2章 5 対抗試合5
「ホーリーヒール」
ハナンとジンガに神聖魔法『ホーリーヒール』を使うと看病していたエリンが目をばちくりさせた
ハナンの折れた手足もジンガのグシャグシャになった顔もたちまち元通りになる。けど傷が治っても2人は目を覚まさず未だ昏睡状態・・・身体の傷も酷かったが、負けたショックもでかかったんだろうな
「アタル・・・それは・・・」
一応一緒に運んだ門下生は先に帰した。シューリー国では魔法自体が嫌われているらしく、人には見せない方がいいと言われてたからだ
しかし看病しているエリンに席を外してくれとは言えずに仕方なく目の前で使ってしまったのだが・・・まあいいか
「内緒で」
口の前に人差し指を立てて言うとエリンは無言で頷いた
そんなに時間は経ってないから終わってはないだろうけど、早目に戻るか
エリンに2人を任せて俺は試合会場へと急いだ
リュウシは負けないだろう
アイリンは・・・あのナ〇パと戦ってたらギリギリかな?
そんな事を考えて戻ると会場は静まり返っていた
あれ?誰も戦ってない・・・まさか終わった?
「ナキ・・・どうなった?」
「!・・・アタル・・・もう・・・」
声をかけるとビクッと身体を震わせて振り向くナキ。もう・・・って、終わったって事?
「・・・大将前へ!流拳コハン!螺拳ガンズ!」
なんだこれから大将戦か・・・となるとリュウシとアイリンは勝ったって事だな
「2勝2敗か・・・あのガンズってのは強そうだな。コハンじゃ・・・」
「僕!・・・棄権します!」
え?棄権?・・・え?
「コハン!!」
珍しくリュウゲンが叫ぶ。その声に怯えながらもコハンは立ち上がろうとしなかった
3勝すればその時点で勝ち・・・流拳は2連敗していたから、大将戦までもつれるって事はリュウシとアイリンが勝ってコハンに繋いだって事だよな?でも、そのコハンが棄権って事は流拳派の負け?
「なんだかんだ締まらねえ終わり方だな!流拳!」
暴れたくてウズウズしているように見えるガンズが挑発する。だけど大将はコハン・・・そのコハンが棄権するって言ったらもう・・・
「そう言うなガンズよ・・・我が螺拳と流拳の差が招いた必然の結果だ。それに流拳の者達よ、そう嘆くことでもない。儂とアイリンの子が育った時にちゃんと選ばせてやる・・・強い螺拳を覚えたいか負け犬の流拳を覚えたいかをな!」
ラコンとアイリンの子?何言ってんだアイツ・・・
「ナキ・・・あの爺ボケてんのか?アイリンとの子って・・・」
「・・・そうか・・・アタルは知らなかったか・・・螺拳の奴らは進出して来た時に道場とアイリンさんを寄越せと言ってきたんだ・・・当然断ったけど、何故か奴らはリュウリ師範が承諾したというサインを持ってて・・・」
ドクン
確かリュウリってアイリン達の父親だろ?まさか承諾なんてする訳ない・・・アイツら何かやりやがったんだ
「リュウリさんって死んじゃっただろ?断れないのか?」
「道場のハンコも押してあったし、今更・・・なんであの時ジンさんが居たのに・・・ジンさんがあんな奴らに負ける訳ないのに・・・」
じゃあ本当に・・・アイリンは・・・
ドクン
俺は昨日の事が悔しくて寝れなかった
修行についていけず、1人でボーッと修行を続けるみんなを見てる・・・俺より一回りも離れた子ですら平気な顔してついて行ってるのに・・・
ベッドから起き上がり窓に近付くと外から何かを振る音が聞こえた
修行開始にはまだまだ時間がある・・・疑問に思い外に出て音のする方に歩くと一人で型の練習をしている人物がいた
「・・・アタルか・・・起こしてしまったか?」
「いや・・・ハナンこそなんでこんな早くに?」
型の練習をしていたのはハナン。汗のかき方から結構前からやってそうだった。なんでまたこんな早くから・・・夜も明けてないのに・・・
「俺は覚えが悪いからな・・・人一倍努力しないとすぐに追い抜かれてしまう。修行の時間だけじゃ全然足りないのさ」
「なるほど・・・俺からしたらハナンは十分強いけど・・・俺なんて・・・」
「おいおい、アタルはまだ始めたばっかりだろ?さすがに始めたばかりのアタルに抜かれたら立ち直れないぞ」
「抜くなんてそんな・・・ただ修行についていけないのが悔しくて・・・」
「・・・アタル・・・型を一からやってみろ」
「え?今から?」
「今からだ」
うげっ・・・何かのスイッチが入ったのか有無も言わさずって感じだ
渋々型をやり始めると手を叩かれた・・・痛い・・・
「ダメだダメだ!流拳は流れの拳。無駄な動きをせず流れるように動くんだ!ほら!そこ!肘に力が入ってる!足!」
「ちょちょっとハナン!無理無理!」
「修行についていけないのも余計な力が入ってるからだ!動く時、止まる時、走る時、持つ時・・・必要最低限の力と流れで全て行えば、今までの半分以下で全てをこなせる!」
「・・・力と流れ?」
「力は単純に腕力・・・流れは気功・・・つまり力と気功を合わせて使えばいい!」
「・・・気功・・・使えないんですが・・・」
「使えない?違うな・・・感じられないだけだ!型を繰り返せ!型の中に気功の流れを掴む術が詰まっている!」
「じゃあ、ハナンは気功が・・・」
「全く分からん!だから修行してるんだろ?」
「・・・」
「なんだその目は!ほら手を休めるな!ビシビシ行くぞ!」
こうして俺は朝早く起きた日にはハナンと共に早朝修行を行い徐々にみんなについていけるようになったんだっけ・・・なんで忘れてたんだろう・・・
ドクン
「アタル!飲みに行くぞ!」
「やだ、無理」
「つれねえなぁ本当にお前は・・・」
いつも修行終わりに誘ってくるジンガ
決まって答えはノーなのに、それでもしつこく誘ってくる
ガサツで兄貴肌で門下生一の力持ち・・・明るく誰とでも話すその性格はコミュニケーション能力が低い俺とは正反対だった
人に何かを教えるのは苦手なのにやたら教えたがるのは正直やめて欲しかった。「そこでボッ!だよボッ!」って言われてもなんの事かよく分からない・・・師範にはなれないな、こりゃあ
時々遠くを見つめてボーッとしているのを見た事がある。普段の明るさが鳴りを潜め、真剣な眼差しで遠くを見ている
たまたま通りかかった時に何を見ているのか聞いてみた
「過去を見てる」
ほう・・・お邪魔しましたとすぐに退散しようとしたら捕まった・・・やぶ蛇だ
「まあ、聞け。過去は一本道なのに未来は道がいっぱいあるだろ?・・・なら一本ぐらい過去に通じる道があるんじゃないか?」
「ある訳ないだろ」
「だよな」
よし!退散!と思ったら、また捕まった
「夕飯の支度が・・・」
「そんなの手伝った事ないだろ・・・エリンさんが愚痴ってたぜ?・・・さっきの続きだが、過去に通じる道はなくても、未来には同じような道があると思うんだ。その時過去の過ちを覚えてれば未来に生かせる・・・生かせるんだ・・・」
「過去に何か大きい失敗をしたのか?」
「おうよ、失敗の連続よ・・・アタルはないのか?」
「俺は・・・」
過去・・・過去ねえ・・・元クラスメートに会っても逃げるなと過去の自分に言ってやりたいくらいかな・・・後は・・・
「沢山あるのかも・・・よく分かんねえや・・・」
「そうか・・・ならそんな時は・・・飲みだ!」
「断る!」
事ある毎に飲みに誘われて・・・人に誘われるのに慣れてなかったけど・・・嬉しかったな・・・
ドクン
道場の掃除を頼まれて仕方なく雑巾を持って道場に行くと誰かが使っていた
汗だくになりながら動き回っているのはリュウシか・・・掃除する身にもなれってんだ。床が汗でビショビショじゃないか!
「・・・アタルか・・・」
覗いている俺に気付いて動きを止めて振り返る。首にかけたタオルで汗を拭くがそのまま地面を拭く・・・訳がないか
「掃除の邪魔か・・・すぐに退く」
「いや・・・別に・・・」
「・・・そうか・・・もう慣れたか?」
「何に?」
「ここでの生活に、だ」
「どうだろう・・・ただ時が過ぎていく毎日から、頑張ろうって思える毎日には変わったけど、慣れたかどうかは分からないな」
「なるほど・・・な。アタル、少しだけ手伝ってくれないか?」
「何を?」
「手合わせだ」
はん?手合わせ?
リュウシはタオルを投げると手をクイクイっとしてかかって来いと意思表示・・・俺は掃除に来たんだが・・・そう思いながらも手に持った雑巾を床に置きリュウシに対して構える
流拳No.1のリュウシ・・・俺なんかじゃ足元にも及ばないが、爪痕ぐらい残せるかも・・・
ベコッ
「・・・ほーひぃーひぃーふ・・・」
「大丈夫か?」
大丈夫かじゃねーよ!顔面へこんだわ!ホーリーヒールがちゃんと言えないと発動しない魔法だったら顔面ブラックホールってあだ名が付けられるとこだったわ!!
「すまない・・・あまりにも隙だらけで・・・」
謝って済む問題じゃないだろ・・・下手すりゃ即死だ
「それと・・・人前では魔法は使うな・・・ここシューリーでは魔法は御法度だ」
死ぬわ!
「・・・なんで?」
「過去の因縁・・・いや、自業自得の結果、シューリー国は魔法によって滅亡寸前まで追いやられた。それ以来魔法の使用は禁止・・・もし見つかれば国外追放もしくは死刑だ」
お、重いな・・・国外追放ならまだしも死刑って・・・
「だから軽々しく魔法を使わぬ事だ」
使わせんな!お前が顔面へこませたから使わざるを得なかったんだろが!
「では、行くぞ」
「お前・・・俺に恨みでもあるのか?」
メコッ
リュウシとはろくな思い出がねえ・・・基本無口だし・・・修行にもほとんど出て来ないし・・・。ただひとつ・・・いずれリュウシの顔面をへこませてる!
ドクン
ああ、そうか・・・あの時のアレは・・・
その日はアイリンの演武をボーッと見ていた
流れるような型・・・とても同じ人間がやってると思えない。他の人と比べても・・・リュウシと比べてもアイリンが一番スムーズっていうか・・・キレイだ・・・
少し前の俺なら揺れるお胸ばかり見ていただろうな・・・同じ見とれてるでも、男としてか武術家としてか・・・意味が全然違う。うん、俺も立派な武術家になったものだ
「何見てるカ?」
胸を隠しながら言うな・・・俺がまるで胸ばかり見ていたような誤解を受けるじゃないか!
「ど、どうやったらそんなにキレイに動けるかなーっと・・・」
「キレイ?」
「あっ、いや・・・スムーズに・・・」
「・・・日々修練ヨ・・・アタルはどんなイメージで動いてル?」
「イメージ?・・・うーん・・・こう水が流れるような・・・」
「どこニ?」
「どこにって・・・身体の中に?」
「はッ!アホカ・・・身体の中に流れてどうすル・・・だから動きが硬くなル・・・ちょとやてみロ」
え・・・マジで?
言われるがまま型を一から披露すると盛大なため息をつかれた・・・うぅ・・・
「硬イ!間違えてル!汚イ!センスなイ!どうやたらそこまで酷く出来ル?舐めてんのカ?」
ひどい・・・だからやりたくなかったんだ・・・
それからアイリンの熱血指導が始まった
身体を密着させての指導でアイリンから漂うふんわりといい匂いに鼻を膨らませていると、ふと気になる事があった
アイリンの毛先がなんか・・・違う?違和感というか・・・地毛じゃなくて作り物っぽいっていうか・・・
「こラ!集中しロ!・・・何を見ていル?」
「いや・・・毛先がほら・・・」
「触るナ!!」
突然大声を浴びせられビクッと身体を縮こませる。驚いてアイリンの顔を見ると怒った表情から何かに気付いたようにハッとなり顔を伏せた
「ごめんナ・・・なんでもなイ・・・」
アイリンは言うとそのまま立ち去ってしまった
それからは髪の事は触れないようにしていたが・・・多分そういう事なんだろうな・・・確か髪を切っていいのは別れの時だけ・・・アイリンはジンって奴か父親のリュウリだっけ・・・どちらかの髪を・・・あれ?なんで俺髪を切っていいのはとか知ってるんだっけ?・・・
ドクン
そう言えば小瓶に入った髪の毛・・・誰のだっけ?
ドクン
おかしい・・・頭が割れそうに痛い・・・ヒールを・・・ダメだ・・・人前で使っちゃ・・・髪の毛・・・別れ・・・誰・・・
──────アタル──────
俺を呼ぶ声・・・俺はアタル・・・日本生まれの日本育ち・・・幼い頃超能力に目覚め日陰生活をしていて・・・偶然超能力を使ってる所を見つかって・・・逃げて・・・迷い込んだ研究所から何故か異世界に・・・そこで・・・そこで・・・
ぬかるみの中、もがけどもがけど上がることは無い
沈んでいく中で仕方ないと諦めていた
でも、底無しと思ってたぬかるみに底があった
これ以上沈まないのかと上を見ると、どんどんとぬかるみは追加されていく
ああ・・・そういう仕組みね
この世はぬかるみ
まともに歩く事さえままならない
でも、底があるなら・・・
ザワつく会場
勝負が決したにも関わらず、一人の男が降り立った
「あーん?なんだおめえは?」
ガンズは男に歩み寄り、顔を近付けて睨みを利かすが男は動じなかった
男はガンズを無視して振り返ると不安そうにしているアイリンに向けて微笑んだ
「・・・・・・アタル?」
「もう大丈夫・・・・・・・・・思い出した」




