1章 25 旅立ち
よく晴れた朝
俺は教会の外でシーナを待っていた
一時とは言え家族の別れに居るべきじゃないと判断したからだ
中では恐らく家族の熱い抱擁やら旅の教訓が伝授されている事だろう
そんな俺の前に現れたのは招かざる客テムラ
シーナを見送りに来たのか止めに来たのか・・・そう思っていたら真っ直ぐ俺に向かって来やがった
「・・・俺は鋼牙隊に入った。お前を・・・超える為に」
おめでとうございます、とでも言って欲しいのか?勝手にライバル視しないで欲しいのだが・・・
「いいか・・・シーナに決して手を出すんじゃねえ!手を出したら・・・分かってんだろうな?」
さて、返答に困ったぞ。長い間一緒に旅をしていれば情も湧くというもの・・・そんな事を期待しなくもない俺にとって『手を出しません』宣言は出しづらい・・・かと言って『どうだかな?』なんて言った日にゃあ殴られそうだ・・・うーむ
「聞いてんのか!?オッサン!」
うっさい黙っとれ!絶賛脳内会議中じゃい!・・・てか、彼は俺が1人でこうしてシーナを待ってなければどうしてたんだろうか・・・どっかの影に隠れてハンカチでも咥えて悔しがってたのだろうか・・・まあいいや。とりあえずあまり当たり障りのない返答を・・・
「シーナ・・・次第・・・」
あらヤダ、なんて情けない言葉が勝手に・・・しかも声色が某クレヨンなんちゃらちゃんの鼻水担当の声にソックリ!日本に帰ったら歌ってみたの動画でもあげてみるか
「てめぇ・・・どこまで・・・」
ええ、腐ってます。正直俺は君が怖くて仕方ないのです。構図は君がヤンキー、レギンがヤンキー先輩、俺がカモです。ネギ背負ってます。アドレナリンやらが出てないと舌も回りません
「テムラ?」
救世主登場・・・教会から出て来たシーナは眉間にシワを寄せながらテムラを見つめる。イジメの現場を目撃したヒロインって所か・・・嫌悪感が凄まじい
「あっ、いや・・・その・・・見送りに・・・」
おおっ、テムラが俺化している。てか、見送りなんだ・・・てっきり行かせない!とか言うのかと思ったが、行くのは容認なんだ・・・
「・・・行きましょう!アタルさん」
まるで見せつけるように俺の腕に手を伸ばし腕を組み、歩き出すシーナ。背後からの視線が痛い
「シーナ!・・・俺・・・俺は・・・」
「・・・レギンから守ってくれたのは感謝してる・・・でも・・・アタルさんを傷付けたのは許せない・・・帰って」
痛恨の一撃
俺が言うといつまでも根に持っている嫌な奴みたいな感じだが、シーナが言うとダメージは計り知れない・・・さあ、どう返してくる?テムラ
「・・・シーナ・・・結婚してくれ!」
まさかの求婚キター
おいおい、どんな流れだよ・・・うそっ嬉しいってシーナが言うと思ってんのか!?いや、待てよ・・・ここでシーナがその言葉を待っていた、嬉しい私も愛してる・・・的な展開からの抱擁・・・俺は黙って一人旅・・・そんなハッピーエンドもありえる・・・
「・・・暴力で解決しようとする人に・・・私が惹かれるとでも?卑怯者!・・・もう二度と・・・私の前に現れないで!」
完全なる拒絶・・・痛い・・・心が痛い・・・俺が言われた訳じゃないのに・・・心が張り裂けそうだ
「待ってる・・・俺ずっと待ってるから!」
なんて健気なんだ!ヤンキーから純情ボーイに格上げだ・・・でも、シーナはその言葉に何も返さず俺の腕を引っ張ると町の外へと歩き出す。自業自得と思う気持ちと憐れに思う気持ちが混じり、なんとも複雑な心境でシーナに引っ張られるのであった・・・
「・・・行っちゃいましたね」
「ああ」
「しかし、未だに疑問なんですが・・・数多くの弟子入り志願を断って来たダルスさんがなぜ彼を?しかも体術ではなく魔法を使う・・・」
遠くからアタルとシーナが教会から出て行くのを見届けていたダルスとグモニ。グモニはふと疑問に思い口にするとダルスはため息をついてグモニを見た
「アタルが・・・若い頃の俺と似てるからだ」
「・・・似てますか?」
「顔じゃねえ・・・境遇だ。最初は冴えねえガキだと思ってた・・・だが、それが魔法なのかなんなのか分からねえがアタルの中に強大な力を感じた。俺が冷や汗をかくほどのな」
「・・・確かにレギンを圧倒した時は驚きました。あのレギンがまるで歯が立たない・・・この町で上位・・・下手したら2番目の実力者が・・・」
「はっ!1番と2番じゃ差が開きすぎてて参考にならんがな。・・・もしアタルが闇落ちしたら奈落なんかよりよっぽど脅威となる・・・俺はそう感じた」
「まさか!そこまでは・・・」
「どうだろうな?・・・俺は若い頃は散々暴れてた・・・お前も知ってるだろ?」
「・・・はい」
「俺が今、こうしてギルド長であるお前とこうしていられるのはエリゼとカイズのお陰・・・人を2人殺して塀の外を平気な顔して歩いているのは2人のお陰だ・・・」
グモニは聞いた事がある
その昔ダルスはその絶大な力で国内外からスカウトが来るほどその名を轟かせていた。それらを全て断り、アンテーゼで魔物退治で生計を立て、若くてまだ動ける者は『鋼牙隊』という隊を作り鍛えて、老いや怪我で動けない者にはお金を配っていた。もちろんその事は公にせず個人的に渡していたのだが・・・
「鋼牙隊に入った奴の1人が勘違いした・・・『俺は働かせて、他の奴には金を配ってる』・・・そう思う奴がいると思わなかったが、そいつはそう思ったんだ。散々カイズに言われていた・・・『お前の拳は世界一だ。しかし、人と接する時と魔物と戦う時・・・メリハリを付けないといずれ境界が分からなくなるぞ?』とな。その時は渡された手甲に見向きもせずにこの拳で全てを解決してきたが・・・」
レギンの父であり、ダルスの親友のカイズの言葉は当時のダルスには響かなかった。全てを拳で解決・・・そうすれば人は幸せになると思い込んでいた
来る日も来る日も魔物退治を繰り返し、疲弊した頃に若い隊員が我慢の限界に達し、背後からダルスの命を狙う。振り向いたダルスが目にしたのはダルスを庇うようにして刺されていたカイズだった
その場の感情でダルスはその隊員を殴打・・・隊員は命を落とし、カイズもまた・・・
「全てを通して来た拳は2人の命を奪った・・・1人は俺を襲ったナクタ・・・もう1人は俺を庇って死んだカイズ・・・俺がカイズの言葉に耳を傾け、隊員のケアをしていれば起きなかった事件だ・・・今までの功績とナクタが俺を襲おうとした事を周りの隊員が証言した事により俺は無罪放免・・・カイズの妻はカイズが死んだ事により病気がちになり・・・それで俺はレギンを引き取った」
「・・・」
「カイズの手甲は境界だった・・・付けて魔物を殴り、外して人と触れ合う・・・だが、俺は考えなしに・・・全て拳一つで解決出来ると思っていた」
「彼も・・・アタル君もそうなると?」
「・・・強大な力を持つとそれを制御する心が必要になる。俺はナタクとカイズの死・・・そして、エリゼの支えで心を得た。だが、アタルは・・・もうその心を持っているかもしれん・・・」
「ほう・・・」
「アイツ生意気にも俺と戦っている時に手加減しやがった。上位種の首を切り落とす力を全く使わなかった・・・」
「ダルスさん相手に・・・手加減?」
「まっ、手加減されなくても負ける気はしねえ・・・が、悪い気はしなかった・・・手加減されて、な」
「なら、弟子にする必要はないのでは?」
「かもな・・・だが、少し前のアイツを見ていた俺には分かる・・・まだまだアイツは不安定だ・・・力も心もな・・・。俺の元で鍛えてやりてえ・・・そう思ったのはアイツが初めてだ・・・」
死にたがっていたアタルに見たのは灰燼と化したアンテーゼや世界の光景。命を賭してでも止めなくてはならないと拳を握るが、話をしていると徐々にその光景は消えていった
「導く者がそばに居なくて・・・大丈夫ですかね?」
ダルスの表情を見てグモニは改めてアタルの力が脅威的なものだと知る。しかし、ダルスはその問いかけに笑って答えた
「大丈夫だろ?隣には聖女がいるじゃねえか」
シーナに連れられて街を出て行くアタル。その姿を見てダルスは自分と亡き妻エリゼを重ねて見送った




