龍王と少女の対談:―真実―
この連載は、一回一回が長めになりそうです。ゆっくり読んでください!
美しくも気高いその顔には、けだるそうな色が浮かんでいました。
「私に何の用だ?」
「よっ、用……?」
少女は戸惑いました。何をどうして、こんなふうに問いかけてくるのだろうか、と。
「そうだ。お前はその置物を手に取り――」
と顎で抱いていた置物をくいっと指す。
「そして私が中に戻ろうとしたとき、抱きしめた。自分に密着させたのだ。これは用があることの“合図”だろう?」
そんなことは知らない、と少女は首を振りました。
「ふむ。では……願いなどは、ない、と?」
少女は頷きました。願うことはあっても、それは自分の中で不可能なこととして、位置づけられていたからです。
「ふむ。――嘘は良くないな。」
「――!!」
少女は、目を見開きました。
「今のお前の心には、濁りがある。真に願いのなき者には、濁りなどないものなのだよ。」
少女は唇をかみしめました。
知られたくないことを知られてしまうは、このことです。
(でも。少なくともこの人……龍は、村の人に言ったりはしないだろう。)
少女は、そう考えると、ゆっくりと口を開きました。
「両親に、会いたいの。」
それは、村の誰かに言うたびに諭され、あるいは嘲られてきた願いでした。そして、いつしか少女は口を閉ざすようになりました。
「ほう。お前の両親のことを、教えてくれぬか。長くなりそうなら、座って話そうではないか。」
龍は以外にも驚かずに、苔むした石の机を指さし、自分も座りました。
少女は、腰かけながら言いました。
「――驚かないのね。」
「当然だ。いったい何年生きていると思っているのだ?そのような願いをなす人間なぞ、山のように見てきたわ。」
そう言って龍は、はっはっはと笑いました。
(この龍は、意外にも楽しそうな性格だなあ。)
少女は正直にそう思いました。
「私は、両親のことを何も知らないの――。」
「幼いころに他界したのか?」
「ええ、その通り。」
(なんでわかったんだろう……)
少女は龍の言葉に驚きながらも、さっき心が濁っているといわれたことを思い出し、心が読めるのかもしれないと思いなおしました。
(なら、聞かなくてもいいんじゃ。)
少し疑問に思いましたが、特に気にせずに続きを語ります。
「私が……3歳か2歳の時だったかしら。母と、父は、血まみれになって夜、家に帰ってきたそうよ。」
その言葉を少女が発した瞬間、龍の体ががくがくと震えだしました。
(さっきまでは微動だにしなかったのに……やはり驚いているの?)
「なぜ、と村人が聞いたそうなんだけれど、聞かないでくれ、といったそうよ。聞いたら自分たちのやったことが、無駄になるからって。」
かすれた声で、龍が言いました。
「それは……本当にお前の両親の話か?他人の話を語っているのではあるまいな?」
少女は驚きました。こんなに年月を重ねていそうな龍でも、このような理にかなわないことを言うのかと。
「そんなことをして、何の得になるというの。」
少女はごく当たり前のことを言いました。
「そうして今は、私は村全体のことして育てられてる。ちなみに親戚なんかいない。村の人の話では、都から来たそうよ。……真偽は定かじゃないけどね。」
「やっぱりだ……間違いない……こんなことって……」
龍ががたがたと震え、両手で顔を覆いました。
まさかここまで驚くとは、少女は思ってもみませんでした。
「あの……龍さん……?」
途端に龍がばっと顔を上げました。
「その呼び方はやめてくれ。あと私の名は、金の稲妻の龍王だ。」
「え、えっと……」
少女は戸惑いました。
(なっ、長い……)
「じゃっ、じゃあライトでいい……?」
恐る恐る尋ねると、
「おお!ぜひともそうしてくれ。」
ライトの目がきらきらと輝きました。
「それで!」
ぐいっと美少年の顔が急接近。
(う。)
少女だって、気は強くても音は女の子です。ドキドキとしてしまうことだってもちろんあります。
「さっきの話なんだが、もし……もしだぞ、本当ならば、自分と両親の名を述べてくれ。」
真剣なライトの顔に、思わず少女はどきんとしてしまいました。
「え、えっと。私の名は、メイニング・レイラ。父は、メイニング・ドラノ。母は、メイニング・レイカ。……よ?」
「本当に?嘘をついているのではないか?」
どっきん。
少女の心臓が跳ね上がる。
「やはりな。本当のことを言ってくれ。今、心が跳ねた。本当のことを言ってくれ。村の人に言うのをおそれているのであれば、決して言わないから。」
(……いってもいいのだろうか?)
少女の内心は、葛藤にさいなまれていた。
「やっぱり、言えなっ――」
その時、ライトの金色の目が、はっきりと私の視線と交錯した。
なにか、ふんわりとした感じが心に広がった。心が、ゆっくりと開いていく感じがする。
(自分の意志ではなしに、言っちゃだめだ。――だめだ!開くな!)
少女の開きかけた心が、まるで何かにはじかれたように、閉じていくのがライトには分かりました。
少女は、金色の瞳をそのとび色の瞳で、しっかりと見つめ返しました。
「今、何をしたの。」
「う゛……すっ、すまない。“開示”の能力使ってしまった……」
「何よ、能力って。もう、迷惑!」
「でも、はじき返せるなんて、思っていなかった。」
少女はちょっと片眉を上げた。
「ふふ。照れるわね。というか、そこまで知りたがる理由って、なんなのよ?」
ライトは顔をこわばらせました。
「実は。その……わたしに、関わることかもしれないんだ。」
「どういうこと!?」
少女は、ぐいいっと体を円形の机の中ほどまで乗り出した。
「……本当のことを、言うなら教える。」
少女の興奮が、ゆっくりと引いていくのが分かります。
「そうやって、言わせようって気なのね。」
少女は、恨めしそうにそのとび色の瞳で、ライトをにらみました。
今度はライトは少しも動じず、
「言ってくれなければ、話せないな……!」
その状態のまま、数分、にらみ合いが続きました。
「じゃあ、言うわ。」
少女は、決断を下しました。
「おお!そうか!早く言ってくれ。」
「でも。」
少女は、はっきりと一つ、付け足しました。
「私の名前だけ。」
相手がどう出るか、値踏みするように、ゆっくりと上目遣いで少女はライトを見上げました。
「……この私を、そんなもので測るというのか。答えは、――承諾、だ!」
(やはり、承諾したか……)
少女はゆっくりと発音しました。
「私の真の名は、メイニング・“ガーディアン・オブ・フォレスト”・レイラ。苗字は引き継いだものだけれど、名前と“守護”は母様と父様がつけてくれたものよ。」
「やっぱり、か……。心の扉を閉じたときから、まさかと思っていた。」
ライトは、どこか眉をひそめて言いました。
「この名前だけは、人に言わないように、自分の胸だけにしまっておくように、生まれたときから言い聞かされてきていたわ。今でも、覚えている、母様と父様の声――。この、名前は、私の一番大切な宝物。」
少女――レイラは、ゆっくりと、笑みを浮かべました。
「さあ、話してもらえる?こちらの交換条件は満たしたはずよ。」
「ああ、話す。いいか、よく聞け。」
ライトは、神妙な面持ちで言いました。
「お前の、両親が、他界した夜。……お二人は、私を助けてくれていた。」
「そ、それってどういう……」
レイラの困惑した声を遮って、ライトは続けました。
「私の施した、結解は、少しずつほどけ、スキマが出来ていた。本当のことを言おう。この村の外は、地獄のありさまだ。」
「……え?」
少女は、思ってもみなかった話の展開に、目を大きく見開きました。
「たくさんの恐怖、悲しみで満ちた世界だ。ここは、そんな毒の沼に、ぽつんとあわのように浮かんでいるんだ。」
レイラは、ライトの言っていることが、まるで信じられませんでした。
「どういうことよ。結解の、“外”?だって、村の外は、野山が広がるばかりじゃない。」
ライトは、首を振りました。
「数千万年前、この世界は、魔族に征服された。どういうことかというとな、そいつらは、人間を憎んでいるし、幸せや幸福、そういったものを嫌い、それを食らって生きている。彼らの存在意義は、恐怖と不安、悲しみにあるんだ。」
「何か……本のような話をしているんじゃないの?」
レイラは目を見開いて言いました。
それにまったくもってかまわず、ライトは続けました。
「そして、そいつらにあえなく負けた、残った人間たちは、ここに住み着いた。わたしの曽曽曽祖父ぐらいが、その人間たちを加護し、結解を張った。ここら一帯は、魔族は寄り付かない。その代の龍王は、たまたま強力だったのだ。」
レイラは、少しずつ、飲み込めてきました。こんなふうに、緩やかな暮らしをしていたのは私たちだけで、この龍の言う、“外”に出たら、あっという間に地獄になってしまうのかもしれないということかと。
「そのうちに、“加護”の力を持つものが現れてきた。その人たちは、名前によって、魔族に対抗する力を得たのだ。そして、龍王と“加護”を持つ人間は、助け合って魔族に襲われない安全地帯を、広げて言っていた。」
レイラはゆっくり、それをかみしめていた。自分が、そうだというのは、容易に予測できました。
「あの晩も、私とお二人は、協力して戦っていた。少し広がったところで、うまくかわして、安全な地帯に帰ったのだ。その時、結解が緩んでいたのか、魔族がそこに侵入してきた。すでに疲れていた私たちは、一方的にやられた。そのとき、お二人は、体を張って、結解を直し、魔族を撃退したのだ。」
「そ、そんなことって……」
レイラは、すでに泣きそうになっていました。
「そうだ。」
ライトは、絶望的な言葉を放った。
「お前の両親は、殺されたのだ。」
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急な世界観の変更に、びっくりしていただければ幸いです!




