陸上、上空、それぞれの戦い-4
10月6日 1208時 エジプト南部
M1A2エイブラムズ戦車の車体正面に命中した徹甲弾が、激しく車体を揺らした。幸いにも、弾丸は鋼鉄の下にある特殊セラミックの層で停止し、乗員に被害を与えることは無かった。
「畜生!」
「装填手!徹甲弾だ!早くしろ!」
砲塔の後ろにいるムスタファ・アル・サルート伍長は、砲弾ラックから徹甲弾を取り出し、素早く薬室に突っ込む。自分の体の半分ほどもある砲弾を抱えて素早く薬室へ押し込むには、腕力とある程度の技術を必要とされる。装填手は、駆け出しの戦車兵が修行するためのポジションと言われることも多いが、敵の攻撃を受ける前に素早く装填するには、それなりの技術と一定以上の訓練が必要とされる、重要なポジションでもある。
「装填完了!」
アル・サルート伍長は、ラックの蓋を開け、既に新たな砲弾に手を伸ばし始めていた。ラックには、徹甲弾と多目的榴弾の二種類の砲弾が置かれている。
すぐに射撃と共に、砲身が後ろに一瞬、下がる。M1A2戦車のマニュアルによれば、装填手は、弾薬庫の中に設置されている小さな椅子から動いてはならないとされている。もし、間違ってもこの狭い弾薬庫で椅子を降りたりしたら、射撃時に下がってきた主砲の薬室に押しつぶされることになる。
『装填手!榴弾!』
アル・サルートは素早く弾薬庫の扉を開き、M830A1多目的榴弾を主砲に押し込み、薬室を閉じて体を弾薬庫の壁に押し付けた。
「装填完了!」
M1A2戦車の主砲が火を吹いた。人間の目には捉えることができない速度で多目的榴弾が標的目掛けて飛ぶ。その砲弾は敵のクルガーニェツ25歩兵戦闘車の横っ腹を直撃した。最新鋭のロシア製歩兵戦闘車と言えども、側面や後方の装甲板は薄い。発火した成形炸薬弾によって発生した針状ジェット噴射が鋼鉄の板を突き破り、車体の破片を爆風と共に兵員輸送室に吹き込ませ、車内のテロリストを殺傷する。
「畜生!」
炎と黒煙を上げて動かなくなったクルガーニェツを見て、イーゴリ・カルージンは毒づいた。続いて、ブメラーンク汎用装甲車やT-72BM戦車も同じ目に遭う。
『隊長!このままではまずいです!』
カルージンは決断した。このまま戦っても、エジプト陸軍と傭兵部隊の連合部隊に滅茶苦茶にやられるだけだ。
「部隊を一旦後退させろ!このエリアは放棄する!」
『了解です!』
カルージンは、再びロシア語で様々な呪いの言葉を大声で飛ばし始める。すぐにT-90M戦車が後退を始める。
「煙幕だ!煙幕を使え!」
戦車の砲塔の後ろにあるランチャーから発煙弾が飛び、空中で炸裂してあっという間に戦車部隊を煙幕で包み込んだ。この発煙弾は特殊な化学薬品によって発生させており、赤外線センサーを遮る。煙幕が功を奏したのか、敵の砲撃や止んだ。
「後退だ!後退しろ!」
戦車のエンジンが唸りを上げ、部隊は一斉に南に向かって後退を始めた。
10月6日 1211時 エジプト南部上空
エジプト空軍のF-16Cのコックピットの中で、ミサイルアラートがけたたましく鳴り響いた。パイロットのマームード・ナギブ中尉は、一瞬、体をビクリとさせたが、すぐにAN/ALQ-184を作動させつつ、回避機動を始めた。今までは訓練であって、例えこの音が鳴っても死ぬことは無いが、今は違う。ミサイル警報画面をちらりと見ると、どうやら自分から見て1時方向からのミサイルのようだ。
「ミサイルアラート!畜生!」
ナギブは戦闘機を連続して不規則に上昇、下降、旋回させる。どうやら僚機を操縦しているムスタファ・アル・ディン少尉も同じ憂き目に遭っているらしく、ちらりと後ろを見ると、F-16が自分と同じような機動を繰り返しているのが見えた。
「ムスタファ!逃げろ!ミサイルだ!」
やがて、ナギブの視界の端に、一筋の煙が後ろからこちらに向かって来ているのが見えた。敵のミサイルだ。畜生!
ナギブは、背中から冷や汗がどっと吹き出すのを感じた。これは訓練とは違う。訓練では、"キル"を宣告され、空域から離脱するだけで済んだ。だが、これは違う。今、このミサイルから逃げ切ることが出来なければ、待っているのは死だ。体中をアドレナリンが駆け巡り、ナギブには、周りの世界全てがスローモーションで動いているように感じられた。
アラート音のテンポがどんどん速くなる。ナギブはちらりと後ろを見ると、自分を殺そうと躍起になって追いかけて来る煙が見えた。スロットルレバーに付いているスイッチを押し、チャフとフレアをばら撒く。だが、凄まじい衝撃と共に、F-16Cは無数の金属片を浴びた。コックピットで様々な警告音が鳴り響き、ラダーと水平尾翼の一部を失った機体はフラットスピンをしながら落下していく。
ナギブ中尉は、射出座席の両脚の間にある黄色と黒の斑模様のハンドルを力任せに引っ張った。戦闘機のキャノピーが吹き飛び、座席のロケットモーターが点火してナギブを空中に撃ち出す。そして、すぐにパラシュートが開き、ナギブは空中を漂った。真下を見ると、F-16が燃えながら砂漠へ墜落していくのが見える。こんな状況であるにも関わらず、ナギブは自分を撃墜したパイロットは何者なのか気になり、周囲を見回す。すると、カナード翼が付いた、大きな戦闘機が2機、自分の真上を通り過ぎるのを見た。Su-33"フランカーD"。国籍マークは無い。
くそっ、あいつか。口惜しいが、自分を撃ったフランカーのパイロットは相当腕が良いようだ。そして、そのフランカーが再びミサイルを発射したのが見えた。暫くすると、遠くで黒い煙が空中で上がるのが見える。味方の誰かが撃墜されたらしい。ナギブは、どうか陸軍の地上部隊が自分を見つけてくれますように、と神に祈った。
10月6日 1213時 エジプト南部上空
『"バンカー"より"ウォーバード2"へ、そちらに敵機が向かっている。方位171、高度10000、数4だ』
ジェイソン・ヒラタはレーダーを使い、敵機を探した。なるほど。IFFに反応しない機影が正面にあると、レーダースコープ画面に表示される。
「"ウォーバード2"より全機へ。いつも通り、先手必勝だ。やるぞ。攻撃は俺とパット、レベッカ、ハンスがやってくれ。後は援護を」
ヒラタはAMRAAMを選択し、敵編隊の1番機をターゲットにした。AN/APG-83レーダーが敵機を捉え、コックピットでそれを知らせる電子音が鳴る。
「"ウォーバード2"、Fox1!」
AMRAAMは正面のMiG-23Mを捉え、真っすぐ飛んで行く。更に、タイフーンFGR.4とJAS-39Eグリペンからはミーティアが、MiG-29KからR-77が発射される。
ミサイルを撃った戦闘機はECMを作動させつつ、敵の攻撃を避けるために散開し、高度を稼ぐ。他の3機は離れた場所から様子を窺いつつ、他の敵機を警戒する。
ミサイルが飛んで来るのを、テロリストのミグのパイロットはミサイル警報装置の電子音で知った。ECMをオンにして、スロットルレバーを思いっきり押し込みつつ、操縦桿を引く。こちらのレーダーで機影は捉えていないので、このパイロットは、敵は中射程ミサイルを撃ってきたものと判断し、スロットルはアフターバーナーの位置まで押し込んだ。一般的に、レーダー誘導のミサイルならば気にせずエンジン推力を全開に出来るが、赤外線誘導のミサイルだった場合、エンジンの温度が高くなると、寧ろミサイルをこちらに引き寄せてしまうので、アフターバーナー推力にするのは危険だとされる。
だが、今日では、このセオリーは既に古い考え方だ、とも言われている。と、言うのも、最新鋭の赤外線誘導ミサイル―――特に、アメリカ、ヨーロッパ、イスラエル、日本製のもの―――は、敵機を熱源だけでなく機体形状を記憶することによって追尾する機能も備わっているため、フレアに騙されにくい。
数秒後、ミーティアがMiG-23MLの真下で弾頭を炸裂させた。パイロットは、運よく負傷しなかったものの、機体がかなりのダメージを受けた。右の可変翼のピボットの辺りに無数の穴が空く。
パイロットは、被弾した直後はまだ機体は飛んでいるので、スーダンまで引き返せると考えて、大きくゆっくりと南に向かって旋回を始めた。だが、右翼の振動が激しくなり、やがて、それは丸ごと外れて後方へ飛び去って行く。それを見たパイロットは、何のためらいも無く射出座席のハンドルを引いた。




