ナイル川阻止戦線-1
10月13日 0911時 エジプト カイロ西空軍基地
「それでは諸君、集まったようなので、作戦の概要を説明する」
サイード・バリス大佐は、基地の大会議室に集まった大勢のパイロットたちを見回し、パソコンのマウスを操作した。正面のスクリーンに、エジプト国土の地図が表示される。
「これは、我々に情報面での支援をしている傭兵部隊が提供してくれた衛星画像だ。これを見てくれ」
バリスは、ナイル川のエジプト南部とスーダン北部の国境地帯付近の画像を拡大表示した。そこには、多くの灰色の艦船が北に向かって移動している様子が表示されている。
「敵の舟艇部隊が動き出した。確認したところ、タランタル級コルベット、ブーヤンM級コルベット、ナヌチュカⅣ型コルベットが確認されている。当然ながら、いかにナイルとは言え、大型のフリゲートや駆逐艦が身動きが取れるほど、この川は広くない。しかし、これらのミサイル艇は、対艦ミサイルのみならず、改修されて巡航ミサイルを搭載している可能性もある。また、攻撃ヘリや場合によっては、戦闘機が上空援護をしている可能性もある。十分に注意して欲しい。また、標的の艦船も地対空ミサイルで武装しているだろう。諸君、対地攻撃と空中戦、両方に備えた武装を慎重に選んでくれ。諸君の任務は、この母なる神聖なナイル川を、無断で下ってくるならず者どもを駆除することだ。以上、質問は?」
バリス大佐は2分程待ったが、誰も手を上げることは無かった。
「では、これで解散とする。諸君、奴らを逃がさぬよう、このナイル川の藻屑にしてやれ」
基地のエプロンに並んだ戦闘機にミサイルが搭載されていく。ラファールにはAM39エグゾセ。そして、傭兵部隊の戦闘機に搭載されるのは、AGM-65FマーヴェリックやRBS-15、シーイーグルやAGM-158C LRASM、Kh-31などだ。
ジェイソン・ヒラタはF-16Vの翼の下に搭載された、明るいグレーのサーフボードのような物体を慎重に点検していた。その物体はAGM-158C LRASM。AGM-158B JASSMのレーダーシーカー、誘導用ミッションコンピューター、弾頭を改造し、対艦ミサイルにしたものだ。
「そいつは何度かテストしたけど、不具合は出なかったか?」
近くにいたスペンサー・マグワイヤがヒラタに話しかける。
「ああ、問題無い。基本はJASSMと変わらないから、操作は簡単だ。それに、射程はハープーンよりずっと長いから、敵の艦対空ミサイルの射程外から奴らを撃てる」
「なるほど、そいつは良かった。だけど気を付けろよ。実戦だと、テストでは起きなかった、思わぬトラブルになることなんてザラだからな」
ハープーンの航空機発射型であるAGM-84Fの射程が315km。それに対して、LRASMの射程はその倍を遥かに超える射程800kmだ。大抵の艦隊空ミサイルの射程外から敵艦を攻撃可能な性能である。
パトリック・コガワのF/A-18Cとハンス・シュナイダーのタイフーンにはAGM-88Fハープーン、ニコライ・コルチャックのSu-35Sとオレグ・カジンスキーのMiG-29KにはKh-31M、レベッカ・クロンヘイムのJAS-39EにはRBS-15Fが搭載されている。
一方で、対艦攻撃能力の無い佐藤勇のF-15Cとウェイン・ラッセルらが乗るF-15Eは、今回は上空援護のみをすることとなった。そこで、この2機の戦闘機は、増槽の他にはパイソン5とAMRAAMをそれぞれ4発ずつ搭載している。
「空中戦だけの装備なんて久しぶりだな。いつもなら、JDAMやらクラスター爆弾やらをどっさり積んで飛ぶのにな」
ケイシー・ロックウェルは、F-15Eのダッシュ4コンフォーマルタンクの内側のパイロンを眺めて言った。そこにはAMRAAMが4発、吊り下げられている。そして、翼のパイロンの両サイドのLAU-128A/Aに搭載されているのは、左右合わせて4発のAIM-9Xサイドワインダーだ。
「それにしても、川で対艦戦闘だって?冗談にもほどがあるんじゃないのか?」
ロックウェルの相棒であるウェイン・ラッセルは、今回の作戦に対して、少し懐疑的な態度を取っていた。確かに、船を撃つならば、普通に考えた場合は広い海で行う作戦であり、河川でやるようなものでは無い。
「ナイル川くらいの広さの川なら、コルベットやフリゲート、ミサイル艇くらいなら動けるだろ。その程度の小さな船でも、速射砲とか対艦ミサイルで川の沿岸の市街地を撃ったら、かなりの被害を出せる。放置するのは危険だし、これまでの経験から、奴らが戦闘機を飛ばして来るのは明らかだ」
「だけど、ナイルで小型艦船を動かして、飛行機に上空援護をさせるだなんて、敵は頭でもおかしくなったのか?そんな事をしたら、戦闘機の餌食になるだけだろ」
「もしかしたら、敵には別の狙いがあるのかもな」
「他の狙い・・・・・・?」
「ああ。アスワンハイダムを爆破して、大洪水を引き起こすとかな」
「そいつは最悪のシナリオだな」
「または、機雷を敷設して、ナイルを通した物流を止めるとかな」
「笑えない状況だな。川で掃海?をすることになるとか、前代未聞だぞ」
「機雷か。スーダンとの国境地帯に敷設すれば、敵のコルベットやミサイル艇がこっちに来るのを防ぐこともできたが、逆にエジプトの首を絞めることにもなるからな」
機雷の厄介な点がそこだ。島国ならば、効率的に敷設すれば、敵の艦船や潜水艦による自国の領海内での活動を制限することができるが、同じように自国の海軍の艦船も動きづらくなってしまう、まさに諸刃の剣とも言える兵器である。
"ウォーバーズ"は、S-3Bヴァイキング対潜哨戒機に搭載する各種クイックストライク機雷やMk52、Mk55航空機雷、Mk60キャプチャー機雷を持ち込んでいるため、機雷敷設能力を持っている。また、ディエゴガルシア島にはアヴェンジャー級掃海艦4隻と、MH-53Eシードラゴン掃海ヘリを8機配備して、敵対勢力による機雷敷設での海上封鎖に備えている。
ロックウェルとラッセルは、整備員と共に、通常の飛行前の機体点検を開始した。頭の中にチェックリストはほぼ完全に入っているが、それでも"ウォーバーズ"の指針に従い、タブレット端末にインストールされているメーカーとアメリカ空軍によるマニュアルをしっかりと確認しながら行う。
やがて、ウェポンローダーを運転しながら、兵装搭載担当の整備員がやって来た。パイソン5とAMRAAMの二種類の空対空ミサイルが各4発ずつ。通常ならば、パイソン5かAIM-9XサイドワインダーとAMRAAMが2発ずつと、大量のJDAMかペイブウェイ、またはCBU-105/Bセンサー起爆式クラスター爆弾を搭載するところだが、今回の任務で担当するのは対艦攻撃機の護衛だ。
「さて、と。出撃までは、まだ時間がかかりそうだな。その前に、隊長のところへ行って、やることを確認するか」
ロックウェルがエプロンの周囲をざっと見回すと、F-15Eの近くにタンクローリーが1台、近づいてきた。"ウォーバーズ"の地上整備員がホースでそのタンクローリーとF-15Eを繋ぎ、JET-A1をたっぷりと燃料タンクへ注入し始めた。
10月13日 1011時 カイロ西空軍基地
突き刺すような強烈な太陽光線が、皮膚をジリジリと焼き続ける。そんな中、基地のヘリパッドではAH-64Eアパッチ・ガーディアン、CV-22Bオスプレイ、HH-60WジョリーグリーンⅡが出撃準備をしていた。
救難隊員のトーマス・ボーンは、防弾チョッキを兼ねたタクティカルベストとヘルメットをオスプレイのキャビンのベンチに置き、機体後部にある人員回収用のウィンチの点検を始めた。こいつが不具合を起こしたら、最悪、撃墜されて敵地に取り残されたパイロットを救助できなくなる。これだけは絶対に避けるべき事態だ。
「よし、異常無しだな。後は、俺たちが出て行く事態にならないように祈るだけだな」
ボーンは続いて、FN-SCAR-LとシグP226、ヘッケラー&コッホUSPのから弾倉を抜き、薬室が空なのを確認してからスライドやボルトを引き、空撃ちをする。カチッ、と正常に撃鉄が落ちる音がして、ボーンは満足げに拳銃をホルスターに戻した。
「よお、どうだ?」
ボーンに話しかけたのは、HH-60Wのパイロットであるブライアン・ニールセンだ。
「こっちはいつでも準備完了だ。H-60には慣れたか?」
「ああ。寧ろ、スーパースタリオンに比べたら、各段に操縦しやすい。確かにパワーは落ちるが、救難ヘリとしての性能はこっちの方がずっと上だ。なにせ、スタリオンが得意なのは兵員や物資を目標地点へ送り届けることで、遭難した人間をピックアップすることじゃないからな」
二人がそんなことを話していると、エプロンの向こう側、つまり戦闘機が並べられている区画からAPUが回転する甲高い音が聞こえてきた。戦闘機部隊は間もなく出撃のようだ。
MICA-EMとMICA-IR、エグゾセ、増槽を搭載したラファールが動き出した。敵舟艇部隊は結構な速さでナイルを下っているようで、早く阻止しなければ、取り返しがつかない事態になりかねない。
「スフィンクスタワー、こちら"サンド1"、離陸許可を要請する」
『タワーより"サンド1"へ。滑走路へ進入次第、離陸を許可する』
カイロ西空軍基地と滑走路を共用するスフィンクス国際空港は、急速に旅客便が数が減少していた。武装勢力がエジプトを攻撃しているという話がネットを通じてあっという間に広がり、海外から訪れる人間が一気に減っているのだ。観光が主要な産業であるエジプトにとって、これは恐るべきレベルの経済的打撃だ。
「"サンド1"離陸」
『"サンド2"離陸』
アフマド・アリー・シャリク大尉は、滑走路へ入ると即座にスロットルを押し、スネクマM88エンジンのアフターバーナーに点火して離陸した。2番機のマームード・ビン・ファイサル大尉も続いて離陸する。
そして、30分ほどかけて、エジプト空軍と"ウォーバーズ"の阻止・攻撃部隊が離陸し、南に進路を取り、母なるナイルの流れを下ってくる無法者に鉄槌を下しに向かった。




