3章 24 終着点
ここは・・・見覚えのある景色・・・いや、何も無いけど懐かしさを感じる空間って表現した方が良いのか?何せ自然も人工物もない・・・心の中なのだから
「アタル。おかえりって言うのもおかしいかな?」
「ただいま、シーナ。元気だったか?・・・ってのはおかしいか」
目の前に突然シーナが現れる。ずっと変わらない・・・心の中のシーナ。でも、偽物でもなく虚像でもなく本物の・・・シーナ
「入れ替わっちゃったね。黒アタルと」
「そうなんだよ。でも今回ばかりは助かった。俺じゃああの子は助けられなかった」
俺はあの時完全に周りが見えなくなっていた。焦ってヤクモの所までロンを連れて行こうとしたり・・・冷静になればロンがそんな体力がない事なんてすぐに分かったはずなのに・・・
「黒アタルもアタルだもん。あの子を助けたかったんだろうね。女の子だし」
「ちょっと待て!語弊があるような・・・」
「ランラ、ニャンニャン、ウルフェン」
「うっ・・・別に何も・・・」
「うそうそ・・・私はアタルが誰かと恋をして結婚して子供が生まれて・・・そんな人生を送って欲しいと思ってる」
「そんなの!・・・そんな事言わないでくれ・・・」
「アタル・・・私がアタルの心の中に居るのは未練じゃない。アタルが私を想ってくれてるから・・・私はアタルの中に居られるのだと思う。でもね・・・私は死んだの・・・悲しいけど・・・でも・・・」
「それでアタルが縛られているのはもっと悲しい・・・だろ?」
ラカン・・・コイツ・・・せっかくのシーナとの甘いひと時を・・・
背後に突然現れたラカンに振り返り軽く睨むとシーナが俺の頬を両手で挟み強引に引き寄せる。吐息のかかるくらいの距離・・・ドキドキしながら見つめるとシーナは微笑む
「そういう事。もしかしたらアタルの子供に生まれ変われるかも知れないし・・・あっ、別に子供の名前は名前はシーナじゃなくても良いよ・・・好きな名前を付けて」
「・・・シーナ・・・」
「少しいいか?」
「・・・よくないぞ?マッチョハゲ」
「それはお前が俺の髪を切ったからだ。最近修行がお粗末すぎないか?」
続けるんかい・・・確かに髪を切ったのは俺だが・・・
「ちゃんとやってるだろ?柔軟から始めて流拳、指拳、螺拳の型を全て毎朝と寝る前にキチンと・・・」
「・・・ふう・・・」
「お前・・・その盛大なため息はやめろ!何が言いたい?」
ムカつく・・・俺が居ない時にシーナと2人っきりになってる時点でムカつくのに・・・更にムカつく
「何も考えずに型だけをやるなら阿呆でも出来る。相手を創造し流れの中で型をやらねば実戦では無意味だ。ちなみに『そうぞう』は思い浮かべる想像ではない・・・本当に相手を生み出す『創造』の方だ」
シャドーボクシングみたいなもんか?確かに型を繰り返すだけでそんな事は考えもしなかったけど・・・教わってもないし・・・
「環境が変わったのだ。シューリー国では手合わせする相手に恵まれていたが、拳法を使う相手がいない今は相手を創造し己を高めねばならない。まあ、しばらくは俺が付き合ってやるから1人での修行に慣れろ」
「待て・・・そんな長居するつもりは・・・」
「しばらく・・・アタルはここに居る事になると思う。黒アタルは少しずつ変わってきてるの・・・私達を拒絶して・・・1人篭って・・・」
「え?どういう事?」
シーナは教えてくれた。この場所は俺の心の中・・・俺が外で見た事や感じた事をどうやら共有しているらしい。そして俺である黒アタルとも・・・で、黒アタルの考えを変えようとシーナが黒アタルを訪ねるが拒絶して結局会えず。なぜ拒絶しているのか不明だが恐らく自分の考えを否定されたくないから拒絶しているのでは?とシーナは言う
で、俺がロンを助けようとして焦っている時に俺と入れ替わる事に成功した。そうなると黒アタルが交代しようとしない限り俺はここに閉じ込められたままらしい・・・マジか
交代しようとするタイミング・・・それは恐らく表に出てる人格が迷った時とかなんだろうな。あれ?それって黒アタルが何事もなければ一生俺はこのままって事!?
「アタル・・・だからお前はここで鍛えねばならない」
「・・・なぜそうなる?」
「決まってるだろ?黒アタルと交代する時・・・それは黒アタルが何かの局面に差し掛かっている時だ。その黒アタルを助けるのはお前しかいない」
俺が俺を助ける?何か変な感じ・・・
「表に出てる人格とは情報や経験を共有出来るはず。だが、ここにいるお前の情報や経験は表とは共有しない。お前が表に出ている時に黒アタルの情報や経験を感じられた事があったか?」
「ないない・・・なるほど・・・でもここで鍛えて意味あるのか?あくまでもここは俺の心の中だろ?」
「肉体を鍛える事はもちろん出来ない。だが何も鍛えると言うのは肉体だけを意味するものでは無い・・・例えばお前のお粗末な螺拳・・・それを少しはまともな使い方が出来るようにするとかなら何も肉体を鍛える必要は無い」
「お粗末で悪かったな!どこがどうお粗末なんだよ!」
「全てだ」
「ぶっ・・・この野郎・・・」
「お前は気功を螺旋状に出して殴っているだけ・・・そんなものは基礎の基礎・・・出来て当然だ。それを今から教えてやる」
「てかそれだけしか教えなかったのはお前じゃねえか!」
「・・・言われてみればそうだな。ただ教えなかったのではなく、教えられなかったのだがな」
「俺の・・・飲み込みが悪いから?」
「オブラートに包むとそういう事だ」
「オブラートに包まないと?」
「才能がない」
「・・・上等だ!ここに居る間に螺拳でてめえに吠え面かかせてやる!」
くっそー!心の中にいるのに心が折れそうだ!シーナの前でハッキリと言いやがって・・・今に見てろ!ここで強くなってラカンをぶっ飛ばし、黒アタルと交代した時は無双してやる!シーナの前なら・・・俺は出来る子だ!!──────
・・・さあ、行こう・・・さあ、行こう・・・さあ、行こう・・・
ナイスタイミングだ。あてがわれたテントの中で横になっていると頭の中に響いてくる声・・・俺は寝ているロンを起こさないように気を付けてテントから出て誰も居ない夜空へと飛び上がる
「さっきは悪いな。ちょっと取り込んでて」
・・・良かった。今は平気なの?・・・
「ああ。とりあえず久しぶりだな」
・・・ええ・・・なかなか連絡取れなくてごめんなさい・・・色々とあって・・・
いつ以来だろう・・・確か流拳道場に居た時に会話をしたのが最後・・・だよな
「何があった?」
・・・簡単に言うと24時間体制で調べられてたの・・・篠塚が居なくなってから研究員を増員して・・・その後アイツが・・・
「アイツ?」
・・・超能力者の中に裏切り者・・・って言っても元々仲間だった訳じゃないから裏切り者と言うより政府寄りかな?・・・つまりその・・・
「俺がそっちに居る時は超能力者って事をみんな隠してた・・・けど公に超能力者と名乗り政府の犬として動く奴が現れたって所か?」
・・・そう!それ!鋭い!・・・本当にアタル?・・・
「失礼な!・・・それより他の人達は?まさか何かあったとか・・・」
・・・無事・・・とは言い難いな?・・・シズカは寝てるだけだけど・・・ケンさんは連日集中的に実験されててダウン・・・城さんは・・・
「城さんがどうかしたのか?・・・いや、テレパシー使ってる時点で無事ではあるのか・・・」
・・・うん・・・連日の・・・精神的な苦痛によりダウンしております・・・
「ん?実験されてて?」
・・・ん・・・まあ、それは置いといて・・・こっちは色々と動き出してる感じ・・・まあ、この状態じゃ何も出来ないから・・・そっちはどうなの?・・・
「どうって・・・まあまあ・・・かな?そっちに戻る糸口すら掴めてないけどそれなりに・・・」
俺はシューリー国での出来事を掻い摘んで話した。それを聞いていたヒカリはしばらく黙っていると一言呟いた
・・・もう無理に戻って来ないでそっちで暮らした方が良いかもね・・・
それは俺も思ったが心の片隅に追いやって考えないようにしていた事・・・ぶっちゃけここに残れば俺は平穏な暮らしが出来る可能性が高い。シューリー国に居て四星拳として・・・。だけど・・・
「・・・俺はここまで色んな人に助けられてきた。1人だったら決してここまで来れなかっただろう・・・で、考える時間がたっぷりあったから考えたんだ。俺の終着点はどこなんだろうって」
・・・終着点?・・・
「ああ・・・初めは生き抜くだけで精一杯だった。少し余裕が出来て、地球で魔法を使えればと考えるようになって行動に出た。なんやかんやあってまだその旅の途中だが、もうひとつの可能性を考えるようになった」
・・・もうひとつの可能性?・・・
「魔法を覚えるってのは地球でP・C・Gを使われても対能に対抗出来るようにする為だったけど、それってどうなんだ?結局超能力者が地球を支配する・・・政府が超能力狩りをしていたのは正しかったと証明するようなもんだ。かと言ってずっと逃げ隠れしないといけないのは無理だ・・・超能力者と非超能力者・・・結局相容れない関係なんじゃないのか?って思い始めた。だったらどうすればいい?簡単な話だ・・・超能力者が居なくなればいい」
・・・全てを・・・諦めるって事?・・・
「違う。超能力者がこっちの世界に来ればいい」
・・・そっちの世界へ?・・・でもそれって世界が変わるだけで・・・
「そうでも無い。こっちの世界は超能力が霞むほど不思議に満ち溢れてる。映画や漫画の世界だけだと思ってたエルフやドワーフ、ホビットが居る。獣人族なんてのも・・・それに魔法や気功、魔物に魔王も居る・・・もうなんでもござれだ。超能力があった所で生き残れる保証なんてこれっぽっちもない。だからこそ超能力者が住みやすいとも言える」
・・・こっちでは恐怖の対象でも、そっちでは・・・恐怖にならない?・・・
「ああ・・・現に俺は超能力を隠すのをやめて一国の王様の前で普通に使った。反応は・・・不思議な力だな・・・って感じかな?追求される訳でもなくそんな力があるんだってくらいだ。多分上には上がいる・・・スマホを知ってる奴がガラケー見ても驚かないだろ?」
・・・確かにね・・・それだったらケンさんの家族も・・・隠れてる超能力者もそっちの世界で普通に暮らせる・・・
「何言ってんだ?みんなだ」
・・・みんな?・・・
「ヒカリ、城さん、ケンさん、シズカちゃん・・・まだ目覚めてない人達に他の研究所で捕まった人達・・・みんなこちらに来ればいい」
・・・アタル・・・それは・・・
「聞いて驚け?こっちの世界では・・・人は生き返る」
・・・私・・・一応死んでないけど・・・
「分かってる。生き返る過程で身体の一部から身体を再生する事も可能らしい」
・・・それって・・・
「そう・・・身体の一部って言えばみんなの状態は十分だろ?・・・必ずその魔法を使える奴を探し出して連れてってやる。そしたら・・・」
・・・あまり・・・期待させないで・・・
「アホか・・・期待しとけ。それが俺をこっちの世界に送り込んだヒカリの責任だ」
・・・私の・・・責任・・・
「期待されればそれだけ頑張れる。諦めたらそこで試合終了ですよ?」
・・・どこかで聞いた事あるセリフね・・・期待していいの?・・・
「任せとけ。俺の終着点は『蘇生出来る奴を探し、地球に帰れる方法と再びこっちに来れる方法を探り、みんなでお引越し』だ」
・・・随分と壮大になったわね・・・期待してるわ・・・
「おう!邪魔する奴はぶっ殺す!」
・・・本当に・・・アタル?・・・
「それについては・・・まあ、そうだとしか・・・」
・・・ふーん・・・まあいいわ・・・もし上手くいったらそっちの世界でデートしてあげる・・・
「そりゃまた・・・お高いデートだな」
・・・そりゃあそうよ・・・なんたって私は・・・
「私は?」
・・・何でもない・・・頑張ってよね!アタル!・・・
「急に元気になってまあ・・・明日は魔物退治だからそろそろ終わるぞ?」
・・・魔物・・・その魔物に同情するわ・・・
「なんでだよ!?」
・・・だって・・・その魔物の相手はとんでもない事をやろうとしてる私の・・・みんなのヒーローなんだから・・・──────




