ナイル川阻止戦線-3
10月13日 1106時 エジプト・スーダン国境付近上空
エジプト空軍のE-2Cホークアイ早期警戒機が、ナイル川に沿って北上し、スーダンとの国境を越えた飛行機の編隊を捉えた。全部で4つ。
『"タランチュラ1"より攻撃に向かう部隊へ。スーダンからこっちに向かってくる敵機を確認した。迎撃せよ』
すぐにレーダーが捉えた4機つの機影の数が、8個、更に16個に増える。敵機はどんどん北上し、エジプトに、向かってくる。
『"タランチュラ1"より訂正だ。敵機は全部で16機だ』
多いな、とF-15Cのコックピットの中で佐藤勇は思った。16機となると、自分たち8機では、到底対処しきれない。できれば同数の味方が欲しいところだ。
「"タランチュラ1"、こちら"ウォーバード1"だ。迎撃するのはいいが、敵はこっちの倍の数だ。援護も無しに対処しきれない」
ややあって、E-2Cのオペレーターから返事が来た。
『"ウォーバード1"、サンド隊を援護に寄越す。残念ながら、他は敵の艦艇部隊に対処するので手がいっぱいだ』
「仕方が無い。それでなんとか乗り切ってみるよ」
佐藤は無線の周波数を切り替え、僚機に指示を出す。
「"ウォーバード1"より全機へ。正面の敵機をやる。アブレスト編隊を組んで、中距離ミサイルを最大射程で撃つ」
『もし外したら、どうする?』
訊いてきたのはジェイソン・ヒラタだ。
「いつも通り、乱闘だ」
『了解だ』
ややあって、サンド隊を率いているアフマド・アリー・シャリク大尉から連絡が入った。
『"ウォーバード1"、こちら"サンド1"だ。正面の奴らを吹っ飛ばせばいいんだな』
「そうだ。ところで、大尉。ナイル川を上ってきている奴らの方は?」
『完全に阻止できているとは言い難い状態だ。奴ら、ミサイル艇にコルベットまで用意しているときている』
『ミサイル艇ならまだしも、川でコルベットだって?ふざけた奴らだな』
ニコライ・コルチャックが何だそれは、と言いたげな口ぶりで答える。
『ナイルくらい広い川ならば、運用できないことはない。多分、輸送機でスーダンに運び込んだんだろう』
ハンス・シュナイダーが冷静な分析を述べて見せた。
『二人とも、お喋りしていないで目の前のターゲットに集中してくれるかしら?それから、隊長さんも注意しなさいな』
レベッカ・クロンヘイムが自由人である隊長をぴしゃりといさめる。
10月13日 1108時 エジプト・スーダン国境付近上空
アフマド・アリー・シャリク大尉はレーダーを操作し、前方上空をスイープした。コックピットの多機能ディスプレイの戦術マップに敵機の機影が映る。予想はしていたが、かなり数が多い。
「くそっ、奴ら、どれだけの数の戦闘機を用意したんだ?」
『こちら"サンド2"、敵を確認しました。こいつはまた多いですよ』
「MICA-EMを用意しろ。そして、アブレスト編隊になれ。先手必勝だ」
4機のラファールが徐々に距離を取り、一直線に横並びになる。そして、暫く南に向かって飛んだ後、一斉に中射程ミサイルを放った。ミサイルを撃ったラファールはミリタリーパワーにまでエンジン出力を上げ、上昇する。
シャリク大尉は敵機がミサイルを放ってくるものと警戒し、SPECTRA統合電子戦装置の設定画面を視界の端に捉えつつ、部下たちが自分に続いているのを見てからレーダー画面にちらりと視線を落とす。
MIDA-EMのシンボルが前方に動き、それが敵機のシンボルと重なると同時に両方のシンボルが消える。どうやら、敵を迎撃できているようだ。だが、1つ、いや、2つのシンボルがミサイルを回避した。しかし、そのシンボルは反転して南の方に戻っていく。味方の大多数が撃墜されたことで諦めたようだ。
10月13日 1109時 エジプト ナイル川上空
"ウォーバーズ"の編隊は上空の敵機に集中することにした。機体を軽くするため、F-16VやF/A-18Cが搭載していた対艦ミサイルを投棄する。
F-15CのAN/APG-63(v)3レーダーが敵機を捉えた。レーダースコープ画面に4つのシンボルが表示される。IFFの質問信号をぶつけたが、反応は無い。敵機だ。
佐藤勇は兵装選択画面を表示させ、AMRAAMを選んだ。このF-15Cは米空軍のMSIP-Ⅲ相当の近代化改修が施されているため、コックピットはアナログ計器とデジタル画面が混在している。しかしながら、航空自衛隊にいた時に乗っていたF-15Jも似たような改修を施され、コックピットのレイアウトも似ていたため、佐藤はこの機体にすぐ慣れることができた。
『"ウォーバード3"、AMRAAM発射準備完了』
『"ウォーバード4"、いつでもやれるぜ』
『"ウォーバード7"、攻撃準備完了』
やがて、戦闘機のレーダーと、それに同調するAMRAAMのレーダーが敵機をロックオンしたことを知らせる電子音が聞こえて来る。
「"ウォーバード1"、Fox1」
佐藤はミサイルを撃った直後、DEWSのECMを作動させ、敵のレーダーを妨害しつつ、エンジンの出力をミリタリーパワーまで上げ、操縦桿を緩やかに引いて機体を上昇させる。ドッグファイトにもつれ込んだ場合、高高度にいる方が、このF-15Cにとっては非常に有利になる。
やがて、1つ、また1つと敵機のシンボルがレーダー画面から消えていく。どれもAMRAAMやミーティアの餌食になった機体たちだ。撃ち漏らした敵機がいないかどうか、レーダー画面を見て確認する。どうやら、自分たちが放ったミサイルから逃れることができた奴らはいないようだ。
「"ウォーバード1"、撃墜確認。次の標的を狙う」
レーダー画面を見ると、まだ正面50kmほどの距離に敵機が3機確認できる。こちらでは数的有利があるが、敵がどう動くのかは未知数だ。まともな戦闘機乗りならば、この状況で無理に戦うことは無いのだが。
やがて、その敵機は南に反転し、引き返して行った。どうやら、そいつらは自殺志願者では無いようだ。
「"ウォーバード1"より全機へ。残りは引き返して行く」
『"ウォーバード1"、こちら"タランチュラ1"だ。こっちのレーダーでも確認した。だが、ナイルの敵舟艇部隊に対応している空軍の戦闘機に複数の敵機が向かっているのも確認できる。ミサイルと燃料に余裕があるなら、そいつらを迎撃してくれ』
佐藤は燃料計、続いて戦術マップに目を走らせた。ナイル川沿岸に向かっている敵機を叩くには、ちょっと厳しい。特に、ドッグファイトにもつれ込んだ場合は。
「"ウォーバード1"より"タランチュラ1"へ。それには燃料の補給とミサイルの再登載が必要だ」
ややあって、E-2Cのオペレーターから返事が返ってきた。
『"ウォーバード1"、こちら"タランチュラ1"だ。そっちに空域の確保のため、空軍のF-16の編隊を幾つか向かわせている。そいつらが到着するまで、20分程、その空域を確保してもらうことはできるか?』
佐藤は燃料を再計算した。あと2、3時間のCAPは可能だが、それ以上飛び続けると厳しくなる。
「"ウォーバード1"よりウォーバード全機へ。CAPをするとしたら、どれくらい燃料が持ちそうか?」
佐藤は僚機に訊いた。こういう時は、燃料が一番少ない機体に合わせて行動するべきだ。やがて、僚機から返事が来た。最も燃料が少ないのが、オレグ・カジンスキーのMiG-29Kとレベッカ・クロンヘイムのJAS-39Cで、最長で2時間といったところだった。そして、不測の事態が起きた時のことを頭に入れ、再計算する。
「"ウォーバード1"より"タランチュラ1"へ。20分なら大丈夫だと思うが、空軍機の連中には急ぐように言ってくれ」
『"タランチュラ1"、了解だ。それまでの間、頼んだからな』




