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作戦行動中止

 10月22日 0711時 エジプト カイロ西空軍基地


 どうしたものか、とゴードン・スタンリーは焼かれた羊の肉とレタス、トマトを挟んだサンドイッチを咀嚼しながら考えていた。

 ワン・シュウランが撃墜され、消息を絶ってから3週間が経とうとしている。通常ならば、とっくのとうにSARを打ち切られ、MIA、つまり戦闘作戦中行方不明扱いにされているはずだ。

 もし、自分たちが、例えばアメリカ空軍5個混成戦闘航空団と2個爆撃機航空団、2個航空輸送機動団、3個捜索救難飛行中隊くらいの戦力と人員を持っていれば、スーダンという国そのものを八つ裂きにしてでもシュウランの捜索を行っただろう。だが、そんな戦力を持つ傭兵部隊など、世界中どこを探してもいないだろう。

 それに、MIAになっているパイロットはワン・シュウランだけではない。エジプト空軍の戦闘機パイロットも、10名が撃墜され、そのうち7名がMIAとなっている。

 敵は思った以上に厄介な相手だ。実際、現状としてはエジプト南部に侵入してきた敵の部隊は、T-80UMやT-90M、更には99式Gといった高性能の戦車、Su-33やJ-10といった第4世代戦闘機、2S19やPHL-03などの新鋭の火砲を備えていることが確認されている。

 アフリカ随一とも言われている、エジプト陸軍と空軍ですら苦戦するような相手。そのような戦力を備えている傭兵部隊など、かなり限られた連中だ。だが、複数の傭兵グループが連合を組めば、そこそこの中規模な戦力の国に侵攻すること自体は、そう難しいことでは無い。なので、スタンリーは、この連中の正体は、エジプト侵攻という一つの目的のために、中規模から小規模の傭兵部隊が集まってできた連合部隊であると考えていた。

 スタンリーは、そこで、ふと、ある考えが浮かんできた。スマホをポケットから取り出し、文章を推敲しながらメールを打つ。そして、再び残っていた朝食を咀嚼し始めた。早ければ、連絡した相手は、今日の夕方には返事を寄越してくれるだろう。


 基地のエプロンでは、"ウォーバーズ"の技術班兼航空機整備班が慌ただしく動き回っていた。スペンサー・マグワイヤと高橋正の指揮の下、整備員たちが電子マニュアルの通りに戦闘機や空中給油機、ヘリコプターの機体のあらゆる箇所を点検し、キャノピーを鏡のように陽光を反射するくらいまでワックスでピカピカに磨く。キャノピーの汚れは、その僅かな小さいシミ一つで敵機の見逃しを生じさせ、パイロットの命を奪いかねないものだ。

 太陽はまだ東の低い位置にあるが、間もなく昇って気温もどんどん上がってくるだろう。そうなれば、外の気温は40度や50度にもなる。

 やがて、基地の滑走路の延長線上の上空に、小さな機影が見えた。それはみるみるうちに大きくなり、最後はグレーに塗られた4発エンジンの巨大な輸送機がゆっくりと近づいてくる。C-5Mスーパーギャラクシー戦略輸送機だ。C-5Mはその巨体を静かに滑走路にタッチダウンさせ、フォローミーカーに率いられながらエプロンに向かう。この巨大な飛行機は、イスラエルやインドで戦闘機のスペアパーツやミサイルの部品をカーゴベイに満載してやって来たのだ。機体にはルクセンブルク籍を示す機体番号と"Arthenal Rogistics"という文字が描かれている。

 やって来たC-5Mは、この1機だけでは無かった。巨人のようなC-5Mが次々と着陸し、最終的にやって来たスーパーギャラクシーは12機にもなった。


 エプロンに駐機するC-5Mは、前後のカーゴランプを開き、"アーセナル・ロジスティックス"の隊員たちが荷物をどんどんエプロンの上に置いて行く。それらは、一旦、"ウォーバーズ"が使っているカイロ西空軍基地の倉庫へと運ばれ、荷ほどきをと検品を受けることになる。

 今回、"アーセナル・ロジスティクス"のボスであるハーバート・ボイドはやって来なかった。代わりに、ボイドの右腕の一人であるミヒャエル・ホルツマンがやって来ていた。ホルツマンは、元ドイツ空軍の輸送機部隊の大尉で、この輸送機編隊(コンボイ)の指揮を任されていた。

「今日はハーバートは忙しいのか」荷受け作業の様子を見ているゴードン・スタンリーがホルツマンに話しかける。  

「ええ、そうなんです。これからトルコ、そしてインドへ行って、それからシンガポールへ行ってからオーストラリア。3日休んだら、またインドにとんぼ返りして、イスラエルへ行ってから、イタリア、イギリスへ行くというスケジュールなんですよ」

「恐ろしくハードだな」

「なあに、いつもの事です。その後、イギリスを発ってから南アフリカ行って我々と合流するのを待つことになります。そうしたら、やっと一息つけます。まあ、他に依頼が飛び込んでこなければですが。そっちはどうなんです?パイロットは見つかりましたか?」

「いや、残念ながら・・・・・・」

「そうでしたか。そうそう、もうエジプト南部からスーダンにかけては、安全空域では無くなったという情報が飛び交っていますよ。あとでフライトレーダーを見てください。その辺りに、ADS-Bを搭載した飛行機のアイコンが映っていないのがわかると思います」

「俺たちがいるような場所は、いつもそうなっているよ」

「あ、そうそう。この書類にサインをお願いします。それと、荷物を全部引き渡したら、我々はすぐにまたインドへ行かないといけないのですよ」

 ホルツマンがクリップボードに挟んだ書類をスタンリーに見せた。スタンリーはその書類にしっかり目を通してからサインした。

「ありがとうございます。ところで、エジプトから出るときに何か注意することはありますか?」

「エジプトの南半分の空域を、戦闘機の護衛無しで飛ぶのはやめておけ。テロリストの戦闘機が撃ち落としに来る」

「わかりました。つまり、来るときも帰るときも、地中海上空経由で、ということですね」

「ああ、それが賢明だ。それと、必要があれば、戦闘機の護衛を雇え」

「それがいいと思います」

 ホルツマンとスタンリーは基地を見回した。エジプト空軍のタンクローリーがC-5Mに横づけし、燃料の補給を始めた。


 10月22日 1245時 エジプト カイロ西空軍基地


 今日の作戦は、一旦中止となった。と、いうのも、カイロにとんでもなく巨大な砂嵐が迫ってきており、それが完全に過ぎ去るまで飛行機を飛ばすのはおろか、外出することすら危険だと空軍の気象部隊が知らせてきたのだ。


 砂漠用迷彩服に身を包んだ佐藤勇は、で宿舎の窓の外を見た。確かに、東の方から赤茶色の巨大な雲の塊のようなものが物凄い早さで基地の方に向かって来ているのがわかる。それがどうやら件の砂嵐らしい。 

 シャリク大尉曰く、こんな砂嵐の日は、飛行機を飛ばすどころか、外を歩くことすら危険で、外出するのは余程のバカ者か自殺志願者のどちらかだという。日本には、砂漠と言えるような場所は無く、佐藤にとっては、砂嵐というものを見るのは初めてだ。


 やがて、窓の外は赤茶色の砂でいっぱいになり、1メートル先すら見えないほど視界が悪くなった。激しい風で窓がガタガタ鳴り、それと同時に無数の砂がガラスと壁に当たって弾ける音が聞こえてくる。

 今日、荷物を運んできた"アーセナル・ロジスティクス"の輸送機は、3時間前にトルコへ向けて出発したので、これに巻き込まれる心配はしなくても大丈夫だろう。

 これは飛行機を飛ばすのは無理だ。事実、戦闘機は全てハンガーやシェルターに収められ、エプロンに出ている輸送機やAEWは、エンジンとAPUの吸排気口やピトー管、更には窓にまでに入念にカバーとシーリングが施されている。

 地上部隊には気の毒だが、南部で活動できる航空部隊の支援だけでなんとかしてもらうしか無い。だが、敵もエジプト北部まで飛行機を飛ばすことはできないというのも意味している。

 ゴードン・スタンリーはタブレットPCでカイロ周辺の気象情報を確認した。大きな黄色い塊がカイロ市周辺を覆っている。これが砂嵐だ。

 予報によれば、今日はほぼ一日中、カイロを中心にエジプト北部の上空はこの砂嵐に覆われ続けるようだ。勿論、その間に限られたできることはしなければならない。スタンリーは燃料と弾薬、そして飛行機のスペアパーツの備蓄状況の確認から始めることにした。

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