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戦線膠着

 10月6日 1605時 エジプト カイロ西空軍基地


 "ウォーバーズ"の戦闘機部隊が滑走路に降りてきた。全部で7機。それと入れ替わるようにエジプト空軍の戦闘機が離陸していく。

 エジプト空軍の観測によれば、敵の機甲部隊は、戦闘機による爆撃と多連装ロケット、短距離弾道ミサイルによる攻撃で後退を開始したらしい。ここで敵を釘付けにしておけば、エジプト軍は時間を稼ぐことが可能だ。


 ジェイソン・ヒラタはF-16Vを駐機場で停止させ、機体から降りると整備員と共に状態のチェックを始めた。機体に損傷は無く、通常の整備と補給さえ終われば、普段通りの整備でまた出撃できそうな感じではある。

 掩体壕の方を見ると、F-15Cが1機、エンジンが外された状態で置かれている。どうやら、エンジンに問題が起きているらしい。この分だと、自分たちが契約しているイスラエルの整備工場へ送った方が良さそうな気がしないでもない。


 やがて、北の方から大きな機影がこちらに近づいて来るのが見えた。そのシルエットはC-5Mスーパーギャラクシー。更に、同じ機体がもう1機、続いてこちらに向かってくる。

 着陸したC-5Mの尾翼のロゴは見慣れた"アーセナル・ロジスティックス"のものだ。巨大な輸送機が、エプロンに向かい、やがて停止して巨大な口を開けた。それを覗いてみると、OD一色の防水シートに包まれたF100-GE-220エンジンが4基と発電機が2基、収められているのがわかる。

 整備員たちが調べた結果、佐藤勇のF-15Cはエンジンと発電機を取り換えるだけで問題無く飛行できるだろうとの結論に達した。勿論、取り換えたのちにタキシング試験とテストフライトをしなければならないのだが、それさえ完了すれば作戦に復帰可能とのことだった。


 そのF-15Cの持ち主である佐藤は、飛行服から短パンとTシャツに着替え、格納庫の隅っこの方でスクワットと腹筋運動を繰り返していた。ヒラタたちが、戦闘機を整備員に預け、デブリーフィングのために宿舎の方へ向かって行くのが見えた。エジプト空軍のラファールも戻ってきたところを見る限り、一時的にせよ、敵を阻止することはできたようだ。

 だが、佐藤が数えたところ、3機のラファールが戻ってきていない。残念ながら、3人のパイロットはツキに見放されたか、しくじったようだ。確かに、実戦において、戦闘機乗りが帰還できるかどうかは、そいつの腕前とその日の運によって左右される。佐藤も一度、撃墜されたことがあったが、その時は物凄い幸運に恵まれ、仲間のヘリによって救助されている。

 少し経つと、F100-GE-220のエンジン音が聞こえてきた。整備班が先ほど届いたエンジンのテストを始めているようだ。最初は少しずつエンジンの出力を上げ、タキシー推力まで上げたら、暫くそのままエンジンを5分ほど回し、ミリタリー推力で1分、そしてアフターバーナーを燃焼させて20秒。音を聞いている限り、新しいエンジンに異常は無さそうだ。この試験が終われば、このエンジンを機体に搭載してタキシング試験、そして飛行試験だ。


 先ほど、エジプト空軍の兵士から聞いた話だと、敵の地上部隊はかなりの規模で、砲撃や爆撃で継続的に押しとどめる必要があるというのだ。だが、戦闘機は戦車と違い、その場に長く留まることはできない。戦車は一時的にエンジンを止め、APUだけを使って燃料を節約しながら戦うことができるが、戦闘機にはそれができない。例え燃料が残っていても、ミサイルや爆弾を撃ち尽くせばただの飛行機だし、何より、人間の集中力も持たない。

「あ、ここにいたんですね。飛行隊長」

 佐藤の頭が、戦車の砲塔のように声がした方を向いた。話しかけてきたのは、整備員の一人、ジョエル・バースタインだ。

「隊長、F-15の機体の具合をお知らせに参りました。で、スペンスが言うには、左エンジンとAPUを交換するだけでどうにかなるようです。悪いエンジンは、ディエゴガルシアに送り返して、修理しないとダメですが。APUの方は、もうダメですね。あと一つ。DEWSの部品が間もなく尽きます。期間にして、あと半年から1年くらいですね。でも、これについては問題無いはずです。近いうちにF-15EXへ転換訓練をしますし、あなたのパートナーとなるWSOも近いうちに我々と合流します。と、言うより、既にF-15EX1機と共に、ディエゴガルシアに向かっています」

 その言葉に、佐藤は目玉をひん剥いた。もう自分の相棒となる人間が、ディエゴガルシアに向かっているだって?あまりにも唐突過ぎるし、ボスは何のためにそんなことを許可したんだ?

「何だと?今・・・・・」

「ええ。もうそろそろ、ディエゴガルシアに到着する頃ですかね。あ、知っての通り、F-15EXは、後席でも操縦が出来ますからね」

「で、そいつは何者なんだ?」

「名前は聞いていません。ただ、アメリカ空軍出身のパイロットで、戦闘機をイスラエルで受け取って、UAEとインドを経由してディエゴガルシアに来る、とだけ聞いています」

「ま、実際に会えばわかるか」

「そうですね。あ、失礼・・・・・もしもし?あ、スペンスですか。あ、そうですか。隊長なら、今、目の前に。わかりました。伝えておきます」

 バースタインは佐藤に向き直る。

「いい知らせですよ。明日にはエンジンとAPUの試運転をして、明後日にはテストフライトをしても良い状態にできそうとのことです」

「そいつは良かった」

「テストフライトの時は、武装して、護衛も付けた方がいいでしょう。飛行空域は地中海側で設定していますが、万が一というのもありますので」

「そうだな」

 せっかく修理したというのに、このF-15Cとはもうすぐお別れだ。F-15EXとは、形はかなり似通っているのに、F-15EXは機体の半分以上がF-15Cから再設計された機体なので、流用できる部品というのはかなり少ない。

 それに、ディエゴガルシアに帰ったら、佐藤には機種転換訓練が待っている。期間は約4ヶ月。新しいWSOやウェイン・ラッセル、ケイシー・ロックウェル共々、イスラエルへ派遣され、F-15EXの操縦や新しいシステムを学ばねばならない。


 だが、今、最大の懸案事項は、撃墜され、未だに行方不明のワン・シュウランのことだ。射出座席が作動したのを目撃した仲間もおらず、衛星通信で連絡を取ることすらできない状況が続いているとなると、戦死、または敵の捕虜になっているという可能性が極めて高い。

 もし、ワンが敵の捕虜となっているならば、まずは敵の捕虜収容所について情報を集めなければならない。それに戦闘中行方不明(MIA)となっているエジプト軍兵士もいる。そいつらも捕虜になっているならば、ワンも同じように場所で拘束されている可能性もある。

 しかし、だ。ワンの居場所が判明したとしても、救出作戦を実行するかどうかはスタンリー司令官が決めることだし、それにはエジプト軍部隊の協力も不可欠だ。


 10月6日 1634時 エジプト カイロ西空軍基地


 サイード・バリス大佐は、司令官室で戦況の報告を受けていた。3機の戦闘機が撃墜され、2人は救難信号を送信してきたが、1人のパイロットと連絡が取れていない。

 あの辺りには、陸軍が機甲部隊を大勢派遣しているため、運が良ければパイロットを拾ってもらうこともできるだろう。それに、あの傭兵部隊のパイロットが一人、同じように撃墜され、行方不明だ。同時にそいつも発見することができれば良いのだが、広いエジプトやスーダンの砂漠で、人間一人を捜索するのは至難の業だし、この過酷な環境であれば、生存率もかなり低くなる。

 まず、救難信号を送信してきた2人のパイロットを救出する手配をせねばならない。それには、ヘリ部隊と掩護する戦闘機、そして、場合によっては南部に展開している陸軍の機甲部隊の協力も取り付けねばならない。

 いずれにせよ、やらねばならないことが山積している。作戦の実行以外にも、弾薬や燃料、戦闘機のスペアパーツの手配。他の空軍及び陸軍部隊との、今後の行動の調整。

 バリス自身、戦闘機乗り出身だが、基地及び航空団の司令官となった今、下っ端の少尉や中尉としてF-16に乗っていた頃の方がずっと楽だと思っていた。勿論、まだ戦闘機の操縦資格は保持しており、必要があれば、爆弾やミサイルを搭載したF-16に乗って出撃する覚悟はできている。

 現在、南にいる敵に対応しているのは、ゲヘル・エル・バズール空軍基地の部隊だ。そして、陸軍の戦車部隊や砲兵部隊が、押しとどめていて、敵の進軍は小康状態になっているという。

 しかし、向こうもその間に作戦を練り、武器を用意して、この膠着状態を打破しようとしているのは明らかだ。バリスは、こちらから仕掛けるべきか、それとも相手の出方を見て作戦を変えていくべきなのか、決めかねていた。

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