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性的倒錯ぴゅあ~らぶ  作者: なずとず
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第7話 翡翠君にも秘密がある

 お兄ちゃん達は、とっても頭がいい。


 一番上の珊瑚お兄ちゃんは、ボクが物心ついた時には、お医者さんへの道を進んでいた。


 二番目の蛍お兄ちゃんは、国立の大学で、お医者さんの勉強をしていた。


 三番目のお兄ちゃんは、琥珀お兄ちゃんは、ボクより3つ年上だった。琥珀お兄ちゃんは、クラスで一番の成績だった。琥珀お兄ちゃんもお医者さんになるのが夢だった。


 ボクはお兄ちゃん達が大好きだった。お医者さんって、みんなを救うヒーローなんでしょ? ボクはお兄ちゃん達が誇らしかった。お兄ちゃん達みたいになりたかった。特に、ボクにとっても優しくしてくれる、琥珀お兄ちゃんみたいになりたかった。







 ボクは、とっても頭が悪い。


 今日もお母さんとお父さんに怒られた。お兄ちゃん達は、ボクの年齢ではみんな、クラスで一番の成績だったって。ボクは全然そんな点数は取れない。毎日怒られて、毎日勉強したけど、全然取れない。


 毎日泣いた。ボクはお兄ちゃん達みたいになりたいのに、全然なれない。ボクは悪い子なんだ。正義の味方にはなれないんだ。


 泣いてるボクを、琥珀お兄ちゃんは撫でて言ってくれた。


「翡翠には、翡翠のいいところが有るんだよ。それは、勉強じゃないだけかも。それを伸ばしていけばいいんだよ。みんながみんな、同じにならなくたっていいんだ」


 ボクにはボクのいいところが有る。ホントにそんなの、あるのかな。琥珀お兄ちゃんは優しくて、大好き。ボクは琥珀お兄ちゃんみたいな、優しいヒーローになりたい。







 ボクは、どうしようもなく、頭が悪い。


 毎日毎日毎日毎日怒られる。必死で勉強する。全然ダメ。どうしてお前はそうなのと、お母さんが泣いてる。ボクだってわからない。ボクはどうして、お母さんの言うことが聞けないんだろう? お父さんの期待に応えられないんだろう。


 貴方も何か言ってやって! お母さんが、琥珀お兄ちゃんに言った。琥珀お兄ちゃんは、ボクを見て、お母さんを見て、またボクを見た。


「翡翠、泣いてばかりいないで、ちゃんとお勉強しなきゃダメだよ」


 ああ。


 ボクはその時、世界が全部、冷たくなるのを感じたんだ。


「成績が伸びないのは、ちゃんと勉強できてない証拠だよ。お兄ちゃんが教えてあげるから、一緒に頑張ろう」


 それは、お兄ちゃんの優しさだったのかもしれない。ボクは、うん、と頷きながら、でも、世界の何もかもが崩れていくような気持ちになった。


 ボクにはボクの良さなんて、無かったんだ。






 お兄ちゃんに勉強を教えてもらった。点数は少しずつ伸びていった。でも、ダメだった。お母さんもお父さんも、ボクがお医者さんになるのを諦めた。好きなように生きなさいって、言い捨てた。


 勉強しないとダメだって言ったのに、今更、好きなように生きろって、どういうことなんだろう。勉強しか価値がなかったボクに、勉強ができないから価値がなかったボクに、他に何が有るっていうんだろう?


 琥珀お兄ちゃんは、ボクに目を合わさなくなった。琥珀お兄ちゃんはヒーローじゃなかった。弱いボクを守ってはくれなかった。この世界にはヒーローなんていないんだ。ボクは、愛されてないんだ。ボクは、ボクには、生きている意味が、無いんだ。







 ぼうっと駅のホームのベンチに腰掛けて、通り過ぎる人たちと、呆れるぐらい過ぎ去っていく電車を見ていた。飛び込んだら、ラクになれるのかな。家族が迷惑するのかな。それは、嫌だな。死ぬ時ぐらい、迷惑かけたくないな。そんなことばかり考えてた。


 その時、ボクはすごい人を見たんだ。


 赤紫の鮮やかな髪の、たぶん、お兄さんだった。すごいお化粧をして、ゴスロリっていうのかな。フリフリの、綺麗な服を着て、厚底ブーツをコツコツ言わせていた。女装、なのかな。みんな、彼を奇異の目で見ていたけど、彼は堂々と、胸を張って、そこに立っていたんだ。


 ボクは、その姿に、なんだか、胸が熱くなったんだ。




 ボクも、違う姿になれば、生きてる価値が、見つかるのかな。








 洗顔料。化粧水。乳液。化粧下地。コントロールカラー。ファンデーション。コンシーラー。ブレストパウダー。アイブロウペンシル。アイブロウパウダー。アイライナー。アイシャドウ。マスカラ。ハイライト。シェーディング。つけまつげ。カラーコンタクト。ウィッグ。下着。服。


 それは一種の魔法だった。ほら、魔女っ子のアニメで、ヒロインが変身するよね。あんな感じ。ボクはこの世界に溢れる画期的なメイクアップの道具と技術で、生まれ変わった。フルメイクをして、かわいい服を着ている間、ボクは翡翠ではなかった。何もできない、何の価値もない地下翡翠じゃない。ボクは、ヘドロちゃん。ネットアイドル、ヘドロちゃん。


 みんながボクの写真にハートを飛ばしてくれる。みんなが、ボクの呟きに応えてくれる。みんなが、ボクを愛してくれる! ボクを! ヘドロちゃんを!




 でも、




 でも、じゃあ、地下翡翠のことは、誰が、愛してくれるの?




 そしてボクは、ボクを守ってくれる、ヒーローに出会った。ヒーローって、やっぱりそういうものなのかな。普通の格好は、してなかった。




 +++




「ど、どどど、どうしよう〜!」


 翡翠はクマのぬいぐるみを抱いて、悶えていた。


 そこは翡翠の暮らしているワンルームだ。壁も家具も白を基調とした上品なまとまりを持っていて、置かれている調度品は可愛らしい物が多い。見る人が見れば、そこがネットアイドルヘドロちゃんの撮影場所だとわかってしまうだろう。例えば、今抱いているクマのぬいぐるみは以前紹介してしまったし、コートハンガーには女性ものの愛らしい服がかけてある。カーテンの締められたレールには下着を干しているが、全て女性物で、これも着用した姿をSNSに曝け出してしまっている。


 そう、彼こそは、毒系ネットアイドル、ヘド口ちゃんの中の人だ。


「どうしよう!どうしよう、ボクがヘド口ちゃんの正体だってバレたら……き、嫌われちゃう……!」


 翡翠は青い顔でくまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。


 翡翠は白斗のことを尊敬している。こんな時代に、見ず知らずの翡翠を助けてくれるような正義漢だ。そのことを心から感謝していたし、その恩を返すためなら何でもしたいと思うほどだ。そして、彼のそばにいたい。話したい。仲良くなりたい。


 そう思っていた。いや、その気持ちに今も変わりはない。問題は、その尊敬する白斗がネットアイドル同好会の会長で、しかも、ヘド口ちゃんを知っていて、ついでに、熱狂的なファンだということだ。


 ヘドロちゃんの正体が、女装した男。しかも、こんな根暗でパッとしない男だとバレたら、どう思われるか。翡翠は想像して泣きそうになった。間違いなく気持ち悪がられる。騙したと怒るかもしれない。折角出会った素晴らしい人に、自分の趣味というか、本当の姿が原因で嫌われる。考えただけで絶望的な気持ちになった。


 そうなってくると、もうどんな顔をしてヘドロちゃんのアカウントを動かしていいかわからない。白斗さんが見てるんだ、と思うと、恥ずかしいやら、恐ろしいやら。下手なことを配信したら、自分だとバレてしまいそうだ。


「どうしよう、いっそ、ヘドロちゃんとしての活動を止める……?」


 一瞬真剣に考えて、そんなのは無理だとすぐに諦めた。価値の無い自分に唯一、存在価値が与えられているのがヘドロちゃんを演じている時で、それを失うことは死んでしまうようなものだ。しかもヘドロちゃんは、白斗の追いかけているアイドルでもある。


「ヘドロちゃんが居なくなっちゃつたら、白斗さんがガッカリしちゃう……」


 あの後、どれほど白斗がヘドロちゃんを好きなのか、輝名が解説してくれた。その間ずっと白斗は恥ずかしいのか落ち着かない様子でウロウロしていたけれど、彼が集めているヘドロちゃんの写真の山を見て、翡翠は嬉しい気持ちと、どうしようという気持ちでわけがわからなくなった。


 あんなに熱狂的にアイドルを追いかけている人から、楽しみを奪ってはいけない。翡翠はそう考えたが、なら、どうすればいいのか。


 つまり、昼間はネットアイドル同好会の会員として、白斗と一緒に自分を追っかけなければいけないし、夜はそんな自分達の為に新たな写真を配信しなければいけない、二重生活が始まってしまう事になる。


 それは冷静に考えて、ものすごく恥ずかしいことだ。


「ああ〜っ、ボク、ボクはどうしたらいいんだ〜っ! 」


 翡翠はぬいぐるみを抱いたまま、床にひっくり返った。思い浮かぶのは白斗の事だ。あの切れ長のカッコいい眼差し、礼はいらないと颯爽と去っていく姿がまるで王子様のように輝いていた。服装は見たことのないような独特のセンスで、彼が特別な存在なのだとハッキリわかる。


「ああ……白斗さんに嫌われたくないのに……ボク、どうしよう……」


 はあ、と大きなため息を吐いて、翡翠はそれから、とりあえず今日の撮影をしようと洗面台に向かった。



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