ナイル川阻止戦線-2
10月13日 1034時 ナイル川 エジプト・スーダン国境地帯
エジプト国境警備隊の哨戒艇が、ナイル川をゆっくりと移動しながら周囲を警戒していた。既にスーダンから武装組織の舟艇部隊が北上を開始したとの情報が入ったばかりだった。
しかしながら、周囲は静かなもので、時折、トンビが飛んでいたり風の音が聞こえるだけだ。だが、既に国境警備隊には軍からナイル川を武装勢力の舟艇が北上しているとの情報が入っているため、警備隊員の警戒は最高レベルに達していた。
隊員の一人が哨戒艇の銃座に取り付けたブローニングM2重機関銃を左右に動かし、南の方をじっと見ていた。薬室には既に12.7mmの徹甲弾が装填され、隊員がトリガーを押しさえすれば、いつでも敵を粉々にすることができる。
川は真っすぐ伸びているため、水平線の南の向こうに敵が現れたら、すぐに見つけることができる。お互いに隠れる場所が無い、開けた地形だ。熱く、乾燥した風が細かい砂を運んでくる。隊員はゴーグルに付いた細かい砂を、グローブを嵌めた手で拭った。
ジリジリと照り付ける太陽光線が、体力を奪う。隊員は水筒を手に持ち、すっかりぬるくなった水を口に含む。
やがて、小さなターボプロップエンジンの音が聞こえてきた。重機関銃の銃座にいる隊員が銃口を空に向け、無線機のスイッチを押した。
「こちら"クロコダイル"。チャーリー・キロ地点で何かが飛行中。現在、機影は確認できず」
『"アングラー"より"クロコダイル"へ。警戒を続けよ。武装勢力がナイルを北上中との情報だ』
「"クロコダイル"了解。現在・・・・・」
隊員がそこまで言ったところで、激しい衝撃が哨戒艇を突如として粉砕した。隊員は鋭い金属片とグラスファイバーの破片をまともに浴び、他の仲間ともども絶命した。
10月13日 1037時 ナイル川 エジプト領内
細い翼にのっぺりした機首、V字型の尾翼を持つ、ガンシップグレーの不気味な飛行機がゆっくりと川の上空を飛んでいた。中国製の翼竜Ⅱ無人攻撃機だ。そのUAVは、2発のHJ-10対戦車ミサイルと3発のCS/BBE-2爆弾を翼に吊り下げている。元々は4発、搭載していたが、そのうちの1発は、今しがたエジプトの哨戒艇を葬るのに使われたばかりだ。
その無人機を操作しているのは、スーダンにある基地のコンテナの中にある管制設備にいる中国人傭兵だ。
無人機は動きも遅く、防御装置も無いため、敵のミサイルに狙われたらひとたまりもないが、安価で、何より人命を危険に晒すことが無いため、多くの傭兵部隊や軍で使われている。
10月13日 1039時 スーダン
グラント・ウォーマーズは、翼竜Ⅱのカメラから衛星通信で送信されてくる画像を眺めていた。今しがた、その無人機は精密誘導爆弾で、エジプトの哨戒艇を葬ったばかりである。
「ポイント・デルタ・イレブンを通過。予定通りです」
無人機を操作するのは、中国人民解放軍空軍出身のジー・ツーウォンだ。ジーは中学生・高校生のとき、中国国内のeスポーツの大会で何度も優勝した経歴を持つ。その後、ジーは人民解放軍にスカウトされ、任期制の兵士として入隊し、空軍の無人機部隊に配属された。
無人機の操作は、ジーにとって、まさに天職だった。数々の優秀な成績を収め、幾つもの勲章を獲得した。南シナ海でベトナムやフィリピンの船舶に対する監視任務を皮切りに、ジーは自分の才能に目覚めていった。
やがて、ジーは、ある特殊任務を担う部隊に配属された。それは、チベットやウイグルの抵抗組織のメンバーの動向を無人機を使って監視し、必要とあらば暗殺まで行う部隊だ。
ジーは3年程その部隊に所属した後、任期切れを契機に退役した。当時の上官は引き留めたものの、ジーは軍人時代に傭兵組織の活動を知り、寧ろ、そっちの方に魅力を感じていた。世界を飛び回り、様々な紛争に介入し、場合によっては、自ら目を付けた奴らを攻撃し、いざこざを引き起こし、資源・資産を強奪する。
そして、ジーは今、UCAVを操作し、エジプトの哨戒艇を潰している。画面の向こうでミサイルが飛び、ターゲットが爆発する様子は、まさにゲームのようだ。
「ジー、予定通り侵攻を続けろ。舟艇部隊が後ろから付いて行く」
「はい、司令官」
ウォーマーズはタブレットPCを手に持ち、作戦の状況を確認した。インスタント・メッセージ・アプリには、様々な部隊から状況の報告が入ってきている。全ては計画通りだ。
「よし、そろそろ航空部隊を出撃させろ。ナイル周辺に配備されているエジプト陸軍を排除させる」
10月13日 1056時 スーダン ポートスーダン飛行場
R-77とR-73、Kh-29を搭載したSu-30MKがエプロンから滑走路に向かう。操縦しているのは中国人やミャンマー人、カザフ人の傭兵たちだ。
エプロンでは、他にもJH-7やSu-24M、Su-34といった戦闘攻撃機の姿もあり、燃料の補給や兵装の搭載を受けている。
航空部隊の任務は、敵機、そしてエジプト軍のナイル川の警備部隊の排除だ。よって、空対空ミサイルと空対地ミサイルでフル武装していた。
さらに、エプロンの奥で、一見、Su-30MKのように見える機体が4機、アンチコリジョンライトを点灯させる。これは、J-16D電子攻撃機。中国がロシアから買ったSu-27UBKとSu-30MKKを元に設計したJ-16戦闘攻撃機を元に、サイバー攻撃を使ってボーイング社やアメリカ海軍、ペンタゴンから不法に取得したEA-18Gグラウラーの情報を利用したという。
機体には中国製の電子妨害ポッドと自衛用のPL-10空対空ミサイル、そしてLD-10対レーダーミサイルが搭載されている。
『"スマッシャー1"離陸を許可する。"スマッシャー2"、続いて離陸せよ』
アフターバーナーに点火させ、激しい轟音を響かせ、黒煙を引きながらSu-30MKが離陸する。この機体は、電子防御装置がオリジナルのロシア製のものから中国製のものに換装されていた。
10月13日 1101時 スーダン北部上空
4機のSu-24Mが減速しつつ、高度を下げた。機体には増槽と自衛用のR-73空対空ミサイル、胴体にはKh-58U対レーダーミサイルが搭載されている。
「"ドアノッカー1"、敵レーダーの電波を捉えた」
『"ドアノッカー2"、攻撃準備完了』
やがて、先頭を行くSu-24Mから対レーダーミサイルが放たれた。2番機、続いて3番機と4番機も、予めブリーフィングで決めていた攻撃目標へKh-58Uを放つ。ミサイルはマッハ3.6というとんでもないスピードで飛び、数秒後にはエジプト防空軍が設置した早期警戒レーダーを直撃、完全に破壊した。
「"ドアノッカー1"、ターゲット破壊完了」
『"ドアノッカー1"、こちら"ネスト"。予定通り帰還せよ』
「了解」
R-73を搭載しているとは言え、Su-24Mのそれはあくまでも、運悪く敵の戦闘機と遭遇してしまった場合の自衛用であり、積極的に空戦を仕掛けるためのものでは無い。このあたりの事情は、アメリカのF-111BやヨーロッパのトーネードIDSのような、可変翼の戦闘攻撃機とよく似通っている。
敵の防空網が破壊されたことで、武装勢力の攻撃機が活動しやすくなった。おまけに、2機のKJ-200早期警戒機もいるため、敵戦闘機の動きも簡単に掌握できる。
J-11BやJ-15に護衛された、爆弾やスタンドオフ空対地ミサイルを搭載したSu-34やJ-16、Su-24、JH-7の編隊が、渡り鳥の群れのようにエジプトを目指した。




