2章 3 対抗試合3
対抗試合当日
いつも通りの朝・・・ここ最近夢を見ていない。いや、見たかもしれないが覚えていない。今日は流拳の運命が決まる一日だからか、朝からバタバタと忙しいようだ
俺はいつも通り朝食を取っていると珍しくアイリンとリュウシの母親であるエリンが俺の前に座り頬杖をついて俺をじっと見つめる。ほんわかしてて優しい雰囲気の女性だが俺の好みではない。見つめても無駄だぞ?
「あなたはいつも通りね」
そりゃあそうだ。俺が試合に出る訳でもないし
「みんな緊張している・・・負ければ全てが奪われるから」
大袈裟な・・・流派が変わるだけだろ?まあ、アイリン達がどうなるかは知らないが・・・
「・・・私達家族は・・・死んでしまったジンが大好きだった・・・亡くなった夫も・・・お爺様もリュウシも・・・アイリンも」
だろうな・・・ジンの事を話してるアイリンは目がキラキラしてたし
「もし・・・負けてしまったら・・・アイリンを連れて逃げてくれない?」
「・・・は?」
「お爺様もリュウシも絶対に逃げない・・・死んでもね。アイリンも同じ。・・・私には耐えられない・・・アイリンが・・・」
「負けたら道場を追われるだけだろ?別に命を奪われる訳じゃないし、武術以外でも食う道はあるのだから・・・」
「・・・そう・・・ね。ごめんなさい・・・今の話は忘れて」
エリンは悲しげな表情をすると席を立ち、どこかへと行ってしまった
まあ、武術だけで生きてきて今更ってのもあるかもしれないが、負けたら仕方ないだろうに・・・
残りの料理をかき込むと顔を洗って外に出た
予想以上の人だかり・・・見た事のない人が沢山いる
流拳派の道着は白で螺拳派と道着は黒・・・試合会場を挟んで分かれて座り、どちらの陣営でもない人達が周りを取り囲む
「おいアタル・・・遅いぞ。何やってた」
「飯食ってた」
後ろの方にしれっと流拳派の場所に加わるとナキが声をかけてきた
ナキは俺よりだいぶ年下の少年・・・俺が入るまでは実力は一番下だったのが、俺の加入によりドベから脱出した。その為、何かと俺に先輩風をふかしてくる
「お前~・・・。最近のお前は・・・」
「これより流拳対螺拳の対抗試合を始めたいと思います!」
ナキの小言が始まろうとした時、流拳派と螺拳派の間に立っている美人のお姉さんが声を張り上げた。あの人が審判?
「ナキ・・・誰あれ?」
「このっ・・・指拳のユン師範だ。お前が遅いから・・・」
「では両陣営メンバー表を!」
ユンの指示に従い流拳からはリュウシが、螺拳からはラカンが前に出てメンバー表をユンに手渡した
「荷造りは終わったか?」
「勝ってもそっちの下品な道場に移るつもりは無い」
中央で睨み合う2人・・・螺拳の道場って下品なんだ・・・ちょっと見てみたい
「両者戻られよ!」
そのまま殴り合いが始まりそうな雰囲気にユンは間に入り2人を戻す
リュウシもラカンもそれに素直に従い、互いに列の中心に陣取った
こう見ると出番順に並んでるな・・・と、なると向こうも同じか。螺拳の左端は・・・げっ、この世界にもいるのか!中性的な人!・・・微妙に化粧しているのか唇が赤くて、顔全体が白い。妙にクネクネしててニコニコしている様が気持ち悪い
その隣は可愛い女の子だ。こっちは本物みたいだな・・・安心した。髪をクルクルと指でねじっては暇を持て余している・・・強いのか?
で、真ん中がラカン・・・小柄・・・と言ってもリュウシとあまり変わらないが、威圧感半端ない・・・間違いなく螺拳の中で一番強そうだ
その隣が・・・あれ?・・・うん?・・・同じ子が2人いる?ラカンの両端は瓜二つの女の子・・・もしかして双子?こっちの子は何故か周りに愛想を振り撒いている。髪をイジイジしている子とは顔は似てるが性格は違うのかな?
で、最後はナ〇パ・・・じゃなくて、巨漢ハゲ・・・髭はないがあっちの世界ならあだ名確定の男だ。螺拳って結構色物多いな・・・
並び順でいくとハナンVS男女、ジンガVS髪クルクル、リュウシVSラカン、アイリンVS愛想女、コハンVSナッ〇か・・・さよならコハン・・・お前の勇姿は忘れない
双子の女の子次第だが、傍から見ると実質リュウシ対ラカンの勝敗で決まるんじゃ?
「先鋒前へ!流拳ハナン!螺拳ジャタン!」
おお・・・ついに始まるのか・・・頑張れーハナンー
「アタル、大丈夫だって!ハナンさんは必ず勝つから!お前ハナンさんに色々教えてもらってたしな・・・」
?そうだっけ?てか、なんでいきなり大丈夫だってって励ましてきたんだ?
おっ!始まる
互いに礼をして構えるハナンとクネクネしてるジャタンが睨み合う
流拳はどっちかって言うと防御の拳・・・相手の攻撃を受け流す事に重きを置いている
一方の螺拳ってどんな拳なんだろう
両者一歩も動かずに時が過ぎる。するとニタニタしているジャタンにムカついたのかハナンが先に動いた
本気の拳ではなく、牽制の意味だろう左拳・・・その拳がジャタンに届くと簡単に弾かれた
あれ?もしかして螺拳も防御の拳?
ナキの方をチラリと見るとその視線に気付いたナキがため息をついて説明してくれた
「あのなあ・・・前に老師が言ってたろ?螺拳の螺は螺旋の螺・・・回転を利用しての攻撃と防御を得意とするって」
回転か・・・裸拳なら良かったのに・・・いや、先鋒のは見たくないが
ハナンはジャタンが攻めてこないので、怒涛の攻めを展開。流れるような連続攻撃を繰り出し、ジャタンを追い詰める
上段突きからの下段足払い、中段突きからの回し蹴り・・・面白いように攻撃はヒットしハナンは勢いづく・・・が
「ほぐれてきたな」
ジャタン!雰囲気的に「ほぐれてきたわぁ♡♡」とか言いそうなのに、野太い声で言ってきやがった!まさかのギャップに驚いているとハナンの左拳に合わせて手を出し腕ごと絡めとる
まるで蛇が腕に絡みついた状態にハナンが眉をひそめると、ジャタンはニヤリと笑い自らの腕を絡めたまま捻った
「ぐあぁ!!」
べキッて音がしてハナンは悲鳴を上げて左腕を押さえる。あれ多分・・・折れてる・・・
「次」
ジャタンが短く言うとハナンは咄嗟に反応して右拳を放つ。その拳は差し出したようにまた絡め取られ捻られた
「くっ!」
ハナンは折られる前に回転方向に合わせた側転の要領で身体ごと回転するが、ジャタンは待ってましたと言わんばかりにハナンが身体を回転させた瞬間に回転方向を変えやがった
再び乾いた音が響き渡る
身体を回転させていたハナンは止まることが出来ずに呆気なく右腕も折られてしまった
両腕を折られ膝をつくハナンにジャタンは不気味な笑みを浮かべながら見下ろし顔面に蹴りを放つ
もう・・・終わったな・・・両腕が使えなければここからの逆転は無理だろう。ジャタンの蹴りで吹き飛ばされ仰向けに倒れるハナンを見てそう思った。しかし・・・
「へえ?立ち上がるか」
ハナンは仰向けで倒れた状態から両足を上げて下げる勢いを利用して起き上がる。いや、もう無理だろう・・・蹴りだけじゃジャタンを倒せる訳が無い
「ハナン!もうよせ!」
リュウシが叫ぶがハナンはそれを無視してジャタンに駆け寄ると直前で地面を蹴り飛び膝蹴りを放つ
迎え撃つジャタンはハナンの膝に向けて拳を放つ。膝対拳・・・ハナンが一矢報いるだろうと思ったが、そうはならなかった
膝は拳に負けて押し戻され、無惨にも地べたへと叩き落とされる
そして、うつ伏せに倒れているハナンを足で仰向けにさせるとジャタンは垂直に飛び上がった
リュウシが叫ぶ
何をされるか分かったのだろう・・・垂直に飛び上がったジャタンの着地する場所はハナンの両膝・・・外にも関わらず乾いた音が会場全体に響き渡った
「勝負あり!勝者螺拳ジャタン!」
審判のユンが螺拳派側に手を上げて言うとリュウシ達がハナンの元へと雪崩込む
後から担架が運ばれて来てハナンを乗せると道場の中に運んで行った
負けたか・・・まあ、予想通りの結果だけど、あまりにも実力差があり過ぎた。こりゃあ宿無しになる可能性高いな
ハナンが運ばれ、会場のギャラリーがザワつく中、ユンは2枚のメンバー表を確認して眉をひそめる。螺拳の方をチラリと見るが、こちら側ではその表情は見えない・・・何か不備でもあったのか?
「次!次鋒前へ!流拳ジンガ!・・・螺拳ラカン!」




