捕虜奪還作戦-2
10月26日 0353時 エジプト・スーダン国境地帯
『レーダー波捕捉。ターゲット選定・・・・・・』
"殴り込み"を担当するF-16CJファイティング・ファルコン戦闘機の編隊が、スーダンの防空レーダー波を検知した。このF-16には、AIM-120C AMRAAMとAIM-9Mサイドワインダー、そしてAGM-88E AARGMと600ガロン増槽が装備されている。彼らの役目は、スーダンとエジプトとの国境地帯に設置された防空レーダー網の破壊だ。
『ターゲットロック・・・・・発射!』
F-16が一斉にAARGMを発射した。その数、16発。マッハ2.8で飛ぶこのミサイルを回避するのは、移動式レーダーでもほぼ不可能だ。従来型のHARMならば、敵がミサイルの発射に気づき、レーダーの送信を中止すればミサイルのパッシブシーカーは電波を見失い、ターゲットを破壊することはできなかった。だが、このAARGMは、レーダーの電波の送信元の位置を記憶する機能があり、例え防空レーダーのスイッチを切られても、レーダーそのものを位置を移動させない限りはターゲットを破壊してしまう。
当然ながら、ウォーマーズの部隊が設置した防空レーダーは、ミサイルが直撃するまでに移動するなど不可能だった。何も知らないテロリストの防空オペレーターはレーダーのスイッチを切ることで対処したが、AARGMはしっかりと役目を果たした。
『"ゴッドアイ"、こちら"ハマー1"。ターゲットの破壊した。他に防空レーダーが動いている様子は無い』
『"ハマー1"、こちら"ゴッドアイ"。了解した。攻撃部隊を突入させる』
16機のラファールEMがスーダンとの国境を越えた。装備は増槽とMICA-EMが4発とMICA-IRが2発、そしてSBU-64が6発と増槽が3基だ。先鋒部隊が防空レーダーを潰してくれたおかげで、この部隊は全く敵の迎撃を受けずに、真っすぐにターゲットへと向かうことができた。
10月26日 0411時 エジプト・スーダン国境地帯
何一つ目印の無い広大なサハラ砂漠の一角に、トラックやタンクローリー、移動式管制レーダー、地対空ミサイルシステムがポツンと置かれていた。ここは、エジプト空軍と防空軍が設置した、簡易的なヘリの前線支援拠点だ。
やがて、真っ暗な空にヘリの凄まじい轟音が響き渡った。北の方から、20機を超えるヘリコプターの大群が、こちらに向かって着陸して来る。
内訳は、AH-64Dアパッチ・ロングボウが8機、CH-47Dチヌークが10機、UH-60Aブラックホークが1機、AH-64Eアパッチ・ガーディアン、CV-22Bオスプレイ、HH-60WジョリーグリーンⅡがそれぞれ1機ずつだ。
ヘリは、それぞれ指定された簡易ヘリパッドへと、凄まじい砂ぼこりを巻き上げながら着陸し、やがてエンジンを切った。先ほどまで高速回転したローターにブレーキがかかり、徐々に停止する。周囲の砂嵐が収まると、ヘリのクルーたちが降りてきた。彼らはこれから、攻撃部隊の合図があるまではここで待機することになる。
10月26日 0423時 スーダン国内
荒涼とした砂漠に設置された飛行場に、大量の戦闘機が駐機していた。Su-35S、Su-30SM、J-11B、JF-17、テジャス、クフィル、サエゲと選り取り見取りだ。
しかしながら、簡易的な滑走路と誘導路、テントのようなやわな簡易シェルターしか備えられていない。本来なら、鉄筋コンクリート製の強化シェルターが建設されるはずだったのだが、工事の遅れから、それは実現されていない。
更に、ここにある防空システムは、SA-11”ガドフライ”こと9K37とSA-13"ゴファー"こと9K35、そしてZSU-23-4しか設置されていない。
最高指揮官のグラント・ウォーマーズは、いずれはここにS-300といった最新の防空システムを設置する計画を立てていたが、最近、資金調達に暗雲が立ち込め始めていて、上手くいっていなかった。
ここの基地の指揮官であるニコライ・ガルーキンは不満タラタラだった。なんでも、ここのところ、部隊の財政状況の悪化から、ミサイルやレーダーに必要な発電機や戦闘機に使う燃料やスペアパーツの供給が滞り始めていたからだ。そのため、この飛行場の防空システムの稼働率は半分にまで落ち込み、戦闘機に関してはもっと酷い状態になっている。
せっかくスーダンという拠点を手に入れたというのに、なんてザマだ。とは言うものの、あと数日もすれば、占領したレアメタル鉱山からマンガンやリチウムの出荷が始まる予定だ。そうなれば、そう遠くないうちにこれらの代金が部隊に支払われる。そして、その代金は兵器の調達に使われると司令部から連絡があった。あとわずかな辛抱だ。そうすれば、部隊を立て直し、再びエジプトへの侵攻を再開することができる。
「ニコライ」
背後から部下に呼ばれ、ガルーキンは振り返った。湯気を上げるマグカップを両手に1つずつ持ち、スリングでHK33自動小銃を背負った砂漠迷彩服のアラブ系の男が立っていた。
「静かですね」
「ああ」
ガルーキンはコーヒーをすすり、空を見上げた。まだ夜明けまで随分時間がある。もうすぐ当直は交代の時間を迎えるだろう。
「実は、ちょっとした問題が持ち上がっています。戦闘機なのですが、特にエンジンとレーダーのスペアパーツが枯渇して動かせない機体が出てきました。Su-30SMとSu-35S、J-11B、テジャスです。急遽、手配中ですが、暫く到着を待たねばならない状態です」
ガルーキンは、再びコーヒーを啜り、頷いた。
「無い物は仕方ない。とにかく、今、動かせる装備でどうにかするしか無い訳だな」
「その通りです」
こんな状況で部下に当たり散らしても、状況が良くなることは無いというくらい、ガルーキンは良識を弁えていた。
「わかった。まず、防空班の人間を一旦集め、今、何ができて何ができないのかをまとめて、後で報告してくれ。それから・・・」
ガルーキンがそこまで話しところで、突如として未明の空にサイレンが鳴り響く。
「敵襲だ!本部に連絡しろ!」
レーダー操作士官とミサイルの射撃手が戦闘配置に着く。更に、旧式のZSU-23-2の砲身が首をもたげ、空を向く。
だが、ここで問題が発生した。防空レーダーとミサイルの火器管制レーダーは機能したものの、ミサイルランチャーに不具合が起きたのか、ミサイルを上空に向けることができたランチャーは1基だけだった。
「畜生!どうなってやがる!」
「ダメです!ランチャーの電源が起動しません!」
やがて、もう1基のランチャーが起動したものの、すぐにパワーが落ちてしまった。
「ああ、畜生!ミサイルがこっちに来る!急いで射て!」
だが、そこでガルーキンは気づいた。飛んできているミサイルは、対レーダーミサイルのはずだ。つまり、レーダーを稼動させていると、自ら敵のミサイルをこちらに誘導してしまう。
「ダメだ!馬鹿者!今すぐレーダーを切れ!あれは、こっちのレーダーに向か・・・・」
ガルーキンは叫びながらSA-11のレーダーシステム車に駆け寄ろうとした。だが、数歩も歩かないうちに凄まじい衝撃波でガルーキンは20mも後方に吹き飛ばされ、背後のBTR-60装甲車に全身を叩きつけられた。
ガルーキンは、自分が指揮すべき防空陣地が完全に破壊されたのを知ることなく、爆発したミサイルランチャーから飛び散った無数の金属片に全身を切り刻まれ、こと切れていた。




