少女の二日目は混乱でした。
今回はレイラが混乱して終わるような気がする……気のせいなのか?
ふいに、レイラは自分のベッドで目を覚ました。
ここは、村の孤児院です。と言っても、ほかに親無し子がいないので、レイラの家のようになっています。
「あれは……夢?」
辺りはすっかり朝です。
「わたし、林に行って……っつ。」
ふいに頭痛を感じ、レイラはベッドに座り込みました。
「夜ごはんも、食べてないのに……」
レイラは、空腹を感じないことに気付きました。
「わたし、わたし……」
(儀式で、力を授かった……?)
「ほーい、レイラちゃん、ご飯ができたよぉー。」
「はーい!」
ラッチェばあさんは、レイラに対する悪いうわさを一つも信じていない、たった一人の人でした。
いつもご飯をくれるのもラッチェばあさんでした。
レイラは着替えると、必要最低限のものしかない、一階建ての平屋から出ました。
「ねえ、ラッチェさん。」
レイラは、ふと思い出して聞いてみました。
「なんだね?」
「私って、昨日ご飯食べた?」
ラッチェばあさんはふと考え込むそぶりをしました。
「ええと。昨日は確か、レイラちゃん、あの家で食べたいって言ってたから、ドアの前に置いといたんだよ。そしたら、一時間ぐらいだったかねえ。ええ、中身だけなくなってたよぉ。」
(中身だけなくなっていた……?)
レイラはひとまず笑顔を作ると、ドアを開け、ラッチェばあさんの家に入りました。
「ロイン姉さん、おはようございます。」
レイラは、にこりと作り物の笑顔をロイン姉さんに返しました。この人は、一度、おばさんと呼んだら別人のように怒ったことがありました。
レイラは、ラッチェばあさんの家族との会話は、全くしませんでした。
ただ、情報という程度に聞いていただけです。
それ以前に、レイラはご飯を食べながらも、頭は昨日の儀式のことでいっぱいでした。
胸をそっとなでてみても、全く変化がないので、やっぱり夢だったのでは、と思いかけたとき。
「――ねえラール、だから本当に見たんだってば。昨日、夕方にねぇ、山がぺかーっと光ったんよ。そりゃもう足元まで、草っていう草、木って言うきからぜーんぶ光ってたんだぁよ!お空様まで金色に見えたんだから、間違いねんだろーよ?」
「そんなことないよ。きっと、ちょっとくらっとしたんじゃないかい?母さん。」
レイラは、目を大きく開きました。
「っ!それって本当!?」
思わずレイラは、口をはさみました。
全員の視線が突き刺さります。
(しまった……)
この家では、レイラは返事以外しないというのが不文律でした。
一人息子のラールは、未だに昔のヤンキー時代のように怒鳴り散らすことがあるし、何より酒飲みで、ひどく悪酔いするのです。
それにレイラが文句をつけようものなら、暴れること暴れること。もうそれはとんでもなく、あるときなんかトイレに立てこもったレイラを殴ろうとドアにひび割れを入れたことだってありました。
そのラールの妻のロインは、ことあるごとにレイラに文句をつけ、他人からの目線を気にします。
レイラをある意味にして引き取り、ご飯を食べさせているのも、他人からの評価ほしさにやったものでした。
そして、レイラが学校で問題を起こした時には、電話に綺麗な声で対応してから、誰もいない場所でレイラを何度も何度も殴りつけたことがありました。
それでこんどもレイラは、一笑され、後で怒られるだろう、と思いました。
でも、ラッチェばあさんは満面の笑みで、
「おお、レイラちゃんも見たかい?本当に綺麗だったやよー。20年ぐらい前にも川とか、空気がぺかーっと光ったもんやけど、今度のはほんっとうに大きかったやな。光も強かったしねえ。」
「ちょっと、お義母さん!」
ロインが眉をひそめて、ラッチェばあさんを制止します。
それにもかまわず、ラッチェばあさんは話し続けました。
「レイラちゃんも、見たんだね?」
レイラは、少し緊張しながらもこくこくと頷きました。
「そうかそうか、やっぱり信じる人しか見えないのかねえ。」
「お義母さん!?」
今度はやや怒ったようにロインが言いました。
「そうだぞ。ロインや俺が信じていないというのかよ?」
ラールも食事の手を止めて言いました。
「だって見えなかったじゃないのさ。レイラちゃんは見てるんだよ。お前たちに話したって無駄だぁね。」
雰囲気が険悪になってきたので、レイラは戻ることにしました。
「私、学校があるのでそろそろ。今日もごちそうさまでした。ありがとうございます。」
決められた台詞を淡々というと、学校の準備をしに“家”へ帰りました。
「教科書、筆箱に、ノート……大丈夫だね。」
忘れ物の確認をしつつも、レイラの頭によぎるのは、こんなことをして何になるのだ、という思いばかりでした。
レイラは、学校というものをあまり信じていませんでした。
レイラへのいじめを、見て見ぬふりをする先生。
あんな奴に従う少女たち。
退屈な授業。
それでも、なお平穏無事に一日を終えるには、学校に行かないといけませんでした。
「今日は、……このファンタジーにしよう。」
両親の残した数々の本の中から、一冊抜き出し、レイラはカバンに突っ込みました。
行ってきます、と言っても誰も返してくれない狭い家に何年も住んだレイラは、やがて言うのをやめていました。
「はい、皆さんおはようございます。今日は、――――――」
退屈な話を右から左に聞き流しながら、考えたのは昨日のことでした。
(確かに、大きな力が入ってきた。でも、目が覚めたらベッドのうえだった……。きっとあの龍……ライトが何かしたんだろう。しかも、ラッチェさんが見ている。ほかの人が見ていないのはどういうわけだろう?わからない……)
「はい!メイニングさん、ここ答えて!」
急に指されたのではじかれるように立ち上がると、まわりでくすくすと昨日の女子たちが笑っています。
(何よ、そこまでやるの?この……誰だっけ?)
レイラは頭を回しました。
黒板に書かれているのは算数。
『0.5x=6。x=?』
(なんだ、簡単じゃない。余裕余裕。)
「6÷0.5=12なので、答えは12です!」
「……!!」
(先生が絶句してる。あれ、何?)
レイラは教科書を見ました。
(あれ、いつの間にか単元変わってる。ってかこの問題、『最終的にこれを解けるようになりましょう』じゃない!そういうことね。答えられるわけない問題を出したってこと。)
「っち。」
昨日レイラをいじめていた子が、舌打ちをしました。
その日の昼休みのこと。
「あんたねえ、ほんとうざい。消えて。」
(めんどくさ……)
レイラは内心舌打ちをしつつも、適当に返しました。
「消えるとか、できるわけがないよ。そもそも人が消えるということの意味、分かってるの?」
レイラとしては、真面目に返したつもりだったのですが、余計にいらいらさせたようで、
「は?マジないんですけど。そんな屁理屈言ったって無駄じゃない?勉強できるのひけらかして。
ださいし。親いないとか最悪~!マジかわいそ~!きゃははは!」
(それは、言ってはいけないことだったね――。)
レイラは、昨日と同じように立ち上がりました。
「親は、関係ないでしょう。変なこと言わないでくれるかな?」
にっこりと、心からの笑顔をレイラは少女に返しました。
殺意を込めて、笑顔を作ったレイラは、
「撤回してくれない。撤回してくれたら許すわよ?」
笑顔で言いました。
「ええ?無理に決まってるじゃなーい!そんなふうに威嚇したって無駄だよ?きゃはは!」
「じゃあ。」
この世には、決闘というものがあるのだ。女性がすることはほとんどないが、一回もなかったわけではない。
「決闘ね?」
その言葉を発した瞬間、ざわりと女子グループが揺れた。
「ちょっと、この人の名前はもう知ってるんでしょ!?バカなことはやめて、家に帰りなさいよ。きゃはは!」
(……昨日のことが、すごく遠いことに思える……)
要するにレイラは、彼女の名前など憶えていないのでした。
「ごめん、覚えてないわ。」
「いいわ、決闘ね!!」
額に青筋を浮かばせて、少女は言いました。
「放課後に体育館裏にきなさい。言っとくけど、負けたらあたしの言うこと聞いてもらうから。」
(しまった……。放課後はライトのところにいきたかったのに。)
レイラはかっとなったことに、多少の後悔を覚えながら、額を抑えて、返事をしました。
「ええ、分かったわ。」
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