捕虜奪還作戦-4
10月26日 0451時 スーダン北部某所上空
『"ゴッドアイ"より"ウォーバード1"。方位177、高度8000に敵機を4機確認、排除してください』
原田景の声が無線から聞こえてきた。捕虜が拘束されていると思われる施設まで、あと僅か70マイルのところまで近づいてきたところだった。ヘリは今、前方展開拠点で待機し、捕虜回収作戦開始のゴーサインを待っているところだ。
「撃ち漏らしがあったか。まあ、仕方が無い」
佐藤はレーダーで前方をスキャンした。確かに、IFFに反応しない機体が4機、前方からこっちに向かって飛んできている。距離は100マイル程。まだAMRAAMの射程内では無い。
『隊長、こいつらは俺にやらせてくれ』
『私もやるわ。撃ち漏らしはお願い』
ハンス・シュナイダーとレベッカ・クロンヘイムが攻撃を担当すると言ってきたため、佐藤は許可した。そして、残り2機はオレグ・カジンスキーとニコライ・コルチャックが撃ち、他のメンバーは撃ち漏らした敵にドッグファイトを仕掛けるというやり方を30秒以内に取り決めた。
『"ウォーバード8"、ミサイル射程内』
『"ウォーバード7"、ターゲット追跡中・・・・・』
やがて、2発のミーティア空対空ミサイルが発射された。続いて、R77も2発、放たれる。放たれたミサイルは全部で4発だ。
"ウォーバーズ"の編隊が捉えたのは、4機のMiG-21MFランサーだった。これは、MiG-21Pにイスラエル製の火器管制システムを組み込んだ近代化改修機で、イスラエル製のHMDとパイソン空対空ミサイルに対応している。このランサーは、巡航ミサイルや地対地ミサイルで攻撃されているウォーマーズの部隊の基地にある機体のうち、破壊されることなく離陸できた、数少ない戦闘機だった。
だが、MiG-21MFのパイロットにとって不運だったのは、この戦闘機が名前の通り長い"槍"を持っていなかったことだ。いくら近代化改修しているとはいえ、MiG-21は中射程空対空ミサイルを運用できない。せいぜい、R-73が関の山だ。
ミサイル警報装置の音で、ミグのパイロットは自分が攻撃されていることに気づいた。自機のレーダーで敵影を捉えることができていないことから、中射程のレーダー誘導ミサイルで撃たれたと判断したパイロットは、ECMを操作した。しかし、ミーティアのレーダーシーカーは騙されなかった。やがて、凄まじい衝撃が機体を揺さぶる。コックピットの中で、耳障りな警報と赤いランプが幾つも点滅する。多機能ディスプレイには、油圧とエンジンが壊れたことを示すサインも表示されている。パイロットはたまらず射出座席のハンドルを引いた。
「ターゲットダウン、奴らは全滅だ。ゴッドアイ、他に敵機は?」
ハンス・シュナイダーはレーダー画面で全ての敵機を破壊したことを確認した。他に敵機はいないようだが、油断はできない。
『少し待て・・・・・いや、今のところ、こっちのレーダーで捉えている奴らはいない。引き続き、警戒してくれ』
10月26日 0455時 スーダン北部上空
「こちら"サンド1"、敵機の脅威の排除完了」
サイード・バリス大佐は、自らラファールEGの操縦桿を握り、制空権の確保に努めていた。先ほど、僚機が最後のJ-10Bを撃墜し、空域は、ほぼ"クリーン"になったことを確認した。
地対地ミサイルや巡航ミサイルで、敵の航空基地を予め攻撃していたこともあり、敵戦闘機による迎撃は少なかった。だが、ここからは地対空ミサイルや高射砲を警戒せねばならない。むしろ、捕虜を載せるヘリにとっては、そちらの方が大きな脅威となる。それに、捕虜を載せるヘリが撃墜されてしまったら、この作戦は失敗となってしまう。
そのため、ラファールの編隊のうち数機はSBU-64を、F-16にはAGM-65マヴェリックを搭載させている。
『"サンド1"、こちら"ゴッドアイ"です。そちらの空域が"クリーン"になったことを確認しましたが、引き続き警戒してください』
「"サンド1"了解」
バリス大佐は、今、通信した相手である傭兵部隊の空中管制機のオペレーターが誰だったか、思案して、数秒で思い出した。確か、日本人の若い女性だった。さて、そろそろ捕虜を載せる"タクシー"を呼んでもいいころだろうか。
10月26日 同時刻 スーダン北部某所
「始めるぞ」
真っ暗な砂漠で、5両のジープがエンジンを始動した。この車両は、エジプト陸軍特殊部隊、フォース777の分隊のものだ。
フォース777は、既に捕虜収容所近くまで進出しており、偵察して敵の戦力の情報を収集していた。そして、そこにいる敵兵の人数や兵器の数も把握している。
彼らの任務は、捕虜収容所近くの送電施設を破壊し、敵を混乱させることだ。捕虜収容所に伸びている送電設備は5か所確認されており、エジプト軍特殊部隊は、当然ながら全て把握済みだ。
先遣隊として侵入していた8人の特殊部隊員が、送電施設の様子を確認した。M4かHK416と思しき自動小銃を持つ敵兵が、二人一組、2つのグループで見回りをしている。やはり、警戒はしているらしい。
特殊部隊員は腕時計を見た。作戦のタイムライン通りならば、あと5分ほどで作戦を開始することになる。
「くそっ、どうする?とっとと奴を殺さないと、作戦が失敗するぞ」
「こうなったら仕方が無い。やるしか無かろう。但し、サイレンサーを使え」
「わかった」
先遣隊の隊員のうち、二人の選抜射手は、リュックからFN SCAR-Hを取り出して組み立てた。20インチの、銃身が長いタイプのもので、バイポッドを兼ねたバーティカルフォアグリップとナイトビジョン狙撃スコープ、サイレンサーが搭載されている。
選抜射手は、SCAR-Hを構え、敵兵の頭に狙いを定める。幸いにも、そいつは防弾チョッキは着ているが、ヘルメットは被っていない。
距離は150m。余程のヘマをしない限りは失敗しない距離だ。選抜射手は呼吸を整え、敵兵の頭にスコープの十字線の交点を合わせ、引き金に指をかけて息を止めた。
そして、カチッという音と共に7.62mmNATO弾が飛び出し、敵兵の頭蓋骨が砕け、地面に脳漿がぶちまけられた。更に一人、また一人とテロリストの見張りが斃れる。
「クリア」
「クリア」
「オールクリア」
特殊部隊員たちは、プラスチック爆薬とタイマーを持ち、送電施設へと駆け寄った。そして、かなり手際よく爆薬を仕掛けていく。全てのターゲットに爆薬を仕掛けるまで10分もかからなかった。
「よし、タイマーを15分に設定しろ。そして、俺の合図でスイッチを入れろ。設置したら、急いで集合場所に向かって、トンズラだ」
『了解』
『了解』
それからかっきり15分後、送電施設は爆破された。これで、テロリストの捕虜収容所は、非常電源に切り替わるまで停電状態になるだろう。さあ、作戦開始だ。




