ナイル川阻止戦線-4
10月13日 1154時 エジプト カイロ西空軍基地
"ウォーバーズ"の8機の戦闘機が戻ってきた。4機ずつ、オーバーヘッドアプローチで着陸する。エプロンでは既にタンクローリーやミサイルを搭載したローダーが準備を終え、いつでも補給準備OKといった様子だ。
佐藤はF-15Cを着陸させると、滑走路の端で機体を止めることなく真っすぐエプロンに向かった。"ウォーバーズ"のこの機体の機付長が大きく腕を振って、タンクローリーとAMRAAMやパイソン5などを載せたウェポンローダーが待っているスペースに誘導する。メカニックがミサイルと燃料、増槽を搭載させている間、佐藤はコックピットの中で軽く足をばたつかせ、背伸びをした。確かに戦闘機の機内は狭いが、この機体は大柄なアメリカ人に合わせて造られており、戦闘機パイロットとしては小柄な部類に入る佐藤にとっては余裕を感じる広さだ。
『タワーからウォーバード隊各機へ。エンジンを回したまま、燃料と兵装の補給が終わるのを待て』
メカニックはあっという間に戦闘機にミサイルと増槽を搭載し、燃料を入れる。そして、それをものの15分もかからない時間でやってのけた。普段から戦闘機の再補給・再出撃訓練を繰り返してきたことによる賜物だ。
やがて、整備員が戦闘機の周囲を確認し、一斉に機体から離れ、親指を立てて、無線機に向かって話すのが見えた。
『カイロタワーより"ウォーバード1"へ。誘導路への移動を許可する。着陸機があるため、滑走路前で一旦待機せよ』
"ウォーバーズ"の戦闘機がゆっくりと誘導路へ向かい、滑走路前で停止した。間もなくして、4機のラファールが着陸し、素早く基地のエプロンへと滑り込んでいった。
『カイロタワーよりウォーバード隊へ。離陸を許可する。離陸後は8000フィートまで上昇しつつ、方位177へ向かえ』
「"ウォーバード1"了解」
佐藤は戦闘機を滑走路で停止させると、一旦、F-15Cのスロットルを軽く押してエンジンの調子を確かめた。エンジンの調子は上々だ。
佐藤は2つのスロットルレバーを同時に前に押し出し、アフターバーナーに点火させた。聞きなれた轟音とともにF-15Cが一気に加速する。佐藤は速度計とエンジンのメーターを注意深く眺め、VRに達したところで操縦桿を引いた。20tを超える機体が軽々と浮かび、空へと向かって行った。
10月13日 1202時 エジプト カイロ西空軍基地
ロバート・ブリッグズは、エプロンの片隅から離陸する戦闘機を見送った。強烈な日差しが肌を焼く。ブリッグズは汗で流れてしまった日焼け止めクリームを塗り直し、格納庫へと向かう。
エプロンには、CV-22Bオスプレイ、HH-60WジョリーグリーンⅡ、AH-64Eアパッチ・ガーディアンが並んでいる。エンジンカバーは付けられたままだが、ローター止め用のワイヤーは外されている。また、アパッチには16発のヘルファイアミサイルが搭載された状態で、いつでも出撃準備完了、といった具合だ。
暫くすると、今度は4機のラファールEMが着陸した。すぐにエプロンに滑り込み、燃料とミサイルの補充を受ける。やれやれ。向こうはどれだけの戦闘機や戦車を用意しているんだか。
しかし、だ。スーダンにいる連中について、ブリッグズもある程度の情報は把握していた。無政府状態になったスーダンに突如として現れ、エジプトを攻撃している連中。奴らの目的が見えてこない以上、受け身の対応を取らざるを得ない。
そして、自分たちにとっては、もっと大きな懸案事項がある。撃墜され、行方不明になっているワン・シュウランのことだ。ビーコンの信号を拾うことが出来なかったし、向こうからも救難信号無線機による連絡が無い。
これだけの日数が経っていれば、ほぼ絶望的だし、敵の捕虜になっていたとしても、生存の見込みも薄い可能性もある。
畜生。まずは、目の前の任務に集中することだ。それに、戦闘機が墜落した場合、自分たちがパイロットの救助に行かねばならないのだ。
戦闘機を見送っていたのは、ブリッグズだけではなかった。シモン・ツァハレムとデイヴィッド・ベングリオンが、AH-64Eアパッチ・ガーディアンのM299ランチャーに搭載されたAGM-114Lヘルファイアミサイルがしっかりと固定されていることを確認している。アパッチは既に燃料が満載され、コックピットの下にあるM230チェーンガンの弾倉には30mmの劣化ウラン弾が装填されている。
ツァハレムとベングリオンの故郷であるイスラエルは、ここからシナイ半島を挟んで僅か200km足らず。本当に目と鼻の先だ。
暫くすると、別のラファールEMの編隊が戻ってきた。全部で4機。翼端にMICA-IR短距離空対空ミサイルと、胴体側面にMICA-EM中距離空対空ミサイルがそれぞれ2発ずつ残った状態だ。増槽とSBU-54誘導爆弾は使い切ったらしい。エプロンにはラファール用の増槽やSBU-54をローダーに載せた整備兵が待機している。ラファールがエンジンをアイドル状態にしたままエプロンで停止すると、整備兵たちは増槽やミサイルを驚くべき手際の良さで搭載していく。
兵装の再登載と燃料の補給が終わったラファールは、すぐに滑走路に向かい、あっという間に離陸していった。
基地のグラウンドにはMIM-23ホークやSA-11といった地対空ミサイルが展開している。防空軍が配置したものだ。カイロ西基地は首都防空の要所でもあるため、最優先で防空装備が配備されているのだ。
10月13日 1214時 エジプト ナイル川沿岸上空
地平線の向こうに黒煙が立ち上っているのが見えた。敵のミサイル艇やコルベットによる攻撃を受けて、沿岸の建物が炎上しているのか、それとも敵の船舶がエジプト軍の攻撃によって撃沈されたのか。
『派手にやってるな。上空はどうだ?隊長』
F-15Cのコックピットの中で、佐藤勇はオレグ・カジンスキーに言われた通り、レーダーを長距離・広域スキャンモードにして、ざっと敵機がいるかどうか確認した。
「IFFに反応しない機体が2・・・・いや、4機いるな。高速で飛んでいる」
『やるか?』
「ああ。当然だ」
佐藤はマスターアームスイッチをONにした。そして、レーダーを長距離交戦モードにして上空をスキャンする。確かに、IFFに無反応な4つの目標が編隊を組み、高速で移動している。
先手必勝だ。この戦闘機に搭載されているレーダーには、味方が追跡・捕捉している敵機との重複を防ぐ機能があり、二番機や三番機がロックしている敵機を追尾しようとすると、自動的に別の敵機を補足してくれる。
やがて、AN/APG-63(v)3レーダーが敵機をロックオンする電子音が聞こえてきた。佐藤は操縦桿のミサイルリリースボタンを押し込んだ。やや機体が揺れ、ミサイルが真っすぐ飛んで行く。佐藤はすぐにDEWSのECMを操作し、インメルマンターンを2回連続で行い、高度を稼ぎつつ周囲の敵機に注意を向ける。そして、レーダー画面から、1機、また1機と敵機の機影が消えた。
"ウォーバーズ"の戦闘機部隊が敵機の掃除をあらかた終えると、彼らの下を8つの機影が飛び去って行く。エジプト空軍のF-16だ。AMRAAMとサイドワインダー、ハープーン、増槽を翼に吊り下げている。F-16の編隊は4機ずつ、2つの編隊に分かれ、かなりの低空で這うように飛んで行く。
対艦攻撃の基本的な飛び方だ、と佐藤は心のなかで言った。航空自衛隊にいた頃、F-15Jで対艦攻撃をするF-2を護衛したり、逆に、F-15やF-35に護衛されるF-2を迎撃する訓練を何度もやったことがある。
相手がF-15Jであれば、大抵、佐藤は負けることは無かった。しかし、F-35Aだけは、相手にしたくない戦闘機だ。あれは、本当に、異次元の戦闘機だ。遠距離での戦闘訓練では、例えリフレクターを付けてレーダーに捉えることができる状態になっていても、F-15のレーダーの探知距離の外からこちらを見ているし、例えドッグファイトに持ち込んだとしても、F135エンジンの凄まじい推力と最新式のフライバイワイヤシステムによる機動性で敵機を圧倒する。
『隊長、他に敵機は見当たらないな』
Su-35Sに乗るニコライ・コルチャックがレーダーとIRSTを使って周囲の様子を確認した。IFFに無反応な機体は無い。
やがて、ナイル川の水平線の向こうから黒煙が立ち昇り始めた。エジプト軍の攻撃により、敵の艦隊が打撃を受けているようだ。
「"ウォーバード1"より"タランチュラ1"へ。敵機は飛んでいるか?」
『こちら"タランチュラ1"、こちらのレーダーでは敵機を捉えていない。引き続き警戒する』
10月13日 1217時 ナイル川
エジプト空軍のラファールEMから放たれたSBU-54の直撃を受け、ブーヤン級コルベットが1艘、爆発・炎上した。また、兵員を大勢乗せたKa-60やKa-32がMiG-29Mから放たれたR-73の餌食となる。
この戦いで、グラント・ウォーマーズは多くの航空・舟艇部隊を失ってしまい、エジプトに対する侵攻計画の一部を立て直すことを迫られることになってしまった。




