少女は“目覚め”る。
振り仮名は、結構直訳です。10文字に収めるのは大変でした……(-_-;)
そしてレイラは、ライトの背中に乗って、祠まで戻ることにしました。
「ライト。」
レイラの真剣な声に、ライトは思わず後ろを向きそうになって、あわてて前を向きました。
「なんだ?」
「あのさ、“加護”ってどういうものなの?身につけたいとは思うんだけど、分かんなくてさ。母様とか父様のこと、教えてよ。」
ライトはふっと笑いました。
……龍なので分かりませんでしたが。
「えっとな。何も知らない人に、あえて説明するとするなら、魔法のようなものだ。」
「魔法?」
「そうだ。子供の話す、おとぎ話に出てくる魔法だ。えーと、なんだ、その、手から光線が出るとか、うーん、敵の攻撃をはじく……見えない盾?だとかな。」
「そういうのが使えるってこと?」
背中の上でレイラが身を乗り出すのがライトには分かりました。
「うーむ……ちょっと違うんだ。例えば、お前の母上。母上の“加護”は、“水の加護”だった。それはな、水に――特に川など自然のものに――触れると、それから力、つまり加護をもらえる、というものだったんだ。具体的にどうとは言い難いが……」
レイラはちょっと考え込み、聞きました。
「じゃあ母様はどうやってあれを倒されたの?」
「そうだな。母上の攻撃……は、あいつらの致命傷にはなりえなかったが、動きを止めるとか、のろくする、あとはその力を、刃に乗せて切ると、あいつらには毒が回った。あとは飛べるとか、身体能力の向上、だな。」
「待って、飛べるの!?」
「加護次第さ。加護にもいろいろあるしな。お前が飛べるかどうかは五分五分、ってとこかな。ちなみに父上は飛べたぞ。」
レイラは考え込みました。時折眉をひそめて、指で何もない空間をなぞるかのような動きを繰り返して、目を閉じて集中しているようでした。
ライトは、そんなレイラを刺激しないように、ただ前方に集中しました。
しばしの沈黙が、そっと二人を包みました。
(ある意味では、それは魔法のようだ。でも、魔法と違う点と言えば?……ふつうは出来ないことが出来る点は同じだし、敵に対して攻撃できる点も同じだ。)
ライトには、考え込むレイラを包む雰囲気が、少し変わったのが分かりました。
さっきまでが、雷を腹に秘めた雷雲だったとすれば、今のレイラはまるで知りたいことをすべて知りたい、わくわくしている美しい朝焼け空の雲のようでした。
(好きな時に使える点も……いや。)
そこでレイラははっとしました。
(ライトは、水に触れたとき、特に自然のもの、力を発揮できるといっていた。好きな時ではないのだ。ということは、違う点は……)
「力を“分けてもらう”点……!」
思わず少し声に出してしまいました。
「そうだ。」
さきほどまで沈黙していたライトが、低い声を発しました。
「そこは、魔法と違うのだ。“加護”とは、自分の心に力を分け与えてもらい、それを実物に――目に見える形に、変えるものなのだ。」
レイラは身を乗り出して、口走りました。
「父様は?何の加護だったの?」
早く知りたくてたまらないという顔のレイラに、ライトは苦笑を漏らしながら、
「風の加護だ。突風の刃なんかは強くて、しっかりあいつらを殲滅してくれた。父上がいなければ、きっと私らの代はうまくいかなかっただろうよ。特に突風の日なんか、父上にとっては絶好の日だったよ。」
(かっこいい……)
幼いころに、両親を亡くしたため、両親のことを何も知らず、その強さもひとつも分からなかったレイラ。きっと、一番寂しかったのは、両親というのが名前だけの存在のように思え、自分の存在が孤独に思えたからでした。
思わず、目の中に光る液体が満ちてきたレイラは、それをライトに悟られまいとそっと袖で目をぬぐいました。
「ほれ、着いたよ。降りろ。」
ライトは、優しく促しました。
地上十センチほどの高さで止まっている龍の体から滑り降りると、美しいうろこがきらきらと光りながら一枚、落ちました。
「ライト……うろこ、落ちたわよ。」
「ん?そうか。じゃあペンダントにでもして、首にかけておけばいい。私は何も感じないからな。それは少しだけ、お前を守ってくれるよ。」
「ふうん。」
レイラは、それをポケットにしまいました。
「では、儀式を始めるか?」
レイラはきょとんとしました。
「ああ、言い忘れていた。そのな、加護の力を表面に出し、より強くするためには、儀式が必要なのだ。神の私による、な。」
(神だったのか……まあ龍なら神ってこともあるよな。)
レイラはそっ、とひざまずいて、言いました。
「始めます――。」
少年の姿になったライトは、レイラの頭に手をかざしました。
「森よ、母なる山並みよ。加護の力を、どうかこの少女にお与えになりますよう!少女の父は、メイニング・“風の加護”ドラノ、少女の母は、メイニング・水の加護レイカ。彼女の名は、」
そこでライトは言葉を切り、大きな声で空に向かって言いました。
「メイニング・《森林の加護》ガーディアン・オブ・フォレスト・レイラ……!」
ライトが、その言葉を発した瞬間、ざわざわっと周りの木々が、まるで生きているかのように動きました。
円形の広場の床そのものに描かれた魔法陣が、突如金色の光を宿しました。その光は、空まで登って、一瞬、村全体を包みました――。
「あんれ?気んのせいかね~?今、お空様が金色じゃあなかったかいな。」
今年70の年になる、ラッチェばあさんは、洗濯物を干す手を止めてふと空を見上げ、息子嫁のロインに聞きました。
「気のせいでしょう、お義母さん。もう年なんですし、体に不調が出るものですわ。」
「いんや。今のは確か~に、20年前と同じだべ。こういう風に、金色にでっけ~川がぺかーっと光ったもんだべ。」
「ええ、そうですね。」
残念なことに、ロインには、義母の言葉を真剣に受け取ることはないと思っていたし、ほかに目撃した人もいなかったので、ラッチェばあさんがぼけていた、という風になり、だれもこのことを気に留めたものはいなかった――。
レイラは、突然に金色の光が小さく、凝縮されながら自分の体に入ってくるのを感じ取った。
嫌な感じは、みじんもしなかった。
レイラはただ、迫りくる金色の光、大きな力を胸へとしまおうとしていた。
心の扉が、あの時と同じように開いていく。
ライトは、目を見開いて目の前で、強大な力を飲み込んでいくレイラを見ていました。
(君の、父上とて、母上とて。……これほどの力を飲み込む、心の“器”はなかっただろう。……美しい……)
ライトは、ただ、その様に、見惚れていました。
(いや、私が知りうる限りの君の血筋で、これほどまでの大きな力を飲み込みうるものは、一人だっていなかった。君は……!)
今や、レイラは目を大きく見開いて、豊かな黒髪を後ろに下げ、ただ一心に心の扉を開き、金色の光を、一滴残らずその胸にしまおうとしていました。
(君は、とてつもない、力を持っている。この私ですら、時にはかなわないと思わせるような――!)
そして、金色の光は、少しも残らず、ゆっくりと収まってゆきました。
ゆらっと、レイラの体がぐらついて、ぱさり、とその場に倒れました。
「大変だ、“加護麻痺”だ!」
ライトは慌てて駆け寄り、少し華奢なその体を支えました。
(……。)
そっと、そばの長椅子に寝かせて、自分の力を少し、送り込みました。
「きっと、君は私たちの光になる――。」
そっとつぶやくと、血色の良くなってきた頬をなでると、そのからだを、彼女のベッドへと、そのままの姿勢で“転移”させました。
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