エピローグ ミッシングマン・フォーメーション
10月31日 0954時 ディエゴ・ガルシア島
「気をつけ!」
基地の警備隊の指揮官、フランクリン・オッコーネルの声が響いた。基地のエプロンに駐機したKC-130Rから、台湾国旗に包まれた棺が6人の男女の手によって下ろされる。
やがて、基地に爆音が響く。4機のSu-27がフィンガーチップの編隊で基地の上空をゆっくりと飛び、そのうち二番機、つまり、アレクサンドル・グラーキンが乗る機体がハイレートクライムで上昇する。
葬儀は簡単なものだった。ゴードン・スタンリー司令官が、集まった"ウォーバーズ"のメンバーを前に、故人を称える言葉を述べ、シュウランの棺はディエゴ・ガルシア島の片隅に水葬された。スタンリー司令官は、当面の間、依頼を受け付けるのは休止すると全員に告げた。
10月31日 1211時 ディエゴ・ガルシア島
佐藤勇は、島の片隅に設置された、金属のプレートの前にした。そこには『Our Great Friend and Great Fighter Pilot Wang Shu-Rang 1993-2026 Taiwan』と彫られている。
佐藤にとって、仲間を失うのは、これが初めてでは無かった。航空自衛隊にいた頃、F-15Jに乗って夜間の飛行訓練に向かったきり、帰って来なかった後輩がいた。未だに傭兵部隊で独身のままでいる佐藤と違って、そいつは、既に家庭を持っていて、あと3ヶ月もすれば二人目の子供が生まれるところだったのだ。
佐藤は、右手で無精ひげが伸び放題になっている自分の顔に触れた。その左手には、琥珀色の液体が入った酒瓶が握られている。
「おい、シュウラン、聞いてるか?」
佐藤が聞いているのは、波と風の音だけだった。
「お前がここに来た時、ボスは言っていたな。命の保証なんて、この商売には無い。確かに、報酬は高い、でも明日死んでもおかしくない世界だって」
佐藤は空を見上げた。雲一つない快晴だ。やがて、ジェットエンジンの音が聞こえてきた。向こうにC-5Mギャラクシー戦略輸送機の機影が見える。"アーセナル・ロジスティックス"の輸送機が、物資を運んで来るのだろう。
「そうさ。僕らは、いつ死んでもおかしくない世界に足を踏み入れて、後戻りが出来なくなったバカな鳥さ。行きつく先は地獄だけ。でも、誰かがやらないと、この世界は本当に悪人がのさばって、今よりもっと酷いバトルロワイヤル状態になってしまう」
波の音と風の音、そしてカモメかウミネコなのか、海鳥の鳴き声だけが聞こえてくる。インド洋の絶海の孤島でしか味わえない静けさ。佐藤はワンの墓標の前に酒瓶を置く。
「それじゃ、行くぜ。実は、もう今夜からイスラエルへ行かなきゃならないんだ。新しい戦闘機と新入りが待っているからな」
10月31日 2011時 ディエゴ・ガルシア島
3機のガルフストリームG650が、ディエゴ・ガルシア島から飛び立った。これらのビズジェットのうち2機が、佐藤勇、ウェイン・ラッセル、ケイシー・ロックウェル、そして、30名ほどの整備兵たちを乗せてイスラエルのハツェリム基地へと向かう。彼らは、これから4か月のF-15EX操縦訓練課程に入るのだ。
一方、片割れの1機は、パトリック・コガワと整備員たちを乗せ、クウェートへと向かった。コガワはそこでF/A-18Fスーパーホーネットの操縦訓練を受けることになる。
ゴードン・スタンリーは私室で窓の外を見ていた。乾季が近づいており、降雨量が少なくなる。海水脱塩装置と浄水装置をフル稼働させて飲用水を大量に確保しなければならない。
飛行隊長である佐藤がいない以上、依頼を受け付けることはできない。その間、飛行訓練を取り仕切るのは、副飛行隊長であるジェイソン・ヒラタだ。
やがて、ドアをノックする音が聞こえてきた。ドアが開き、ジェイソン・ヒラタが入ってきて敬礼する。スタンリーも答礼した。
「お呼びですか?ボス」
「ああ、そこにかけてくれ」
スタンリーは、部屋のソファーを示した。そして、キャビネットを開け、グラスを2つと高級なコニャックが入った瓶を手にする。そして、それぞれに酒を注ぎ、ヒラタに片方を渡す。
「シュウランに」
「我が友に」
二人は、アルコール度数の高い琥珀色の液体を一気に喉の奥へと流し込んだ。
「ユウの奴、よくすぐに訓練に行ったな」
「まあ、あちらさんで人を待たせていますからね。こちらの事情があるとは言え、簡単にスケジュールを変えてしまう訳にはいかないでしょう」
「それもそうだな」
「それに、シュウランもそれを望んでいるでしょう」
できるだけ早く日常を取り戻す。それが死者に対する弔いの一つのやり方だろう。確かに、受け入れるのは時間がかかるが、いずれは時間が解決してくれる。
「なあ、ジェイ、もう少し飲まないか?実はな」
スタンリーは、キャビネットの一番奥からワインと、二つのワイングラスを取り出した。それは、軽く5万ユーロは超える値段が付くはずの当たり年のワインだ。それで戦闘機は買えないが、高級車くらいならば買えてしまう。もし、ワインの収集家がこれを目の前にしたら、どんな大金を積んでも手に入れようとするだろう。
「ボス、何処でそんなものを買ったのです?」
「実は、コソボに行った時があっただろう?その時にな」
「全く、ちゃっかりしてますね」
「ミンには内緒にしてくれよ。あいつ、俺の酒の量が増えていると事あるごとに小言を言っているからな」
「当然ですよ。わかってますって」
そして、スタンリーとヒラタは、夜遅くまで、司令室で酒を飲み、翌日は当然ながら二日酔いの状態で朝食を食べる羽目に遭ったのだった。




