4章 90 闇王⑪
汗が噴き出し頬を伝い地面に落ちる
夢か幻か・・・俺は好いた者を守れずに事切れた・・・はず
だが目の前には変わらず魔族が佇み、背後には好いた者が居た・・・槍の者・・・確かシャロンとか名乗っていたか・・・その者も居る。もしかしたら彼女が・・・いや、彼女は確か獣人族で魔法の類は使えないはず・・・ならばやはり俺が見ていたのは幻・・・
「何が起きた・・・城が破壊され死した者が生き返る・・・更にヴォグガノスまで・・・」
魔族ロンギが呟く・・・どうやら幻ではなく俺は実際に死んでいたようだ
「何が起きたのかこっちが聞きたいね。まあでもやる事は変わらない・・・ガノスが戻って来ればこっちのもん・・・灰にしてやるよ!」
おお・・・炎の勢いが先程とは雲泥の差だ。これならば勝て・・・いやいや待て・・・もし彼女がこのまま魔族を倒してしまったら俺は何もしてない役立たずとなり約束が・・・
「リュウシ!どいてな!ガノス行くよ!」
非常にまずい
チャチャの炎は全てを飲み込まんとする勢いで膨れ上がりロンギを包み込んだ
耐えろ・・・耐えてくれ!ロンギ!
「・・・奪われたら奪い返すのみ・・・この体に刻まれた槍の妙技・・・再び見せてやろう」
立ち昇る炎の中ロンギがどこからともなく取り出した槍を振るい現れた
よし・・・まだ俺の見せ場はある
「チャチャ!ここは俺に任せて先に行け!」
「・・・どこに?」
くっ・・・そうだった。目の前にいるロンギを倒さねば先に進めないのであった
しかしこのままではロンギは彼女の餌食に・・・どうにか俺の活躍する場を作らなければ・・・
「炎の精霊王とは名ばかりの者と獣化出来ない槍王・・・それくらいの戦力で俺を倒せるとでも?」
チャチャが名ばかり?それに獣化出来ないって・・・確かシャロンは獣人族竜種・・・ワッテート大陸に行った国王様の話だと獣人族竜種は尻尾を槍のように使い非常に戦いにくかったと言っていたが・・・シャロンは尻尾がない・・・
「獣化などせずとも・・・あなたには負けない!」
シャロンが叫んでロンギに飛びかかる
これでチャチャは魔法を放てなくなった
もし魔法を使ってしまうとシャロンまで巻き込んでしまう・・・それに・・・
チラリとチャチャを見ると歯を食いしばり悔しがっているように見えた。もしかしたらロンギの言った『名ばかり』というのに心当たりが?・・・ええい迷っていても仕方ない!活躍せねば・・・俺は活躍せねばならんのだ!
「おい!ちょっ・・・やめろ!」
シャロンが弾かれロンギから離れた隙に駆け寄る。後ろから俺を止めようとするチャチャの声がした・・・けど止めるなチャチャ!俺は・・・
「片付けの邪魔をするな」
ロンギは冷たく言い放つと鋭い突きを繰り出して来た・・・これを躱して懐に入れば・・・
槍の穂先に手をそっと添え軌道をずらして滑り込む
しかしロンギはすぐに槍を回転させ槍の底・・・石突の部分で突いて来た
狙いは鳩尾・・・踏み込んでしまっていた為に躱す事も流す事も出来ずにまともに食らう・・・内臓が口から出てしまいそうな衝撃・・・よろめきながら後退する俺を見てロンギは槍を構えた
「無様に死ね・・・ん?」
死を覚悟したその時、ロンギは構えた槍を突こうとせず視線を上げ何かを見ていた
「まぐれとは言え一度は俺に勝ったというのにこの体たらく・・・どういうつもりだ?」
背中に何かが当たる・・・意識を混沌とさせながら振り向くとそこには見知った顔が俺を見下ろしていた
「そんな・・・お前は・・・」
「揃いも揃って・・・中途半端な魔法使いに獣になりきれない獣人・・・そして己の拳法を見失った拳士・・・退いてろ・・・この魔族は俺が倒す」
そう言って俺を押し退けロンギの前に立つ男・・・やはりこれは夢か幻か・・・確かに彼は・・・死んだはず・・・
「やはり存在していたか・・・忌まわしき9人の使徒・・・拳王・・・」
「・・・俺がそれかは知らないが・・・貴様を倒す者である事は確かだ。この名を胸に刻んで死ね。俺の名はシューリー国の拳士・・・螺拳ラカンだ──────」
だいぶ逃げながら城を破壊したけどまだ見つからない・・・アイオンも手伝ってくれたお陰で半壊しているのに・・・魔族は神剣に触れないだろうからやっぱりあるとしたら地面に近い所か・・・それとも触らずに地中に埋めたとか?
「アタル・・・魔王の攻撃が止んだ?」
「・・・ああ、どうやら少し冷静になったみたいだ。自分で自分の城を破壊してたら世話ないからな・・・外の様子はどう?」
「・・・大丈夫・・・みんな生きてる・・・使徒じゃない人達はよく分からないけど・・・」
シーナは遠くからでも使徒の状態が分かるらしい。聖女のスキルみたいなもんか?アイオンが言ってた俺の魔通路ってのと同じみたいなもんか
「魔族で厄介なのは純魔族って奴らだけか・・・真魔族はシーナが精霊を引っこ抜いたお陰でただの魔族に成り下がったし・・・油断は禁物だけどもし殺られてもシーナがまたパパッと生き返らせてくれるから問題なしか」
「え?」
「ん?」
「2度目は無理だよ?蘇生魔法と呼ばれる『リターン』は魂の回帰・・・再生魔法の『リヴァイブ』と組み合わせることによって人を生き返らせることが出来るけど生き返った人が2度目の死を迎えると魂はこの世界に留まることが出来なくて『リターン』でも戻って来れないの」
なっ・・・なんだその設定は!?某七つの玉を集める漫画みたいな・・・
「つまり・・・俺以外はもう生き返れない?」
「え?」
「え?」
「・・・あー・・・黙ってたけど・・・アタル1回死んでるの」
何その衝撃的な事実は!?俺が・・・1回死んでる??
「ほら・・・アンテーゼの町で勇者のクルシスさんに・・・あの時に・・・」
「あれってギリギリでリヴァイブが間に合ったんじゃ・・・」
「えっと・・・ごめんね・・・あの時必死で余裕がなくて・・・今の私はカーティーノス様の御力で『リターン』を平気で使えるけどあの時は聖気が足りなくて・・・無理矢理唱えたものだから消えかかってしまって・・・」
「えっと・・・つまり?」
「アタルの唱えようとした『リヴァイブ』は間に合わなかったの。だから私が『リヴァイブ』と『リターン』で・・・」
ガーン・・・つまり俺はクルシスの一撃で死んでたって事!?・・・いや・・・そりゃあそうか。粉々になった感じしたし・・・でも間に合ったと思ったけど・・・そうか・・・
だから表に出て来れるようになったシーナが出て来れなくなって・・・てっきりクルシスの攻撃で消えてしまったかと・・・ん?待てよ・・・
「それじゃあラカンは?シーナはそれで消えかかってしまったとしてもラカンが感じられなくなったのは?」
「・・・言いづらいのだけど・・・えっとね・・・カーティーノス様が黒アタルと何か相談してて・・・アタルの心の中に扉を作ったの。その奥は外界と遮断されててアタルですら干渉できない場所らしいの」
「・・・つまりその中に2人で居たと?」
「2人じゃないわ・・・私とラカンさん・・・それにお、お父さんとシール・・・それにカーティーノス様と黒アタル・・・」
パーティーか!シールは分かるがダルスのジジイいつの間に・・・それにカーティー様まで・・・人の中で何してんだ!?
「そこで神聖魔法の事とか色々カーティーノス様に教わったり話を聞いたり・・・でも肝心な事は話してくれなかった・・・カーティーノス様と黒アタル・・・2人は何かを隠してた」
黒アタルめ・・・俺のクセに・・・
何を話してたか分からないけどとにかく・・・もう死ねないってのが分かっただけでも良かった。いくらでも死ねるって考えていたら無茶してたかも・・・てか死ねないと分かったら急に怖くなってきたぞ!?それに・・・
「大丈夫かな・・・」
「ごめん・・・てっきりアタルも知ってると思ったから・・・」
通りでシーナはこのままで良いか聞いてきたはずだ・・・一度殺された相手・・・そのまま生き返らせたらまた殺されるかもしれない。助っ人もダルスとラカン・・・それにジンだけだし・・・不安だ・・・
「だ、大丈夫・・・アイツら強いし・・・とにかく早く神剣を見つけないと・・・てか10本もあるのに1本も見つからないってどうなってんだ?」
あまり不安がってるとシーナが更に落ち込んでしまう・・・ここは平気な素振りをしなくては。助けに行きたいけど行ったら行ったでアイオンがついてくるだろうし・・・ここはみんなに任せるしかない・・・
「神剣を探しているのかい?それならとうに捨てたよ・・・誰にも見つからない海の底にね」
振り向くといつの間にかアイオンが近くに居た。どうやら予想通り冷静さを取り戻したみたいで笑みすら浮かべてこちらを見つめている
「へ、へえ・・・触れないのによく遠くまで運べたもんだ」
「触らずとも運ぶ手段ならいくらでもあるよ。君がそうしたようにね」
本当か嘘か・・・よく分からないが・・・
「そうやって神剣を遠ざけるって事はやっぱり神剣が弱点って事か?」
「どうとでも・・・君にそれを知る術はない・・・どうせここで死ぬのだからね!」
うん、やっぱりキレたままだ。冷静さを装ってるがキレまくり・・・まあせっかく建てた城を破壊されまくって妙な力で押さえ込まれたらキレもするか
向かって来るアイオンから必死で逃げるが距離が開かない・・・こうなりゃ止まって念動力フルパワーで押さえ込んでみるか?・・・でも効かなかったら俺どころかシーナまで危険に・・・
「そろそろ追いかけっこにも飽きてきた・・・本気で行かせてもらうよ」
こっちはずっと本気だってえの!
やばい・・・どうする?追い付かれたら殺られる・・・かと言ってこのまま逃げてもいずれ・・・仕方ない・・・
「アイオン!」
「なんだい?」
「許して!」
「・・・ふざけてるのかい?」
「ああ・・・少しだけ」
「・・・」
ふむ・・・火に油を注いでしまった。余裕はないはずだけどシーナが隣に居るとどうも・・・心の余裕って恐ろしい・・・
「一応対アイオン用に鍛えた技がある・・・食らってみるか?」
「面白い・・・」
そう言うとアイオンは追いかけるのを止め、俺も降りてシーナに下がっているように伝えた
城は半壊し空が見える・・・もうすっかり夜だ・・・この星空の下でみんなが戦ってるのに逃げてる場合じゃないよな・・・神剣はとりあえず諦めよう
大きく息を吐きシュラとした修行を思い出す
獣化拳・・・本来は獣を降ろすがシュラは鬼をイメージして自分に降ろした・・・俺は・・・
「この世で最も強いのを降ろす・・・まったく勝てるイメージが湧かないけど強くイメージ出来るもの・・・これを降ろした俺は強いぞ?」
「いいからささっとしてくれないかな?」
「もう少し余韻ってものをだな・・・まあいいや。行くぞ・・・俺が降ろすのは・・・ダルスだ──────」




