコンの逆転の目はないだろう・・・両腕も折ったみたいだし・・・となるとこいつはもう要らないか
ずっと同じ姿勢でフーフー言ってるガンズ・・・思えばコイツに恨みはないような・・・顔面殴られたくらいか?
「なあ?身体が自由になったらどうする?」
「てめぇを殺すてめぇを殺すてめぇを殺す!!」
「・・・最後の質問だ・・・よく聞け。このまま大人しく村を出るなら見逃してやらんでもない。俺の魔法の事も伏せて欲しい・・・って言ったらどうする?」
「グチャグチャのギッタギタにしてやる!!!」
お前はジャ〇アンか・・・。だよな・・・コイツが素直に従う訳ない・・・火種は燻りやがて火事となる・・・せめて一瞬で・・・
「じゃあな・・・ガンズ」
「ぐっ・・・く、首が・・・て・・・めぇ!・・・戦え!!」
「何言ってんだ?これが俺の戦いだよ」
「ふざっ!」
結構大きい音がするんだな・・・首の骨が折れると・・・部屋中にボキンという音が響き渡り、ガンズの顔は真後ろを向く
動きを止めていた念動力を解除すると殴りかかろうとしている姿勢のまま前に倒れて来て危うく下敷きになる所だった
「もう・・・勘弁・・・してくらひゃい・・・」
「ダメだナ・・・やっと私の分が終わた所ヨ・・・ここからは二人の分・・・」
あらー、もう殴る隙間もないほどなのに・・・これは少し手助けしてやるか・・・
「ヒール」
「アタル!?何ヲ・・・」
「いや、やり足りないだろうと思って・・・このままだとすぐ死んじゃうだろ?回復すればまだまだ痛め付けられる」
「おオ・・・頭良いナ。なかなかないゾ?一日に同じ腕を何度も砕かれるなんテ・・・」
「ヒ・・・ヒィ~・・・もう・・・やめて!・・・もう・・・ぎゃあああ!!!」
それから何度も回復しては痛め付けるを繰り返した
前までの俺なら途中で見るに耐えなくなって、もうやめようと言ったかも知れない・・・でも今は・・・
ぬかるみの底に新たなモノが沈んでいく。自らの腕と重なるように沈んだモノのお陰で少しだけ・・・ほんの少しだけ上に上がったような気がした・・・まだまだ・・・足りないな・・・
「ふうん・・・やるねリュウシ君・・・基本に忠実・・・流拳の演武を見てるみたいだ・・・一方のラカンは・・・てんでダメだね。強さは互角かラカンの方が上だと思うけど、モチベが違う・・・何かきっかけがないと負けるねこりゃあ」
ラカンはそこそこやる・・・気功の使い方は上位陣にくい込むだろうね・・・でも、如何せん迫力がない・・・全てを壊してやるという気迫・・・それに欠けてるんだよね
片やリュウシ君は殺気は抑え目だが良い迫力だね。死んでも勝つ・・・位の気迫が篭ってる。勝つのはリュウシ君かな?
おっと、どうでもいいがやっぱりあそこが一番先に決着がつきそうだ。練度が違い過ぎるね。上辺だけの拳と実の入った拳・・・やる前から分かってたけど、なぜあんなのを味方に引き入れたのか理解に苦しむよ
まっ、流拳派を屈服させたら犬のゴハンにでもする気だったのかな?コハンだけに・・・
むむっ、こっちも勝負がつきそうだ。お互い気功の気の字も使わないけど、相性の問題かね?執拗に腕を絡め取ろうとするけど相手の腕が太過ぎる・・・絡めば絡めるほど威力を発揮するのにあれじゃあ厳しいね・・・螺拳一身体が柔らかいって聞いたけど、そもそも螺拳に柔軟いるか!?って感じ
相手の方がよっぽど螺拳してるよ・・・あー、もうフラフラ。クネクネして気持ち悪いから死んで良し!生きてても死んだって報告してトドメ刺すか・・・
おっ!とうとうリュウシ君・・・ラカンを追い詰める!道着がはだけると胸の中心に・・・なんだありゃ?手のひらの痕?痣?
「・・・その痕は・・・」
「・・・ジンがこの道場に訪れた時に付けられたものだ・・・手も足も出ず・・・あっさりと・・・俺の負けが師範を・・・父を狂気に走らせた・・・今でも奴に勝てるビジョンが浮かばない・・・自称天才拳士は紛れもなく天才だった」
へえーラカンにそこまで言わせるか・・・ジン・・・やはりラコン如きに任せたのが失敗だったね
「だからジンを・・・試合ではなく卑怯な手を使い殺したと?」
「俺は勝てなかった・・・父がやろうとしている事に口を挟む権利はない」
「なるほど・・・知ってて止めなかった訳だ・・・」
「俺の価値は強さにある・・・弱ければ価値はない」
「人に興味がないって訳か・・・あくまでもお前にとって他人とは勝つか負けるかの存在・・・」
「他に何がある?」
「悲しい奴だ・・・だからお前はジンに・・・そして俺に負ける」
「解せないな・・・鍛えた肉体と技以外に勝敗を分かつものなどない」
「あるさ・・・お前の敗因はそれを教えてくれる・・・師や友に出会えなかった事だ・・・」
言うねえリュウシ君・・・感情論・・・嫌いじゃないけど圧倒的な力の前には不要だよ。どんぐりの背比べのようにギリギリの戦いだったら・・・少しだけ役立つかも知れないけどね
次で決める気だね
間合いを詰めて、ラカンの攻撃を掻い潜り・・・でもラカンは簡単じゃないよ?懐に入られる前にラカンは飛び退いた・・・やはり戦闘の勘はラカンが上・・・リュウシ君が何かしようとしているのに勘づいてる
その瞬発力じゃラカンの懐には入り込めない・・・飛び退いたラカンが態勢を戻せばどうする事も出来ない・・・さあ、どうする?
「ラカン!!」
更に一歩踏み出したか・・・その前にラカンの攻撃が来るよ・・・どう躱す?・・・へえ!身体の中心を狙ったラカンの拳をいなした!?なになに、身体に油でも塗ってるの!?
まんまと懐に入ったリュウシ君・・・胸にある痣に手を当て・・・
「流追掌」
勝負あり・・・かな。吹き飛ばされたラカンに立つ気力はないだろう。流石は天下六拳の一拳・・・腐ってもって所か。さて、殺される前に回収回収っと・・・!?
「あら・・・気付かれちゃった?後ろからキュッと首を締めようと思ったのに・・・」
いつの間に!?・・・気配を殺していたと言うより・・・気配自体が薄い?
「びっくりしたよ・・・猫でも居るのかと思ったら・・・」
確かに小動物並の気配は感じてた・・・気にする必要もなかったけど・・・まさか・・・
「そこで何してるのかな?少年」
「見学・・・かな?」
最悪の相手だ・・・まだ実力も分からないのに・・・しくじったな・・・
「なかなか物騒な見学だな・・・子供が見るもんじゃないよ?」
「うん・・・もう帰るよ・・・アタル君」




