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捕虜と悪人のカシラ

 10月17日 1701時 スーダン某所


 鉄筋コンクリートでできた建物にある独房の小さな格子状の窓から、僅かに夕日が差し込んでいる。他の捕虜と顔を会わせたことは無いが、自分以外にもここに拘束されている人間が複数いることは、外から聞こえて来る物音から簡単に推測できた。


 ワン・シュウランは撃墜され、エジプト側に侵入してきた武装組織に拘束され、捕虜となっていた。ワンが捕まった時、頭にずた袋を被せられてトラックに載せられてスーダンへと移送されたが、その時、僅かに見える袋の縫い目の隙間から様子を見た時、10名程のエジプト軍人と3人の民間人が一緒に移送されているのはわかった。


 1日のスケジュールは全く同じだった。1日2回のビスケットとドライフルーツ、ビーフジャーキーだけの食事と、1アメリカガロンの水が支給され、正午になると、順次、1回1時間の捕虜の尋問が行われる。

 身に着けているものは、フライトスーツとインナー、ブーツ以外は全て没収された。このフライトスーツや靴下は、砂漠の暑さで出る汗を吸い、今までに嗅いだことが無いような得体の知れない臭いを放ち始めている。だが、ここが乾燥しているスーダンだというのがまだマシだ。もし、ワンの故郷である台湾、それも真夏だったら、このテロリストどもですら、裸足で逃げ出すようなとんでもない化学兵器と化していただろう。

 やがて、ヘリのローター音が聞こえてきた。ここに移送されてから、数日置きにヘリや飛行機、それも戦闘機の音が聞こえて来ることを考えると、ここへの人員や物資の輸送を行っているのだろう。だとすると、少なくとも、自分がそれなりに大きな滑走路がある飛行場にいるということはわかった。


 10月17日 1713時 スーダン ポートスーダン空港


 グラント・ウォーマーズはMi-17汎用ヘリのキャビンから空港の様子を見下ろした。エプロンには戦闘機や攻撃機、輸送機が並んでいる。

 西側の戦闘機がクフィルC7とF-5Eしか無い一方で、東側の戦闘機はかなり充実しており、Su-34やMiG-35S、更にはJ-10Cなどの姿も見える。


 ナイルに配備していた舟艇部隊が壊滅してしまったのは、それなりに痛手だった。新たにミサイル艇や哨戒艇を調達するのもコストも時間もかかるため、ナイルに舟艇部隊を新たに配備するのは非現実的だ。それよりも航空部隊や機甲部隊を充実させた方が現実的だろう。

 この作戦最大の目的は、エジプト南部の油田やレアメタル鉱山の占領だ。舟艇部隊よりも、ターゲットを確保するための地上部隊やそれを援護するための航空部隊の方が、ウォーマーズにとっては重要となる。


 ヘリが着陸すると、ウォーマーズを迎えに来ていた部下がさっと敬礼し、ウォーマーズも答礼した。エプロンでは、丁度、4機のSu-24MRが燃料の補給を受けているところだった。

「これから偵察部隊をエジプトに送る準備をしているところです。電子攻撃機に護衛された偵察機で国境に配置されている敵の防空システムの状況に探りを入れます。敵のSAMサイトと防空レーダーがあるため、他の基地から出撃するJ-16Dを護衛に向かわせます。J-16Dは、LD-10対レーダーミサイルの他、自己防衛用のPL-8を搭載させています」

「偵察か。万が一、敵がやって来た時の対応は?」

「J-16DにECMを巻き散らせつつ、すぐに退却させます。交戦は極力避け、どうしようも無くなったときまでは自衛用のPL-8を使わぬよう厳命しています」

 ウォーマーズは頷いた。

「よろしい。とにかく、偵察部隊には無駄な交戦はさせるな。J-16Dのパイロットには、ECMのみを行う戦術を検討させているな?」

「当然です。あくまでも交戦はどうしようも無くなった場合の最終手段です」

「とにかく、敵の防空システムについての情報がもっと必要だ。それが無いと、パイロットを自殺させに行っているようなものだからな」

「電子偵察機は、他にもIl-18"クート"やY-9JBがあります。まずは、敵の状況を見極め、作戦を立案します」

「地上部隊の方は?」

「私が受けている報告によりますと、一部の部隊がエジプト国内に侵入していますが、陸軍の部隊と交戦しているため、目標地域の鉱山にはまだまだ時間がかかると思われます」

 エジプト陸軍は、アフリカでも最大規模、最強クラスの陸軍だ。そう簡単に打ち破れる相手では無い。

「作戦は、基本はタイムラインに沿ってやるが、現場の要請があれば必要に応じて変更させろ。特に、航空支援に関してはな」

「今日は、偵察機以外の航空機を出撃させる予定はありません。前線の様子はどうです?」

「今は敵の状況がわからなくなってきている。"戦場の霧"というやつだ。だが、あまりわかり過ぎてしまうのも考え物だ。それぞれの部隊の状況がはっきり見えてしまうと、各大隊の大隊指揮官が現場で戦っている部隊にあれこれ口を出してしまうからな。はっきり言って、それは良くないことだ。俺が軍にいた頃から、それは身に染みてよくわかっている」

「では、前線にいる連中は、今は現場指揮官に任せている、と」

「ああそうだ。よほどの特別な事情が無い限りは、作戦に変更は無い。そのまま任せておく」

「了解です。他に連絡することはありますか?」

「特にない。後は予定通りにやればいい」

「わかりました。それで、捕虜は?」

「まだ生かしておけ。利用価値が無いとは限らない。それに、俺たちは蛮族じゃない」

「了解です」

「それでは、俺は司令部に戻る。何か異常があったりしたら連絡してくれ」


 ウォーマーズがキャビンに乗り込むと、ヘリはすぐに離陸した。とにかく、エジプト南部の油田と鉱山を占拠することが先決だ。南スーダンやチャド、エチオピアは資源に乏しく、どうせ後でいつでも制圧可能だ。だが、エジプトだけは違う。エジプトはアフリカ諸国でも指折りの経済力と軍事力を持っており、ウォーマーズの"建国"にとって最も厄介かつ危険な相手だ。しかも、悪いことに、ウォーマーズが蹶起を起こしたタイミングで、エジプトは多くの傭兵部隊を国内に招き入れて軍事演習を行っており、それらの傭兵たちをエジプトはカネにものを言わせて雇い入れたのだという。

 こちらは、エジプト軍に対抗できるだけの部隊を編制してカチコミを仕掛けたが、傭兵連中の存在は計算外だった。だが、実戦では計算外というのはいつものことだ。そんな事は、ウォーマーズが現役の南アフリカ陸軍将校だった時から訓練でも頻繁に起きていたことなのだ。実際の紛争ともなれば、尚更のことだ。それは、傭兵として数々の戦場を渡り歩いてきたことで、ウォーマーズはすっかり慣れきっていた。

 そこそこ緑豊かで都市化・近代化された故郷の南アフリカ共和国と、荒涼とした砂漠が広がり、お世辞にも近代化に成功しているとは言い難い無政府状態に近いスーダンとでは、同じアフリカ大陸にあるとは思えない程環境が違う。だが、今の稼業を続けるのであれば、間違いなく後者の方が拠点としての利用価値がはるかに高い。こういった国は、大抵の場合、他の国から見捨てられ、特にヨーロッパやアメリカ、中国といった国の軍からの介入を受けることも少ない。

 さて、今は予定通りに行動することが肝心な時だ。必要も無いのに下手に計画を突然変更してしまうのは、現場で侵攻中の部隊に不要な混乱を引き起こすだけだ。ウォーマーズは、現場の部隊にはおおまかな目標だけを伝え、後はそいつらに任せるということを重視していた。自分が指示を送るのは、本当に必要になった時にすると決めていた。

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