1章 29 ブラックパイソン
宿屋にシーナを残し、やって来たのはエイヤクノの冒険者ギルド
飛んで来た際に町の周辺を見たけど、魔物が出そうな雰囲気の森はあった
とりあえず掲示板に貼られている依頼書を見て、討伐証明部位を暗記・・・それで遭遇した魔物を片っ端から討伐すれば当面の資金は出来るだろう。依頼を受けていないと報酬は半分になるが・・・まあ、受けて魔物が見つからないリスクを負うよりはマシだ
中に入ると造りはアンテーゼと変わらない・・・が、他の冒険者の雰囲気が少し違っていた。アンテーゼがハンターだとしたら、エイヤクノは荒くれ者って印象だ。カツアゲされる可能性をビンビン感じる
あまり関わらないように真っ直ぐに掲示板に向かい、貼ってある依頼書を確認する
一つ一つ魔物の名前と特徴、それに討伐証明部位を確認・・・前は気付かなかったが特記事項が書いてある魔物があり、読んでみると討伐証明部位の他に爪や牙を高額買取致しますみたいな事が書いてあった。土狼の時も肉は売れたみたいだし、土魔狼なんて高級食材だった・・・でも、どうやって運ぶんだろ?爪や牙なら袋に入れられるけど、デカい図体の魔物なんて運べないし・・・台車?森の中で?
一通り見終わり討伐証明部位も覚えた。と言ってもアンテーゼと魔物の種類はさほど変わらず覚える事も少なかったが
気になったのは高額な依頼書・・・ブラックパイソン・・・黒い大蛇?討伐証明部位は頭で牙は高額買取・・・討伐した場合の報酬が1000ゴールド・・・1匹10万円か・・・おいしいな。依頼を受けなくても5万円・・・でも気になるのは依頼書が他の依頼書よりもかなり古びていることだった。かなり前から依頼があるけど、誰も討伐出来ていないか、見つけられないか・・・
「ブラックパイソンに興味があるのかい?」
ん?振り向くと・・・おおう、世紀末にヒャッハーしてそうな格好の男に声をかけられた。薄汚れた皮の鎧に肩パットみたいなのが生えており、髪型がパイナポー・・・あまり他の冒険者を見たら絡まれると思って見ないふりをしていたが、いるんだこんな奴・・・
「新人?・・・には見えねえな。余所者か?」
そうです。余所者です・・・って思っても言葉が出ない・・・搾取される者の血が騒ぐぅ・・・
「そう警戒すんなって。ブラックパイソンを狩りたいなら色々教えてやるぜ?兄ちゃん」
顔近い!顔怖い!・・・あれ?でもいい人?
「とりあえずどこの町から来たんだ?」
「ア・・・アンテーゼ・・・」
「・・・へえ・・・まさか鋼牙隊?」
アンテーゼと答えた瞬間に少し反応があった・・・なんだろう・・・
「い、いや・・・」
「そうか!で、何の旅?もしかして放浪者?それともアンテーゼから追い出されたとか?」
「いや・・・その・・・ブルデン王国に・・・行こうかと・・・」
「ほーん・・・で、旅の資金を稼ごうと依頼書を見に来た訳か・・・まっ、1発で稼ぐならブラックパイソン一択だな!近いし雑魚なのに報酬いいしさ」
「・・・雑魚?」
「おう!雑魚だ雑魚!あんなの。みんな討伐しねえのも見つからないだけだ・・・けどよ・・・」
怪しさ全開のヒャッハーは周囲を気にする素振りを見せてデカい顔面を近付けた
「・・・見ちまったんだよ・・・ブラックパイソンの住処・・・」
小声で耳打ちするヒャッハー・・・いやいや、それならお前が倒しに行けよとツッコミを入れる前に畳み掛けてくる
足が悪いから治ったら行こうと思ってただの、金には困ってないから誰かに譲ろうと思い始めただの、見慣れない俺を見てこいつだってピンと来ただの・・・全てが胡散臭い。だが、俺を騙して誰得だって思う気持ちもある。とりあえず話だけでも聞いてみるかと思ったら、思いの外丁寧に説明してくれた
実はギルドに言えばこの辺の地図は無料でくれるらしい。そうして貰って来た地図にヒャッハーはバツ印を書き込む。そこがブラックパイソンの住処らしいのだが、わざとらしくいちいち誰かに盗み聞きされてないか警戒する姿が怪しさを倍増させた
「ち、ちなみに他の・・・魔物は?」
「おう!何でも聞いてくれ!森熊はこの辺でよく発見されるな・・・白鰐はここの川沿いに行けば出くわすし・・・」
あれ?マジでいい人?強引にブラックパイソンを狙わせるなら何か企んでると思ったけど、すんなり他の魔物の場所も教えてくれて、注意する点まで教えてくれる。人を見かけで判断しちゃいけない・・・のか?
いや!裏がある!絶対に裏がある!なんだ・・・討伐してきたら授業料として金寄越せとか?討伐証明部位を運んでいる時に強奪するとか?
「あの・・・ブラックパイソンが雑魚ならなんで依頼書があんなに古いんですか?」
ふっ、他の魔物の話を振っておいて本命のブラックパイソンの質問に切り込んでやった。これで少しでも動揺したりすれば・・・
「あん?見つからねえからだよ。受けて500ゴールド払う羽目になったら破産だぜ破産・・・リスク高過ぎだろ?・・・もしかしてビビってんの?それなら他の奴に・・・」
「ビ、ビビってなんかいない!俺がそのブラッムグ」
「おいおい、大声で騒ぐな・・・他の連中にバレたらどうすんだよ」
ヒャッハーは俺がブラックパイソンって叫びそうになっているのに気付き手で口を塞いだ。一瞬の出来事で俺が驚いているとヒャッハーはニヤリと笑う
「とっておきの情報だ・・・討伐に成功したら飯でも奢ってくれよな」
ってな訳でヒャッハーことザンサが教えてくれた場所まで向かっている
ブラックパイソンが見つからない理由はひとつ・・・住処が崖の下だからだ
急斜面の崖の下・・・そこに横穴があり、ブラックパイソンが棲息しているらしい
偶然ザンサはブラックパイソンが崖の下の横穴に入るのを見てこれ幸いと討伐に行こうとするが崖から転落・・・そして、足を怪我したらしい。だが、知り合いに取られるのは癪だと俺に話を振ってきたらしいのだが・・・
現地に着いてみると確かに急斜面で高さもあり落ちたら一溜りもない。ボルダリングのプロならひょいひょい降りて行けそうだが俺には無理だな・・・まあ、ボルダリングするつもりもないが
辺りを見渡して誰も居ないことを確認すると念動力を使ってゆっくりと下に降りる
ハア・・・使えて良かった念動力
警戒しながら途中まで降りるとザンサの言った通り横穴発見・・・しかし・・・
「・・・大き過ぎだろ・・・」
縦横5m程もある横穴・・・ブラックパイソンの大きさがどれくらいか知らないが、穴が大きいと自然とブラックパイソンも大きいのではないかと思ってしまう
ブラックパイソンは雑魚・・・それなら大きさもそんなにはないはず・・・見つからないから報酬が高いだけ・・・
自分に言い聞かせながら下に降り立つとそっと中を覗いて見た
暗い・・・何も見えない・・・日が当たる所にはさすがにいないか。だが、奥に入る勇気はなく、しばらく覗いていたが、埒が明かない・・・勇気を振り絞り中に入るか撤退するか・・・
脳裏に浮かぶのは疲れきって寝てしまったシーナの顔・・・寝ている間に俺に何かあったらシーナは責任を感じてしまうだろう。傷ひとつ付いただけでもシーナに負い目を感じさせてしまうかもしれない。こんな所まで来てようやくその事に気付くなんて・・・戻ろう・・・シーナが起きた時に2人でどうするか決め・・・
ズズズズズズと大きな何かを擦る音が聞こえる
咄嗟に聞こえる方向・・・上を見上げると崖を落ちるように這う巨大な大蛇が目に止まった
一直線に向かって来る大蛇に俺は一歩を動けず──────
「うひょー!呑み込んだ呑み込んだ♪」
「毎回この場面はエグイな・・・しかしアイツ・・・ロープも使わずにどうやって崖を降りたんだ?」
「さあな・・・それより一時間の猶予しかねえ・・・きっちり稼ごうぜ」
「・・・ああ。しかしよくやるよ・・・ブラックパイソンは人を呑み込むと消化するまで一時間眠りにつく・・・その時間を狙って狩るなんざ悪魔の所業だぜ」
「そう言いつつ毎回お前も参加してんじゃねえか、ウジナ。それに囮作戦ってのも立派なチームプレイだぜ?騙される奴が悪い・・・さあ、雑魚狩りの時間だ」
崖の上からザンサは木にくくりつけたロープを下に垂らす。ザンサとウジナはそのロープを伝い慎重に下へと降りて行く
下に降りると慣れた手つきで棒に布を巻き油を浸すと火打石で火を付けた
洞穴の近くに近寄るとブラックパイソンが動いていないか耳を傾け、音が聞こえていないと判断すると、2人は頷き合い松明片手に奥へと向かう
「はっ!500ゴールドゲットだぜ!」
洞穴の奥でとぐろを巻いて目を閉じているブラックパイソン。その更に奥には巨大な卵が見える
「親が居なくてもちゃんと育つんだぞ♪そしたら美味しい美味しい人を食わせてやるからな」
ザンサは卵を見てほくそ笑みながら呟くと、腰に差していた短剣を抜いた
短剣には痺れ薬が大量にかけられており、一刺しすれば後はウジナが背負っている斧で首を切り落とすだけだった
ザンサはそろりと近付き短剣を振り上げる・・・が、その時パンッと聞き慣れない音が鳴り響く
「なっ!?」
「ザンサ!!」
短剣を振り下ろす前に突如ブラックパイソンが破裂・・・血飛沫がザンサの顔を赤く染める
振り上げた短剣をそのままに目を見開き呆然としているとブラックパイソンが一瞬鎌首をもたげ奇声をあげた
思わず身構える2人だったが、ブラックパイソンはそのまま絶命し身体を地面に打ち付けた
洞穴内部が振動し、2人が腰を抜かすとブラックパイソンの身体の一部がモゾモゾと動き出し人影が姿を現す
「・・・少し溶けたか?・・・」
「・・・あっ・・・」
その人影は先程ブラックパイソンに呑み込まれたアタルであり、胃液と返り血でグチョグチョになっていた
物凄い体験をしてしまった。まさか大蛇の体内を生きたまま拝めるとは・・・なんか身体が奥へ奥へと持っていかれるし、締め付けが半端ない・・・念動力をフルパワーで使い、何とか防いでいたが、念動力がなければ身体中の骨は砕かれてたかもしれない
思い返して身震いすると共に、身体がヒリヒリするので確認すると返り血と共に変な液体がまとわりついているのに気付く
これ・・・胃液?俺溶けてる?・・・なんか・・・少し痩せたような・・・
「・・・少し溶けたか?・・・」
「・・・あっ・・・」
へっ!?誰かの声が聞こえた。気になり見てみると地面に腰を落とすザンサと松明を持つヒャッハー2号・・・誰だ?なぜここに?
俺は念動力で何とか身体に付着した胃液らしきものと返り血を吹き飛ばす
服に染み込んだものは無理だったが、何とか身体に付着していた液体は吹き飛ばす事に成功・・・ようやくピリピリも収まった
さて、貴重な体験をして頭が混乱しているが、状況を整理しよう
大蛇は外出中で、住処に戻ってみると覗いている俺を発見しパックンチョ
パックンチョした後に住処に戻って俺を美味しく頂いていた
食材である俺が暴れてお腹を斬り裂いて出て来た時点で大蛇は死亡
ふむ・・・ここまでは予定通りだ
で、だ
俺を食そうとした大蛇を雑魚と言っていたザンサとこの場でこんにちわしている理由はなんだ?
① 俺を助けに来た
② 偶然通りかかった
③ 大蛇が俺を食べている間に大蛇を討伐しようとした
見た目から判断すると③
意外性があるのは①で②は絶対無いな
「おっ、おお!!無事だったか!いや・・・それがさぁ・・・そう、俺が見た時よりもブラックパイソンが大きくなっているって聞いてなっ!慌ててウジナと助けに来たぜ!」
助けに来たぜって・・・まあ、そうなの・・・か?証拠もないしもし本当に助けようとしてくれてたら疑うのは悪いしな・・・ん?あれは・・・卵?
んまあ、なんて立派な卵なのでしょう!あの卵で目玉焼き作ったら・・・普通に胸焼けしそうだ。ここにあるって事は大蛇の卵だよな?自称情報通のザンサも居ることだし聞いてみるか
「それはありがとう。ところであのたま・・・」
「いや!礼には及ばねえぜ!あの卵?あれはそのままにしておくのが吉だぜ?魔物が居なくなると冒険者はおまんまの食いあげだぜ!」
ワイルドか!
うーん、そんなものなのか・・・絶滅危惧種的な感じか?それとも養殖?でも、あんな大蛇に育つと分かってるなら早目に討伐した方が良いと思うが・・・まあいいか
俺はザンサの言う通り卵を無視して早速大蛇ブラックパイソンの討伐証明部位である頭を切り落とす準備を開始した




